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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第47回   夢の続きは、何処で見る
 イヴァンを目指して数日、トビィの持っていた質素な食料もそろそろ尽き始めた頃。
 大陸が見えたので、一旦そこへ着陸することにした。トビィは先を急ぐべく最後まで躊躇していたが、その日は生憎雨天である。それならば休憩し、翌日晴れたら再開したほうが効率が良いのではないか、という話になった。
 雨天の飛行はやはり体力が奪われる、トビィは逸る気持ちを抑えて、また竜達の体調も考えてその地に降り立った。悲鳴を上げていたのは、幼い水竜オフィーリア。流石に水の中といえども全力で泳いでいては、体力が続かない。休憩が決定し、嬉しそうにオフィーリアは飛び跳ねた。
 崖下にオフィーリアを残し、デズデモーナとクレシダ、そしてトビィは崖上へ着陸する。魚類ばかりを主食にしていたので大地のものが食べたいと思ったトビィは、森へと足を進ませた。土の軟らかな感覚に、やはり大地は良いものだとトビィは思わず笑みを浮かべた。
 安心すれば、腹が減る。竜の気配に森の生物が怯えて出てこないのではないか、と思ったが野兎を捕まえる事ができた。本日の食事だ、選りすぐって茸も調達する。
 大木の下でなんとか濡れていない木々を広い、火を起こし焼いて食べる。久々に捌く兎だった、木の実の香辛料と茸を開いた腹に詰めて、豪快に焼く。暖かな物を口にするのは久し振りだった、それだけで落ち着く。香辛料の香りが、食欲をそそる。
 崖下から浮上してきたクレシダが、魚を手にしていた。わざわざ獲ってきてくれたのだろう、それも焼いてみる。火を通せば、飽きていた魚も美味しかった。
 流石に毎日生魚だけでは竜も飽きるというもの、クレシダは草食なので草や木の葉を食べ始めている。
 湯を沸かし、酒を割って身体を温める為に啜って飲んだ。雨音が、心地良い。豪雨にはなっておらず、しっとりとした雰囲気を周囲に漂わせる。霧が発生し、遠方は見えないが全く人の気配はなさそうだった。
 暫くしてオフィーリア一人では寂しかろうと、デズデモーナが崖下の窪みで休む事にし、トビィとクレシダは二人丸くなり眠りに入る。早めの就寝だ、どのみちできる事など、ない。
 慣れた旅だった。自分と、竜が三体だけ。先日までの旅は大勢の仲間で行動した、騒がしかったがあれはあれで愉しかった。人の輪の中に長く留まる事は、あまりなかったトビィにとって鮮烈だ。
 トビィは微かに笑みを零し、久し振りの大地に横になる。
 時間的にはまだ夕刻より前だろうが、空腹は満たされたのだ、眠りについても惜しくはない。

 やがて目が覚め、大きく伸びをして起き上がると一面は霧だった。雨は上がっている、早朝の濃い霧の中、冷たい空気で目が冴えた。
 トビィは消えかけた焚き火に再度火を起こし、暖を取る。湯を沸かして、身体を内から温める。街で手に入れた薬草を煎じて飲み、一息つくと次第に霧は晴れてきた。口にした薬草茶は思いの外苦く、丁度目も覚める。
 不意に何か奇妙な形を遠くに見つけ、目を凝らす。昨日は気づかなかったが建造物がそこにあった、朽ち果てていたが。
 不審に思い地図を広げる、場所の把握は完璧ではないが、方角的に大体推測する。指で地図上をなぞり、眉を潜めた。明らかにその場所周辺には、街などあった形跡が地図には載っていない。
 そこそこ巨大な建物のようだ、廃墟になった村ならともかく、ここまで大きいのなら地図に載っても良いと思うのだが。
 腰を上げると瞳を細めてトビィはそちらへ歩み寄る、当然剣も携えて。クレシダはまだ眠りについていた、妙な気配はないし、それでも油断せずに歩く。
 森の外れに廃墟、どうも形からして城だったように思われた。何時から建っているのか解らないが、植物の生え具合からしても相当経過してそうである。

「驚いたな、地図に記載されていない城、か」

 忘却の城だ、この地図とてそう新しいものではないのだが、それ以前に朽ちたのだろう。
 周辺を歩き回った、白骨化した人間が見られたので戦争に敗れた場所なのだろうと憶測する。盗賊などが偶然見つけられれば、目の色を変えるのだろうがトビィは金になど困っていない。踵を返した時だった。

