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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第32回   分岐点、最終的に一つの路へと願いつつ
 動こうにも動けない、どうしようもない絶望感に皆支配された。必死に各々気配を探り、アサギを捜すが濃い霧は晴れる事なく。
 焦燥感に駆り立てられ、トビィは唇を噛んだ、血が噴出してきたがお構いなしに神経を研ぎ澄ませる。まさか魔王自ら襲撃してくるとは、流石のトビィも思わなかった。
 実際、襲撃ではないのだが今の状況だと勇者が拉致された以外としか思えなかった。

「アサギ、返事をしろ、アサギッ!」

 アサギの声が聞こえない。
 そもそも、何故いきなり魔王が現れて勇者を攫っていったのか? 数日前聞かされた、シポラでの”破壊の姫君”の噂の件もあり途方にくれる一行。
 実際、アサギに一目惚れしたハイの身勝手な行動なわけだが、誰もそんなこと思わなかった。当然だ。

「くそっ」

 苛立ちながらトビィは地面を蹴り上げる、記憶が正しければトビィの知る
魔王ハイは、冷淡で残虐な男。相手の目的が解らない以上、不安で仕方がない。
 実際、ハイがアサギに危害を加えることは有り得ないのだが、誰もそんな事思うまい。
 自分の剣を握り締め、何も出来ない無力さに嘲り笑うトビィ。我武者羅に剣を振り回した、せめて魔法の一つでも扱う事が出来れば、何かしら対抗できただろうか、と自己嫌悪する。
 やがて霧が晴れ、辺りを見回すことが出来るようになった。地面に倒れ込んでいる者、泣いている者、呆然と立ち尽くしている者……様々だが気持ちは皆一緒だ。

『勇者が攫われた、魔王に攫われた、どうすれば』

 当然、晴れた霧の中にハイとアサギの姿はなかった。百%望みはなかったが、その状況に絶望を味わう。現実を突きつけられた。
 静まり返った不気味な森の中、遣り切れない悔しさが人一倍のトビィは木を殴りつける。木の葉がさわさわ、と舞い落ちてきた。
 誰もトビィに声をかけることが出来ない、アサギが攫われたのは誰の責任でもなかった。が、トビィは一人で抱え込んでしまう。用意周到に奇襲をかけるべきだった、と。先手を打てたはずなのに、と。あの時何度も踏み込むべきだった、と。

「もう……離さないとあの時、誓ったのに」

 何度も激しく、木を殴りつける。自身の拳が痛んでも、薄っすらと手袋から血が滲んでも、トビィはやめようとしなかった。
 荒い呼吸が森に響き渡り、ようやくトビィは我に返る。徐に振り返り、口を噤んだままある一定の方向へ無言で進んだ。やるべきことを、思い出したのだ。こんな木に苛立ちをぶつけている場合ではない。
 その瞳は、先程のハイと同じ様な冷酷さの光を放つ。憎悪の瞳だ、誰も声がかけられない。トビィの身体から放たれる殺気が、特に魔力の高い者達に容赦なく注がれる。窒息しそうなほど息苦しいその空気に、吐き気を覚えて俯く者数名。

「どうするつもりだ、トビィ」

 ライアンが一直線に歩くトビィに声をかけた、眼下に立ち塞がる。
 この一行の長として、身勝手な行動は赦さないとでもいうべきか。途中で旅に加わったトビィとはいえ、ライアンは非常に気に入っている。

「アサギを追う。今から別行動だ」
 そう言うと、ハイが乗ってきた馬へと飛び乗り、軽く馬の背を撫でる。「まだ、走れるな?」と馬に確認したトビィは、手綱を取った。

「待って、トビィさん! どうして貴方は魔王ハイの姿を知っていたのですか!? 私達ですら見たことがなかったのに」

 弾かれたようにムーンが叫んだ、冷静さを取り戻しようやく気がついた事は”トビィが何故ハイを知っているか”。知り得る筈がないのだが、ハイ本人で間違いなかった為、ムーンは疑念を抱えトビィを見つめている。
 トビィは無表情のままムーンを馬上から一瞥し、一言。

「オレが魔界育ちだから」
「え!?」

 そのまま、ジェノヴァへと引き返すため、馬を走らせる。

「トビィちゃん、待ちなさいっ」

 マダーニの声も虚しく、その姿は遠くへと消えていく。
 唖然とする一行、今度はアーサーが一人奇妙な行動を取り始めた。地に何やら描き、薬草やら小瓶やらを丁寧に並べているではないか、何をしようというのか。
 アリナがアーサーを睨みつけ、近寄る。気付いたもののアーサーは視線はアリナへ向けず、淡々と話し始めた。質問されることが煩わしいようだ。

