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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第44回   呼び声に応えよ
 翌朝。
 早速船長の管理下におかれ、小船が海へと下ろされる事になった。緊急脱出用を一艘、海に下ろすように準備を始めそれにトビィが乗る。

「大丈夫か?」
「あぁ、気にするな。ともかく、どうしても水面に降りなければならない」

 本日快晴、雲一つ青空には浮かんでいない。ゆっくりとトビィを乗せた小船が、水面へと下ろされていく。

「海には得体の知れない魔物が多種存在します。水面下に潜む巨大魚や獰猛な鮫などが、稀に小船を餌であると勘違いして襲ってくる場合もあります」

 言うなり、船から三発大砲が放たれた。海に落下し水飛沫が上がる、威嚇をして魔物を寄せ付けないようにした。船長の石橋を叩いて渡る性格故である、万が一が起きないように先手を打った。
 臆する様子もなく、平然とトビィは静かに下ろされていく小船の中、水平線を見つめいた。甲板には好奇心旺盛な船客達が集まっている。
 微かに眉を吊り上げしかめっ面のアリナと、クラフトが隣で沈黙したまま非常事態に備え魔法の詠唱に入った。サマルトとダイキは身を乗り出し覗き込んで、トビィが下りていくのをじっと見つめている。

「今のところ、妙な感じはしないのか?」

 徐にアリナが口を開いた、視線は水平線を睨みつけている。

「大丈夫です、が、海域は未知の世界。先程の船長殿の言葉通りトビィ殿が戻られるまで気が抜けません」
「魔物が出たらボクも飛び出す、クラフト、援護しろ」
「えぇ。ダイキ殿、サマルト殿、念の為詠唱を始めて貰えますか? 念には念を」

 クラフトに突然名を呼ばれ、慌てて二人は大きく頷くと顔を見合わせ戸惑いがちに詠唱に入る。満足そうに深く頷いたクラフトは一歩、前に進み出た。

「トビィ殿のことですから簡単にはやられないでしょう、魔物の襲撃を受けた場合、彼が甲板へ戻れればそれで構わないのでそれまで攻撃を。最悪トビィ殿が負傷した場合、私が回復及び回復補助を施します。なので、全力でダイキ殿とサマルト殿は魔物の攻撃に専念してください」

 甲板で四人が攻撃態勢を整えている頃、トビィはようやく海面へ辿り着いたところだった。チャプチャプ、と船体に当たって心地良い音を立てる波に、暫し耳を傾ける。
 日光が反射して眩しく、目に痛い程の海面を瞳を細め見つめると、トビィはしゃがみ込んで海を覗き込んだ。
 美しい、青。透き通り、綺麗過ぎて引きずり込まれそうな程の魔性の青。小さな影が動いている、魚だろう。
 気配を確かめる為、神経を集中した。魔物の気配はなさそうだった、だが問題はそこではない。
 トビィは左手をそっと海の中へと入れた、日光のお陰で暖まった海水は少し温い程度だ。

「……呼び声に応えろ、オフィーリア」

 小さく呟く。
 オフィーリアとは、トビィの相棒である水竜の名だ。まだ幼いが行動意欲が盛んな、無鉄砲な水竜である。飛行が出来ない水竜は世界各国の岩肌露出した海面に住み着くことが多く、トビィは数年前に入り江の洞窟めいた場所で水竜達に出会った。
 大概は集団生活で、五世帯程の血族同士で住み着いているらしい。一族同士の親密を最も大事にする竜であり、結束が固いのが特徴だ。