「驚きましたね、まさか人間がこの地に足を踏み入れるとは」

 声に反射的に剣を引き抜いた、見れば廃墟に一人、深紅の長い髪を風に舞わせて立っている人物がいる。いつからそこにいたのだろうか、気配は感じなかった。
 あまりにも線が細いので女だと思った、が、声は男のもの。静かにこちらを振り向けば、頭部に突き出た角が二本。魔族であると判明し、皮肉めいてトビィは笑う。

「魔族がいるとは、な」

 軽く唇を持ち上げて笑うトビィに、その魔族は臆する事もなく柔らかな笑みを浮かべる。

「気づかれないうちに立ち去ろうかとも、思ったのですが」

 徐々に二人の距離が近づく、警戒しているトビィとは反対に、魔族の男は変わらず笑みを浮かべたままだ。突如腕を差し伸べられ、トビィは一歩後退した。
 思わず舌打ちし、睨みつけるトビィ。後退してしまったのだ、有り得ない事だ。トビィが後退するということは、相手が只者ではないという事、相当な魔力の持ち主である。見れば腰に剣を下げていた、魔法剣士かもしれない。ひ弱そうだが。
 そんなトビィの視線を気にすることもなく、魔族は優しく手を差し伸べている。

「お腹、空きませんか? 一緒に食べましょう」

 屈託ない笑顔でそう言われ、拍子抜けしたトビィは警戒を解くことなく踵を返しクレシダの元へと戻った。
 何も言わずについていく魔族の男、どことなく愉しそうだ。

「今日は……愛する人の命日なのです」
「へぇ」
「ここで、彼女は息絶えました」
「あの廃墟、城か?」
「えぇ、もう随分と前に存在した小さな城です、人の良い国王であった為……潰されました」
「当事者か?」
「はい、そこの姫様が私の想い人。……あ、申し送れましたね私はサーラ、と申します」
「……オレはトビィ」
「知っていますよ」

 振り向き様に喉元に剣を突きつけたトビィ、サーラは意外そうに肩を竦めた。
 知らない相手が自分を知っているというのは、確かに不愉快だ。
 しかし睨みを利かせているトビィに軽く首を振ると、困惑気味に剣を下ろすように懇願する。

「怒らないでください。ドラゴンナイトのトビィ・サング・レジョンさん、ですよね。紫銀の髪に竜を三体つれていれば、魔族なら殆んどの者が知っていますよ。私はサーラ、魔王アレク様の従兄弟であるナスタチューム様の参謀です」
「ナスタチューム?」

 眉を潜めトビィはサーラから剣を外す、足元から見上げていき、舌打ちした。聞いた事はある、魔界イヴァンではなく別の土地に移動し住んでいる魔族達の長の名だ。記憶を手繰り寄せて、半ば興味なさそうに聞いていた自分を思い出した。
 アレクとの冷戦に負けたのだとか、様々な噂が飛び交っていたが、トビィとてそのナスタチューム側を名乗る魔族に出会うのは初めてである。

「敵意はありませんし、トビィさんが今後どうされるのか訊いたりもしません。が、一人での食卓は寂しいので」

 にこやかに笑うと先に歩き出した、トビィの脇をすり抜ける。

「山菜や茸、それに小鹿の肉を手に入れたので一人では量も多いし困っていたところです。命の重さは平等、残すことなく有難く頂かなくてはいけません。私、小食なものですから。あ、果物もあったので」

 そういえば先程から大きな袋をぶら下げていた、食料が入っているようだ。トビィは深い溜息を吐くと得体が知れないこの男の後ろを、何かあれば斬りかかる勢いでついていく。
 眠っていたクレシダが目を覚ました、デズデモーナが崖から舞い上がってきた。主とは違った気配に、殺気を放っているようだ。
 感心するように見上げ、サーラはトビィに振り返る。

「立派な竜達ですね、そしてトビィさんに絶大な信頼をしている。良い関係です。ドラゴンナイトと言えどもここまでの絆はそうそう作れません」
「誉め言葉、どーも」

 どうも胡散臭いこの男に、腕を組んで不機嫌そうに返答するトビィ。苦笑いしてサーラは焚き火を見つけると、早速料理に取り掛かった。

「自然薯が掘ったら出てきたのでね、小鹿のソテーの付け合せにしましょうね」

 勝手に調理器具を取り出し、何やら作り始めるサーラ。嫌に手馴れている、参謀、というか料理人だろうか? というレベルだった。
 唖然としていると、サーラが口を開いた。

「ふふ、その城で料理も担当していたのです。私を雇ったことで料理長が逃げ出しましてね。魔族とは仕事をしたくない、と思ったのでしょう。結果的に……彼は逃げて正解でしたが」

 何処となく寂しそうに語るサーラ、トビィは少し離れてサーラの言葉に耳を傾けた。トビィが攻撃態勢に入らないので当然クレシダもデズデモーナも大人しくしている、満足そうに頷いたサーラ。

