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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第33回   相容れぬ運命なのか、魔王と勇者
 仲間達から遠ざかり、気配が感じられなくなった事を確認したハイは、一息つくと笑みをこぼした。冷酷な表情が柔らかくなる。

「少し待っていてくれないか? 今、私の部屋への転送陣を創るから」

 ハイは上機嫌でアサギを手頃な岩の上に下ろし、そのまま座らせると頭を躊躇いがちに撫でる。懐から取り出した小瓶や薬草らを、地面に並べ始めた。小瓶の粘り気のある液体で地面に円を描き、軽く呪文を唱える。
 アサギは一人、岩の上で咳き込んでいた。というのも、先程から窒息しそうなくらい胸に押し付けられて、呼吸がままならなかった為である。酸素が脳に不足中、涙を瞳に浮かべて朦朧とする意識の中で、必死に頭を働かせていた。

 ……どうして、攫われたの? この人は”魔王ハイ”らしい、そうは見えないけれど。

 ということは一応判っているのだが、何故自分が攫われたのか全く検討がつかなかった。勇者を攫って何か得があるのだろうか。殺せば良いのに、殺さない。では、この人は魔王ではないのでは? 一体何が目的なのか。
 アサギが分かる筈もない、一目惚れされているなど、誰が思うだろう。 
 自分だけを連れ去って仲間達に何やら魔法を放っていたのは、事実だ。とすると、敵で間違いないだろうというところまでは思案する。 

 ……ここは、何処だろう? 

 森を軽く見渡す、そう長く走ったわけではない。路に出る事さえ出来れば、仲間達と合流できる筈である。幸いにも、先日の戦闘が原因でトビィに「武器を常に所持しておくように」と言われていた。故に、今こうして左の腰には剣が装着されている。

 ……いざとなれば、戦える。

 アサギは鼻歌しつつ、未だに陣を創っているハイを軽く睨みつけて、その場をゆっくりと離れて行った。

「ゆ、勇者が攫われた、なんて聞いたことないよ! 冗談じゃない、早く逃げないとっ」

 森の中は昼間だというのに薄暗く、木漏れ日を頼りに走るしかない。地面には剥き出しになった木の根が多数はびこっており、何度もそれに躓いた。
 その都度アサギは焦って唇を噛み締める、全身から嫌な汗が流れ落ちていく。
 だが、当然一人で魔王ハイ(仮)に戦いを挑むほど、アサギは無謀ではない。自身の力量を弁えている。

「早く、合流しなきゃ」

 勝ち目などあるわけがない、相手は魔王(仮)だ。
 口の中で鉄分の味がする、乾いた口内が、妙な咳を吐き出させる、涙が軽く瞳に滲む。それでも、懸命に走り続ける。
 合流できれば戦える、一人では無理でも仲間がいれば、戦える。大好きな仲間の笑顔を思い浮かべると、アサギは棒のようになった足で、跳ね上がる心臓を堪えて、森の中を疾走した。

 暫くして、唖然とアサギが居た筈の場所を見つめるハイ。
 夢中で転送陣を創っていた為、逃げ出した事に全く気づかなかった。思わず手にしていた小瓶を手からするり、と落としてしまう。

「そ、そんな」

 愕然として立ち尽くしていたハイだが、顔面蒼白で走り始める。あのような連れ去り方をしたので、怯えているのだろう、誤解されているのだろう。……と、思った。それ以前に魔王と勇者なのだが、気が動転しているハイは発狂しそうな勢いで走り出す。

「ま、待ってくれ、逃げないでくれ! 何もしないから」

 台詞自体が怪しい気もするが、ハイは必死だ。
 アサギとて、ハイが追って来ていることなど百も承知である。振り返るのはただの時間ロス、そして恐怖を煽るだけの行為。只管前を見続ける、荒い呼吸が森林に響き渡った、苦しいが走るのは止めない。
 と、目の前に何かが飛び出してきた。
 危うくそれを踏み潰しそうになり、アサギは慌てて足を止めたがその拍子で後方へ転倒する。
 お尻を擦りながら起き上がって見てみれば、綺麗な純白のウサギが一羽、目の前で不思議そうにこちらを見ているではないか。
 逃げないそのウサギ、あまりの可愛らしさにハイが追ってきているという事態だが、思わず手を差し伸べる。ふわふわの毛、ルビーの様な瞳、胸がきゅーん、となる可愛らしさだ。
 が、その宝石のような瞳が鋭く光ったかと思えば、差し伸べた右手に激痛が走る。ウサギがその鋭い歯を、アサギの甲に突き立てたのだ。

