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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第52回   一度の敗北と、胸のうちに誓う復讐
 魔界ではもっぱら噂が飛び交う、もはや英雄扱いだ。三体の竜を所持しているドラゴンナイトなど、片手で数えられるほど。しかし、三種の竜を所持したのはトビィが初めてである。普通はまとめられないので、同種族になるのだ。
 憮然としてトビィは歩く、騒がれながらサイゴンと共に魔界会議へ参加すべく街を進み、興味はなかったのだが初めて魔王達に対面した。
 銀の長髪、笑みを湛える魔王リュウ。
 漆黒の長髪、冷淡な無情の魔王ハイ。
 人型ではない、不吉な邪気を漂わせる魔王ミラボー。
 そして優美な容姿だが、今ひとつ掴めない魔王アレク。
 その姿を目に焼きつけ、トビィは然程関心なく家へ帰った。

「マドリードは未だ戻らないのか? 遅すぎやしないか?」
「流石に、俺も不安なんだが。いや、でもトビィがいるから時間の流れを感じるのであって、魔族にとって本来五年など、たいしたことないし……」

 積もりに積もった話を、サイゴンとするトビィ。やはり気がかりなのは、無論マドリードである。
 明日は、トビィの十六歳の誕生日であった。

 その頃だった、噂をすればなんとやら、だ。「ふぅ、ただいまイヴァン」マドリードは小高い丘から久方ぶりの故郷に安堵の溜息を漏らす、金髪を靡かせて腰に手をあて、立っていた。人間界から戻ってきたのだ、悠々と翼を広げ家へと向かう。
 トビィはどれほど成長しただろうか、見るのが楽しみだった。稀な才能を垣間見せていた、弟のサイゴンに頼んだし今頃立派な青年と少年の狭間で、魅力溢れることになっている……と、笑う。
 が、すぐに周囲の様子に気づいた、囲まれているのだ。深い溜息一つ、見せた表情は険しく瞳は金に禍々しく光っている。

「ビアンカね? 休ませて欲しいものだわ」

 至極落ち着いた様子で言い放ったマドリード、黒髪の女性が木陰から姿を現し、指を鳴らせば何処に潜んでいたのか魔族達がぞろぞろと出てくるではないか。
 呆れたように再度深い溜息を吐き、情けなく見渡す。

「女一人に、この様なの? 情けない」

 強気な態度を変えないマドリードに、赤い唇を歪ませビアンカ、と呼ばれた女は顎で一人の男を指図した。

「なんとでもお言い、目障りなお前さえ潰せば手段など、どうでも良いのさ。オジロン!」

 傍らのオジロンは、無造作に何かをマドリードへ向かって投げつけた、瞬時に青褪めたマドリード。身体を硬直させ、震える唇から辛うじて吐き出した言葉と共に、戦闘態勢に入る。

「ビアンカ、あんた!」

 悲痛で苦悶の表情を浮かべた人間の頭部が数個足元に転がる、身体は切断され胴体がない、死して数日が経過しているのだと思われたが、まだ新しい。
 それは、トビィと同じ様にビアンカが以前魔界へ連れてきて、育てた人間達であった。瞳に燃え上がる憤怒、両手で大きく印を結びビアンカへ怒涛の魔力を放出する。

「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ! 全てを灰に、跡形もなく!」

 火の属性、禁呪を省いて現段階で最強の魔法にオジロン達数名は、大火傷を負いそのまま吹き飛ばされた。舌打ちし、怪我を負った者に「もう行け」と大声で怒鳴ったビアンカは、マドリードと同等の魔法を唱え、解き放つ。
 瞬時に焼け野原と化すその丘で、二人の女が対峙した。三名のビアンカ直属の男が残り、マドリードを囲む。
 しかし抜き放った小剣で男二人を軽やかに翻弄し足を斬り付け、その場に倒れこませると余裕の表情でビアンカを睨みつけた。
 強大な斧を背負い、ビアンカがギラギラと瞳を光らせながら間合いを詰めてくる。

「昔から気に食わなかったんだ! 人間なんぞに甘いのに、魔王の信頼を得て地位の高いアンタ。私に寄越せ!」
「……私を殺しても、私の地位は得られぬ。無理よ、ビアンカ」
「喧しい!」

