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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第34回   艶色の乱花〜マビル・ルッカ・シィーザ〜
 魔界イヴァンの森林にて、一人の少女が小さく笑った。宙に軽く浮かんで、髪をかき上げる。
 妖艶で悩ましい声、すらりとした細長い手足、形の良い胸、くびれた腰、そして魅力的な顔立ち。漆黒の髪に、深紅の薔薇の様な唇、少しきつめのブラックオパールの様な神秘的な光を放つ瞳。
 全てが魅惑的。

「おねーちゃん? おねーちゃんだよね」

 足元に、魔族の男が一人転がっていた。
 息がない、死んでいる。その少女が魔法を唱え、炎を繰り出し死体を焼却する。瞬時焼け焦げた死体を一瞥すると、森林の奥へと視線を移した。誰かがこちらに向っているようだ、心当たりのある気配に薄っすらと笑みを零す。
 やがて、予想通りの人物が姿を現した。

「マビル!」
「ご苦労様、おにーちゃん」

 全速力で駆けて来たのだろう、息が上がっている。マビルの目の前で立ち止まると肩を大きく上下に揺らして、呼吸を整えた。深呼吸を繰り返す、じっとりと浮かぶ汗を拭う。マビルはそんな兄を見ながら、皮肉めいて笑った。黄緑色の肩ほどまでの髪に、新緑を思わせる瞳、マビルとは似ても似つかない風貌の兄である。
 兄の呼吸が整ってきたところで、マビルは声をかけた。

「おねーちゃんが来たんでしょ? 判ったよ。でもさ、弱弱しくない? ホントに合ってる? ホントにあたしのおねーちゃん? 次の魔王で合ってる?」

 マビルの言葉を聞くなり、苦笑いをした兄。名前をアイセル、という。頭をかきながら、ようやく落ち着いた呼吸でぎこちなく返答を始める。

「俺もまだお会いしていないが、間違いないだろう。現に非力な魔力であっても、俺もお前も気づいたんだ。間違いないだろうな」
「名前は?」
「だから、今到着したばかりだから解らない。これから調べるから、お前は今まで通り大人しくしているんだぞ?」
「つまんないね」

 徐々に険しくなっていくマビルの表情に、内心アイセルは冷や汗ものだった。
 魔力だけでいえば、格段にアイセルよりもマビルのほうが上である、暴れでもしたら手がつけられない。忌々しそうに視線を地面に落としたマビル、燃え尽きた元死体の肋骨が、微かに原型を留めていたから蹴り上げた。
 白い粉がぶわ、っと空気に舞ったので、怪訝に眉を顰めて口を閉じる。
 唖然とその様子を見つめていたアイセルだが、我に返るとマビルの肩に手を置いて揺さ振った。

「マビル、これは何だ? というか、ちょっと待て、お前……」

 辺りを見回して絶句する、死体が至る所に転がっていた。一心不乱で駆けてきた為気付かなかったのだ。結構な数である、アイセルは血の気が引いた。
 特に悪びれた様子もなく、寧ろ侮蔑の視線を死体に投げかけるマビル。

「遊んでたら、みんな壊れちゃったの。この子はさ、腕がとれちゃった。あの子は眼が綺麗だったから、取り出そうとして引っ張ったら死んじゃったの。で、あれは……なんだったかな、あぁ。あたしに贈り物くれるっていうから喜んだの。綺麗な真っ赤なお花だったんだけどね、数日したら汚い茶色の変な物体に変わっててさ。『君のように綺麗だから』って言ってくれたのに、そんなんになったでしょ。頭にきて、殴ったらお腹に穴が空いて死んだの。あとは、覚えてない」

 何体もある死体、それはどれもこれも新しいが数体はすでに腐り始めており、独特の死臭を放っている。故に先程からマビルは魔法で焼却していたのだ、臭いに耐えられなかった。

「……殺し過ぎだ」
「殺したくて殺してるわけじゃないくて、遊んでたら死んでるの! あたしのせーじゃないっ」

 微かに怒気を含んだアイセルの声、そして哀れむように見つめてくる視線、マビルは舌打ちすると右手に魔力を集中させる。
 アイセルのその様子が勘に触ったらしく、沸々と怒りが込み上げてきた。気に入らなければすぐに力で抑えつける、それがマビルだ。

