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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第51回   トビィと三体の竜
 十五歳になり、数ヶ月。竜を探す旅に出る事になったトビィ。
 魔界に生息する野生の竜もいれば、人間界にいる竜も数種類。ある程度の生息地域は上官魔族から教えられたが、常に移動している種族も多く、探しだす事が最も過酷である。
 飛竜タイプは黒竜、風竜、火竜。水中に生息する水竜に、地上の覇者である土竜など、大きく分けて五種類の竜が惑星クレオには存在した。
 ここから先は、誰も手助けできない。相棒の竜は自分でなんとかしろ、という試験である。
 身の上を案じたサイゴンとホーチミンと、暫し別れの時を迎える。マドリードの家で休息したトビィは、未だに帰ってこない彼女に、ふと人間界で出会えるのでは、と思い微かに笑った。
 二人に暖かい言葉を貰い、手製の御守り、薬草やら旅の準備をしてもらってトビィはついに旅に出た。
 トビィが欲したのは、当然黒竜である。孤高の竜、成人すると単体で生活し、多くは山岳に住まうという非常に相棒とするには難しい竜だ。性格もプライド高く、滅多に姿を現さない稀少竜で、憧れる者も多いが皆挫折する。
 しかし、空の覇者にして竜の中で最も強大な竜だ。まず、魔界から出る必要があったので、船で人間界へ出向こうかとも思ったのだが、トビィは自らに枷をした。
 目をつけたのは魔族側から貰った地図である、竜の生息区域が大まかに書かれていた。山脈を越えて南下すると、水竜の生息区域、確かな情報ではないがトビィはそこへ向かった。
 ドラゴンナイトを目指す者として、安易になりたくはない。まず水竜を相棒として、魔界を出ると決意したのだ。それが出来なければ黒竜は無理だろう、と。
 不屈の精神と鍛えぬかれた体力で、トビィは懸命に一人山脈を超え、海辺に到着。無骨な岩がところどころ突き出る海岸を一頻り歩き、焚き火をして浅瀬で魚を捕獲しまず休憩しつつ食していたトビィだったが、妙な違和感を感じて遥か遠くの海を挑むように見つめる。
 何かが、居た。
 火を消し、高い位置へ登って瞳を細めて見つめると、水竜だ。サファイヤのような煌く鱗に覆われ、頭部に水晶のような一角、六体で遊泳している。
 思わずトビィは走り出した、願ってもいない遭遇である。静かに水竜達は入り江へ入って行くので、慄くことなくトビィも続く。
 トビィの存在に気づき、最も小さな水竜がいきり立って突進してきた。初めて聞く鳴声だ、超音波にも取れたが、臆することなくその竜の突進を軽やかに避けながら岩を飛び越え近づく。
 最も長寿だと思われる体格の良い竜が、再度トビィに攻撃を加えようとしていた小さな竜を一喝し、進んでくる人間に興味本位な視線を投げかけた。

「ジュリエッタ! 見境なく襲い掛かってはいかん」
「でも、人間だよ!」

 竜が流暢に人の言葉を話していた、思わず目を丸くするトビィ。練習用の竜は一言も話さなかった、唖然と竜達を見つめる。
 訝しげに見てくる竜達だったが、老体の竜だけが優美に近寄るとじっ、とトビィを眺めている。
 後方でトビィが何かしようものならば真っ先に噛み付こうと、威嚇している竜達だったが、剣に手を伸ばすことなくトビィは静かにしていた。

「トビィ、という。見ての通り人間だ」
「人間が何故このような地に? ここは魔界の筈だが」
「幼い頃、魔界へ連れて来られ、数年を魔界で過ごした。今回、ドラゴンナイトとなるべく相棒を捜す旅に出て……という状況なんだが」

 ざわめく竜。人間で、ドラゴンナイト。一族でも聞いたことがなかったので、密やかにトビィを数奇な目で見つめる。

「無理強いはしないが……オレと共に世界を廻る相棒になる竜は、いないだろうか」

 更にざわめく。
 先程トビィに襲い掛かったジュリエッタが、馬鹿馬鹿しいとばかり大声で爆笑していたが、老竜は静かにトビィを見つめている。まるで心の底を探るように、外見ではなく精神を見極めるように。

「どこか。不可思議な”水”の加護をまとってらっしゃいますな。お好きな竜を、お連れ下さい」

 発したその言葉に一斉に沈黙する竜達、トビィとて息を飲んで唖然と老竜を見つめる。
 
 ……そんな簡単に?
 
