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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第45回   麗しのドラゴンナイト
 煌く水面、顔を出してみれば灼熱の日差しが降り注ぐ。迷惑そうに一体の竜が、再び水面下へと潜り込んだ。現在地は把握出来ていないが、この近海の海は餌も豊富で水温も故郷に似ていた為、非常に過ごしやすかった。
 水竜オフィーリアはのんびりと瞳を閉じ暫しゆらゆらと漂っていたのだが、不意に声を聞いて浮上すると嫌々ながら顔を覗かせる。

「もう少し速く泳げるだろう、オフィーリア」
「眠いんだ、水温が心地良くてさー。僕、夜行性なんだよね。夜になったら高速で泳ぐからさ、昼寝させてよ」
「我慢しろ、早く主に合流すべきだ」

 深い溜息と共に言葉を投げかけてきた黒竜デズデモーナに不貞腐れ、オフィーリアは暴れながら鰭をばたつかせ水飛沫を盛大に起こす。まだ幼い竜だ、我侭も言いたいだろう、それはデズデモーナとて承知なのだが。

「私も休みたい故、良いのでは」
「クレシダがそんなことを言っていては、示しがつかないだろう! 自覚を持て」

 通常通り、まったりと緊迫感のない声でそう言い出した緑の風の竜に、目くじら立ててデズデモーナは怒鳴り散らすのだが、全く訊いていない様子のクレシダ。うとうとと首を上下に揺らしながら、既に眠りに入ろうとしているようだった。
 逆鱗に触れた、が、デズデモーナは必死に堪えた。一応三体の竜のまとめ役である、自分しか無理だと判断している。「これくらいで堪忍袋の緒を切らしてはいけない」と今にも血管が切れそうだが頑張って耐えた。

「仕方ない、今は睡眠を十分に取り、今夜全力で駆け巡るとしよう」

 怒りを抑えている為に声が震えているが、クレシダとオフィーリアは気にも留めない様子だ。
 だが、事態は急変する。
 許可が下りたのでオフィーリアが本格的に眠りに入ろうと海中に沈んでいく時だった、聞き覚えのある声が届いた。

「主!?」

 反射的に瞳を思い切り開く、嬉しそうに手足を動かす。

「主! 主の声だ!」
「何だって?」

 勢い良く浮上して興奮気味に首を回し、声の方角を探しているオフィーリア、何事かとクレシダとデズデモーナも海面に降り立つ。眠気は最早ない、探していた人物からの波動である、待ち侘びていた。
 オフィーリアは再度身体全体を海中に沈め、ゆらりと浮遊しながら主であるトビィの声を探した。波に混じって、海洋生物の超音波に混じって。
 何処からか声が聞こえた、人間の声が。

 ――オフィーリア、受け取れよ?

「やっぱり、主だ! 呼んでる、行かなくちゃ!」

 弾かれてオフィーリアはクレシダ達に声をかけずにそちらへと泳ぐ、方向は大体合っていたようだ。加速するオフィーリアに、二体の竜も空へと舞い上がると上空から追う。言葉交わすことなく、三体の竜はそのまま進路を変えることなく突き進んだ。
 オフィーリアにのみ聞こえたということは、トビィも海上にいるということだろうと推測する。
 三体の竜は、忠誠を誓ったドラゴンナイトを目指していた。
 水中戦ならば、怯むことなく有利に事を運ぶ、水竜オフィーリア。
 空中の覇者、鋭利な爪と牙に加えて漆黒の炎を吐く、黒竜デズデモーナ。
 風の加護を受け上空を舞い駆け巡る緑の、風竜クレシダ。
 全ては動き出した、トビィの望み通りに。

