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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第53回   失意の神人〜クレロ〜
 ライアン、マダーニ、トモハル、ミノル。予定していた道を進むのはこの四人である、沈黙しかないその馬車の中、目立つ空席が寂しい気持ちに拍車を掛けた。
 行き先は”ピョートル”という名の国家、そこにはアサギの武器が保管されている筈だ、だが肝心のアサギが……いない。
 途中で”ジョアン”という街に立ち寄るが、そこまでの道程は比較的安全だ。古くから商人達が行き交う貿易道で、大きくはないが古びた石畳の街道が造られている。
 そんな道を進みながらライアンが馬車を操作し、マダーニが勇者二人の魔法について指導した。無言で本を読み老けている勇者二人を瞳を細めて見守る、マダーニは祈るような思いで二人を見つめていた。すっかり気落ちしている二人だが、トモハルの瞳には光が見えた。アサギの次に優秀だと思われる勇者は、意志が強い。アサギが攫われて、勇気を奮い立たせている気がした。剣の腕も筋が良く、魔力も高いし何より覚えも早い。
 問題はミノルだ、他の勇者に比べて能力が格段に低い。それは魔法にしても剣技においても、である。秀でた点が見つからない上に、本人の怠惰が非常に目立った。
 勇者達が離れ離れになった為、比較出来るのがトモハルとミノルになった事もあるだろうが、力の差が現時点で開き過ぎている。溜息を吐くマダーニ、ミノルは勇者としての自覚がないのだと思われる。しかしそればかりはどうしようもない、本人次第だ。
 元々、ミノルはこちらの世界へ行く事に反対していた、それをトモハルの挑発により売り言葉に買い言葉で参加した。本来は他の勇者同様、素質のある子かもしれないが、やはり重要なのは本人の意志。
 欠落しているのは、勇者になりたいという思い。そして自分が誰かを救いたいという願いでもあるだろう。
 もし、ミノルがアサギを救出すべく強い思いを明確にしてくれたならば、上手く行きそうな気がしていた。
 けれども現時点では無理だ、アサギが不在でミノルが塞ぎ込んでいるのだから。動揺していた、無気力なミノルは食事すら喉を通らなくなっていた。
 それを見てマダーニは思った、単に仲間を心配しているだけではない、と。アサギが稀にミノルにしたたかな視線を送っていたことは、マダーニとて気づいている。
 ミノルはそんな素振りを全く見せずに、むしろ邪険にアサギを扱っているようにも思えたが……ひょっとすると照れ隠しの裏返しだろうか。少年にはありがちだ、”好きな女だからこそ、苛める”。
 居るはずの存在が、消えた。
 トモハルは、アサギを救出すべく死に物狂いで強くなろうとしているが、ミノルは、アサギの身が心配で何も手につかない、という状態だ。
 これでは再び、二人の間に差が出来てしまう。

 ……あんたは、出来る、がんばりなさい。

 ミノルを見つめながらマダーニはそう願った。あえて口にはしなかった、自分で這い上がって欲しかった。そんな視線に気づくわけもなく、ミノルは本から視線を外し、外を見つめる。
 陽は高く、太陽が残酷な強い光を放ち空気の温度が上昇。周囲はオリーブの木々が生い茂り、ゴツゴツとした岩が転がっていた。初めて観る風景だ、印象的だがあまり視界には映っていない。
 遠くを見つめるミノルの瞳にぼんやりと小学校が映し出された、今頃面倒な授業を受けていただろうか、休み時間でサッカーをしていただろうか。
 心の中でアサギの名を呟く、顔を顰めて俯いた、胸が痛い。
 
 ……もしアサギが死んでしまったらどうすれば。何故、こんなことになった。どうすればいい? 今ここで、何をしているんだろう? ここへ来て、何をする気だったんだろう? アサギが、勇者になるっていうからみんなでついてきた。? 勇者って、何だ?

 例えばこれがゲームの中ならば、ミノルは得意だった。最も上手にゲームをクリアしていただろう、ゲーマーとしての自覚もあるのだから。死んでも誰かの魔法で、道具で生き返る。全滅したとしても、リセット、という心強い味方がいる。けれど、それは出来ない、これはゲームではない、現実だ。
 勇者とは。
 定められた血筋の正統なる勇者。立派な働きをした勇敢なる者。選定され、否応なしに動く勇者。大まかに分けるとこの三種に分類されると、ミノルは思っている。当然ミノル達は最後の”選定された”勇者だ。

 ……何故、選ばれた? もし、全員が勇者を放棄していたらどうなったんだろうか?

