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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第38回   船に潜む魔物
 その頃、甲板の上では船員達が焦燥を感じ、辺りを駆け巡っていた。
 木の軋む音を聞いた一人がその方向を見やる、そこにはドアを開いて甲板へ出てきたトビィ達の姿があった。船員は手を振って取り込み中だ、と迷惑そうに追い払おうとしたのだが、船長は静かに歩き出す。トビィの真正面に立つと、深く腰を曲げて礼をした。
 船員が呆気にとられる中、アリナが勝気な瞳で口元に笑みを浮かべつつ船長の身を起こす。

「やだな、礼はなしですよ。ボク達は確かに乗客だけど、困った時はお互い様。それに腕には自信が有るし。な、みんなっ」
「かたじけない」

 仲間を見渡し、悪戯っぽく笑うアリナに、頷くサマルト。トビィはただ、無言で空を見上げている。
 安堵し微笑む船長の姿に、船員達は首を傾げ訝しがった。

「船長? この方々は?」

 何の状況も把握出来ていない船員に、打って変った態度で怒鳴りつ、強引に頭を下げさせる船長。アリナが苦笑する。

「馬鹿野郎共が! この嵐が自然のものじゃないってぇぐらい、分かるようになれ! この方々は戦士様だ、それも……とびきりのな」

 そう言うと、トビィとアリナ、二人を見つめてにやりと豪快に笑った。二人の力量を見破った彼も、大したものである。

「ふーん、ボク達の強さがわかるんだ?」

 嬉しそうに豪快に笑い、感心するアリナ。確かに現時点で強力な人物といえば、この両者だろう。船長は見抜いていた。 
 船旅とて安心できない、魔物の襲来は無論、海そのものとの戦いで船長も船員もそこそこに強くなければいけない。精神的にも、体力的にも、だ。故に、気配でトビィ達の力量を見抜いたのだろう。もしくは、船長自身過去に戦士だったのかもしれない。
 目配せし合うトビィとアリナ、船長が大声で指示を出した。

「いいか! 魔物が攻めてくるぞ! 戦闘じゅーんび! 急いで配置につけぇ!」
「了解!」

 その一言で訓練通り、素早く持ち場に着き各々武器を手に取る。或いは、船の調子を確認する。物置に掃除道具を投げ込み、代わりに剣や弓、手製の爆弾を取り出し装備した。手際の良さにアリナが口笛を吹く、船長に良く訓練されているようである。

「では、ご協力を宜しくお願い致します」

 船長はそう言いつつ、腰に下げてあった愛用の剣を引き抜いた。空を見つめて、唇を噛み締める。

「了解、まっかせてーっ」

 アリナが構えた、トビィが剣を引き抜いた、サマルトとダイキが真似して後方についた、クラフトが神経を研ぎ澄ませた。
 降り頻る雨の中、一筋の雷鳴が鳴り響き、それを合図に空から下卑た叫び声を上げて舞い降りてきた魔物達。紫の変色した皮膚、真っ赤に燃え盛る瞳、蝙蝠のような羽、細長い尻尾を持つ……ガーゴイルである。
 空の暗さはこの魔物達が居た為なのか、かなりの数のようだ。もともとは邪悪な銅像に命が吹き込まれたのが始まりだとされるが、今はどうでもよい。
 半ば呆れつつ、しかし好戦的なアリナは嬉々としてその招かれざる客を迎え入れた。首を、コキコキと鳴らす。

「さてと。どうするトビィ? 全滅させる? 追い払うだけ?」
「こちらの被害を最小限に抑える、全滅させたほうが早ければそれで良いだろう。……行くぞ」

 揺れ続ける船体、しかし二人は瞬間で瞳を合わせると一気に駆け出し、急降下してくる魔物の中へと突入した。

「嵐の中、どうもご苦労様だねっ」

 信じられない速度で軽々と宙に舞い上がり、そして何時引き抜かれたのか腰の小剣二本を巧みに操ると魔物の羽を根元から切り落としたアリナ。無様な姿で甲板に転がったそれに、小さな悲鳴を上げた船員。くすり、と愉快そうに笑って片目を瞑ると言い放つ。