 毎日甲板にて船員達の訓練が続けられた、皆疲労しきっている。豪快に笑う船長はともかく、船員達は非常に恨めしい目で指導に当たっていたトビィとアリナを見つめていた。通常の労働に付け加えて、まさかの戦闘訓練、しかもスパルタだ。
 筋肉が悲鳴をあげ、炎天下で体力も奪われ。けれども数日後に見せたトビィとアリナによる二人の組み手が、船員達を大人しくさせた。
 偶然時間が合ったので、人の訓練指導ばかりで自身の組み手相手を欲していたアリナは、トビィに一方的に攻撃を開始した。暇だったのだ。
 呆れ顔で、しかしトビィとて満更ではなさそうに軽やかに舞うアリナの攻撃を紙一重で避け、そのまま同意するかのように打ち込み始める。甲板にて歓声が上がった。ダイキ、サマルトも初めて見る二人の戦いに、唖然と息を飲んで見守った。
 この船で最強に位置する二人だ、眼が離せない。
 見ているだけで寒気が走った、取り入れたいとは思うが速すぎて見えない箇所も多々あり、二人の凄さを間近で実感するのみだ。
 そんな二人に指導されている、と刺激を受けた船員達。そして無論ダイキとサマルトは以後文句を言わず黙々と指導を受け、良い影響を与えた。「いつかは、あぁなりたい」と。凡人ではない二人である、追いつくには無理があるだろうが、それでも言われた通りこなしていれば、自分も近づける気がした。
 目標を見つけ、ダイキとサマルトは組み手を始めている。剣はトビィから、拳はアリナから。敵に武器を奪われても魔法に頼る前に攻撃が出来るよう、二人は熱心に日々鍛錬する。
 上手くいけば魔法が扱えないトビィ、アリナよりも上になることが可能かもしれない。敵の弱点を察知し攻撃方法を変える……という臨機応変が上手く出来れば可能だろう。
 夜になれば室内で書物を読み更け、ここ、惑星クレオの魔物の生態を憶えたり、クラフトに回復の魔法を習ったり、と懸命だった。
 また、刺激を皆に与えられたことを満更でもなさそうに喜ぶアリナ、張り切りは加速をつけた。それはそれで、迷惑だったが。
 結局トビィとアリナの戦いは決着などつくことなく、会場を沸かせたまま終了していた。互いに本気を出していないのだから、決着などつくわけがない。

「いつかはさ、本気でやろうな」
「気が向いたら、な」

 アリナがからからと笑いながら、トビィの肩を叩き、愉快そうに覗き込むとトビィも苦笑いで返答。
 幾分かこのメンバーでの連携にも慣れて来たし、上々の出来だった。数人で組んで戦うのであれば当然信頼と、相手の攻撃能力を理解し、発揮できるように互いに気遣う事が重要だろう。
 それは地球でいうスポーツでもそうだ、ダイキは剣道なので一人きりでも構わないのだが、体育の時間ならば無論サッカーもバスケも当然行う。一人では、戦えない。仲間を頼りに、勝ち進むことが醍醐味だ。場所は違えど、やるべきことは同じである。
 トビィとて最初は一人が好きなのだろうと、仲間など不要なのだろうと思っていた人物であったが、意外と面倒見が良い事にダイキは気がついた。
 言葉は少ないし態度が素っ気無いので”だと思う”程度だが、武器の扱い方も教えてくれるし、挑発してやる気を起こさせてくれている気がしてならない。
 人は見かけによらないんだなぁ、とダイキはトビィを見ながら感心していた。

「あ、トビィ」
「何だ」

 そんなわけで、ダイキは初めてトビィに話しかけたのである。

「前から気になってたんだけど、訊いてもいい?」
「答えは、訊かれた内容による。何だ」
「何で……アサギのこと妙に知ってる?」

 間近に居たサマルトも、アリナも、クラフトも。瞬時に顔を上げて二人の会話に聞き入る、誰しも疑問だったことだ。
 現在夕刻、食事を待つ間甲板で休息中の五人だった。軽い溜息を吐きつつ、トビィは水平線に沈み行く太陽を眺めながら口を開く。

「会った事があるからだ、それ以外に知り得る方法などあるのか?」
「辻褄が合わない、俺達はここではなくて”地球”っていう場所に居たんだ。そこから勇者としてここへ召喚された。一体トビィは、何時アサギと会ったんだ? それ、本当にアサギだった?」
「オレが見間違えるはずないだろう、アサギだ。ただ、若干、この間よりも大人びていたような気がしなくもないし、それに」
「それに?」

 その場の全員が立ち上がってトビィに徐々に詰め寄る、訝しげに軽く額を押さえ、一言。

「先日出会った時、アサギは明らかにオレを知らない雰囲気だった」
「当然だよ、あの洞窟に入る数日前に俺達はここへ来たんだ、トビィに出遭える時間なんてないんだよ」
「ってことは、トビィが会ったアサギは……誰さ? ボク、頭パンクしそうなんだけどっ」
「二人ともアサギで間違いない、保障する。だが、オレが見たアサギは……髪が、緑だった」
「へ?」