 トビィがそう思った瞬間、声が脳に響いてきた、老竜だった。

 ――何者でしょうなぁ、人間殿。しかし、我らが水の眷属の根本は、あなた様に繋がっていると……確信してしまいました――

 思わず、自身の両手を見つめるトビィ、そのような事を言われたのは初めてだ。魔力も特になく、魔法すら使用できないトビィだが、受ける加護は水であると言い切ったこの竜。
 深くトビィに頭を垂れた老竜に、慌てて他の竜も頭を下げる。

「好きな竜、と言っても」

 トビィは一体一体、丁寧に見つめていく。やがて下したトビィの判断は。

「暫く、共に滞在させてくれないだろうか」

 で、あった。
 共に過ごし、自分と相性の良い竜と共に旅立ちたい、そう告げたトビィに満足そうに笑う老竜。真剣な眼差し、すっかりその一言でトビィを気に入った水竜達。
 いくら老竜の命令が絶対であるとはいえ、無理強いはしたくないトビィのその意志を汲み取り、すでに懐き始めた幼い竜が二体。
 ジュリエッタと、次に若い竜のオフィーリアだった。
 トビィは、竜の背に乗り海を駆け巡り、夜は入り江で共に語らいながら数週間過ごした。一緒に海に潜り、魚を捕まえ火を起こし食べさせると、生とは違う感覚に美味しいと連呼する若い竜。
 その頃トビィは決めていた、幼いのは解るがオフィーリアかジュリエッタ、どちらかを相棒とすることを。そして他の竜達も知っていた、この二体の竜が自分からトビィの相棒を志願することを。
 数日後、ジュリエッタは泣き喚いたが、まだ幼すぎたのでオフィーリアがトビィの相棒となった。
 拗ねて不貞腐れ、トビィの旅立ちを素直に見送らなかったジュリエッタであったが、オフィーリアの背に乗り、威風堂々と海を駆け巡るトビィの後姿を祈る気持ちで見守る。
 残された五体の水竜は、トビィに向かって静かに頭を下げていた、何時までも。

 トビィと離れたのが余程辛く、塞ぎこんでしまったジュリエッタ。次の入り江へ移動したかったのだが、それが出来ずに居た水竜達。暫くして、そこへオジロン達が現れた。
 水竜を探しに来て、見つからないので我武者羅に片っ端から海岸の岩を魔法で破壊していた頃。伏せって入り江に一人で居たジュリエッタは、そのせいで落岩に巻き込まれてしまった。
 思わず悲鳴を上げるジュリエッタ、その声をオジロン達が聞き逃すわけもなく駆けつける。

「これは。チビ竜だが紛れもなく水竜だなぁ、良い所に」

 助けるわけでもなく、出血し啼いているジュリエッタに近寄ると見事な一角に触れながら下卑た笑い声を出す。

「助けてやっても良いが……。ドラゴンナイトとなるワシの手助けをしてくれ」

 痛手を負うジュリエッタに卑怯な交渉、押し潰している岩を退けるかわりに要求を出してきた。なんという外道だろう。
 トビィと違い、ドラゴンナイトになる為だけに竜を使役しそうなこの目の前の低俗な輩に、重症を負いながらも誇り高くジュリエッタは叫んだ。

「断る! 認めた主は他にいる、誰が貴様らの手助けなどっ」

 幼くも、その海の覇者の片鱗を見せたジュリエッタ。その咆哮に思わず身をすくめたオジロン達であるが、目の前の竜は動けない。厭らしくこめかみを引くつかせながらじりじりと近寄り、渾身の力で岩を跳ね除けようとしていたジュリエッタに剣を抜く。

