水平線に太陽が沈みかけ、空が茜色に染まった頃。アリナとクラフトは「トビィの様子を見てくる」とダイキとサマルトに告げ、部屋を後にした。 ダイキとサマルトは二人して顔を見合わせどうしようか迷ったのだが、トビィのことはこれといって心配していなかったので、食事をすることにした。薄情にも思えるが確かに、付き合いは浅い。上に、アサギに関して良いイメージが全くない。
「トビィはさぁ、何かこう……血が通ってないような感じだし。それにきっとあの美女だって気紛れで連れていただけだろ? 落ち込んでないと思うんだよなー、本命アサギなわけだし。アサギにはやたら優しい雰囲気だけど」 「そういうものかな」
年上ぶって、呆れたようにトビィの悪態をつくサマルト、ダイキは軽く頷く。そういえば、トビィとサマルトはそう差のない年齢だがどちらが大人の男として相応しいかと問われれば、トビィだ。ダイキの脳裏をそんな事が過ぎるが、あえて口にしない。
「あいつ、顔だけはいいからな。まぁ、やたらと強いしな。背も高いし、やけにスタイルいいし。声もなかなかだし、なぁ……。今頃適当に他の美女でも捜して、よろしくやってるよ」 「ふーん」
誉め言葉しか出てこなかったので、サマルトは軽く舌打ちし、自分の発言に嫌悪感を抱いたがダイキはお構いなしだ。頭をかきながら部屋を見渡す。異臭がするのだ、眉を潜めて”それ”を見た。 魔物の体液でやたら粘つく衣服、部屋の隅に三人分重ねてある。アリナにサマルト、ダイキの分だった。クラフトは自分で先程洗濯したようだ、綺麗好きだというのはなんとなく解っていた。どうせなら一緒に洗って欲しかったが、自分のものならばともかく、他人の汚れたものを洗うことには抵抗があったのだろう。アリナには自分で洗って欲しいものだが、衣服を脱ぎ捨てそのままほったらかしである。 二人は顔を見合わせると、苦笑いで重たい腰を上げた。竹の皮を結って作ってある篭にそれらを押し込めると、サマルトは持ち上げる。観念して洗い場へ急ぐことにした。 鼻を悪臭が刺激する、思わず顔を顰めて鼻で息をするのをやめると口で呼吸した。流石に強烈だった、よくもまぁ、今まで部屋に置いておけたものである。戦闘後の軽い興奮状態で、そこまで気にする余裕がなかった。
「くっせぇ! 食事の前に嗅ぐもんじゃないな」
部屋を出て、真っ直ぐ洗濯場へと向かう二人は打ち溶け合っていた。互いに一人きり同士、常に一緒なので親密度は上がるだろう。
「持つの、代わるよ」
ダイキが声をかけるとサマルトは不思議そうに首を振り、瞳を丸くする。何気なく言ったダイキの一言だったが、驚いた。
「何言ってんだ、お前は俺より年下なんだから大人しく黙ってついてこればいいよ。こういうのは年上の役目だ」
妙に『年上』を強調するが、地球だったらこういう嫌な仕事は年下の役目だ。必死で運ぶサマルトを見ながら、嬉しくなってダイキは微笑む。
……初めて見た時はすかした奴だと思っていたけど、結構面倒見の良い奴なんだ。
一国の王子のはずだ、けれども進んで嫌な仕事もするし、威張り散らさない。口は確かに悪いが、可愛らしい程度である。自分で壁を作っていたことを後悔し、ダイキは自然に笑う。 そんな二人の横を通りすぎる人々は、その悪臭に鼻を押さえて顔を顰めると一目散に逃げ出していった。子供達は泣き出し、大騒ぎである。
「船内迷惑だな」 「体液が美味しい食べ物の香りの魔物なら、大歓迎なのに」
困り果てる二人、しかし顔を見合わせると勢い良く吹き出し、足を速めた。 ようやく到着した洗濯場で、仲良く二人で衣服を洗う。戦闘終了後水浴びをした際にこれも洗うべきだったと、後悔した。が、疲労感で洗濯まで行き着かなかったのだから仕方がない。 魔物の体液が衣服に染み付いて頑丈な汚れとなっている、船員が見かねて洗剤を貸してくれるが、それでもなかなか汚れは落ちなかった。思わず、ダイキはぼやいてしまう。
「あー、洗濯機が欲しいー。頑固な汚れも瞬く間に真っ白にな洗剤に、香りが持続する柔軟剤が欲しいー」 「何それ?」 「俺達の世界にある洗濯出来る便利な代物で、ボタンを押せば一気に綺麗になった衣服が出てくるんだ。自分の好みの香りも洗濯につけられるよ」 「すっげー!」
手で洗濯など、ダイキは産まれて初めてだ。稀に洗濯を手伝わされたとしても、洗濯機を使う。見よう見まねで、懸命に洗濯板で布をこすった。二人は食事のために洗濯をする、臭いがとれてきた、染みは限界まで落とした。甲板にある洗濯物干し場に出向き、男二人で不器用に干すと、食堂に向かうことにする。満足そうに風に揺れているそれを見た、多少歪んでいるが仕方がない。時は夕刻だ、夕日が眩しい。 腹に入ればなんでもよかったので、適当にサマルトが注文してくれた。二人ともメニューの文字が読めなかったが、値段を見てそれらしいものを選択する。 出てきたのはカレーライスのようなものだ、大喜びで二人は腹に押し込む。香辛料が鼻を刺激する、肉は僅かしか入っていなかったが味が良かったのでとても高価な食事に思えた。二人は暫く、食堂で会話を楽しむ。 初の一人きりでの戦闘後、ようやく肩の荷を降ろし安堵の溜息を漏らしたダイキ。僅かに泣きそうだった、一人ぼっちの勇者。けれど近い歳で話の合うサマルトがメンバーにいてくれて、心から感謝し、安心した。
「ありがとう」 「あ? 何が?」 「こっちの話」
不思議そうに見てくるサマルトに、ダイキは窓から外を見上げる。星が見えてきた、先程の雨は何処へやら雲ひとつない夜空が広がっていた。
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