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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第49回   花園の幻蝶〜マドリード〜
 ようやく名前を知ったトビィ、妖艶に微笑んだままのマドリードに、トビィも返事を返す。それが礼儀だ。

「オレはトビィ」

 臆することなく平然と自分の名を呟き、真っ直ぐにマドリードを見返してきたトビィに、軽く瞳を開く。が、直ぐに口元に笑みを浮かべると優しく抱き締め、そのまま羽根を広げて宙に浮くと、先程指した方角へと飛び去った。
 若干九歳、歳に不釣合いなほど堂々とした様子のトビィに、マドリードは関心が耐えない。見目麗しいのは確かだが、単に怖いもの知らず、というわけでもないようだ。トビィの奥底に、何か”違和感”を覚えたマドリード、家の庭に舞い降りる。
 目の前の家を見て、トビィは隣のマドリードと見比べた。
 小さな家だった、純白でカントリー調の家だ、容姿から判断するともっと派手で豪華な家を好みそうだが、これはこれで彼女に合っているな、と不意にトビィはそう思う。庭には大きすぎず控え目な花たちが、百貨絢爛咲き誇っていた。

「これはマドリードが?」
「えぇ、趣味なの。変? 魔族の人間を虐殺する女が花を愛でるのは?」
「いや、そういう意味じゃない。あぁ、あの白い小さな花がマドリードには似合っている」

 歩きながらさらり、と感想を述べるトビィ。くすくす笑いながら、マドリードは玄関のドアを開いた。
 普通なら自分の村を消滅させられたのだ、トビィのマドリードに対する感情・行動は真逆でも良いだろう。しかし、トビィは大人しくついていくと慣れた様子で椅子に座り会話を待つ。
 大人びているその様子に、マドリードのほうが多少戸惑った。簡単に夕飯を作り、二人で言葉少なく口へ運ぶ。

「美味しいな」
「口に合ってよかったわ。こういった田舎料理しか出来ないけど」
「いや、十分だ。温かみがある」

 長く麗しい金髪に、豊満な身体、一見こういった家事とは無縁な女性に見えたが、家庭的なようだ。手入れされた庭といい、片付けられた部屋といい、品の良い壁の絵といい。

 ……とても、人間を抹殺した女性には見えない。

 焼きたてのパンに、トマトの牛肉煮込み、ワインとサラダ。味に煩いトビィも、大満足の料理だった。引き取ってくれた老夫婦は非常に家庭料理が得意で、そんな中で育ったので否応がない。
 すっかり寛いでいるトビィを部屋へと誘うマドリード、ベッドに転がり、ようやくトビィは疑問を口にした。

「で? オレを魔界へ連れて来た理由は? 人間の村を消滅させ、その生き残りのオレに何か意味が?」

 髪をかき上げながら挑戦的にマドリードを見るトビィ、その鋭い視線に思わず固唾を飲み込んだマドリードは、トビィに近寄ると髪を撫でる。

「私、美しいものが好きなの」
「それだけ?」
「まぁ、それだけね。トビィが余りにも私好みだったから、ついつい。もちろん初めてじゃないわ、綺麗だ、と思えば過去にも何人か人間を連れて来た」
「へぇ、それはまた酔狂で」
「そうかしら? 美しいものを愛でてはいけない?」
「良い趣味だと思うけど。では、何故あの村を?」

 大人しく撫でられながら、質問の続きをするトビィ。苦笑いで躊躇いがちに口を開いたマドリード、微かに表情に陰りが見える。一瞬、目が宙を泳いだのをトビィは見逃さなかった。