「オフィーリア、応えろ。何処に居る?」

 何度も呼びかける。
 トビィとオフィーリアの絆は、易々と作られたものではない、それを信じて懸命に呼びかけた。広大な海面だ、見当違いの場所で呼びかけているかもしれないし、すぐ傍に居るのかもしれない。
 トビィは静かに右手で背の剣を引き抜くとそっと海面にそれを半分ほど浸した。ぼんやりと淡く光る剣を見つつ、再度呼びかける。
 もともとこの剣はオフィーリアの従兄弟であるジュリエッタという水竜の角から出来ている、その内に秘めた魔力を海へと流し、気づかせようとした。オフィーリアがトビィの位置を把握しさえすれば、当然共に行動していると思われる黒竜デズデモーナに風竜クレシダとも合流できる。三体でこちらへ向ってくるだろう。
 あまりそのような類を見ないので有り得ないと思われがちだが、トビィの相棒である三体の竜は常に行動を共にしている珍しいタイプの竜達である。個々にトビィに忠誠を誓っている為なのだが、本来他種族の竜は行動を共にしない。
 その三体を纏め上げていたトビィは、流石、とでも言うべきか。
 数十分トビィは懸命に呼びかけた、反射する日差しが刺すように肌を刺激する。……返答はない。
 しかし、きっと声を受け取りこちらの位置を軽くでも掴んでくれたと。そう信じて、トビィは小さく溜息を吐くと立ち上がった。
 剣を海面から引き抜き、一振りして水を払うと最後にもう一度左手を海面へと入れた。手首まで浸し、念じる。
 と。

「っ!?」

 殺気を感知しトビィは手を抜くと直様右手で剣を構えた、ロープに掴まり甲板目掛けて叫ぶ。

「上げてくれ! 何かが来る」

 怒鳴り声に慌てて船員は小船を上げるために歯車を回し始めた、船長が身を乗り出し瞳を細め威嚇の砲撃を数発打たせる。水飛沫を高く上げ、キラキラと降り注ぐ水の粒子で虹が現れる、甲板ではうっとりとした歓声が上がったのだが。

「来ます! 早く小船を引き上げてくださいっ」

 クラフトが自身の銀の杖を前方に構えた、ダイキとサマルトも武器を持って覗き込む。小船がゆっくりと軋みながら海面から浮かび上がった、その瞬間。
 轟音と共に小船は下からの攻撃により斜めに傾いた、衝撃で破片が飛び散り海面に木材が浮かぶ。
 甲板で悲鳴が上がった、心配そうにトビィを覗きこむ者もいれば、船内へと逃げる者もいた。舌打ちしてトビィは強く、ロープを握り締める。
 何度か攻撃を受ければ小船は跡形もなく吹き飛びそうだった、姿は見えないが何かが潜んでいる。

「火炎か雷電の魔法を海面へ! 威嚇で追い払いましょう」
「解った! ダイキ、行くぞ!」

 クラフトの指示に準備を整えていた二人は颯爽と魔法を放った、トビィの左右を通り抜けてサマルトとダイキの魔法が海面へと進む。
 水に通電した為、威嚇が効いて海は平常の穏やかな状態へと戻る。
 安堵の溜息を洩らす客達だが、アリナは手すりに足をかけて何時でも出られるように待機していた。クラフトとて同じである、一刻も早く小船を引き上げるように指示を出し気配を探る為瞳を閉じた。
 無論トビィとて同じだ、体勢を崩すことなく波の音を聴いている。
 が、空気の微妙な揺れを感じトビィは小船から足を離す、ロープをばねに上空に跳躍した。次の瞬間、バキバキと音を立てて下から魔物が姿を現した、飛んでくる破片を避けながらトビィは剣を振り下ろす。

「これまた……けったいな」

 姿を現した魔物を見てトビィは苦笑いである、見覚えある姿にダイキが叫んだ。

「でかいタツノオトシゴ!?」

 トビィは知らなかったが、ダイキは知っていた。図鑑でも水族館で見たことがあるし十二年に一度、主役の年がくる生物。タツ。タツノオトシゴ、である。
 そういえばケンイチの親戚が経営する飲食店に、名物ペットとしてこれが飼われていた気もした。肉食だったはずだ、流石辰、だろうか。
 全長五メートル程、身体が細いとはいえ、やはり迫力がある。