 一斉にすっとんきょうな声を上げる、ダイキが顔を引き攣らせた。当然だ、地球には染めない限り緑なんて色の髪の毛の人間は存在しない。

「それ、アサギじゃないよ! アサギは綺麗な黒髪だろ?」
「綺麗な、緑の髪だった。豊穣の大地に真っ直ぐ育つ大樹の若い葉の様な……美しい緑色。緑というよりかは、黄緑のほうが近いか。瞳が濃い緑だ、吸い込まれそうな」
「それ、アサギじゃないって、絶対!」

 意地になるとかそういう問題ではなく、有り得ない。ダイキは絶対の自信を持ってトビィに食って掛かったのだが、さらり、と交わされた。
 トビィとて、絶対の自信を持っていたのだ、以前会ったアサギと、つい先日再会したアサギが同一人物であると。

「誰がなんといおうと、あれはアサギで間違いない。確かに妙な事が起こったとは思う、しかし、アサギはアサギだ」
「その根拠はっ」
「オレが惚れてる女を間違えるわけがないから」

 唖然。言葉に詰まった四人、そう言われてしまっては何も反論出来なかった。釈然としないが、何をどう言ってもトビィが引くわけもなく。
 仮に、トビィの言う事が本当ならば、どうだろう。クラフトだけが、その方向性を考えた、否定せずに考えた。
 トビィが出会った二人のアサギが、同一人物だとしたら。

「アサギちゃんは」

 小さく呟き瞳を細め、トビィ同様クラフトも水平線を見つめる。夕日が不気味に見えてきた。
 髪と瞳の色を自在に変化でき、勇者として召喚される前に、何故かクレオへ地球から来ていた……。そんなことが可能なのだろうか?
 クラフトは顔を顰めると夕食の為に皆を促し、船内へと入っていった。
 しかし、そこに鍵がある気がした。一連の不可解な起こり得る事実を、打破できる重要な”鍵”。

「お嬢。トビィ殿にミシア殿の話は?」
「それがさ、なんか妙な気配を感じてなかなか言えないんだ」
「下手すると勘付かれているかもしれませんね、ミシア殿に」
「うっそ!」
「呪術師やもしれません、計画を変更しましょう。相手の能力が未知です」

 サマルトとダイキが訓練の為甲板へ出向いたので、アリナとクラフトは部屋でそんな話をした。近づいて顰めき合う。

「結界を張って会話しても良いのですが、そこをミシア殿に付け込まれると」
「危険だな」
「えぇ、何を話していたのか問い詰められます」
「ちっ、面倒だなぁ。で、あれから妙な動きは?」
「噂ですが。船員の中にやたらと姿が見えなくなる方がいるとか」
「サボリ?」
「真面目な船員だったそうで、考えられないと」
「ん」

 二人が唇を噛み締め、言いえぬ不安に掻き立てられていた頃。例の一室でミシアとポールが絡んでいた、ほぼ毎夜の事だ。

「トビィと親しくしているあの女。邪魔で邪魔で仕方ない。可哀想なトビィ、気の毒な私のトビィ。ポール、あの女をどうにかしたいのだけれど、協力してくれる?」
「勿論だよ、何でも言ってよ。願いを叶えてあげるよ」
「有難う、嬉しいわ」

 優しくポールを抱き締めて、耳元で何かを囁くミシア。ビクリ、と身体を引き攣らせて、そのままぐったりと動かなくなったポールに満足そうに頷くと、ミシアは横になって瞳を閉じる。
 香る煙は淫靡なイランイランをベースにミシアが調香したもの、大きく深く肺一杯に吸い込んで、夢を見る。

「トビィ、トビィ、私の愛するトビィ」

 自分の指を嘗めて、秘書へと伸ばす。
 初めて見たのは何時だったか。数年前に街でやたら綺麗な少年を見た、紫銀の髪は珍しく、整い過ぎた顔立ちは少女達の溜息を湧き上がらせ。その時は呆然とその場に立ち尽くし、見送る事しか出来なかった。一瞬で心奪われたその少年と、もう一度会いたいと願って願って激動の時間を過ごし。
 そして。
 あの日、洞窟でトビィに再会した。間違えるはずもない、幼い面影も少し残し、逞しい身体つきと鋭くなった視線、現れた瞬簡に悟った、あの少年であると。
 胸が高鳴る、一目散に駆け寄って抱き締めたい衝動に駆られた。しかし、その腕にはすでに先客がいたのだ。
 アサギ。
 アサギが頬を赤く染めながら、トビィの腕の中にいた。入れない、あの場所には入れない。歯軋りして睨み付けた、それからずっと、トビィを追った。
 やがて心に植えついた妙な感覚、小さな種は嫉妬という名の肥料で芽吹いて、大きく大きく育っていく。ドス黒い肥料で育った、醜悪な木。嫉妬と憎悪で出来た、木。