「魔界には様々な魔族が居るのだけど、現魔王・アレク様を守護すべく産まれながらに魔力が高い人物は、両親から離されて英才教育を受けるの。それが私、当然魔族に敵対するのは天空の神々だけれど、人間とて侮れない。稀に特異な魔力を持つ人間が現れ、それは魔族にとって脅威になる。数だけでいけば人間のほうが上よね。絶対的存在を醸し出す、影響力の高い人間の下で、完璧な軍師、統率力の高い人間達が揃い、立ち上がれば魔族とて危険だわ。近年、徐々に人間も魔力を高めているし、人口も増えている。私は、人間の数を一定に保たせるように指示を受けているの、稀にあぁして人間界へ赴き、村を滅ぼすのよ。山奥の小さな村を狙うのは、そのほうがね、秀でた人間が現れる確率が高いから。環境が整っていない場所のほうが、優秀な子が産まれる確率が高いのよ。生への執着かしら。
 酷いでしょ、信じてくれなくても良いけど人間が目障りで抹殺しているわけではないの、自分の命の為に手を下しているのよね。断れば、私が反逆罪で処刑だもの」
「成る程ね、でも、いいわけ? 人間を連れて帰ってきて」

 つまり、”仕事”なのだ。人間抹殺という仕事をこなさなければ、マドリード自身が殺されるのだ。ならば仕方がないだろう、トビィとて村に襲い掛かる熊や狼は大人と倒してきた。自己防衛の一環だ。
 マドリードが趣味で人間を殺す人物ではないことは、トビィとて解った。容姿とは裏腹に繊細な心の持ち主であると、判断したのだ。
 以前一度、村から出て街へ遊びに出た。酔狂な女達が溢れ返っていたが、それらと比較するとマドリードが女神にすら思えてくる。

「魔界で、魔族と共に生活する人間なら高い能力の持ち主のほうが大歓迎よ。無論、離反すれば即抹殺だけれど」
「くわばら、くわばら」
「人間と共存を望む魔族も、少なくはないの。ただ、やはり古株の魔族や血の気の多い魔族は人間を敵視しているのよね」
「へぇ。大変だね、魔族も」

 トビィは魔族に詳しいわけではない。村人から一通りの知識と学問、剣術などは教わっていたが魔族に関してはある程度しか聞いていない。
 というよりも、人間で魔族に詳しいものなど一握りだ、今し方トビィが聞かされている内容はほぼトップシークレットである。

「私のように人間界から好みの人間を攫ってきて、共に暮らす魔族も少なくはないし」
「何させるわけ?」
「……色々と」
「だろうね」

 喉の奥で愉快そうに笑ったトビィ、挑発的にマドリードを見やると、不意にその金髪を優しく手に取り口づける。
 下からの鋭い上目遣いに思わず鳥肌を立たせたのは、マドリードだった。十にも満たない幼子、しかし、この自信と色気は天性のものだ、自分はとんでもない拾物をしたのではないだろうか、と心から打ち震えた。
 思わず固唾を飲み込むしかない、女慣れしている相当の男ですら発するのが難しい色香だ。

「……あの村は近くの街で祭りがあったから、半分が出払っていた。マドリード、そこを狙っただろ?」
「え」

 笑いながら言うトビィに、愕然とする。

「極力人を殺したくないマドリードは、数日前から見ていたんじゃない? 村を一つ壊滅させれば堂々と報告出来る、まさか人間の数までは申告しないんだろ? 違う? 図星だろ」

 思わず言葉に詰まった。
 確かにそうだ、山奥の村に目星をつけた。極力人数が少ない村にしたのだが、様子を見ていれば数日後に人数が減る、とのこと。近くで、その日を待っていた。トビィの言う通りだった。
 言葉が出てこないマドリードに、トビィは勝ち誇ったように笑う。無邪気で、残酷で、そして完全に掌握したような笑みを。
 数分後、思わずトビィを抱き締めベッドに倒れ込むと、ようやく深い溜息のあと、マドリードにも笑みが戻った。

「賢い子ね、トビィ。ますます気に入ったわ」

 トビィの唇に、そっと自分の唇を重ねる。

「で? オレのことは何、夜の玩具扱いなわけ?」

 意地悪な口調でマドリードの髪に触れているトビィは、小さく含み笑いをしている。

「……先ほども言ったように、私は綺麗な者が好きなの」
「あぁそうだね、オレも綺麗なのが好きだけど」

 マドリードは、顔を顰めた。油断した、ただの子供だ相手は。しかし、その内に秘めている”何か”が、尋常ではなく。誘うような視線と、どちらが組み敷かれているのか分からない態度に狼狽する。

「いけない子ね、トビィ」
「何が?」

 笑いながら二人は、そのまま、自然に身体を重ねた。


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