「あぅ、怖がらなくてもいいんだよ」

 宥める様にそう言って、左手で撫でようとした時。今度は左手に激痛が走る、深く噛み付いたらしく、思わずアサギは左手を振ってウサギを跳ね飛ばした。
 白い身体がぽん、と弾んで地に落ちる、体勢を立て直したウサギは、喉の奥で不気味な低い唸り声を上げながら、アサギへと近寄った。
 獲物を狙う、野生の獣の瞳だ。剣を引き抜こうと、思った。
 が、アサギにはそれがどうしても出来ずに、狼狽する。
 そうしている間にもウサギはグルルルル、と唸り声を上げてそのまま一気に駆けてくるとアサギの左腕に鋭利な爪と歯を突き立てた。
 ウサギの声には思えないが、見た目に騙された。
 確実に捕らえられたアサギの左腕、激痛に耐え切れず、アサギは叫び声を上げる。声を出せば、居場所をハイに知られる恐れがあった、故に堪えてきたのだが、限界だった。
 それは、ウサギではない。ウサギによく似た、魔物だったのである。
 悲痛なアサギの叫び声は、当然ハイの耳に届いた。

「アサギ!?」

 ハイは聞こえた悲鳴を頼りに、死に物狂いで駆け出した。

「私が目を離した隙に」

 自分を責めるハイ、非常事態だ。微かに鼻につく血液の香りに、血相変えて懸命に走った。
 やがて瞳に飛び込んできたのは、血を流しているアサギと、その周りに飛び交う白の物体。
 瞬時に敵だと悟ったハイは、凄まじい形相で魔物を睨みつけると込み上げてきた怒りに身体を震わし、右手から衝撃波を放った。流石魔王だ、何者も寄せ付けない邪悪なオーラを纏って歩み寄る。
 魔物が直撃を受け、弱々しくキュウン、と鳴くとその勢いで地面へと叩きつけられる。
 唖然と、アサギは魔物を見つめた。

「アサギを、傷つけたな!」

 地面でキュウキュウと鳴き続ける魔物、アサギは慌てて駆け寄ると助け起こそうとする。アサギは未だそれが魔物だと分からなかった、明らかに動きがウサギのそれではないのだが。
 が、大きく跳ね上がった魔物は、アサギの腕を擦り抜けて数メートル先に吹き飛ばされた。何時の間にやらハイがアサギの隣に立っていた、右手から立ち上る煙で、何かしらの魔法を放ったのだということが解る。

「あれは危険だ、今始末する」

 そう言い放つとハイは再び手を魔物へと向け、詠唱を始めた。アサギは、思わず剣を勢いよく引き抜いた。魔物を護ろうとしたのだ、ハイへと斬りかかる。
 驚いたのはハイだった、何故攻撃されたのかが理解できない。剣を紙一重で避けると、両腕をアサギへと向って広げて必死に叫ぶ。

「ま、待ってくれ。何故だ、何故私に斬りかかる!? 私はそなたを……アサギを傷つける気など全くない。寧ろ護りたい!」
「あなたが、あのウサギさんを攻撃したからですっ。それに、あなたは敵なんでしょう!? 魔王ハイなんでしょう!?」
「魔王ハイは間違っていない、だがアサギの敵ではないんだ! それに、あれはウサギではなくて魔物で」

 何を言っているのか理解不能、アサギはハイを睨みつけ、攻撃態勢へと入った。勝てないと十分承知していても、ウサギを護る為に戦いを挑む決意をした。重心を低く、深く息を吐きながらタイミングを見極める。腕が痛むが、気合で乗り切ろうとした。
 トビィが、剣を教えてくれた。間合いの取り方を習った。

