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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第31回   今廻り合うは、魔王と勇者
 一行がジェノヴァを発ったその一日後の事、魔族の船は近辺の海岸付近へ到着した。そこで降りたい魔族のみが、小型の竜で岸へと運ばれる。もちろん飛行能力を所持している魔族は自身で降りていくのだが、当然魔王ハイは飛ぶことができず竜で岸へと運ばれた。
 親しくなった魔族達に、笑顔で時折別れを惜しんだ涙で見送られ、照れくさそうに手を振りながら、ハイは数人の魔族達と歩き出す。あの鞠の少年は泣き喚き大変だった、ハイとて胸が熱くなる別れだ。「魔界イヴァンに戻った時は、城に訪ねてくるがよい」とハイが必死に説得し、どうにか泣き止ませた。胸がほっこりとした。こんな気分になるのは、何十年ぶりだったろうか。思い出せない。
 フードを深く被り、魔族だと悟られないように各々目的を果たす為進む。ふと、ハイは気になったので同行している魔族達に訊いてみた。

「人間の街に何か用が?」
「人間とは実に面白く、特にあの街には興味深い物が多々あるのですよ」
「ほぅ? 例えば」
「私は食べ歩きが大好きなので、滞在中は全ての新商品を平らげるつもりです」
「わたしは新しく出来た”女中喫茶”なるものに興味がありまして。可愛らしい女の子達が可愛らしい服に身を包んで、世話を焼いてくれるのだそうです。うへへ」
「……そ、そうか、よかったな」

 人間を虐殺に行くや、偵察に行く等、そういう類の事ではなく楽しむために訪れているらしい。人間達の、魔族にはない変わった文化に興味があるのだろう、皆心を躍らせているのがハイにも解る。
 数人の魔族と共に街へと入った、堂々と門から侵入する。案外魔族だとはばれないもので、不審な荷物さえ持っていなければ客は大歓迎のようだ。直様散らばって行ったので、ハイは軽く手を振ると一人歩き出した。惑星クレオにある人間の街へ来たのは当然初めてだ、賑やかで煌びやかな街の雰囲気に酔いつつ、ハイは歩き回る。
 だが歩き回るだけで探し出せるわけもなく『黒髪で小さな背丈の可愛らしい少女を知らないか』と聞き込みを開始するが、それだけでは普通わからないだろう。
 腹が減り、気温も高いので気になった露店で冷やしパインを購入したハイだが、偶然にもそこの店主がアサギを覚えていた。

「あー、あの子かな? とびきりの美少女だろ? その子なら昨日ジョアンへ向けて旅立ってる筈だよ。昨日店であんたと同じパインを買ってくれて、美味しそうに食べてた」

 ハイは、人間が嫌いだった、汚く醜いものだと思っていた。歪んだ心しか存在しない、生きていくに値しない種族だと思っていた。無論自分とて人間だ、全ての人間を抹消したら自身も死ぬつもりだった。穢れた子、偽りの聖職、堕落と怠惰のその中で生きてきた。
 けれどもこの街で人間に話しかけると、皆笑顔で快く親身になって答えてくれたのだ。わからないにしても「探し出せるといいな」など、励ましの言葉をくれる。その言葉が、何よりハイの心に温かさを届けた。忘れかけていた”人の温もり”が心に揺さ振りをかける。じんわりと胸の奥が暖かくなって、思わず笑みが零れてしまう。
 嬉しい、と思った。見知らぬ自分にも丁寧に返事をくれて、笑顔で手を振って別れてくれる人間に「よかった」と思った。
 船に居た魔族達となんら変わらない、人間も魔族も関係ない。初めて隔たりがないことにハイは気付いた。人から教えて貰う度、感謝の意を込めて、ミラボーから貰っていた宝石を渡した。宝石の価値がどれほどまでなのか、ハイには解らなかったのだが、手持ちがそれしかなかった為、贈った。
 丁寧に地図でジョアンの位置を教えてもらい、大体把握出来ると馬で追いかけたほうが速いと言われ、馬を購入する。
 乗馬は初めてだ、けれども動物好きのハイの心を汲み取ったのか、馬は自ら走り出す。

「もうすぐ、もうすぐあの子に会えるのだな」

 幸せそうに、軽く頬を染めて呟いたハイ。応えるように馬がヒヒーン! と高らかに嘶く。軽快に道を走る馬の背を撫でながら、ハイは瞳を閉じて打ち震える胸を必死で堪えていた。

 ところで後日、ハイから宝石を受け取った人間の一人が、冗談で宝石屋にそれを持っていった。
 誰も本物だなんて認識していない、尋ねられたから返答したまでのこと、まさか宝石が貰えるなんて思わないだろう。けれども当然それは本物である、呆然と男は大金を受け取って店を後にした。
 困っていた人間は宝石を売りに出した、が、余程の事がない限り家宝として扱おうとそのハイが手渡した宝石は丁重に仕舞われる。その宝石は家宝として、代々受け継がれていった……というそんな話が近い未来語られることになるのだが、それはまた別の話だ。