「竜も食べますかね?」
「食べない事はないと思うが」
「では張り切って作らねば! 腕がなりますね」

 パンケーキを焼き、ソテーを作り、更にスープまで用意し。呆れるほどに用意周到、厨房でもないのに軽やかに料理をしていく。

「さぁ、時間がかかりましたがどうぞ。やは料理人としては”美味しい”という言葉と料理を口にした時の笑顔が、何よりのご馳走です」
「参謀じゃないのか、あんたは」

 ともかく空腹だったトビィは、それを口にした。毒が入っているとは思えなかったので、素直に。竜達も頂く、全く量は足りないだろうが。
 口にして驚いた、一等の店でも開けそうな味である。トビィとて、舌には自信があるので間違いはない。唖然としていたトビィだが、素直に「美味い」と口に出した。嬉しそうに満足そうに微笑むサーラ、自分も食べ始める。

「ここの城のお姫様も料理が好きで、そして上手でした。私は教えるのが愉しくて」
「へぇ、珍しい姫だな。料理なんぞするのか」
「えぇ。アンリは自分の身分が嫌いな子でしてね、一般階級の人々と同じ扱いにして欲しいと、城のものに毎度怒っていたものです。健気ですが、勇敢で無鉄砲な子でした」

 懐かしむように廃墟を見上げ、サーラは深い溜息を吐いた。訊いてはいけない話なのだろう察しと、トビィは口を閉じる。
 特に他人に興味を持たないはずのトビィ、しかし……気になって仕方がなかった。サーラが、ではない、その姫が気になった。

 キィィィ、カトン。

 音が聞こえ、思わずトビィは身構える。不思議そうに覗き込んだサーラに、慌ててなんでもない、と告げると黙々と食べ始めたのだが。
 気になった、非常に話の内容が気になった。しかし、トビィが訊くまでもなく、サーラが先に口を開いたのだ。
 ぽつり、ぽつり、と。

「昔、ここは土壌に恵まれた田舎の城がありました。小さく力こそありませんでしたが、民は幸せでした。三代目の時の王は、子供に恵まれず老体になり、独りの妻だけを愛してきた王はこのまま王妃にお子が出来なければ養子を取るつもりでしたが、奇跡が起こりました。ようやく姫君を授かったのです。名を、アンリ、と名付けました」

 愛しそうに胸元のネックレスを抱き締めたサーラ、きっと思い出の品なのだろう。横目でトビィがそれを見やる。

「そこから、私の話は始まります」

 ネックレスに口付けをし、サーラは語り出した。
 それは、トビィにとって、ある意味衝撃的な物語だったが、現時点では知らない。知る筈もないことだった。

 ……とある小国に、とても可愛らしい姫様が産まれた。
 絶え間なく光が満ち溢れている森林に囲まれた静かなお城に、穏やかな人々と仲睦まじく。
 その姫様は名前を”アンリ”といって、誰からも好かれるお姫様だった。
 アンリ。
 豊かな新緑色の柔らかな髪に、優しそうな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持ち。まるで少女達の夢物語、御伽噺の中のお姫様のような容姿。愛くるしい顔立ちは、見るもの全てを魅了してしまうと言っても過言ではなかった。
 民が皆揃ってこの姫を愛していたのは言うまでもない。
 魔族のサーラは大雨で旅を足止めされ、冷たさのあまり人間のこの城を訪れたのだ。その頃のアンリは、まだ生まれたての赤ん坊である。夜鳴きしていたアンリを優しく抱きとめて寝かしつけたサーラに、時の王は暫し滞在して欲しいと懇願する。
 困惑し、周囲から一部反発を受けたサーラだが、この姫を護る決意をした。
 王は宝剣を携えていた、屈指の剣士でもあった。サーラの人柄を見抜き、そして寛大に振舞うこの人間の王にサーラも本気で使えることを決意した。
 当然、快く思わない人間達は逃げ出していった。料理長が最初に飛び出したので、サーラが料理を振舞ったがこれが大好評、直様料理教室が開催される。
 刺繍や裁縫が得意であった為、それも国産品として売りに出した。薬草や植物の見分け方も、人間に教えた。教師の役割だったのだ。
 やがて、人間達はサーラの人柄に打ち解けて魔族という概念に捕らわれずに接するようになる。それが、サーラにとってこの上なく嬉しい事で、王にとってもそれは同じだった。
 何より真っ直ぐに育った美少女アンリは、サーラの賜物だとも思っている。
 信頼できる国王と、誰からも愛される姫君、そして最強の護衛のサーラのおかげで、国は皆が貧困に困らぬ程度に、豊かになった。時間があるので、皆他人に気をかける。愛が、生まれる。
 けれども国に襲い掛かった巨大な悪は、姫の命を奪い、青年に絶望を与えた。
 サーラを嫉んだ騎士団長が、他の魔族の誘惑に負けて魔物を国へとおびき寄せたのだ。サーラは戦った、国民は祷った。国王が、姫が武器を手に果敢に対抗した。
 しかし、多勢に無勢である。サーラは援軍の高等な魔族によって、打ち砕かれてしまう。勿論、国は滅ぼされた。人々は、人間を護って戦ってくれたサーラを護るようにして、皆死んでいた。
 姫の死後、偶々通りかかった親友に救われ、辛うじて一命を取り留めたサーラは。
 国王の宝剣を携えて、アンリの転生を待った。彼女の胸元のネックレスを頂き、絵画をそこに忍ばせた。肌身離さず、出遭えたときに解ってもらえるように。
「待ってて。勇者になるから、勇者になればきっとすべて上手くいくから! 私、勇者になるの」
 そう言い残して、死んでいったアンリ。あの笑みをサーラは忘れられない、忘れられないから過去に捕らわれたまま。美しすぎる、笑みだった。とても、死の国に行くとは思えなかった。
 一目惚れした死神が、アンリを連れて行ってしまったのだ。
 しかし彼女ならば、勇者として戻る気がしていた。そういう気持ちにさせる子だった。