「何を基準に選んだ、何故俺達なんだ」

 ぼそり、とミノルは吐き捨てるように言い放つ、それは恐らく勇者を決めた誰かに向けて。
 ”勇者”と後に呼ばれる者には、プレッシャーがかからない。周囲から見れば異端児で、その時誰も彼が勇者になるとは思ってもいないだろうから馬鹿にもするだろう。
 実際、地球上でも死して後の世になってから功績が認められ、当時は見向きもされなかった偉大な芸術家や学者達が多く存在する。歴史を動かした英雄達も、当時から持て囃されていたわけではないだろう。
 それなら良いのだ、偉業を成し遂げたのだから。例え生前、皆に認められなくとも。
 だが、勝手に選定された勇者は。自分の意志とは裏腹に期待を受け、強制的に旅立ち、いつ命を落としても仕方がない戦いへと誘われる。
 運命とは残酷で、誰が決めたのか知らないが勝手に作られた脚本通りに進むしかないのだろうか。

「俺は。操り人形じゃないからな」

 ぼそり、呟く。その言葉はトモハルにも、マダーニにも、ライアンにも当然届かない。”運命に踊らされている”ミノルは舌打ちして瞳を閉じた。
 運命とは、何か。
 誰が決めるのか……それは神しかいないだろう。
 神とは、何か。
 神ならば、神が本当に存在するのならば勇者ではなくて、魔王に挑むのは神が妥当ではないのか。人々の運命を位置づけているだけの、神、何もしない、神。
 ミノルは手の魔道書を硬く握り締める。怒りをぶつける様に思い切り掴んだ、ぐしゃり、と紙が曲がる。神に対しての嫌悪感を、目の前の物にぶつけることしか出来なかった。
 神という誰でも知っている単語の人物に、けれども誰も正体を知らない人物に。思い切り憎悪をぶつけることしか、ミノルは他にこの感情を押し殺す術を知らなかった。
 道の傍を、小川が流れていた。光の反射する青く透き通った水が、さらさらと流れていく。不意にアサギを思い出した「こういう風景が好きそうだよな」とミノルは小さくこぼす。
 魔道書に目を落とす、観ないとは自分でも解っていたがそれでも、形だけでもとりあえず。やっている、フリをした。
 脳内では解る、勇者の自分は努力せねばならないと。でも、出来ない。

 大きな浮かぶ球体を見つめながら、男が一人苦笑いしていた。

「子供は素直だな、まいった」

 透き通った淡い青の、その球体。そこに映っていたのは先程から勇者とは何か、神とは何かと、ひたすら考えていたミノルが映っていた。
 濃紺の流れるような髪、神々しい光を放つ金の瞳の、凡人ではない気配を漂わせている男がその球体に手を触れて困っていた。彼の名は”クレロ”という。
 先程までミノルが文句を言っていた相手だ、そう。
 神である。
 耳が長い以外、特に人間と大差ない容姿だった。二十代後半に見える、少し垂れ目で気弱な感じが際立つ。
 クレロが現在居る部屋は、不思議な琥珀色の鉱物で出来ている。水滴が水に広がりを見せる際の神秘的な音が、時折どこからともなく聞こえてくる。
 かなり広そうな空間だが、クレロと球体以外は何もない。
 魔王ハイが似た様な部屋を所持しているが、部屋の明るさ及び雰囲気が全く違うのはやはり神と魔王だからか。クレロが踵を返し、そのまま壁に突き進むと、すっと、ドアが出現しクレロを飲み込むように開く。
 躊躇することなく歩き続け部屋から出た、不意に耳に聴きなれた音が届いたので足先を変えてそちらへと向かう。美しい声、そしてハープの音色に、優しげな笑みを浮かべると、心休まる歌声へと近づいていった。
 明るい光の差し込む、真っ白な通路を進む。植物が生い茂る庭が見え始めると、クレロの表情が明るくなった。花盛りのティユールが甘い芳香を運び、蒼海波のようなラベンダーが風に揺れ、スパニッシュブルームが黄色い花を散りばめ咲き乱れ、噴水周囲にはディルの花が受ける水飛沫に不思議な色彩を放ち。四季、というものが存在しないこの場所は、温度も通年同じである。故に、何種類もの花達が百貨絢爛咲き誇っていた。
 この場所、神の住まう”天界”中心部”インヴァネス”。
 雨すら降らず、しかし水不足には決してならない、非常に快適な温度の、文字通り楽園。地所では花の命は短い、しかし天界では当然のように毎日咲き誇っていた。青い空から降り注ぐ陽光、爽やかな大気、風と共に常に花の香りを運んでくれる。細かい花の集まりが見事な、黄色い花のレディスベッドストロー、薄紫の小さな花を咲かせるバーベイン。
 天界人、と人間からは呼ばれている背に純白の羽根を所持する有翼人達が愛でる為に咲かせている花々。クレロはそんな花達の中を優雅に進んでいった、惹かれるように。