「ならば……用はない」

 無慈悲、身勝手。
 懸命に抵抗し反撃したが、落岩での負担が大きく、幼いジュリエッタは抵抗むなしく命を落とした。竜は手に入らなかったが、一通り不満は解消できたので、優越感に浸りオジロンたちは引き上げる。
 数時間後、ようやく遊泳に出ていた水竜達が、胸騒ぎを感じて戻ったがすでにジュリエッタは見るも無残な姿になっていた。傍らに落ちていた剣を仇の物だと判断し、憎々しげに拾い上げると、岩を退かしてジュリエッタの遺体を海へと流す。
 果敢に戦った形跡が見られたので、水竜達は涙し、傍にいてやれなかったことを悔やんだ。見事な一角は老竜の手で根元から折られ、遺体は海の底へと沈んでいく。
 悲しみに沈む竜達の手元には、魔族の剣とジュリエッタの一角。何故老竜が一角を手中にしたのか、他の竜達には理解が出来なかった。
 オフィーリアと共に順調な旅を進めていたトビィは、ようやく目的地であるカナリア大陸に到着した。海岸でオフィーリアと離別し「太陽が二十回沈んだらまたここで会おう」と、約束するとトビィは一人陸路を行く。
 ここからは運も関与する、黒竜の行動範囲は広大だ、会える確率が低い。が、トビィは懸命に山岳を歩き、時折湧き水で喉を潤し、持ち歩いていた質素な干し肉を食べ進む。
 数日歩き周り、遠くに水音を掴んだトビィは喉の渇きを潤す為にそちらへ向かった。耳を頼りに歩けば、水質の良い湖がある、山頂から水がそこへ流れ込んでいた。
 自然と早足になり、トビィは喉の渇きを存分に潤すと衣服を脱ぎ水中へ入る。水温が低かったので寄せ集めの枯れ木でなんとか火を起こし、身体の汚れを落としつつ水中の魚を探した。槍で一突きし、久し振りにまともな食事を取ったトビィは、水面に何かの影を見る。
 竜だった。
 思わず見上げれば、間違いなく黒竜である。焚き火を消し、衣服を着て荷物を豪快に詰め込むとその飛行する竜を追いかけた。
 トビィに気づいているのか、いないのか。
 黒竜は誘うようにほと近くの山頂へと優雅に舞い降り、じっとしている。険しい顔つきで、荒い呼吸を繰り返しトビィはその竜の元へと山頂を登った。
 確実に竜も、トビィを待っていた。
 威厳漂う鋭利な眼光、自分を追ってきたトビィを興味深く値踏みしながら見ていた竜は、ようやく近寄ってきたトビィに口を開いた。

「人間だな、何用だ? よもや、ドラゴンナイト志望ではあるまい。……身の程知らずが、立ち去れ」

 こんな山岳地帯を歩き回る理由など、多くはない。トビィの風貌を見て瞬時にドラゴンナイトであると判断したその黒竜だが、トビィに解りきった問いを投げかけた。
 普通の人間であるならば、卒倒しそうな重圧感、光る瞳は深紅で口から除く歯は鋭過ぎる。口調と声の重み、心臓に突き刺さる威厳溢れるその雰囲気に流石のトビィも足が竦む。
 だが、真っ直ぐに歩み寄っていった。瞳を細めて微かに羽根を広げ、威嚇する黒竜。

「汝、無謀と勇気は違うが、解らぬか?」

 臆することなく歩み、黒竜の眼前まで来たトビィは足を止める。

「オレの名はトビィ。人間だが魔界イヴァンにてドラゴンナイトの称号を得るべく、相棒の竜を探す旅に出た。望む黒竜よ、共に来る気はないだろうか」

 低く笑い、竜は口を開く。

「数奇な。イヴァンからここまでどうやってきた、人間よ」
「相棒のオフィーリア、水竜と共に」

 鼻で笑うと、竜は羽根を広げて宙に浮遊する。風圧でトビィの髪がなびき、その身体すら揺れる。

「一体いるのだな? ならば十分であろう。稀に竜を所持すればするほど、自分は有能だと勘違いするたわけがいるが……貴様もその類か? 互いに信頼し合い、常に共に居る関係、それこそが有能な竜使いの姿である」

 帰れ。
 竜はそう付け加えると、眼下のトビィに以後無言の圧力をかける。肩を竦め、トビィは意外にもあっさりと引いた。

「そうか、ならば仕方ない。オレをそう判断したのなら……合わないのだろうな。オレが求める竜は心を分かち合える大事な相棒、オフィーリアと同じ様に。邪魔したな、では」

 踵を返す。
 これには竜が驚愕した、今まで数名のドラゴンナイト志願の魔族に出会ったが、断るとしつこく会話してきたり攻撃を仕掛けねじ伏せようとしてきたのだが……。トビィに何か違うものを感じた竜は、再度岩に降り立ち声をかけた。興味本位で。そして、何故か懐かしい雰囲気に捕らわれ始めていた自分に困惑する。