「それくらいなら、君らだってどうこう出来るだろ?」

 言われて赤面する船員、もちろん自分の力量や度胸を見透かされていたからだ。このガーゴイルは飛び上がれないから、恐れる事はない。甲板から海へ放り出すことも、剣で突き刺すのも苦労しないだろう。
 彼らにはガーゴイルと対等に渡り合えるだけの技量が、まだ備わっていなかった。アリナは、それを見抜いていた。
 アリナの大胆かつそれでいて優美な戦闘に、皆が息を飲んだ。戦いの中でこそ、その本来の美しさを極限まで発揮出来るアリナ。
 トビィとて、負けてはいなかった。張り合っているつもりは全くないのだが、目立ってしまう。妖しくも美麗な魅力の剣、それの持ち主であるに相応しい者。アリナに負けず劣らず、素早い。
 確実に一撃で敵の急所を貫き、生命を奪っていく。冷徹な死神の如く。躊躇がない、無駄がない。
 そんな二人に刺激を受け、対抗して頑張っているのがダイキとサマルトである。武器の扱いはそこそこだ、しかし二人には魔法があった。揺れる足元でも、壁に寄りかかって安定した場所で魔法の詠唱が可能である。

「いっくぜぇ! 天より来たれ、我の手中に。その裁きの雷で、我の敵を貫きたまえ。眩き光と帯びる炎、互いに呼応し進化を遂げよっ!」

 サマルトの放った魔法、上空から何本もの雷が魔物の群れへと落下し、直撃を受けたものが海へと落下する。甲板へと落下したならば、船員達が数人がかりで止めを刺した。

「呼ぶは大いなる力、集めるはその源。結集せよ、我の前に。望むは強大なる力、我の敵を吹き飛ばすべく弾け飛べっ!」

 懸命に練習したダイキの魔法、空中に大人の頭ほどの電撃を走らせる黄色の球体が出現した。それを魔物の群れの中へと一気に放つ、避ける間も無く閃光を放って弾けとんだそれと共に、巻き込まれた魔物はバラバラに吹き飛ばされた。
 成功した嬉しさで、飛び上がって互いの手を叩くサマルトとダイキ、しかし高度な魔法を雨の中で唱えたため精神を思いのほか消耗したようだった。もともとダイキはこのような悪天候の戦闘に慣れてはいない、地球に居た時とて雨が降れば傘をさした。
 励まし合いながら、ダイキとサマルトは二人で魔法を唱え続ける。流石にトビィもアリナも上空の敵は範囲外だ、そこをサマルトとダイキが援護する形である。
 クラフトは、傷ついた人々を救うべく甲板を駆けずり回っている。癒しの魔法を唱え、そしてアリナの援護を怠らない。
 船員達も五人の姿に勇気付けられ、懸命に応戦していた。
 その為だ、皮肉にもその為にミシアの姿が甲板にないことに、誰しも気づかなかったのである。
 甲板で激戦が繰り広げられている中で、ミシアの心は跳ね上がっていた。今から自分は舞台に立つ、期待溢れる新人として華々しくデビューを飾るのだ。その駒に、薄汚いメス豚のロザリンドを用いる。ミシアは、喉の奥で笑うと怪しげな微笑を浮かべて唇をそっと、舌で嘗めた。

「本当、幸運よねメス豚。美しくて優しい私に殺されて良かったわよねぇ」

 そう呟きながらチラリと傍らのロザリンドを見つめ、唇の端を持ち上げて薄く微笑む。

「さてと、そろそろね。いいこと、あなたはトビィの後を追って甲板へ飛び出すの。私は助けようとするのだけど、間に合わなくて海の底へと転落するあなた。自分を悔いて嘆き悲しむ私を、トビィが慰めてくれるの。……そういう筋書き、分かったかしら?」

 ロザリンドは、首を縦に振った。満足そうに笑うミシア、しかし大声を出せば気付かれるので、あくまでも小声である。それが更に不気味だった。

「さあ……行きましょうか」

 ミシアが顎で指図すると、ロザリンドは焦点の合わない瞳でぎこちなく動き、ドアを開くと真っ直ぐに甲板へと飛び出す。多少、動きがぎこちないが幸いにも今は雨でここは甲板だ。”死体でなくとも”歩き辛いので、心配要らないだろう。
 雨と風、雷の音でロザリンドがドアを開いた音など、誰にも届かない。戦闘中なことも加わり、周囲に構ってはいられないのだ。
 しかし、余裕のあるトビィとアリナはその存在に気がついた。明らかに戦士でも、船員でもない姿の女が甲板を走っている。
 訝しげに雨の中、その姿を見つめ気づいたアリナは、行く手を阻む魔物を蹴散らし、庇おうと走った。
 トビィもロザリンドのもとへと駆けつける、だが二人の中間地点ほどでロザリンドは大きく揺れた船体と、魔物の鋭い爪によって背中を引き裂かれ、荒れ狂う海へと投げ出された。