「おにーちゃん、うっさいっ!」
「マビル、お前はっ」

 マビルが魔法を発動する一瞬の隙を突いて、アイセルは後方に回り込むと首筋に手刀を喰らわせた。
 一瞬引き攣った身体、次の瞬間マビルは意識を失い倒れ込む。その細い身体を優しく抱きとめ、そっと地面へ寝かせるアイセル。

「今は未だ、お前に動かれては困るんだ。全ては魔界の、魔族の未来の為に。時期が来たら必ず逢わせてやるから……少し待っていてくれ」

 耳元でそう告げる。意識がない為聞こえる筈もないのだが、それでも言わずにいられなかった。
 頭から足先まで、マビルを見つめる。外見だけならば、他に引けを取らない美貌の持ち主だ、性格に問題があるが。非常に麗しい容姿なのは間違いない、若い魔族が惹かれるのも当然だろう、接すれば遅かれ早かれ殺される運命にあるようだが。

「一刻も早く、お会いしなければ」

 アイセルは城の方角を仰ぎ見た、眩しい太陽の光を遮るように右手で瞳を覆い隠しながら瞳を細める。
 先程、待ち侘びた気配を持つ人物があの城に現れた。と同時にアイセルは、森林に佇むマビルのもとへと血相変えて走って来た。

「どうか、使命を全う出来ます様に」

 瞳を閉じてアイセルは祈りを捧げる、心地良い風が吹き抜けていくと心なしか安らいだ。
 数分微動だしなかったアイセルは、ようやくゆっくりと重たい瞼を開く。目の前に横たわっているマビルに、そっと跪いて頭を撫でる。
 そのマビルの姿は……勇者アサギに瓜二つであった。
 雰囲気は異なっているのだが、知らない人が見たら間違える程に、二人が揃っているならば確実に双子だと間違えられる程に。
 温顔のアイセルは、再度マビルの頭を撫でた、子供をあやす様に撫でた。
 そんなアイセルの様子など露知らず、深い眠りの中、マビルは声を聞いていた。懐かしい声だった、聞き覚えのある声だ。遠い昔、大好きな声だった筈だが……けれども、思い出せない。
 夢か現か幻か。
 マビルは手を伸ばした、懐かしい”それ”に手を伸ばした。

『待ってて、必ずソコから出してあげるから』

 声が聞こえた、マビルは安堵の笑みを浮かべると、再度深い眠りに落ちていく。その声は、優しく暖かく、母のようで。マビルは薄っすらと涙を浮かべていた。

「殺しすぎだ、マビル」

 一頻り頭を撫でていたアイセルだが、唇を噛み締めつつ立ち上がると死体へと目を移す。瞳から微かに零れたマビルの涙など、知らず。
 生憎アイセルは、火炎の魔法など扱えない。故に死体を引き摺って同じ箇所へ運んでから、枯れ木を拾い集めて器用に火を起こすと、それで焼却した。
 魔法と違って火力が当然弱く、なかなか焼け焦げていかない死体。数えてみようかと思ったが、気が滅入るだけなので止めておく。
 重苦しい空気だった、視線をマビルへと移すと、安らかな笑顔で眠りについていたので胸を撫で下ろす。とても死体の中で暮らしているとは思えない、確かに殺したくて殺しているわけではないのだろうが……。加減を知らないのだろう。命の重さを理解できていないのだろう。
 アイセルは、肩を竦めて目頭を押さえた。

「……そろそろ、世間の事を教えてやらないといけないか」

 普段快活なマビル、時折残忍な様子を窺わせるのは善と悪の区別が出来ていない為だ。両親とて物心つく前に亡くなっている、以後アイセル一人で育ててきたのだが、温順な娘には育たなかった。
 それでも大事で可愛い妹だ。
 温情主義の娘になれば、と極力仕込みたかったのだが、何故か捻じ曲がってしまった。

「俺の育て方で改悪してしまったのなら……マビルには申し訳ないことをしたな」

 燃える死体を見つめながら、アイセルは自嘲気味に笑う。煙が立ち上っていく、真っ青な空へと消えていく。


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