「妙な人間だな。少し興味が沸いた」

 軽く振り返り、トビィは足を止める。無言でトビィと竜は何かを語るように視線を交わしていたが、不意に同時に笑みを零した。
 竜が瞳を閉じて、小さく溜息を吐くと何かを決意したように瞳を大きく開く。

「似ているような気がしてきた、人間の異端児よ。いや、人間のドラゴンナイトよ」
「そうか? 互いにプライドが高そうだよな、下手すると触発、合わないかもしれないが?」

 喉の奥で笑い、トビィは右手を差し伸べる。トビィのその姿を見つめ、竜は頭を下げた。その人間、奥に秘める不可思議な”何か”。以前、会ったことがある気がしてやまない、何か。

「名は、デズデモーナ。よろしく、主よ」

 共に、居てみようと思った。何故か、この人間に妙に惹かれた。そして、この人間と深く縁のある人物に会わなければいけないと、痛感してしまった。

『デズデモーナ? 今日、貴方は元気かしら? そう、調子が良いのね。嬉しいわ』

 柔らかな少女の声が聞こえた気がした、デズデモーナは幻聴に応えるように大きく咆哮すると羽ばたく。その背に、トビィは飛び乗った。
 願った黒竜デズデモーナ。
 トビィとデズデモーナ、揃ってオフィーリアと約束した海岸へ急いだ、トビィの計算が合っていれば約束の日まではまだ数日余っている。
 何処まで行ったか解らないオフィーリアを、空中からトビィは捜した。待っていてもよかったが、少しでも早く会いたかったのだ。

「オフィーリア!」
「あー! 主だぁー」

 約束の海岸から離れた海域で、オフィーリアは悠々と泳ぎまわっている。空中から現れたトビィは初めて見る黒竜に乗っている、目的を達成できたのだ、とオフィーリアは満足そうに頷いた。流石だ、と誇らしく思い笑みが零れてしまう。
 数体の竜を所持し、その竜達の仲も取り持てなければドラゴンナイトの資格は当然ない。しかし、二体の竜は大人しくトビィに付き従った。
 目の前の喜ぶ幼き竜を見て、満足そうに頷いたデズデモーナは、多少躊躇いがちにトビィに口を開いた。

「すまないが……一度親友に報告してきたいのだが。いや、何処に居るか解らないのだが必ず後で合流しよう」
「そうか、ではイヴァンで落ち合おう、デズ」

 オフィーリアの背に乗り、飛び去るデズデモーナを見送る。眩しそうに夕日を浴びて、偉大な羽根を広げて飛び去る姿を目に焼き付けると、トビィ達はイヴァンへ引き返した。
 波の煌めき、潮の香り、照りつける日差し。水分を補給しながら、魔界イヴァンを目指す。すぐにでもサイゴン達に報告をしたかったが、トビィはオフィーリアを気遣った。

「オフィ、仲間達に会ってから行こう」
「ホント!? 主、ありがとーっ」

 以前出会った海岸へ行けば、妙に岩が形を変えていたので首を傾げつつ、トビィ達は水竜を捜す。反対側の海岸付近で姿を見つけたので意気揚々と手を振って近寄れば、竜達は悲しみに包まれていた。
 理由は簡単だ、ジュリエッタが何者かに殺されてからまだ一月ほどである。一族の死を簡単に受け入れられなかった、彼を置いて遊泳に行ったことを後悔していた。
 トビィ達の姿を見、安堵し若干笑みを浮かべた水竜達は事情を語る。残されていた敵の剣を見せてみれば、トビィが舌打ちした。見覚えがある、当然だ。

「オジロン!」

 試合で手合わせした際に、トビィは相手の剣の特製を見極める為、オジロンの剣も鋭い眼光で睨みを利かせていた。ゆえに、憶えていた。憎憎しげにその名を吐き捨てる。

「仇は自分が」

 冷ややかな声でそう告げ、名乗り出たトビィにジュリエッタもそれで浮かばれると水竜達は涙する。そうして老竜が取り出したのが、ジュリエッタの一角であった。

「どんな鉱物より硬く、そして鋭利な我ら水竜の一角、是非トビィ殿に剣として扱って頂きたい。ジュリエッタとて、共に居られると本望でしょう」
 
 その為に、あの時老竜はジュリエッタの一角を折ったのだ。
 トビィは丁重に一角を受け取ると、眩く光を放つそれに自分の顔を映した。ジュリエッタの無邪気な笑い声が聞こえる気がして、思わず胸に熱いものが込み上げる。
 しかし、このままでは剣として全く扱えない、素材は上等だがどうにもならない。だが、トビィをぐるりと水竜達が囲み、手にしている一角へ向けて念を籠めれば。
 その手の一角は仄かに光り、そして熱を帯び始める。

