今のところ魔物に遭遇していないライアン達、このままであるならば好調だ。願ったところでそう上手く行くはずもないが、暫しの休息をすることにした。 今魔物に奇襲をかけられても、動けるメンバーはライアンを筆頭にマダーニが後方で支援、トモハルも前線だろうが、ミノルは馬車から出てこられなさそうだった。つまり、実質三人になる。 ライアンとマダーニは戦闘にも慣れているので問題はないが、トモハルが人数が減った状況下で冷静に判断できるか、が不安である。無理は出来ない。 一気に距離を進めたかったが、ライアンとマダーニは目配せすると馬車を止めた。
「よし、夕食の準備でもしようか」
トモハルとミノルの肩を叩く、ライアンが豪快に笑うと二人を押して外へ出した。簡易な夕食で済ませようと思っていたのだが少しでもミノルの気分を上げようと、会話を交えて暖かい食事をとることにしたのだ。勇者といえど、幼い少年。ライアンに弟はいないが、欲しいとは思っていた。弟を思う、兄のような気分にライアンはなりつつあったので、問題児のミノルが心配で仕方がないのである。 干し肉に干し魚、パンを四人分取り出し鍋やら器具も持ち出す。本来ならば大人数での旅だった、今となっては多すぎる食材に軽く苦笑いするマダーニ。 日持ちしなさそうな食材から順に使おうと、野菜も出してきた。
「茸、探してきてくれないかしら? 遠くまで行かないでね。薪はそこらのを使うから大丈夫」
マダーニに籠を渡されたトモハルとミノルは、互いに顔を見合わせて万が一にと武器を所持し歩き出す。見送られながら茸探しに出掛けた二人の勇者は、それでも会話がなかった。 トモハルは不服だ、一刻も早く先に進みたかったので食事は適当に馬車内で済ませたかった。「これは時間の無駄だと思う」と唇を尖らせたが、今はまだ、指示が出来ない。 立派な勇者に成長しないと、仲間を統率し、意見が言えない。トモハルは、自分の立場を理解していた。歳も、若いし圧倒的な経験不足である。先に早く進みたい、と言い出せなかった。
「いいかー! 絶対に生で食べるなよーっ」
ライアンの声を背に受けて、「誰が生で茸を食うかーっ」と心で叫びつつ森へと入る。茸狩りなど、したことがない二人。裏山や、学校の一角で確かに茸なら見た経験があるが食べたいと思わなかった。椎茸栽培工場に社会の授業で出向いたことはあったが……。 森の中が薄暗かったので、松明も念の為所持した。獣ならば火で追い払えるだろうから、とライアンが持たせてくれた。
「おい、ミノル。山火事にならないように松明の扱いには十分注意をして……」 「それくらいわかるっつーの」
げんなりとミノルは妙に張り切るトモハルを見た、常に優等生、仕切らないと気がすまないという性格は知っている。家が隣同士だ。舌打ちすると気分が低迷する中、松明で地面を照らして歩いた。 乾いている木の枝を踏むと、パキ、と小気味良い音を出す。木の根元を注意深く見れば、しめじらしき茸が大量に生えていた、発見したミノルは思わず笑みを浮かべる。本当にしめじがどうか定かではないが、とりあえず”似ていた”。 先に見つけられたことが嬉しかった、自信有り気にうろついているトモハルを見つめながら、しめじもどきを籠へ投入する。
「おーい、ミノル! ちょっとちょっと!」
かなり前方でしゃがんで何かしているトモハルの呼び声に、ミノルは意気揚々とそちらへ向かった。しめじを手にした些細な優越感に浸っているようだ、馬車に居る時よりミノルの顔色は良い。 小走りになり駆け寄れば、ひょろ長い薄茶の茸を、真剣にトモハルが見入っている。つまらなさそうに大袈裟な溜息を吐くミノルだったが、トモハルの様子がおかしい。たかが、茸ごときに、何をそこまで見つめているのだろうか。ミノルは肩を竦めた。
「何。さっさとこれも採って戻ろうぜ。俺しめじみたいな茸見つけたからさ」