「トビィお兄様、力を貸して」

 小さく、アサギは呟く。汗が額から地面に落ち、幾つもしみをつくっていた。
 しかし、どうにも吹っ切れない、何故か脳内で「この人は敵じゃないよ」と言っている自分がいる。
 故に、両腕を広げられては躊躇してしまう、言葉を聞いたら信じたくなってしまう。けれども、敵でないのなら、一体なんだというのだろう?
 というか、魔王が敵ではないとするならば誰が敵なのか。

「それはウサギではない、魔物なのだ、森の魔物なのだ。私はアサギの敵ではない、どうか、どうかっ。嘘は言っていない!」

 再度懇願するように、訴えてくるハイを見つめ、挑むような視線を送っていたアサギは思わず剣を下げかけた。
 考え始めるが、答えが見つからない。頭がぼぅ、と霧がかる、意識が薄れて目の前が真っ暗になっていく。
 力なく、とアサギはハイの目の前で地面に倒れこんだ。

「あいつの毒か!?」

 慌てて駆け寄ると、アサギを丁重に抱き起こして、傷口に回復の魔法を施し始める。
 ハイのお陰で、傷口の出血は止まり、アサギの顔色も軽く笑みを浮かべて明るくなった。安堵の溜息を吐き、そっと髪を撫でる。
 しかし、ハイは油断していた。
 ハイの強力な魔力を身体で受け止め、本来ならば死に絶えている筈の弱々しい魔物だ。しかし、身体を大きく震わせながら魔物は立ち上がった。身体が数倍に膨れ上がり、先程からは連想できないほどに変貌した。白い身体は純白から金色へと変化し、耳の長いタイガーの様に変貌している。
 気づくことなく、懸命にアサギに治癒を施していたハイは、頭上から妙な雄叫びが降り注がれた時、来襲に気付いた。
 不愉快な低い唸り声を聞き、空を仰ぎ見れば木々の間から金色の物体が飛び掛ってきたのだ。
 間一髪でアサギと共にそれを避ける、辺りの状況を伺い、得体の知れない魔物を見据えて簡易な魔法を詠唱した。

「廻る宵闇、覆い隠すは冷たき霧。視界は永久に消え行く定め、光の入る隙もなく」

 先程逃亡用に使用した、霧で辺りを覆い隠す呪文である。その隙に態勢を整え、攻撃準備を進めるハイ、傍らにアサギを優しく抱きとめて。
 空気が揺らぎ、唸り声と共に幾つかの液体が飛んで来た、妙な音に視線を地面に落とすと、煙を上げて石が溶けている。

 ……酸か?

 地面から視線を外し、僅かな空気の振動を読む、飛び交う生命の反応を捕らえ、ハイは迷わず呪文を発動した。溜め込んでいた魔力を、一気に放出する。

「我に集いし、異界の死霊達よ、そなたらに血肉を与えよう。目先の生命、喰い散らかせ!」

 躊躇せずに叩き込んだ呪文、死霊達が一丸となってハイの指し示した方向へ突進していく。
 断末魔が聞こえる、魔物が死霊に喰われているのだろう。ハイは憮然とそれを聴きながらアサギの傷の具合を見つめていた、死にいく魔物に興味はない。アサギの体調が優先だ。
 やがて霧が晴れ、死霊に喰われた成れの果ての魔物を見て、ハイは低く呻く。何故か巨大な邪悪な魔力を死骸から感知し、軽く頭を押さえた。
 後程ゆっくり調査してやろうと、その姿を脳内に焼き付けて、気を失ったアサギを優しく抱きながら陣へと戻っていった。
 躊躇してから、陣へと進み、深い溜息と共に詠唱を始める。

「すまないな……」

 腕の中に居るアサギは、何処となくしかめっ面だった。

 ……嫌がっているのだろうか?

 本当に魔界へ連れて行っても良いのか、不安で仕方がないが、それでも。唇を噛締め、決断する。今更後には引けない、決めたのだ。

「すまないな……どうしても、どうしても」

 一緒に居たいと願う。魔王と勇者でも、共に居たいと思う。
 二人の身体が徐々に透けていく、完全に姿が消えても、陣の中では青白い光が揺らめいていた。
 やがてそれも消えゆき、静寂に包まれる森林。


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