「水竜は。生涯、主と見極めた者の為に死して尚、役に立とうと、傍に居ようと致します。ジュリエッタはトビィ殿を好いておった、相棒になれなくとも、心はトビィ殿と共に」

 徐々に形を変貌させていく一角、ジュリエッタはトビィの武器として居る事を望んだのだろうか。
 暫しの後、呆然と立つトビィの手には一振りの剣があった。水を思わせる澄んだ光、冷たさと美しさの共存する世界で唯一無二の剣。水竜ジュリエッタの一角から生成された、トビィだけの剣だった。
 鞘は、サイゴンから受け取った剣に不思議な事にぴたり、と収まる。感嘆の溜息しか出てこないトビィに、深々と頭を垂れる水竜達。

「……ブリュンヒルデ。この剣をブリュンヒルデと名付けよう」

 ジュリエッタの名をそのままつけようと思ったのだが、不意にブリュンヒルデ、という名が浮かんだ。後方で水竜達が息を飲んだが、気にせずトビィは続ける。

「幼い頃、育ての母に聞いた話では、大地を司る偉大な精霊がブリュンヒルデ、という名だと。敬意を、そして崇拝の意を籠めてその名をつける。……水の偉大な精霊の名は知らないし、な。剣の雰囲気にも合っていると思うんだが。どうだ?」

 荘厳なその剣を掲げて、満足そうにいうトビィに「返す言葉がありません」と老竜が近寄った。

「ジュリエッタ……いえ、我が水竜の族名が、ブリュンヒルデといいます。正直、驚きを隠せません」

 それにはトビィとて驚いた、驚くべき偶然である。名付けたそれは、水竜族全てを象徴するかのように、神々しく光を放っていた。トビィの手にしっくりと馴染み、身体の一部であるかのようにすら感じるその剣。

 水竜は陸へ上がると非常に弱々しい生命体である、乾いてしまうと最悪死に至る。オフィーリアがまだ若いことも察して、トビィは水竜達にオフィーリアを頼み「迎えに来るから」と自分は一人でサイゴンの元へと向かった。
 数日かけて城へと戻り報告すれば、歓声を上げてサイゴンとホーチミンがトビィに抱きつく。水竜、黒竜の二体を短期間で相棒としたというトビィの噂は、瞬く間に魔界に広がった。
 魔族でも類を見ない優秀振りである、当然だ。
 サイゴン達にオジロンの行き先を問えば「未だに竜探しから帰ってきていないはずだ」と教えられて。トビィは経緯を話した。
 呆れてホーチミンが怒りのあまり椅子から立ち上がると、爪を噛みながら宙を見つめる。

「恥知らずめ!」
「水竜に拒否されたのならば、風竜を捜すかもしれないな。今、魔界の東に風竜の一家が滞在中だと聞いたが……」
「解った、行って来る」

 サイゴンの話を聞き終えないうちに、トビィは家を飛び出す。二人も同行したいが、必死に耐え、その後姿を見送った。
 オジロンが水竜を殺した明確な証拠がないので、その罪ではサイゴン達は動けない。水竜達が嘘をついている、と言われたらしまいだ。剣とて濡れ衣で用意したものだと突っぱねられたら水掛け論になる。
 同じドラゴンナイトを志すトビィならば、しがらみで衝突しオジロンと対する事が可能だ。トビィの力量は承知しているが、相手はオジロン達卑劣な魔族五人、万が一も有り得るので祈るばかりである。
 デズデモーナは未だ魔界に到着出来ていなかった、トビィは信頼も得ていたので城の小型の竜を借り、飛べるところまで進む。
 やがて空気薄い山の頂付近でトビィはこの竜と別れると、胸騒ぎを覚えて進んだ。何かの叫び声に血相を変えると、トビィは夢中で山を駆け上る。
 産まれたばかりの竜を連れた緑の竜……風竜の母親が魔族に取り囲まれていた。頭に血が上ったトビィは、大声上げて突進する。