 ……私が最初に出会って見つけたのだから、トビィは私のものだ。私に微笑みかけてくれているのに、アサギが邪魔だ。トビィはアサギが好きではないのに、勇者だから護ろうと傍にいるのだ。邪魔だ、邪魔だ、消えてしまえ。

 成長した毒々しい木は、禍々しい華を咲かせた。唇をつけた華がミシアの耳元で、毎晩囁き続けていた。

『ほら、見てごらん? 美しいだろうトビィもミシアも』
『二人は結ばれる運命なのだから、邪魔なものは消してしまえばいいのだよ?』
『ミシアならば、それをしても誰も咎めないよ?』
『なぜならば、ミシアは』
「私は美しい、何れ女王になる身。女王の隣には完璧な比類なき王が必要。トビィとミシアが結ばれる運命、邪魔する女は排除する」
 
 ぶつぶつと繰り返されるミシアの言葉。自身の得た薬草の幻覚にやれたのか、それとも真実の言葉なのか。
 見た瞬間に恋焦がれ、隣に居たいと望み、隣に自分ではない誰かが居た。それを消しさえすれば、隣に居られるのだと思った。
 そう、それだけ。
 そこから徐々に捻じ曲がってミシアは、闇に囚われた。自分の思い通りに行くように、少し考えれば解る程の”悪行を”正当化したのだ。
 トビィと、居る為だけに。
 そんなことをしても、トビィの心はミシアに向かないと、普通解るだろう。けれども、ミシアには解らなくなっていた。
 耳元で囁かれる言葉は、誰のものか。遠い遠い昔から、求めていた男が居た気がして、それがトビィである気がして。
 まさに運命の恋人、固い絆で魂が結ばれた相手、けれども必ず邪魔が入った。

「殺す、殺す、アリナを殺す」

 船内で何度も見かけたトビィとアリナ、どれ程苦渋だったことか。ミシアはカッと瞳を開き、起き上がる。

「可愛い可愛い私のポール、叩き潰しましょうね、アリナを」

 眠っているのか、微動だしないポールの頬に口付けて、ミシアはそっと覆い被さる。アサギが不在な今、標的はアリナだ。

 航海に出てから早数週間、すっかり船旅に慣れた一行はその日も慣れた訓練を朝からこなしていた。日焼けしたダイキ、筋肉もついてきたような気がするし、剣の腕にも自信がついた頃だった。

「妙だな」

 トビィが波間を見て呟く、船長も同意した。

「流石ですな、気づかれましたか。波がおかしい」
「あぁ、不気味な気配がする。拙い」

 甲板へ姿を現したクラフトの顔色を見て、二人は確信した。魔物の来襲、だろう。

「風が止まりました、静か過ぎます」

 息を切らせ顔面蒼白で現れたクラフトの言葉を聞き、船長は髭を擦りながら睨みを利かせ海原を見る。

「水中の魔物、というよりも空中の魔物かもしれませんな。弓兵の準備を」
「いつぞやのガーゴイルみたいなもの、か。まぁ、そちらのほうが戦いやすいが」

 三人は訓練に励んでいた船員達を呼び止めた、戦闘態勢に入るべく指示を出す。どの方向から来るかは不明だ、マストによじ登っていた船員が、懸命に望遠鏡で姿を探っていた。

「来ましたー! 南ですー!」

 絶叫に近い声だ、言葉通り南へと身体を向かせる主力のトビィとアリナ、思わず顔を顰めた。舌打ちしてクラフトが珍しく怒鳴った、その声で余程面倒な相手だと推測出来る。

「セイレーンです! 歌声を聴くと幻覚作用を引き起こし海へと身体を投げ込んでしまう不吉な魔物っ。女性には効果がありません、男性がー!」

 ダイキも思い出した、RPGで頻繁に出没する魔物だ、知っている。

「歌声を聞く前に撃退しましょう、簡易な防御壁も張りますのでそこから出ないようにっ」

 先客を船内に押し込め、一同固まる様に中心に集まった。

「女は平気なんだろ!? ボクが主力になるよ!」
「無茶ならさらないでくださいー!」

 クラフトが止めるのも振り払って、半ば嬉々としてアリナが飛び出した。向ってきているセイレーンは十羽程だ、「上等」と構えるアリナ。
 近づかれる前に先手で船から大砲を打ち込んだ、数羽はそれで海へと落下していく。弓兵が構えた、射程に入った途端矢の嵐を打ち込むべく待機する。ダイキとサマルトが魔法の詠唱に入った、雷電の魔法ならば射程距離が長いのでそれを使用する。

