ネズミの身体を一突きにしたサマルトが軽く安堵の溜息を吐きながら、大事な相方を探す。見ればムーンも粗方敵を一掃したようだった、全くの無傷である、彼女の魔力はサマルトが一番良く知っていた。 危機は去ったと確信すると、興奮気味でサマルトはアサギの手を取り、力強く振り回す。驚いた浅葱だが無邪気なサマルトに思わず笑みを零して、されるがままになっていた。
「お会いできてよかった、オレはサマルト。二星ハンニバルのシーザー城第一王子・サマルトと申します」 「初めまして、私は田上浅葱といいます」
宜しくお願いします、飛び切りの笑顔で浅葱は深々とお辞儀をする。 ぺこりん……そんな擬音が似合う。可愛らしい子犬を見た時のような、胸を締め付けられる愛おしさを感じた。 その笑顔に、思わずサマルトも釣られて笑う。 姿を見た時は、あまりにも小柄な少女だったので勇者ではないと思った。 というか、勇者であっては困ると思った。 が、勇猛果敢に、怯むことなく敵へと突撃し、見事な連鎖攻撃を繰り返していた姿を観て謝罪した。力量を目の当たりにすれば、信じざるを得ない。 何より、サマルトが自国より丁重に運んできた”碧い勇者の石”が、浅葱に反応したのだ。 それは勇者にのみ、反応するといわれている伝説の石。銀細工の腕輪に石が填め込まれている為、一見高価な装飾品にしか見えない。 サマルトが懐からそれを取り出すと、真っ直ぐに石は浅葱を指し示し、腕輪はサマルトの手によって浅葱の手首へと収まった。その際、若干緊張してたサマルトの手が震える。あまり同年代の異性と接した事はない、そこにいるムーンくらいだ。
「タガミ、アサギ。アサギ、と呼べば良いのでしょうか」 「あ、はい、アサギで良いのです」
アサギは再度深々とお辞儀をした。照れ笑いを浮かべているサマルトに首を傾げつつ、一度整理してみようと浅葱は頭を回転させる。 突然光の中から、サマルトとムーンが現われた、追うような形でネズミが空から降って来た。ムーンが魔法を唱えて攻撃し、サマルトは細身剣で攻撃し、今勝利した。 とくん……アサギの胸が跳ね上がる、今になってようやく”戦った”という実感が湧いて来た。ネズミを素手で攻撃した時は全く気にならなかったのだが、急に足が震え始る。これから起こるであろう出来事への武者震いなのか、それとも恐怖を我慢していたのか。 不意に訪れた異世界からの訪問者はまだ目の前にいる、夢ではない。 自分は勇者らしい、ということが発覚した。願っていた事だった、勇者になったら、やりたいことがあったのだ。地球上には魔物もいないし、魔法も使えない、友達に夢を話すと笑われて頭を撫でられた。 ……ほら、やっぱり! 実在したでしょ、こんな世界。
嬉しそうに呟くと、アサギは思わず不敵に笑ってしまう。
「お会いできて光栄です、共に戦ってくださいますね勇者」
ゆっくりとした口調、柔らかな物腰のムーンが歩いてきた。 ……なんて、綺麗な人! アサギは息を飲み込み、ムーンを見つめる。”お姫様”とはこういう人の事をいうのだろう、行動全てが気品に満ちている。うっとりとアサギはムーンを見つめた。
「私の名は、ムーンと申します。サマルトとは幼馴染です、ジャンヌ城の第一王女でした」
傍まで近寄ってきたムーンは、優美にお辞儀をした。慌ててアサギもお辞儀を返す、見様見真似で戸惑いがちであったが、粗相があってはいけないと思ったのだ。
「一先ず、説明いたしましょう。この場所は私達の住んでいた場所と違う様子ですから、上手く説明が出来るか……不安を感じますが」
ムーンは軽く咳き込むと、口元に手を当てたまま語りだす。神妙な顔でアサギは頷いていた、聞いておかなければいけない事だ。
「私達は二星ハンニバルと呼ばれる惑星出身です。ご存知ですか? ……その様子ですとご存じないようですね、続けます。数年前突如として”魔王”と呼ばれる存在が現われました、名をハイ・ラゥ・シュリップ、と申します。彼の残虐性の高い愚行によって、五国存在した大国が滅ぼされていきました。先程、私の国ジャンヌが落城いたしました。サマルトの国だけが辛うじて残っている筈……です」
そう、筈だった。 しかし、現在サマルトの国の現状など知る由もない。最悪、同じ様に亡国となっている。 唇を噛み締めながら聞いていたサマルトが、口を開いた。
「俺達は各々国に同年の仲間が居たから、仲間に術く片っ端から捜しに行ったのだけれど……オレ達二人しか……」
二星ハンニバルの魔王、ハイ・ラゥ・シュリップ。アサギは脳裏に叩き込むべく、復唱する。
「勇者の石はムーンの国に保管されていたので、そこが集合場所となったのです。予言がありまして……『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』」 「私とサマルトは、その予言を信じてここまで辿り着きました。大勢の命が失われましたが、共に魔王を倒せば救われると信じています。どうか、勇者アサギ。私達と共に魔王ハイを倒し、世界に平和を」
大体話は理解した、アサギは神妙に頷くと二人の手を勢いよく握り締める。
「私、頑張ります! 魔法も使えないし、切れる剣なんて使ったことがないけれど、頑張りますっ!」
素直な言葉である、偽り無き真実の言葉だった。 だがその台詞に二人は思わず眩暈を覚えた。まさか勇者が戦闘未経験者であろうとは、思わなかった。しかし、先程の戦闘を見ていると素質は十分だからすぐに覚えられるだろう、と半ば強引に納得した。 思い込みたくもなるだろう、石が導いたのだから間違いはない筈である。 三人はその場で、笑みを零した。若干、サマルトとムーンの笑顔が引き攣っていたようにも見えるが。 何はともあれ、勇者が見つかった安堵に肩の荷を下ろす。素質があり、受け答えがはっきりしている目の前の小さな勇者を多少不安げに見つめた。
……成長するまで誠意一杯見守ろう、彼女とならば何でも出来る気がしてきた。
サマルトとムーンは空を仰ぎ、死した仲間達を思い出す。
……勇者に、逢えたよ。
黙祷し、静かに祈りを捧げる。勇者に会う為に払った尊い犠牲を無駄にしないように、祈る。
同刻。 惑星クレオ、神聖城クリストバルに集結した者達。服装も年齢も区々で、全く共通点が見つからなさそうな六人だが、唯一の共通点は”勇者を探すこと”。 水晶玉に映っているアサギとサマルトを見つめ、一人が神官に叫んだ。
「早く、早く! 勇者が奪われる前にお願いします!」
そう叫んだ少女の手中には、翠色した石の填まった腕輪が二つある。言うなり、六人の姿が掻き消える。
更に同刻。 惑星チュザーレ、ボルジア城内。紅石を手にしている頭の回転の速そうな男が一人、魔法陣の中に立っていた。
「急ぎませんと」
それだけ呟くと、瞬間的に姿は掻き消える。
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