 大事な人間の子を虐殺された怒りと悲しみがマドリードを突き動かす、飛び交う斧の攻防、とてもそれには小剣で対等に戦えない。
 また、残っていた男達も厄介だった、弱いながらに非常に邪魔なのだ。間合いをぬっての詠唱、魔界の片隅で魔力のぶつかり合いが激しく起こっている。
 荒野と化したその場所で、満身創痍な二人の魔族はそれでも死に物狂いで戦った。
 数時間が経過し、男達はすでに息絶えていたが、ビアンカとマドリードはその場に睨みながら立っている。互いに限界を超えていた、立っているのがやっとだ、それでも互いの嫉妬と憎悪、復讐心だけでそこに居る。
 二人が同時に手を掲げる、最期の詠唱になることは互いに解っている。雲が裂け、清々しいまでの青空が見えた。二人同時に同じ魔法を放つ、雷属性の魔法だ。どちらの魔力と忍耐、持久力が勝るのか。視線が交差し、火花が散る。
 僅かに早く、マドリードの放った魔法がビアンカを直撃し、絶叫が響く。勝利を確信し、若干口元に笑みが浮かんだ。自らに落下する雷を避けようと倒れこむように地面を転がり、必死に感電から逃れるべく身体を動かすマドリードは、ビアンカの断末魔を唇を噛み締め聞いている。
 飛べばそれこそ格好の的だ、傷だらけでマドリードは転がった。まだ雷は落下し続けている、威力を優先したマドリードは確かに勝利した、しかし、持続を選択したビアンカの予想以上の猛攻は計算外だった。詠唱者が死ぬ間際でありながら、容赦なく雷は降り注ぐ。
 勝ったのは、どちらなのか。
 ビアンカが、笑みを浮かべた気がした。『私の勝ち』とでも言うように哂った気がした、身体などとうに黒焦げであるのに。
 低く呻き、交わしきれなかった雷を身体に受けながら、それでもマドリードは懸命にある場所を目指した、行くべきところがある。自分の家ではない、トビィに会いたいのも確かだ、しかし。

 ……アレク、様、アレク、さ、ま。

 声が出ないので、城の一室へ向けて念じるマドリード。やがて城の一室から銀の髪を靡かせ、血相抱えた美男子が顔を出した。その姿を見て安堵の笑みを零すと、そのまま息絶え絶えにマドリードは語る。

 ……も、もうしわけありませ、ん。ビアンカに、やられてこの様で、す。
 ……今行く! 何も言うな、無駄に力を使うな!
 ……い、いえ。もう、無理で御座います。サイゴンに、弟のサイゴンに。お役に立てず、もうしわけ、ありませ、ん。アレクさま、の、ゆ、め、が。
 ……マドリード!

 途絶えたマドリード、アレクは直様控えていた直属の部下、スリザを呼び寄せ、マドリードの元へ行くように指示を出す。一人部屋で項垂れ、アレクは涙を零した。
 魔王直属の命を受けていたマドリード、危険な依頼をしていたアレクは、自身を責める。人間界での任務は然程危険ではない、問題は魔族達の嫉妬だ。魔王直々に依頼をされる魔族、というだけで目立つ。しかも、任務内容は極秘だ。
 マドリードに任せたことは『勇者の捜索』である、和解を申し入れる為には必要なことだった。
 快く思わない魔族達に潰されなよう、またその立場を欲する者達を捩じ伏せられるよう、強い者でなければ不可能だ。何より、魔王アレクと同じく”人間と共存したい”と願う者でなければならない。
 適任者は、多くはない。
 マドリードでも無理だった、そうなると後継者など。「……危険が高すぎる、やはり無理だろうか。勇者と早急に接触したいと願うことは無理なのか」アレクは項垂れる。
 共存を声高らかに宣言したならば、魔界で騒乱が起こることは目に見えていた。自分にはそれをまとめ上げるだけの力量が備わっていないことも、解っていた。だから、勇者という存在が必要だった。
 少しでも、自分に勇気が持てそうだったからだ。夢を現実に出来る気がした。
 勇者ならば。