「私はどうしましょう? 結界をお手伝いしましょうか?」

 ミシアが毅然とした態度でクラフトに後方から話しかけてきたので、意外そうに振り返る。今回は最初から戦闘に参加するようだ。

「危険を承知で、お嬢と共に前線へお願い致します」
「無理だよ、クラフト! ミシアさんは後方支援だろ?」

 思わず叫んだダイキを制するように優しくミシアは微笑し、そのまま結界から出て行く。

「お任せください、ご期待に備えて見せましょう」

 深く頷いたクラフト、そのままミシアの能力を測るつもりだった。こちらで手伝って貰った方がクラフトの負担も減るのだが、どう動くのかが知りたかった。
 ただ、アリナも結界の外だ、近づかれると困る。

「申し訳ありませんが、こちらが辛くなりましたら呼びますのでお戻りください」
「はい」

 軽やかに弓を装備する、高らかに掲げてセイレーンを睨みつけると射程距離へ入るのを待った。近寄ってきたミシアを横目で見ながら、言葉かけることなくアリナは正面を見つめる。
 と、何かが風に混じって後方へと流れていった。ただの風だが、何か不可解な気配がした。

「来ました、歌です!」
「えぇ、ボクには聞こえないけどっ」
「アリナさん、セイレーンは男性にしか興味がないのですわ。超音波で錯乱させて海へ投げ落とし、溺死させる様を喜んで見る魔物です。万が一助かって陸に上陸できたとしても、一斉に肉を喰らうべく群がるのです」
「うっへー」

 上半身が美しい女性、下半身が猛禽類の姿のセイレーンは、残り七羽である。大砲が上手く命中したようだ。
 仲間がやられて起こっているのか、急降下しながら歌を発する、結界を張っているとはいえ、クラフト一人なので完璧ではない。頭痛を訴える船員が続出した、そうなるともう船内へ運び入れるしかない。弓矢の雨を浴びせ、魔法を浴びせ、落下してきたところをアリナが仕留める。
 ミシアは優雅に弓を放っていた、なるほど技術はやはり高い。確実に急所を見極め、空を飛ぶセイレーンに突き刺している。

「ダイキ、サマルト、大丈夫か?」
「あぁ、なんとか。確かに気だるい感じはするけど」

 トビィは面白くなさそうに結界の中に居たのだが、不意にマントを引きちぎると耳にねじ込む。耳を塞ぎ、そのまま外へ出て行った。
 仰天して止めるサマルトだが、目の前でトビィは下りてきたセイレーンを一撃で仕留めた。たかが布だけでは本来防げないのだが、卓越した精神で可能になっているようだ。
 駆けつけたトビィに勝気に微笑むアリナ、主力が揃ったならば敵ではない。海へと投げ出されないこの状況に苛立ちを感じたのか、セイレーン達は甲板へと下りてきた、しかしそれこそ思う壺だ。
 残り、四羽。
 超音波により不調を訴えていた船員達も、沸きあがって応援する。勝利は目前だった。

「ちっ、下から何か来るっ!」

 セイレーンを海へ叩き落したトビィは、吹き上げてきた生物と目を合わせ、そのまま斬りかかった。
 牛ほどの体長の烏賊である、触手を伸ばしてきたが瞬時に切り裂き頭部を切断する。

「クエーロです、絡め取られると海へ引きずりこまれますよ!」

 面倒なことになってきた、結界からは出られないのでクエーロに直接攻撃が皆出来ない。出来るのはトビィとアリナ、ミシアの三人だけだ。

「サマルト殿、ダイキ殿! 魔法をともかくセイレーンへ! あれさえ倒せば」
「解ってるよっ!」

 優先して倒すべきは当然セイレーンである、海に落ちた死骸にクエーロが寄って来たのか、トビィが覗き込むと結構な数だった。
 ミシアは懸命にセイレーンに矢を当てながら一人ほくそ笑む、ここまで望んだ状況が出来上がるとは思っていなかった。次に魔物が来たらアリナを亡き者にしようとしていたのだが、まさか”男を狂わせる”セイレーンに、海の捕食者クエーロがセットで出てくるとは。
 セイレーンに惑わされたポールが、アリナもろとも海へ落下、後はクエーロが綺麗に食べてくれる筈だ。手を汚さずとも面倒なものが消し去れる。ちらり、とミシアは後方のポールを見ると「ふふ大丈夫、愛しい私のポール。しっかり最前列にいるわね」うっすらと子を慈しむ親のように微笑んだ。
 大声で笑い出したいのを懸命に堪えた、あとは何時ポールを動かすか、だ。何度も彼に麻薬を注いだ、耳元で囁いた、愛の言葉と……束縛の呪文を。きっかけさえ起こせば、人形として発動する。
 残るセイレーンは残り二羽、そろそろだろう。ミシアは女優になる。