引き抜こうとしたミノルに、慌ててトモハルが止めに入った。怪訝に見下ろすと、傍らの木の枝を徐に手に取りトモハルは茸にそっと差し出している。
「見てろよ、ミノル」
松明を掲げて真剣に茸をつつくべく、トモハルは緊張した面持ちで棒を動かした。何事かと思わず固唾を飲んで、見守るミノル。 棒が茸をつついた瞬間。
「ぎゃー!」 「毒毒毒!!」
すっとんきょうな声を上げてその場から飛び去るミノルと、トモハル。茸から突如煙が吹き出してきたのだ、色合いも非常に不気味だ。再度勢い良く空中に吹き上がったその煙に、二人は軽い悲鳴を上げてその場から遠ざかる。 沈黙後、二人は声を出さずとも顔を見合わせて立ち去った。あれを食べる気は全くしない。 瞬間、先程出した二人の素っ頓狂な声が面白くて、思わず腹を抱えて笑い出した。久し振りに爆笑した。やはり人間、笑いは大事だ。笑うだけで、胸のつっかえが取れて、気分が軽くなる。 笑いながら再び茸を探す、今度は二人で声をかけ合いながら、この世界へ来る前のように笑顔で対話した。 順調に茸を採り続けて適当なところで戻る事にした、あまり離れては危ないだろう。トモハルが木に剣で目印をつけていたので、難なく戻れる筈だ。
……こういうことには、本当に機転がきくよなー。
感心して前を行くトモハルの背中を見つめた。頭が良いのは解っている、多少鼻につく態度だが、やることなすことほぼ間違いがない優等せいで顔も整っているので、僻まれることが多いことも知っている。ミノルは頭をかきながら、そんな悪友を見つめていた。
「あれ?」
木を見ていたトモハルが出したくぐもった声に、ミノルも早歩きで近寄る。傷が明らかに増えていた、トモハルは一本の木に一箇所しか傷をつけていない。けれども、そのトモハルがつけた傷の周囲に複数細かい傷がある。先程はこんなもの、なかった。
「これは」
思わずトモハルは右手で松明を掲げて、左手で剣を引き抜いた。基本左利きのトモハルだが、右でも生活が出来る。が、やはり頼るのは左らしい。 伝説の剣が松明の光によって光る、木を背にして周囲の様子を窺う。
「どうする、ミノル。何か居るぞ」
無言で同じ様に剣を構えたミノル、二人は木を背にして湧き出る汗を拭うことなく暫し森の中を見つめる。 ガサガサ……奥で何かが、動いた。妙に森が静まり返る、木の葉が触れてざわめく。一層暗くなった森に、二人の荒い呼吸が響いた。 身体を引き攣らせてそちらを見れば、確かに何かが動いている。気のせいではない、風ではない。 そもそも、風がない。不気味な澱んだ空気が二人の周囲に広がる。 叫びたい気持ちを抑えながら、ミノルは震える足で立っていた。トモハルは妙に落ち着き、耳を頼りに音を追っている。徐に地面にあった小石を拾い上げ、それを音がしたほうへと投げる。乾いた音で石が転がった後、そこに何かがいることを暗示するように再び草が動く。
「動物だといいな」
小さく零し、松明を更に掲げる。真上で何かの鳴声がした、驚いて木から転がるように離れた二人は成るべく寄り添い、木に向かって松明を向ける。 猿だ。猿らしき生物が数匹木にいる、魔物ではなさそうだ。胸を撫で下ろしたミノルと、それでも用心深く周囲に気を張り詰めるトモハル。
「木は猿だけど、森の中に居たのが何か解らない」
不気味だったが、一向に動きがないので二人は歩き出す。ミノルを先に、トモハルが後ろを向きながらゆっくりと馬車へと引き返した。「松明があるお蔭で近寄ってこないのかもしれないな」軽く笑ったトモハル。 剣を抜いて歩くことは止めなかったが、茸の籠が邪魔である。片手で抱えられる大きさだが、早く森を抜けなければと焦りも手伝い、重く感じられた。突如ミノルが立ち止まったので、トモハルは足元に籠を置いた。 剣を構えて、松明で周囲を探る。
「どうした、ミノル」
ミノルは何も言わなかった。
「落ち着け、何が見えるんだ?」 「いや、それが」