「ロザリンド!」
「ねぇちゃん!?」

 トビィとアリナが同時に叫ぶ、身を乗り出して落下していくロザリンドを唖然と見つめた。ゆっくりと、頭部から海へと落ちていくその姿、あまりに美しく。金の髪がふわり、ゆらり。
 船員達も何事かとその方向を見た。
 その瞬間、ミシアに注目するものなど誰もいない。平然とドアの物陰から事の成り行きを見守っていたミシアは、注意がそちらに惹きつけられたのを良い事に堂々と甲板へと足を踏み出すと、そこから一気に駆け出す。悲鳴を上げた。

「あぁっ、ロザリンドさんっ!」

 やがて海に引きずりこまれるようにして、ロザリンドの姿は消えていった。眩い金の髪が、見えなくなる。海面は荒々しく、とても探すことなど出来ない。
 唖然とその場に立ち尽くすトビィであったが、それでも急降下してきた魔物に視線を移す事無く、剣で一突きにした。緑色の粘つく液体がトビィの髪に、身体に降りかかる。が、それを気に留める事無く無言で、しかし憎悪の光を浮かべた瞳で残りの魔物を一掃していく。
 まさに鬼神、アリナさえ声をかけられずに、唇を噛み締めながら痛々しくその姿を見つめるしかなかった。
 心のざわめきを感じながら、再度戦闘に戻るアリナ。トビィは無茶をしないだろうから、と視線を外してふと。その瞳の端、青褪めた表情で立ち尽くしているミシアの姿が目に飛び込んできた。
 何気に見たが、そういえば戦闘中ミシアの姿を見ていなかった気がしてきた。不審に思い、敵を倒しながら見ていると、あまりにも青褪めていたせいなのか船員に声をかけられて、肩を貸されている。
 確かに人が死んだ、しかし今まで何度も戦闘に携わってきているであろう人物が、それくらいで眩暈を覚えるだろうか。第二の犠牲者を出さないために、少しでも戦力になる者は早めに戦闘を終わらせるべく、必死になるはずではないのか。
 口元を押さえながらここからでもはっきりと分かるように、ミシアは涙を零している。

「ええい、泣くな鬱陶しい」

 無意識の内に呟くアリナ。嘆く暇など、ない筈なのに。
 それは戦闘が終了してからにしてもらいたい、哀情の念に耐えないのは分かる、しかし時と場合を考えて欲しい。
 皆の注意力を乱しているから、そこを魔物に付け入られた。ミシアを支えている船員に、容赦なく爪を振り立てる魔物。間一髪ダイキが振りかぶった剣が見事喉元に入り、危機は切り抜けられた。
 見るからに気分優れぬ様子、立っているのすらやっとであるミシアにダイキは心底心配して「休んでいてください」と声をかけている。
 船員も同意し、ミシアを船内へと連れて行こうとするのだが、それを……拒否した。か細くも、内に情熱を秘めたような眩しい瞳、そして凛とした声ではっきりと。

「いいえ、私もお役に立たなければ……。私のせいで、あなた達を危険な目に合わせてしまいました。ダイキが助けてくれたからよかったけれど、本当にごめんなさい。でも、大丈夫です、私、戦えます」

 悪趣味である、先程まで悪態をつきながら人を嘲ていた人物と同一とは、全く思えない。二重人格なのか、演技が上手いのか……今は華奢だが芯のしっかりとした儚げな美女である。
 ふらつく足取りで、今にも倒れてしまいそうな様子に、船員とダイキは押しとめた。だが、ミシアの決意は変わらない。戦闘に加わろうとする。

「無理しないで休んでいて下さい」
「そうだよ、この船員さんに連れて行ってもらいなよ。後はどうにかなる」

 汗ばんでいる額、荒々しい呼吸、そんな中でも強引に笑顔を作り、微笑むミシア。しかし、顔を顰めて俯いた……ようにその場にいた二人は感じたのだが。
 実際、俯きミシアは……愉快そうに笑ったのだ。
 全ては勿論演技である。気を失いそうな振りをして、心の内では自分の思い通りに進むこの状況が愉快で愉快で、興奮状態で見ていたのだ。
 子供の頃、母と姉と行った劇場で見た女優など匹敵しない、自分の演技力。酔いしれていた。呆気ないほど思い通り、この計画は完璧である。

 ……ふふっ、まだまだ序の口だけれどね?