「きゃあ!」

 セイレーンからの攻撃を受け、甲板に叩きつけられたミシア、助け起こすべくポールが案の定結界から出る。皆が止めるのも制してミシアへ駆け寄ると、優しく抱き起こした。

「ダメよ、出ては!」
「大丈夫だよ、さぁ結界へ!」

 茶番である、茶番を繰り広げる。抱き起こされた瞬間、ミシアは耳元で小さく唇を動かした、人形を発動させるのだ。ビクリ、と身体を引き攣らせたが、それも僅かなことでよろめきながら結界へ向う二人。一羽のセイレーンがトビィの剣で仕留められ、海へと落下する。
 
「歌え、歌え、大きく歌え」

 ミシアが一羽のセイレーンに睨みを聞かせると、藪から棒に喚き散らして歌い始めたセイレーン、思わず耳を切り裂くような超音波に皆耳を塞いだ。
 残るセイレーンの数が少ない、全滅する前に、歌を響かせなかれば計画は終わる。「死ぬんじゃないよ、醜い魔物っ。役に立ってから死にな」

「だー、うっさい!」

 流石にアリナにも影響した、耳が痛い。迷うことなく突進して甲板を蹴り上げ、セイレーンを叩き落とす。着地してから顔面を何度も蹴り上げた、容赦ない。耳を塞ぎながら、片目を閉じる。耳から入って、脳の奥をかきまぜられているような感じがした。
 アリナに一方的に踏みつけられ、セイレーンが絶叫した。耳を劈くその音。
 アリナとポールが直線で結ばれた、今だとミシアはポールの腕に爪を立てる。弾かれたように一瞬のけぞり、ミシアを弾き飛ばしてポールはそのまま手すりを目指して、いやアリナを目指して突き進んだ。

「いけないわ、アリナさん、彼を止めて! 歌声にやられてしまったっ」

 甲板に平伏すように倒れこんでいたミシアが悲痛な叫び声を上げる、腕を伸ばしてポールを止めようとした。
 セイレーンの”声にやられて”、海へ身を投げ出すべく走るポール、その直線には立ちはだかるアリナがいた。慌てて止めるべくアリナはセイレーンの首の骨を折った後、ポールへ拳を打ち込む、手荒だが止める方法はこれくらいしかないだろう。
 しかし、一瞬身体がぐらついただけでポールはアリナを引き摺ってそのまま。

「なー!?」

 アリナの叫び声、ミシアが涙を流しながら俯いて……嗤った。
 トビィがクエーロの瞳に剣を差込み、そのまま振り返るとアリナを目指す。セイレーンが全滅したので結界を解いてクラフトも全力で走った、ミシアの脇をすり抜ける。
 けれども。
 ドンッ!
 アリナを突き飛ばし、ポールが……凶悪な笑みを浮かべる。まさにその笑みにミシアの面影を見た気がしたアリナ、しまった、と口を開いたがそれよりも、受身だ。
 見れば海面にはセイレーンの死骸に群がるクエーロの群れ、冗談ではない。アリナとて、あの中に放り出されては、足場がなく戦えない。

「くっそっ!」

 小剣を両手に構え、突き刺す勢いで海面へと落ちていった。次いでポールがそのまま海へと飛び込む、”セイレーンの歌声”に魅了されたものの末路だ。

「お嬢ー!」

 クラフトの絶叫、トビィがそのまますり抜けて華麗に海へと落下する。落ち際に「ロープを二つ投げろ!」と怒鳴りつけた。
 唖然、とミシアはそれを見ていた。
 途中までは完璧だった、アリナが落ちた、ポールが落ちた。
 だが。

