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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第42回   溺れる色欲
 その頃、廊下でアリナとクラフトはばったりダイキとサマルトに出くわした。食堂に借りた篭を返しに行く途中だったのだ、頬を膨らませて説教しているクラフトの傍ら、アリナが二人を見つけ、天からの助けとばかり大きく手を振る。
 四人は合流し、共に部屋へと戻った。クラフトの説教は、多少和らいだのでアリナとしては上々である。

「そういえばミシアは熱の子の看病に呼ばれて出掛けたよ? 今日はアリナ一人だと思う」
「へぇ」

 頷きながらアリナは内心嬉しく思った、そして湧き上がる不信感。
 ミシア。
 どうも引っかかる。アリナが眉を顰めてどっかりとベッドに座れば、サマルトが貰ってきたりんごを齧った。シャクと軽快な音がする。音を聞きながら暫しアリナは考え込んだ。
 クラフトが干していた洗濯物はすっかり乾いており、丁寧に皺を伸ばして畳み始めたのを横目で見ていた。
 が、徐に面を上げるとにこりと微笑んで、一言。

「いいえ、一人ではありませんよ? 今日はたっぷりと説教ですから御覚悟を」

 その言葉に爆笑するサマルトとダイキ、アリナだけが唇を尖らせてそっぽを向いた。
 しかし、解っていた。
 クラフトは何かを話すつもりだ、悟られないようにわざと茶化しただけだ。「がんばれー」と笑うサマルトの傍らで、二人は密かに、軽く頷く。おそらく、思うことは二人とも同じ。
 ”ミシア”だ。

「来てくれたんですね、ミシアさん!」

 薄暗い物置小屋、その中にランプを持って嬉しそうに佇んでいる男がいた。ミシアは「しーっ」と、悪戯っぽく笑い、そっと近づくとランプの光に慣れるように見つめる。
 ここは客室の下、雑用の道具などが置いてある場所だった。武器も置いてあるし、大量に薬草が入った壷もあり、船員達は当番でこの場所の見回り及び掃除をする。
 ミシアが明かりを照らして見渡せば、成程、懸命に掃除してくれた事が解るほど綺麗になっている。埃を落とし、床には上等そうな布を敷き、ワインも用意されていた。

「ミシアさんが来てくれるっていうから、頑張ったんだ」
「ありがとう、とても優しいのねポール」

 甲板でミシアに一番最初に接触した男、ポールである。無邪気に微笑むポールに、鷹揚に微笑み返した。

「だって美しいミシアさんを汚らしい場所へ招き入れるわけにはいかないからね。ねぇ、恋人っているの?」

 ワインを二つのグラスに注ぐ、そっと布の上に座り乾杯してから口に含む。不安そうに、背伸びして無理に自分を作っているかのようにポールは尋ねた。
 焦らす様にミシアは髪をかき上げながら、ゆっくりとワインを呑みつつ口を開く。含み笑いで、まるで子犬のようなポールを見つめつつ。

「勿論いるわよ? この船に乗っているの、素敵な人よ」

 そう言ってうっとりと瞳を閉じるミシア、身体を小刻みに震わせてポールが大声上げて掴みかかる。

「別れてよ、別れて!」

 すっかり落ち着きを失くしているが、それとは裏腹にミシアは婀娜っぽく囁く。

「しー……大声出しては、駄目よ?」

 しかし、小さい子が駄々をこねるかのように、ポールはミシアをそのまま押し倒した。ワイングラスが宙を舞い、ミシアの衣服に中身が零れて染みていく。
 それを夢中で吸いながら、ポールは徐に顔を上げると切なそうに叫ぶ。

「恋人がいるんだよ、僕にも。故郷の村に、幼馴染で。でも、でも、ミシアさんを選ぶんだ、だからミシアさんも僕を選んで!」
「あらあら、いいの? 結構酷いのねポール。そんなこと言って、今までも女の子を引っ掛けてきたんじゃないの? あなた母性本能擽るタイプだものね。艶聞が耐えない気がするわ」
「違うよ、今回が初めて。ミシアさんだからだよ。責任とって、あなたがそんなに美しいから、狂ったんだ」

 そう、狂った。ミシアの妖しい雰囲気に、酔った。酒のせいではない、瞳は淀んで光を失っている……正気ではない。
 あのロザリンドと同じような”人形”だ。それでもポールには意識が残っていた、ミシアの”奴隷”になりたいというそんな、意識が。
 ここまできて、ようやくミシアは喉の奥で笑い始める。愛しそうにポールを胸で抱き締めながら、髪を撫でる。最高の悦楽に入ろうとしていた、優しく宥める様に、ポールの背中を擦る。いや、愛撫する。耳元に吐息を吹きかければ、ポールが歓喜の声を漏らした。

「ねぇ、抱かせて。何でもするよ、愛してるんだ」

 幼子が頬親の乳を欲するように、ポールは夢中でミシアの胸を弄る。

「いい子ね、許してあげる。……トビィもこれくらい大胆だったらよいのに、ね。あぁそう、ポール。私のことは”ミシア”と呼んで。”さん”だなんて仰々しいわ。それからあの人みたく力強くなきゃ……駄目よ?」