 「さぁ、頑張りましょう。敵の数は減ってきていますものね」

 狂喜の瞳で必死に笑い声を押し殺し……静かに、面を上げる。皆を勇気付けるかのように言ったその言葉、ダイキも船員も不安そうに見つめながらも頷いた。
 この時点で船員ポールはこの”大人しそうだが知的で、優しい心の美しい少女”ミシアに恋をしてしまったのだ。
 流れるようなすべらかな髪、強き光を持った瞳、筋の通った鼻に薄くもほんのり紅に染まる唇。横顔をぼぅ、っと見つめていた時、不意に瞳が交差した。そこでミシアがゆっくりと……微笑んだ。
 もう、虜である。
 無論、全てはミシアの計算だった。自分に好意を寄せる男を、溺れさせることは簡単だ。一つ一つ、段階を踏んで視線を奪ってしまえば良い。あとは、最後に笑み。最上の、笑みを送る。
 アリナは舌打ちしてそんなポールの様子を見ていた、非常に気に喰わない。傍目でも分かるほど、ミシアに惹かれていた、一目瞭然だ。
 マダーニの妹で、確かに頭の回転は速そうだった。しかしどうもアリナはいけ好かなかった。雰囲気が苦手で一歩下がって接してしまう、近寄り難いと思っていた。それが、今日改めて再認識出来た。
 アリナは唾を吐き捨てた。大きな瞳で睨み付けた魔物を蹴落として刺す、それは最後の一体であったようで周囲で歓声が巻き起こった。
 軽く手を上げ、大きく肩で息をする。トビィの姿を捜して、近寄っていくアリナ。ミシアよりも今はトビィが心配だった。剣に付着した魔物の体液を布で拭うと、海を一瞥し、颯爽と立ち去るトビィを遠くに見つける。一直線でドアに向かい、何者も寄せ付けないような雰囲気で、船内へと入っていく。
 アリナは声をかけられずに視線を送ると、クラフトと合流した。ようやく、額の汗を拭う。寝起きには激しすぎる運動だった、アリナは汗ばむ衣服を恨めしそうに見つめる。
 周囲では魔物の死骸を、掛け声と共に海へと放り込んでいた。甲板の掃除を始め、魔物の体液を洗い流し、船員達は忙しなく動いている。
 此処から先は、アリナ達の出る幕ではない。
 掃除をした後、聖水を丁寧に船体に撒くのが通常でありそれらが運ばれてきた。船を清めて、魔物との遭遇の確率を減らすのだ。
 慌しく動く船員達の中、サマルトとダイキがこちらへ向かってきた。合流する途中で度々感謝の礼を述べられているらしく、照れくさそうに頭をかいている二人。多少落ち着いた気持ちで、アリナは手を上げる。
 ミシアは何時の間にやら多数の船員に取り囲まれ、治療を施していた。
 そんな中訝しげに何かを見つめていたクラフトに、アリナは小さく声をかける。

「クラフト? どうした」

 名を呼ばれ、一瞬引き攣ったクラフト。声の主を知ると緊張の糸が解ける、安堵の様子でアリナをゆっくりと見やると悲しそうに呟いた。

「トビィ殿……かなり気落ちしてらっしゃいましたねぇ。ご覧になられましたか海の中、餌を求めるものどもが……死骸を喰らっております。あれでは……」
「あぁ、トビィのことは本当に気の毒だと思うよ。後で会いに行こうと思う、そっとしておいたほうが良いのかもしれないけれど」
「そうですね、時間を置いて訪れましょう。今は誰とも会いたくないでしょうから」

 アリナとクラフトが口を噤み、互いの瞳をじっと見つめた。普段はこうするだけで赤面し、俯いてしまうクラフトだが今回ばかりはそうはいかない。
 何か重要な、人目を憚らねばならない会話がある時、こうしてクラフトは常に無言になった。
 言葉には出さずに、心で訴える。
 アリナとて同じだった、気にかかる事が出来てしまったのだ、クラフトと内密で会話がしたい。軽く二人は頷き、ドアへと向かう。そんな二人の姿に、慌ててダイキとサマルトが後を追った。
 ミシアは遠くから、そんな四人をひっそりと見つめ冷笑する。
 周りは自分に酔いしれている男共が溢れ返っている、ミシアの先程の笑みすら、艶やかなものでしかない。溜息があちらこちらで聞こえた。

「さぁ、他に怪我をなさっている方は? どうか、あなたのその怪我を、私に治させてください」

 ダメ押しに、ミシアは聖母のように船員達に微笑みかける。笑う、笑う、心で笑う、嘲り笑う。


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