「カマウェト、ですね。高度な魔法使いはアレを飼いならして乗り、海上を旅をするのだそうですが」
「うへぇ、ボクは嫌だなぁ」

 茶色く硬そうな皮膚、鮫のような瞳、明らかに凶暴そうである。

「詳しい記述があまり残されていませんが、攻撃は体当たりのみ、です。しかしやたら攻撃力が高い」

 それは先程の小船の無残な姿を見れば解る、アリナはロープを一本手に取ると腰に巻きつけ、その瞬間を見極める為鋭く睨みつけた。巨大な身体が海へと潜る、静まり返っているが再度浮上してくるだろう。
 前方から吹き上がる水飛沫にトビィは剣を構えた、風圧で身体が船体に叩きつけられそうになるが逆に反動を利用して蹴り上げ、勢いつけて現れたカマウェトへ斬りかかる。
 同時に上空からアリナが飛び降りる、カマウェトの頭部目掛けて蹴りを食らわし、待機していたダイキとサマルトが魔法で応戦する。

「ちっ、思いの外硬い皮膚だなっ」

 甲殻類に匹敵するだろう、蹴り上げたアリナの右足がジン、と痺れ舌打ちしざるを得ない。ブーツに仕込んである鉄製の金具がなければ、外部からの傷は与えられなさそうだった。

「オレは大丈夫だと言ったろう?」
「まぁ、退屈だからー」

 微かに怒気の籠もったトビィの声にあっけらかんとアリナは笑う、互いにロープにぶら下がり、引き上げてもらうのを待った。

「で、どーすんの、あの生物」
「命は奪わなくてもいいと思う。が、船に攻撃を仕掛けられてはやっかいだ」
「だよねー、どうでてくるかなぁ?」

 逆上して来なければ良いのだが、それだけが気がかりだった。水面下では高速で泳ぎまわっているようで、トビィは微かに溜息を吐く。

「来るな。諦めてくれなさそうだ」
「まあ餌みたいなボクらがぶら下がってるんだから、諦めはしないだろーね、っと」

 勢いつけて飛び出してきたカマゥエト、二人は振り子の原理で大きく振り被ると極力船体に体当たりされないように応戦する。必死でダイキとサマルトも魔法で援護していた、が、上手く攻撃が当たらない。

「アリナ、目を狙う」
「りょーかいっ」

 トビィとアリナの二人は再度海に潜ったカマウェトの次の攻撃に備えた、もうすぐ甲板へと辿り着く、ロープに掴まる腕も痛くなってきた。
 決めるのなら、次が最後の機会だ。
 相手がワンパターンの攻撃で助かった、二人は敵が海から姿を現した瞬間、左右についている眼球目掛けて攻撃を食らわした。トビィが剣を突き刺す、アリナが蹴り破る、同時に頭部目掛けてダイキとサマルトが魔法を放ち、そのまま海へと押し戻す。
 最後にクラフトが船員に指示を出し、死んだのか、気絶しているだけなのか解らず浮遊しているカマウェトへ、大砲を発射した。その細長い身体を、遠くへと吹き飛ばす。
 ようやくトビィとアリナが甲板へと戻る、痺れた腕に顔を顰める。しかし全員無事だ、船体にも損傷はない。「一体だけで助かった」と、アリナは上機嫌でトビィの背中を強引に叩いた。不謹慎だが、退屈凌ぎになったので楽しかったらしい。

「で、トビィは何がしたかったわけ?」
「まぁ、な。気にするな」

 穏やかさを取り戻した海を眺めつつ、トビィは手すりに凭れ、一息ついた。日差しは高く、本日も午後から船員達の指導だ。

 ……オフィーリア、受け取れよ?

 トビィは囁く、今はただ相棒達が駆けつけてくれることを祈り、自身の鍛錬に励みながら指導をするしかない。この海の上で。


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