 うわ言の様に呟くと、ミシアはそっと腰の皮袋から小瓶を取り出し、その中の液体を飲み干した。それはすべらかに喉を流れ落ちて、脳天を刺激する、思わず瞳を閉じる。
 綺麗な景色が見えた、花畑だ、ミシアが中心に佇んでおり、楽しそうに微笑んでいる。が、その花畑の外には醜い虫達が蠢きあっていた。
 その光景はゆっくりと変貌し、ミシアはこの世のありとあらゆる宝石を散りばめた様な豪華な椅子に深く堂々と腰掛け、満足そうに周りを見渡している。鼻で笑いつつ、高圧的な態度で。半裸の美少年達に囲ませている、逆ハーレムだ。
 少年達は恍惚の笑みを浮かべて取り囲んでいる、その中で高笑いをするミシア。きわどい衣装、美しい引き締まった身体がミシアの視界を愉しませていた。
 その遥か下の方で、美少女達が小汚い衣服を着せられて床を這いつくばって拭いている。ミシアから見れば同姓はみんな自分より格下で、どれだけ美しくとも醜悪にしか見えないらしい。美の基準は自分なのだ。
 ミシアは手元のスープ皿を少女に不意に投げつけた、そこにはアリナやアサギがいる。熱いスープが少女達に降りかかり、皆悲鳴を上げた。
 高笑いしながら隣の男を上目遣いすると、その男は優しく微笑み、情熱的な口付けを交わす。周囲の美少年達から羨望の溜息が漏れる、ここぞとばかり、同じようにミシアに強請った。
 だが、悠然とミシアは首を振る。皆はがっくりと大きく肩を下ろし、諦めて二人を見つめる。
 知っているのだ、ミシアの心は彼のものだけであると。あの二人こそ、この地上で最上の恋人、美男美女で相思相愛、誰も適わない。
 言うまでもなく男とはトビィだ。
 ミシアがゆっくりと瞳を開いた、傍から見ればポール以外の何者でもない男、だが麻薬の幻覚でミシアの瞳にはトビィに映っている。

「あぁ、トビィ! 嬉しい来てくれたのね。駄目よ、あぁっ、そんなに激しくしちゃっ」

 激しく抱き合う二人、上擦るミシアの声。もはや、狂喜の宴でしかない。

「愛してるわ、トビィ」
「愛してるよ、ミシア」

 すっかりミシアに翻弄されたポール、他の男の名を呼ばれようがが全くお構いなしである。抱けるだけで、天にも昇る幸福感に包まれた。

「あぁ、トビィっ!」

 そんなミシアが勝手に創り上げた妄想の中でトビィと楽しんでいる頃、本物のトビィは鬱蒼とした気分でベッドから這い出た。
 浅い眠りを繰り返していたのだが、気だるく、背筋が寒く、吐き気と眩暈に襲われる。頭部をゆっくりと動かしつつ、溜息を吐き、水入れから水を飲む。グラスに移し変えるのが、面倒だった。ともかく喉の渇きを潤したい。
 胸が疼く、苛立ちが湧き上がる。嘔吐しそうだった。

「くそっ! 最近増えたなこの症状。何時からだったか?」

 トビィは枕に拳を叩き込むと、窓を開けて夜風に当たった。夜気を漂わせる星空に、心を落ち着かせてアサギを想う。

「アサギ」

 瞳を閉じて、想いを馳せる。最初に会ったのはあの不可思議な空間、神秘的な部屋。気がつけば花の香るシーツに包まれて眠っていた、傍らでアサギが心配そうに見つめていた。
 確かに自分は虫の息だった、魔族のオジロンに多勢で卑劣な罠をかけられて、敗北したあの日。

『はっ、プライド? そんなもん、ないね、俺の求めるものは勝利と名声。貴様に勝てば見事この俺様もドラゴンナイトに昇格だ! わははは、なんだ、少しくらい能力が秀でているからってただの、人間のくせに』

 何かと張り合ってきたオジロンが、今此処で思い出される。トビィは全く相手にしていなかったが、あちらは執着していた。非常に、厄介な相手だ。

「あいつもミシアと同じくらい鬱陶しいな……全く、ろくな奴がいない」

 ミシアの名を口にすると、怪訝に眉を顰める。昼間摑まれていた手を思い出した、嫌悪感しかなかった。何故だか解らないが、とにかく受け付けない人種だった。
 忘れようと窓から唾を吐き捨てる。もう一人心を苛立たせるのが得意な男の下卑た声を思い出し、舌打ちした。
 流石のトビィとて、あの時ばかりは死を覚悟した、しかし、そこでアサギに会えたのだ。
 アサギが、救出してくれた。瀕死のトビィを、護り抜いてくれた。

「アサギ、待っていろ。今、助けてやるから」


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