「これがその宝剣です。この廃墟はその城の成れの果て。私はサーラ、その歴史に埋もれた魔族です。そんな辛気臭いお話でした」

 差し出された剣を手に取り、トビィは瞳を細める。低く呻いてそれをサーラへと返した、確かに相当な魔力を秘めている。トビィの剣ほどではないが、それでも滅多にお目にかかれない代物だ。
 それ以後使っていないのだろう、しかし、毎晩研いでいるのだろう。装飾品の様に、美しい剣だ。
 サーラの横顔を見つめながら、煎れてくれた珈琲を啜るトビィ。
 悲しい事件の引き金は、人間が抱いたサーラへの嫉妬だが、元凶はサーラ自身だ。それを責めて悔いているのだろうと、唇を噛む。
 気の毒だとは思ったが、励ます、などしたくはないし、ガラでもない。本人も気付いているだろうが、国民は誰しもサーラを責めてはいないだろう。 他人に言われて目を醒ますより、自分で気付いて欲しい。一人生き残った意味を、苦悶でも考えねばならないと。
 しかし話を聞いてトビィは引っかかる事が多々あった、なんだか知っていた話な気がしていた。知る筈もない、魔族は長命だ、随分昔のことだろう。もしかすると、マドリード辺りに聞いたことがあるのかもしれない、とトビィは思い直す。
 そして、気になるといえば話に出た名前だ。
 オークス。
 先日、ジェノヴァで聞いた名である。

「勇者が出現した、と聞きました。アンリであれば良いのですが」

 自嘲気味にそう言うサーラに、トビィは瞳を伏せる。トビィは、勇者を知っている。アサギ、という名の少女が勇者だ、アンリではない。しかし、アンリとアサギが似ている気がして腑に落ちない。顔は知らない、名前しか知らない。それでも、何故か胸騒ぎがする。
 互いに、静かに食後の珈琲を啜りながら、物思いにふけるしかなかった。 
 雨は上がった、晴天だ。
 遅れを取り戻すべく、トビィは軽くサーラに別れを告げて立ち上がり、傍らに大人しく控えていたクレシダに飛び乗る。
 後ろ髪引かれる思いにも似て、聞きたいことがあったのだが、トビィは先を急ぐしかない。
 アサギを探さねばならない。

「では、お気をつけて。御武運を」
「……あぁ」

 深く頭を下げて見送るサーラに手を振り、トビィは旅立った。見送りながらサーラはネックレスを外して中を覗く、もう何度も見た絵画だ。

「アンリ。そういえば君が探していた夢の中の人は、トビィさんのような紫銀の髪だったね」

 姫は、以前サーラにこう告げていた。『捜したい人が居るから、一緒に来て欲しい』と。紫銀の髪が綺麗な、夢に出てくる王子様を探しに行きたいと言っていた。
 笑って、ネックレスを閉じる。
 もし。
 そのネックレスの中身を、トビィが見ていたのならば。二人は、気がついたのだ。アサギこそ、アンリの転生で間違いないと。アンリの姿、アサギそのものであるから。
 ネックレスの中で笑っている姫は、まさしくアサギ。緑の髪と瞳の、アサギ。
 勇者になりたいと願った、この地に生まれた小国の姫。紛れもなく、勇者として今、この惑星に舞い降りているのだ。
 地球から、やってきた娘。


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