 トビィの誕生日当日。
 マドリードの亡骸が届けられ、弟のサイゴンに引き渡される。
 やって来たのはサイゴンの直属の上司でもあるスリザと、親友のアイセル、そして泣き止まないホーチミン。死して尚美しいマドリードを見つめ、トビィは吐き気に襲われていた。美しく長い金髪が一部失われている「激しい攻防だったのだろう」とサイゴンが吐露した。
 育ての親が死んだときですら、こんな情は湧かなかったのに、この胸に立ち上る不可解な気持ち……マドリードを殺した相手に憎悪を抱く。
 親しい者だけで、密やかにマドリードの葬儀は行われた。こんなことさえなければ、特に心に残らない誕生日であったろうに。
 トビィ・サング・レジョン、十六歳。
 母であり、姉であり、恋人であり……美しき気高き魔族・マドリード。天へ立ち上る黒煙を見上げながら、トビィは呆然と死を受け入れられずに立ち尽くしていた。
 後ろから抱きしめられ、花の香りが宙を舞う。『ただいま、トビィ』そんな声が聞こえた気がした。

 数日後、サイゴンはアレクの部屋のドアを叩く。震えながら入室し、跪いて姉の真相についてアレクから説明をされると、静かに微笑んだ。

「アレク様から直属の命を受けていたのですね。そのお役目、姉に代わり是非、俺に」
「いや、これ以上の犠牲は出したくない。この件はもう良いのだ」
「しかし!」
「それよりも、サイゴン。マドリードの残した最後の人間……あの子を護ってくれ」
「トビィは、護られるような奴ではありませんよ。大人しく傍らにいると思えません、何しろドラゴンナイトの称号を得ました、自由です」

 苦笑いしていたサイゴンだが、急に顔を引き締めると、さらに地面に顔を近づけた。

「姉の意志を、俺に。姉もそれを望んでいる筈です、姉のように優秀ではありません、魔法とは無縁ですが全力で望みます」
「本当に、良いのだサイゴン。私が謝らねばならないというのに」

 アレクの顔に、陰り。秀逸な芸術品のような優美な横顔が、子供のように泣いている。窓の外から見下ろしたその先に、自分が統治している魔界が広がっている。
 今、他惑星から魔王が三人、来ている。無碍に滞在を断り、侵略を始められては困ると、様子を窺っているが三人とも食えない人物達だ。
 時間が、ない。

「勇者を。勇者を捜して会わなければ。会って話を聞いてもらわねば」

 数週間後、マドリードの死を未だに振り切れなかったトビィは旅に出る事にした。この家に居ては、思い出にすがったままになりそうだった。
 ドラゴンナイトの称号も得て、本来ならば隊長クラスの実力も兼ね備えていたのだが、人間であった為にそれは却下された。ならば特に居ても居なくても良いのだと、トビィは久方ぶりに気ままに人間界を旅することにしたのである。
 竜三体が共に一緒なのでサイゴンも安堵していたが、胸騒ぎがする。脳の奥で軋む何かが啓発している。実力もあるので、心配は無用のはずだが、トビィを見送る際に引き止めたくなった。
 旅立って暫く、不安で仕事も手につかないサイゴンに、ホーチミンとアイセルが励ますのだが項垂れるばかりである。「引き止めるべきだった」気づくとそう、零していた。

 それは、魔界を出て二ヶ月程。
 食料調達の為、竜三体を置いて森林へ入った時であった。その時に三体の竜がトビィを止めた、胸騒ぎがしたのだ。「そこへは行ってはならない」と必死に告げた。
 しかし、軽く笑ってトビィは離れて行ったのだ。竜の哀しげな鳴声が、トビィにも届いた。「何をそんなに警戒しているのか」と進む森の中、出てきた人物に深い溜息を吐くと、迷うことなく剣を抜く。