「何もなき宇宙の果て 何かを思い起こさせる
 向こうで何かが叫ぶ 悲しみの旋律を奏でる
 夢の中に落ちていく 光る湖畔闇に見つける
 緑の杭に繋がれた私 現実を覆い隠したまま
 薄闇押し寄せ 霧が心覆い 全て消えた
 目覚めの時に 心晴れ渡り 現実を知る
 そこに待つのは 生か死か」

 拍手高らかにクレロが歩み寄ると、ハープを奏でていた少女が満足そうに微笑んで一礼する。麗しい歌声は天界人の芸術の域に達する、名声高い少女の歌声は聴いた者を魅了する。ハープの音色も柔らかく切なく、水音で作られたかのような不思議なものだった。

「どうなされました、クレロ様。お顔の色が優れておりませんが」

 恭しく頭をたれ、少女は不安そうに声をかける。苦笑いし、クレロは隣に腰掛けると「かなわんなぁ」、と小さく漏らして溜息。それには答えず、クレロは口を徐に開いた。

「今の歌は? やはり地上の?」
「えぇ。つい先日三星チュザーレを見つめていた際に、少女が奏でておりましたので」
「吟遊詩人か?」
「いいえ、普通の一般的な少女です。といいますか、売春婦ですわね。カーツという名の街で一人、海に向かって歌っておりました」

 瞳を閉じ、胸でハープを抱き留めると風景を思い出しているのか眉を顰める。クレロは不審に少女を見ていた、戦争や魔族との抗争で傷ついている人間など溢れ返っているが、心痛そうな人間がここまで気になるのならば、それは、”いわくつき”だ。

「あまりにも印象深く、寂しげで不安げ、つい覚えてしまいましたの。自分の今の存在が嫌なのでしょうか」
「あぁ、確かになんとも言えぬ寂しげな……。カーツの、売春婦か」
「何か?」
「いや、気がかりだ、私も彼女を調べるとしようか。上手く言えぬがどうも、引っかかる」
「何かを感じたのですね? 私も調べましょう。名は”ガーベラ”、捨て子だそうです」
「そなたが気にする時点で、注意せねばならぬ娘だと思う」

 翳ったクレロの表情に、同じ様に少女も翳らせて遠慮勝ちに立ち上がると遠くを見据えてそう言った。明確に、少女の胸に陰鬱な霧が広がっていく。
 自分はただ、気になる歌を耳にしたので憶えてしまい、謡っていただけだった。が、神がそういうなればこれは”必然”。クレロに気付かせる為に、否応なしに憶えてしまったのだろうか。

「いや、よい。それよりソレル、勇者の一人が”神”と”勇者”に疑問を思い始めている。それは良い事なのかもしれんが、やはり」

 ソレル、という名の少女、漆黒に近い深緑の髪と瞳の天界人はクレロに跪き恭しく手を取った。

「マグワートに報告致いたします、神と勇者、双方の位置関係。私達は世界を救うことだけ、考えましょう」
「それで、良いのだろうか。本当に、救われるのだろうか。魔王を倒したところで、平和など訪れはせぬと……」
「クレロ様! ……私達の為にも、気弱にならないで下さいまし」

 花咲き乱れる天界の楽園で、神と天界人が溜息を零した。


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