軽く振り返ったトモハルは、一瞬何がいるのか解らなかったが、足元を見てようやく気づいた。 ウサギ。 ウサギが、五羽。当然ウサギではないのだが、二人は知らない。アサギが襲われた魔物と同じだ、ウサギの姿を模した魔物である。 トモハルは怯えているミノルの前に出ると松明を近づけてみた、逃げて行くだろうと思ったのだ。 だが、逃げることなくそこにいるウサギ、退いてくれれば良いのだが、何をするでもなくじっとしている。剣を突きつけてみた、が、微動だしない。
「弱ったな」
何故かその場を動かないウサギに困り果てたトモハルは、それでも決して手も足も出さなかった。足元の石を蹴って軽く転がしてみる、ようやくウサギが石に反応して動いた、微かに。 低く、唸る。五羽で、唸る。姿勢を屈めて、今にも飛びかかってきそうだ。
「ちょ、トモハル、これマズいだろ?」 「構えろ、ミノル。解っていると思うけど、これはウサギじゃないよ」
森の中、逃げないウサギが存在するほうが妙だ。一羽が跳躍して二人に襲い掛かる、思わず目を閉じたミノルだが、トモハルは剣ではなく松明を突き出した。 火に直撃し、焦げた匂いを撒き散らしながら地面に落下するウサギもどき。
「剣で攻撃しなくても、例えばボールだと思って蹴っても戦えると思うんだけど」
言いながら前に出て、背を護るようにミノルに促し松明を渡すと、ウサギもどき達と向き合った。 不慣れな剣より、慣れた武器。それはサッカーで鍛えた己の脚だ。 剣を仕舞うと松明の光を頼りに正面を見据えながら、右足を軸に、いつでも左足を出せる状態へと体勢を整える。 次々と飛んでくるウサギもどきを蹴り飛ばした、色も白い事だ、ボールだと思えば怖くなかった。トモハルの額に汗が滲むが、確かに剣よりも扱いやすい。信じるべきは、自分だった。 その間、ミノルはじっとしていた、思うように身体が動かない。森は、暗くなる一方だ。手にしている松明の灯りだけが、頼みの綱である。けれども逃げることなく、トモハルが見やすいように松明を掲げる。腕がしびれたが、耐えた。それしか、出来ない。 情けないが、参戦できなかった。
「出来る事を、すればいいと思うんだ」
小さくトモハルがそう呟いた、それはミノルに言ったのかもしれないしトモハル自身に言い聞かせたのかもしれない。 ようやく、肩で大きく息をしながらトモハルが地面にしゃがみ込んだので、呪縛から解き放たれたかのようにミノルも座り込む。
「怪我ない?」 「ねぇよ、あるわけないだろ……」 「そ、ならいいや」
照れ隠しに俯いたミノルは、小さく唇を「ありがとう」と動かしたが素直に礼は言えない。けれども満足そうにトモハルは汗を拭いながら、小さく微笑んでいた。ウサギもどきは、森の奥へと消えていった。 トモハルも無傷だ、二人は暫し休憩をしてから小走りに戻っていく。仲間を連れて戻ってきて貰っては困る。 微かに。 トモハルの剣が微妙に光を帯びている、それは暗闇だから解ることであって、光の下に曝されれば気づかないような、仄かなもので。馬車に戻れば焚き火によって、当然その剣の輝きは消えた。 マダーニとライアンに駆け寄ると、籠を差し出した二人は、ともかく小川で手を洗う。 ライアンに茸を判別してもらい、沸騰している鍋に茸を切って入れて、パンと干し肉を食べつつ出来上がりを待った。暖かい茶にほっと息をつく、薬草が煎じてあるので、疲労が取れた気がした。苦いが。 やがて鍋の蓋が外された、魚の出汁の茸スープである。見かけによらず、マダーニは料理が上手いようだった。四人で談笑しながら食事を取る、これだけで気分もほぐれるだろう。やはりミノルは些か元気がない気がしたが、愉しませようと会話を盛り上げるマダーニ。 考えていた、ミノルは。隣で意気揚々と話すトモハルの傍ら、自分を見つめていた。先程とて敵を倒したのはトモハルで、自分ではない。情けないし、惨めだとは思うが、身体が思うように動かない。
……何故、俺が勇者に?