「な、え」

 何故、トビィが海へ落ちていったのか。アリナを助けるためだと解っても、認めたくはない。身体が小刻みに震える、掌握できなかった事態に眩暈を覚える。
 駆けつけた船員に助け起こされたが、唇真っ青、冷や汗を流しているミシア。そのまま救護室へ運ばれようとしていたのだが、強い力でそれを振り払うとミシアも血走った眼で海を覗き込む。
 水柱が上がる、アリナが、ポールが落下したようだ。
 吹き上がってクエーロが飛び出してきた、アリナの突き刺した小剣に痛みを覚えて飛び上がったのだ。

「お嬢っ、そのままこちらへっ」
「無茶言うな〜!」

 クエーロと共に再び落下していくアリナ、剣が抜けなかったのだ、懸命に引っ張ってみたものの諦めた。意を決し、息を止めて海に潜る。船員が投げたロープ、そして小船、トビィは小船に飛び乗って襲い掛かってきたクエーロと対峙している。
 アリナが見えた、なんとか剣を引き抜いて浮上したのだ。トビィの小船を見つけそこへと必死で泳いでいる。怒鳴るトビィの声を頼りに一心不乱に泳いだ。海面では、アリナは戦えない。
 足に何かが絡みついた、見れば触手。海中に引きずり込まれる、それでも切り離そうと抗い剣を振る。

「ちぃっ」

 トビィは三体のクエーロを一気にねじ伏せると、そのまま海へと潜った。数メートル先でアリナがもがいている、相手にしなくてはならないクエーロは後五匹、不利な状況だ。
 トビィは一か八か、剣に念を籠めた。水竜の角であるそれは、水属性。魔力などに縁のないトビィだが、何か発動すれば、と無我夢中だった。僅かに光る剣ブリュンヒルデは、トビィの周りをその不思議な光で包み込んだ。
 苦しくて息を逃し、泡が水面へ向っている光景を見ながらアリナはもがいていた。息がもはやもたない、限界だ。
 ガボガボ、と息を吐いて水を飲み込み、力なく波に漂い始める、引き寄せたクエーロが大きく口を開くのを薄っすらと見ていた。

「…………」

 まさか、烏賊に食われて最期を遂げるとは。思いもしなかったと、自嘲気味に笑うアリナ。
 と、前方から、何かがやってきた、クエーロよりも巨大な何か。光る瞳は、氷を連想させる、突き出た長い角が荘厳で。

 ……まぁた、敵かよ。地上でなら、負けないのに。

 悪態ついたアリナ、耳元でトビィが叫んだ。

「起きろ! 水を出せ、呼吸しろ!」
「!?」

 ザンッ、と熱い日ざしが身体に降り注ぐ、無我夢中で言われるがまま息をした、周囲に水はない。

「オェ、ガ、がはっ……うぇっ」
「大丈夫か、後は任せろ」

 懸命に呼吸を繰り返すアリナの傍ら、水を滴らせトビィが立っていた。何に乗っているのか解らなかったが、ようやくアリナも生き物の上だと理解し、唖然とそれを撫でる。

「竜?」

 震えながらトビィを見上げる。甲板でも放心状態でトビィを皆が見ていた、半狂のクラフトの目の前に前方から二体の竜が現れ、水飛沫を上げながら水中でも何かが蠢いた先刻。
 船上は新たな敵の出現に絶叫したが、じぃ、と黒竜と緑の風竜は水面を見ている。
 クエーロを蹴散らして水竜が跳ねる海豚のように飛び出したとき、背にトビィとアリナが乗っていた。嬉しそうに竜が言葉を発する、甲板に居たクラフトが小さく悲鳴を上げた。

「主、お久しゅう御座います」
「探しておりました」

 上空の竜が海面へと下りていく、声が聞こえ思わずダイキはサマルトにしがみ付く。

「りゅ、竜って喋るんだ!?」
「は、初めて知った」

 水滴を振り払いながら勝気に微笑んだトビィ、水竜オフィーリアの背を撫でながら一言。

「お前ら、よく来たな。とりあえず、この烏賊を蹴散らす。食べたければ食べろ。オレは遠慮する、不味そうだ」
「烏賊はちょっと」
「烏賊は」
「烏賊は大好きだよー、僕食べるねー」

 デズデモーナにアリナを預け、トビィはオフィーリアに乗ったまま剣を上段で構えると飛び出してきたクエーロを真っ二つに斬り裂いた。吼えてオフィーリアも、近くにいた一匹に噛み付く。
 ゆっくりとデズデモーナは上昇し、甲板へとアリナを送り届けると、悲鳴を上げている人間を一瞥してまた下降する。
 敵ではないらしい竜の出現に、息を殺して皆見つめるしかない。産まれて初めて、竜を見た。慣れろといわれても、普通は慣れないだろう。
 やがて静かになった海、トビィが緑の竜に跨り甲板へと姿を現す。
 思わず言葉を失い、トビィを見つめる事しかできない一同に、苦笑いしてトビィは軽く口を開いた。