「私は一度、チュザーレへと戻らさせて頂きます」

 呆然とアーサーを奇怪な生き物でも見るかのような、侮蔑の視線で見つめる皆。が、気にせずアーサーは作業を続けている。幾ら何でもいい加減過ぎやしないだろうか、勇者は他にもいるのだから一刻も早く作戦会議すべきだろう。
 まさか気に入っているアサギが拉致され、やる気をなくしたのだろうか。 だとするならば「賢者とは言いがたい」とアリナはあからさまに顔を引き攣らせている。

「そういうわけで、私は気にせず先へお進み下さい」
「あんたさ、どうやって戻るわけ? それに、帰ってこられるの?」

 マダーニに背中を叩かれ、アーサーは悪びれた様子もなく笑顔で答える。

「アサギを救出する策でも考えてきますよ、大事な勇者ですからね」

 大きく顔が歪む、「いや、一緒にいてこっちで考えればっ!」と言葉が出掛かったが、アーサーは言い終えるなり描き終えた魔法陣の中に足を踏み入れ、何やら唱え始めた。
 徐々に透けていくアーサーの身体、転移魔法である。
 数分後、アーサーは陣の中から忽然と姿を消した。残された者に、風が吹き抜けていく。

 ……なんていい加減な賢者だっ! 惑星チュザーレの賢者の基準って何なんだ!

 皆同じ事を思っていたが口には出さなかった、ぐっと言葉を飲み込むしかない。何しろ本人が消えたのだ、言っても仕方がない。おまけに、マダーニの質問に答えていない。行きは良い良い、帰りは怖い、だ。
 戻ってこられる保証がない、逃亡したように思える。

「どうしよっか、これから」

 乾いた笑い声を出すマダーニ、何時までもこの場で立ち往生しているわけにもいかない、行動を起こさねば。だが、想定外過ぎで何をしたら良いのやら完全に頭は錯乱中である。

「計画が丸潰れだ……そうだな、ここからは別れて行動しよう」

 苦笑いで返答したライアンの考えはこうだ。皆、注目する。
 ピョートルへ予定通りアサギの武器を取りに行くのは、ライアン、マダーニ、ミノル、トモハルの四人。
 アリナ、クラフト、サマルト、ダイキ、ミシアはカナリア大陸へと渡り、例のシポラ城の情報を探る。
 そしてブジャタ、ムーン、ユキ、ケンイチの四人がジェノヴァへと舞い戻り、世界の情報収集及び訓練に励む。
 ライアン達がアサギの武器を手にした時点でジェノヴァにて集合、そこから魔界へと向かう手筈だ。対魔王戦において、アサギの武器は必要不可欠だろう、トモハルと対の武器の筈だった。
 本人が不在だが。
 シポラ城の動きも気になるので同時に調査を開始する、どの道放っては置けない問題である。マダーニとミシアにも関わってくる事件だ、蔑ろには出来ないし、何処でアサギと繋がるかも判らない。魔族オークスが言い残した言葉が引っかかっている。
 そしてジェノヴァに滞在チームを作ったのは、あの場が最も情報流出に富んでいるからだ。先日も魔族に遭遇した地である、何かしら起こりそうな予感がした。また、戦士育成に援助している道場も数多くあり、未熟な勇者の教育には持ってこいでもある。そこには歳を召したブジャタが筆頭となって、体力に負担のかからない様に配慮した。
 各チームごとに、必ずクレオの住人が入っていることを前提に、このようなチーム分けになった。

「では、また会おう。それまで」

 魔王ハイの乱入により、一行は別々の路を歩む事になった。勇者達も離れ離れ、ダイキなど一人きりである。不安を隠せずに俯く勇者達、けれどもやらねばならない。
 アサギが攫われた。友達のアサギが、攫われてしまったから。愛する人であり、親友であり、羨望の相手であり、友達であり、可愛い妹分であり、そして希望の光であり。

「俺、もうやだ……帰りたい」

 ミノルが軽く口に出してしまったその言葉に、勇者達は唇を噛み締めた。
 それは、言ってはならない言葉だ。ダムが決壊したかのごとく、ユキの頬を涙が流れ落ちる。
「トモハル、ミノルを頼んだ」

 ダイキが小声でトモハルに囁き、肩を軽く叩く。

「あぁ、判ってる。あいつはどうしようもなく短期で弱音吐きで、人に迷惑をかけることに関しては天才的な奴だからな。判ってるよ」
「少しはフォローしてやれよ……」

 平素ならばここで二人で爆笑するのだろうが、生憎今はそんな気分になれるわけもなく。
 苦笑いしか、出来なかった。

「待って、待って! その間、アサギちゃんは大丈夫なんですか!? 救出に皆で向かうのが先決なんじゃないですか!?」

 アサギの親友ユキは、身の上を案じ涙ながらに訴える。ライアンに詰め寄り、物凄い剣幕で服を掴むと大きく揺さ振った。後半は何を言っているのか判らない程、聞き取れない声は泣いて咽て悲鳴に近く。
 そんなユキの様子に、反論する事もなくただ聞き入るライアン。やがてユキが力を消耗しすぎたのか、その場にぺたり、と座り込み涙を拭いながら嘔吐を繰り返す。