「しつこいな、オジロン。その火傷はどうしたんだ。オレを追う暇があれば、もっと精進すればいいだろ」

 オジロンである。未だにトビィを付け狙っていたのだ、数名の部下と共にトビィを取り囲んでいた。
 森とはいえ、多勢に無勢とはいえ。トビィは負ける気すらなく、瞬時に倒していくのだが、地面に這いつくばっていたオジロンが無造作に投げた髪に見覚えがあった。
 金髪。見事な金髪が束になって地面に落ちる。見た瞬間、頭に血が上る、沸騰する。

「マドリード!」

 冷静なトビィならば、難なく倒せただろう、しかしその瞬間にトビィはオジロンしか目に入らなかった。緊縛の呪文を唱えた二人の魔術師に、避けそこなったトビィは地面に見えぬ糸で絡め取られる。

「お前には自尊心がないのか!?」

 足元まで来てトビィの顔を踏みつけるオジロンに、情けなく怒りを籠めて叫ぶトビィ。

「はっ、自尊心? そんなもん、ないね、わしの求めるものは勝利と名声。貴様に勝てば見事この俺様もドラゴンナイトに昇格だ! わははは、なんだ、少しくらい能力が秀でているからって、ただの……人間のくせに」
「それでドラゴンナイトが務まると思ったら、大間違いだ。そもそも、オレに勝ったところで誰が認めるというのだろう。馬鹿じゃないのかお前」
「減らず口を!」

 オジロンを筆頭に動けぬトビィに暴行を加える魔族、反撃出来ないと解った途端に勢いを増して、魔族達はよってたかってサンドバッグのようにトビィを甚振る。
 トビィの言った通り、例えトビィを倒したからと、ドラゴンナイトの称号を得られる事はない。ただ、オジロンはトビィが目障りだった、自分より秀でている者を目の当たりにして、消したくなっただけだ。優越感を求めるだけの、下卑た者がそこにいた。
 命乞いもせず、喚きもせず、トビィは耐えた。
 マドリードが目の前のこのような卑怯な魔族にやられるわけがないので、他にも仲間がいたのだろうと冷静に判断していた。止めを刺したビアンカはマドリードの手によって倒されたが、その事実をトビィは知らない。
 決して屈しないトビィの強い瞳が気に食わないので、オジロンは顔を何度も強打する。腫れて歪み、それでも光を失わない瞳目掛けて足を振り下ろした。
 転がっていた剣・ブリュンヒルデを気に入り、オジロンは意気揚々と触れたのだが、瞬間眩い光を放ち一気に周囲に冷気が漂う。あまりの寒さに慌てて剣を手放した、舌打ちして忌々しく剣を睨みつける。その剣は持ち主を選ぶ、当然である、もとは水竜ジュリエッタの一角。仇のオジロンに触れられれば、反発もするだろう。その美しき剣は、オジロンの手には似つかわしくない。
 やがて、トビィの心肺が停止した。
 ブリュンヒルデが使い物にならない、と悟ったオジロンは、つまらなさそうにブリュンヒルデを破壊する。硬度があるので簡単に傷がつけられず、魔法を放っても焦げないその剣だったが、一斉に剣を突き立てると二つに折れた。
 森に、トビィの亡骸。森に、ブリュンヒルデが剣ではなくなり、転がった。
 響き渡る、オジロンの笑い声に森の動物達が逃げ惑う。不気味な掠れ声は、耳障りだ。

 ……起きて、起きて、トビィお兄様。助けに、来ましたっ。

 月明かりが、トビィを包む。
 デズデモーナの背に乗っていたトビィは、我に返ると月を仰いだ。過去を思い出していた、懐かしい場景だった。
 忌々しそうにオジロンを思い、次に会ったら息の根を止めると誓う。マドリードの、そしてジュリエッタの仇、卑劣な魔族を赦すことはできない。
 背中の剣を抜き放つと、月の光が反射して深い水底の様な色合いを醸し出した。トビィの手にあるのは、無論”ブリュンヒルデ”。傷一つない、美しき剣。

「アサギ、待っていろ? 今助けに行く、あの時助けてくれたように、必ずオレがアサギを助けるから」

 紫銀の髪を風に流して、月を背に孤高のドラゴンナイトは三体の竜と共に魔界を目指す。
 アサギという名の娘を、愛する娘を助ける為に。
 キィィィィ、カトン。
 歯車が、回った。


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