疑問は消えない、皆のように上手く魔法も剣も使えない。アサギを救いたい気持ちはあるのだが、素質がないのではないか、とミノルは思う。救えるのはトモハルだろう、既に伝説の剣も所持しているのだから、難なくアサギを助けるだろう。そう思い、恨めしく伝説の剣を見たミノル。 気づいているのかいないのか、トモハルは自分の剣をそっと引き抜いた。 自分も、伝説の剣があればどうにかなるのではないか、とミノルは思った。気分的にも違ってくる筈だ、と。何かきっかけがなければ変われない気がした。
「これさ。俺の剣じゃない気がするんだよね」
唐突なトモハルのその言葉に、唖然とするライアンとミノル。確かに、偽者ではないか、とライアンはトビィと会話もした。皆が沈黙している中、トモハルが苦笑いで剣を月に掲げて目を細める。刀身に月の柔らかな光が反射した、映った自分の顔を挑むように見つめる。
「なんだろう、上手く言えないけど。何かが違うんだ、この剣。凄いように見えるけど、凄くない気がする。勇者の剣って、そんなものなのかな?」
驚いたのはライアンだ、何故気づいたのか、勇者だからか。感じていた違和感を、トモハルは先ほどの戦いで確信した。
「本物かもしれない、自分がまだこの剣を上手く使いこなせていないだけかもしれない。もしくは持ち主が違うのかも。でも、とにかく普通の剣だよね、これ」
笑って剣をしまったトモハルは、最後のスープを飲み干し立ち上がる。気落ちしているかと思えば、そうでもないようだ。ミノルは唖然とトモハルを見つめるしかなかった。そして思ったのだ、根本的に自分とトモハルでは意志が違う事に。もし、自分が受け取った伝説の剣が偽物ではないかと、疑ったら自分ならば嫌気がさして全て投げ出しそうだ。 けれども、トモハルはそれが自分に与えられた試練であるかのように、堂々と言い放った。その姿には威厳さえ感じだ、頼もしく見えた。
「行こうよ、時間はないんだ。俺はアサギを救う為になんだってするよ」
月の光に、焚き火の灯り。 立ち上がって手を伸ばしたトモハルの姿に、軽く笑みを浮かべたライアンとマダーニだが。喉の奥で言葉を止める。 マダーニは気づいた、トモハルが掴んでいた剣が淡く光っていた事に。思わず息を飲む、トモハルは気づいていないようだ。「ひょっとして、その剣……」言いかけた言葉を飲み込むと、マダーニも立ち上がる。
「そうね。行きましょうか」
軽くトモハルの肩を叩いて再度、剣を見た。微かに魔力を放つその剣、トモハルはまだ気づいていないのだろう。 偽者か、本物か。多分、それは所持する者が見極めること。 才能溢れる一人の勇者、対である勇者を攫われて。目指す先は彼女の奪還であり、そして。
「俺さ、明日から回復魔法に専念するよ。欠けている部分を補っていかないとね。ライアンに馬車の操作も習いたいし、マダーニにもっと協力な魔法も習いたい。俺はなんとなく雷系の魔法が得意な気がするから、そこを強化して……」
語りだすトモハル、ライアンとマダーニは聞いていた。 勇者の一人は、魔王に攫われた。その対である目の前の勇者は、現時点で輝きを増す。それはまだ見ぬ先の未来であれども”勇者の要”として力を発揮すべく。 パチン、焚き火が鳴った。
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