「帰りたい……」

 ユキもミノルと同じ様に呟く、弾かれたように硬直する勇者達。だが、ケンイチが詰め寄ってユキの手首を強引に掴むと立たせた。泣いているユキを、じっと見つめた。人一倍世話焼きのケンイチだ、慰めでもするのかと思えば。
 平手打ち。
 森に小気味良いパン、という音が響き渡り、勇者達は唖然とケンイチを見た。驚いて瞳を丸くしたユキだが、叩かれた左の頬にそっと左手を乗せて呆然とケンイチを眺める。
 が、反射的に右手でケンイチの頬を思い切りひっぱたいた。バシン! ……先程よりも痛そうな音が響く、軽くよろめいたケンイチ。
 とても反撃するように見えないユキだが、余程頭に血が上ったらしい、憤慨している。
 けれども、啖呵を切ったのはケンイチだった。それもまた、意外である。

「ライアンさんの気持ちも汲み取れ! アサギのことだって、みんなちゃんと分かってる、今すぐにでも助けに行きたいんだ。でも、出来ない。なら、少しでも早く助けに行けるように、今出来る事をしなきゃ。さっきの魔王を見ただろ? とても敵う相手じゃない。なら、対等に戦えるように強くなろう。アサギならきっと大丈夫だ、だってアサギだよ? ユキの親友だろ? みんなで揃って地球に帰るんだろ? ……さ、行こうよ。話はそれからだ」

 人に説教される事はなかった、頬を叩かれた記憶もなかった。ユキは無表情でケンイチを睨みつけるとライアンに振り返り、深くお辞儀をする。

「ごめんなさい、私、身勝手でした。何もライアンさんは悪くないのに」
「気にするな、ユキがアサギを大事に思っているってことだよ。優しい子だ、そして、偉い子だ」

 ライアンが軽く微笑んでユキの頭に手を乗せる、照れたようにユキは笑った。
 次いでケンイチに向き直ると鼻で笑うユキ、腕を組んで見下すように言葉を放つ。

「そうね、私が悪かったわ。でもね、女の子を叩くなんて非常識よ。アサギちゃんがいたら絶対怒られてる。さ、早く行きましょ。それが私達に出来る事なんだものね」

 ケンイチに手を伸ばして笑いかけるユキに、はにかみながら返答。

「ユキなら、平手打ちを返してくると思ったんだ。僕も弱音を吐きそうだったから気合を入れて欲しくて、つい。ごめんね、痛かったね」
「じゃあ私じゃなくて、ミノル君にしてよ」
「ミノルが叩き返してきたら、痛いだろ」
「私のも痛かったんじゃない?」
「まぁ。……思いの外」

 思いの外、というか、実際頬が赤いのはケンイチである。よほどユキの平手が強力だったらしい。
 悪戯っぽく笑って、ユキは伸びてきたケンイチの手を取り、握手。
 完全に立ち直り、自身のすべき事が見つかったユキに安堵し、ライアンとマダーニは微笑みあう。
 流石この辺りは勇者だ、自覚があるのだろう。普通の子供なら気落ちして泣いたままだろうに。肝が据わっているユキに、ただ感心する。
 見た目で人は判断出来ないな、と思った。

「よし、では! ”離別に、多くの光が待ち受けることを。再会に、多くの光が満ちる事を”」

 武器を掲げて皆、笑顔で、それでも瞳は鋭く。
 絶望は、まだ早い。希望を胸に抱いて、離れていく。それぞれの、路へと別れていく。
 しかし現時点で最も弱かったのはユキではない、ミノルだった。
 トモハルの後ろをついて歩くミノル、俯いたまま暗い表情。泣きたい、喚きたい、投げ出したい、夢だと思いたい。家に帰ってゲームをして、おやつを食べて眠って、サッカーをして。
 ”アサギがいない”
 アサギという存在が不在なだけで、ここまで心が気落ちするとは思わなかったミノルは自嘲気味に笑った。

「アサギを返してくれ」

 小声で呟く、何度も呟く。涙を拭う、しゃっくりを上げる。
 トモハルが不安げにミノルを見つめるが、声をかけるのを我慢し、拳を硬く握り締めた。

 ……頑張れ、ミノル。

 声をかけても気休めにしかならない、ならば見守り続けよう。トモハルはそう心に近い、せめてミノルの代わりで自分が動き回れるように決意を固めた。
 それは、七月六日の事だった。


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