「というわけで、相棒のクレシダ、デズデモーナ、そしてオフィーリアだ。ドラゴンナイトなんでね、オレ。このままアサギを向うべく、魔界へ向う。じゃあな」
「えー!? ボク達は!?」

 すっかり回復したアリナの大声に眉を顰めて、トビィは首を振る。

「無理だ、乗れない」
「えぇー!?」
「アサギはオレが救出するから適当にお前らは旅でもしていたらどうだ? あ、オレの荷物とってきてくれ」

 羽ばたき、睨みつけている様なクレシダに喉の奥で悲鳴を上げると、数人の船員達は逃げ惑う。だが、船長は豪快に笑い出すと一人の船員に指示を出した。

「ドラゴンナイトさんかぁ、それであの殺伐とした雰囲気理解した。なりたくてなれるモンじゃねぇわな。想像以上におっそろしいお方よ! お前ら、トビィ殿の荷物、もってこいや!」

 数分後、きっちりまとめてあったトビィの鞄を持って船員が恐る恐るトビィへ近づく。数日分の食事と方位磁針、金があればどうにかなる。わざわざサンドイッチもこさえて貰い、何も言えない仲間を他所にトビィは方角を確認すると大空へと舞い上がった。

「ちょっと待て! 話はまだ終わってない!」
「オレがいなくて戦力がガタ落ちだが、気を抜かずに頑張れよ。まぁ、縁があればどこかで会えるだろ」
「だー! お前ホンット身勝手だなっ! ボクも乗るよっ」
「だから、無理だと……。じゃあ、な」
「わー、トビィー!」

 アリナの声も虚しく、トビィはそのままクレシダと共に飛び立つ、後方をデズデモーナが追い、海からはオフィーリアが追いかけた。

「な、なんだぁ?」

 へなへなと座り込むアリナ、肩を抱きかかえてクラフトがトビィを見送った。

「もとより、トビィ殿は別行動でした。彼はコレを狙っていたのですね」
「つれてけよ、なぁ」
「仕方ないです、こちらは当初の目的を達成しましょう。街へついたらライアン殿に報告し。もし、トビィ殿さえ失敗しなければアサギちゃんはすぐに戻りますよ、こちらに。良い事です」

 アリナにとって、トビィに置いてかれたことが相当ショックだった。貴重な喧嘩相手だったのだ、無理もない。

「皆さん、大陸は目と鼻の先! 気を抜かずに行きましょう!」

 船長の声に拍手がぽつぽつ、と沸き上がるがそれは徐々に大きくなり盛大な拍手になった。
 ドラゴンナイト・トビィに、盛大な拍手を。
 船員ポールは、見当たらずに海の藻屑になったようだが仕方がない。弔うしか、ない。
 ミシアが一人、計画がぶち壊されて怒りを何処へ向けるべきか悩み。一人、部屋に閉じこもった。
 トビィがいなくなった。アリナが生きていた。ポールが死んだ。最悪だった。

「アリナ……覚えてらっしゃい、私のトビィとポールを奪ったこの事実、決して!」

 怒りの矛先、当然アリナへ向けられたようだ。何もしていないアリナ、そもそも計画が破綻に終わったのはミシアが自分を過信しすぎたからだろう。
 ヒステリックに、ミシアは絶叫した。奈落の底、亡者の断末魔。

 本来の自分に戻ったトビィに、数ヶ月離れていた相棒の竜達は興味津々でトビィに問いかけている。

「で、主。今後は何処へ?」
「魔界イヴァンへ直行だ、やるべきコトが出来た」
「今まで何を?」
「追々話す、少し眠らせろ」
「御意」

 久方ぶりに相棒の竜の背で眠りに就くトビィ、時は夜半、月が美しい夏の海上。揺らめく波に反射する月光と星が、これから先の希望を連想させた。
 三体の竜は無事な主を見て安堵し、トビィもまた相棒達が元気でいたことに感謝した。竜ならば魔界イヴァンなど最早辿り着けたも同然だ、眠りながらトビィはアサギを想う。
 早く行かねば、泣いているだろうから。アサギと離れて早一ヶ月、どうし
ているだろうか。

「待ってろよ、アサギ」


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