「貴様! 人間の!?」
「何をしている、オジロン! ジュリエッタでは飽きたらず、また竜を!」
 
 背の剣を引き抜く、驚愕した瞳で見ていた魔族達の目の前でトビィは”ブリュンヒルデ”を抜き放った。

「ジュリエッタの仇、とらせて貰う」
「ほざけ、青二才が! 自信過剰の人間め、返り討ちにしてくれるわぁ!」

 トビィの所持する不可思議な剣に戸惑いを覚えつつ、魔族はトビィを取り囲む。その隙に目配せし、トビィは風竜に逃げるように指示した、それが本来の目的だ。
 トビィとその剣の姿に圧倒され、一歩も動けない魔族達。しかし恐れることはない、相手はひ弱な人間一人きりだ。魔法が扱える者が一斉に詠唱を始めた、使えないものが斬りかかった。
 魔法は厄介だ、何が来るか検討もつかないのでトビィは斬りかかって来た魔族を紙一重で避けると、詠唱している者達に斬りかかる。詠唱を完成させられる前に、それを中断すれば優位だ。
 素早く軽やかな動きで、トビィは瞬時に魔族達を蹴散らした。

「こ、このっ!」
「いい加減自分の実力を見極めろ。お前達では無理だ」

 あしらう様に軽く髪をかき上げ言い放つトビィに、頭に血が上ったオジロン、威勢だけ良い掛け声と共にトビィに向かう。しかし、突如悲鳴を上げてその場で硬直した。
 黒い影が、地に落ちる。
 猛々しい咆哮、トビィはその声の主に思わず笑みを浮かべて名を叫んでいた。

「デズデモーナ!」
「主、見つけたぞ」

 眩しそうにデズデモーナを見上げたトビィと、威圧感に顔を引きつらせたのはオジロン、場を制したのは黒竜。

「主の傍に、共に。……下卑た魔族よ、邪魔だ」

 紅蓮の瞳に睨まれ、オジロン達は盛大な悲鳴と共に山を駆け下りる。弱者に対して居丈高な人物は、強者に対しては卑屈になるようだ。あまりの変わり様子に、流石のトビィも呆れて追う気にもなれず、デズデモーナと再会を喜ぶ事にした。

「アレは何だ、主」
「仲の良かったオレの大事な水竜を殺した、最低な魔族だ。風竜が襲われているようだったので間に入ったんだが」
「ふむ」
「一応あいつらもドラゴンナイト志願なんだがな」
「無理だ、諦めたほうが身の為だがな」
「口で言って解る魔族達じゃないんだ」

 肩を竦めるトビィ、そこへ様子を見ていた風竜が遠慮がちに舞い戻った。見れば数が増えている。

「危ないところを……助かりました」
「気にするな」

 母竜の後方に、デズデモーナより多少小型の風竜が控えている。

「息子です、本来は息子か夫が居るのですが、今日は二人とも不在で」
「そこを狙ったんだろう、そういうとこだけ妙に勘が働くんだあいつら」

 舌打ちし、トビィが山の麓を睨み付けた、デズデモーナも威嚇するように咆哮する。

「まぁ、その立派な竜が居れば今後は安心だろう。その幼子が成長するまで、今後は片時も離れないことだ」

 デズデモーナの背に飛び乗り、立ち去ろうとしたトビィに控え目で小声だったが風竜が声を発した。

「私はクレシダと申します。……同行しても良いでしょうか」

 面食らって頭を抱えたトビィ、先程の言葉は伝わらなかったのだろうか、傍に居ろ、と言った筈だ。わざとらしく溜息を吐く。

「オレはトビィ、ドラゴンナイトを目指しているが既にデズデモーナと、水竜のオフィーリアが相棒だ。正直……」
「興味がありますゆえ」

 全く話を聞かない風竜、苦笑いでトビィは母竜を見たのだが、息子を唖然と見ているのは母も同じである。しかし、突然愉快そうに笑い出した。

「トビィ様、と申されましたね。クレシダが自分の意思を示すことは稀なのです、よければ連れて行ってやって下さいませんか」
「いや、しかし」
「もうすぐ旦那が戻りますから、こちらの身はご心配なさらず」
「ん……」

 引き下がらない風竜一家に、思わず困り果ててトビィはデズデモーナを見たが、苦笑いで返された。数分迷っていたのだが、ようやくトビィは手をクレシダに差し伸べたのだ。

「よろしく、クレシダ」
「お願い致します、主」

 こうして、ひょんなことからトビィは三体の竜を手に入れたのである。
 黒竜デズデモーナ。
 水竜オフィーリア。
 風竜クレシダ。


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