 その頃一行は、順調に旅を続けていた。誰も魔王が追ってきているとは予測出来ない、出来るわけがない。
 休憩中に剣の腕を磨き、移動中は魔導書を読み続け、魔物と一度遭遇したがようやく勇者全員が戦闘に参加した。
 回数をこなせばそれだけ様にもなってくるもので、アサギはもとより、トモハルの成長が目まぐるしい。やはりそれは伝説の剣のお陰であると思われるが、本人が気分上々なのであえて口に出さず。
 その日、昼食の為場所を降りて休憩中であった一行。
 不意にアリナがジェノヴァの方角に身体を向けて怪訝に眉を顰めると、近くにいたクラフトを手招きして呼びつける。

「なんかさ、馬の音聞こえない?」
「あー……あ。聞こえますね〜」

 耳を澄ませ、瞳を閉じると確かに馬が駆けている音が近づいてきている。ようやく姿が小さく見え始め、瞳を細めて黙視すれば乗っているのは長髪の男だ。

「なんか暑そうな服装の男だなぁ。旅の人かな」
「にしては、旅の準備がなされてないようですが」

 踝まであると思われる、長い異国の服に身を包み、顔色悪くそれでも馬にしがみ付いている男。
 アリナは大きく手を振って「おーい!」と叫んでみた。
 意識を失っているかと思われたが、男はよろめきながら起き上がると弱弱しく手を上げる。アリナの目の前で馬が停止し、隣のクラフトが叫び声を上げるのだが、乗っていた男はそれどころではない。

「ちょっと、アナタ! 危ないじゃないですか、うちのお嬢に怪我でもさせたらどう落とし前をつけてくれるんですっ」

 微動だしなかったアリナには拍手ものだが、クラフトが凄い剣幕で怒鳴り始める。睨みつけるが、顔をあげた男は柔らかな瞳に、丁寧そうな物腰、悪気はなかったように思えてきて慌てて口を噤んだ。

「すまなか、った。人を、探して……その、飲まず食わずの不眠続きで……。申し訳ない」

 それで顔色が悪いのか、とアリナとクラフトは慌てて馬から男を引きずり下ろす。クラフトが馬車から水と干し肉にビスケットを出してきて、差し出した。小さく礼を言い、震える手で受け取ると口に運び続ける男。
 アリナは呆れ返って溜息を吐くと、地面に座り込んだ男の正面に胡坐をかいて座り込む。正直、心配で放っておけない人種だった。

「で、何? 人を探してそんな装備で馬に乗って駆けて来た訳? どんだけ無謀なのさ、あんた。とりあえず、会ったのも何かの縁だし。どんな人探してるの?」

 クラフトも隣にしゃがみ込んで深く頷いた「協力しましょう」と。人探しの役には立てないかもしれないが、話くらいならば聞くことは出来る。

「その人の名前は?」

 口を必死に動かし、食事をする男の全身を見つめながら、アリナはそう問う。どこぞの貴族だろうか、世間知らずにも程があると思った。

「名前が分かれば苦労しない……。肩位の黒い髪で、こう……くるりん、と毛先が巻いてあるような。大きい瞳も真っ黒で、小柄。とても可愛らしい容姿の女の子だ」

 名前を知らないって、一体どういう理由で探しているのだこの男っ、と思い軽く項垂れたアリナ、だが。聞く度に鮮明に一人の人物が思い当たり、クラフトを顔を見合わせる。

「もしかして、それ。アサギのこと?」

 そう、アサギがぴたり、と当てはまった。いや、他にも居るだろうがアリナの知る限りはアサギだ。
 疑惑の瞳でクラフトを見やるアリナの正面で、男は急に頬を赤らめると興奮気味に叫ぶ。持っていた干し肉を放り出し、嬉しそうに身を乗り出してきたので顔を強張らせて仰け反る二人。

「アサギ!? アサギというのか!? 会わせてくれ、是非会わせてくれ! あぁ、ようやくっ」

 馬に乗ってやってきた男とは、もちろん魔王ハイである。”惑星ハンニヴァルの魔王ハイ・ラゥ・シュリップ』だと知っていれば、アリナもクラフトもアサギをハイに会わせたりはしなかった。
 だが、まさか魔王が瀕死の状態で馬に乗って、よもや単独でやってくるとは、誰も思わないだろう。何より顔を知らない二人、そして邪悪な気配を微塵も感じさせない男を、どう魔王を結びつけよう。

「違うかもしれないけど。アサギー!」

 気迫負けしてアリナがアサギを呼んだ、はーいっ、と元気な声がハイの耳に届く。
 硬直するハイ、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきたので、更に緊張と興奮で見事な像ように硬直した。ただ、視線だけは音を捉えて、瞳で追う。
 馬車の向こう側から、あの優しい瞳の温かな空気で包み込まれた少女が……姿を現すだろう。
 どうしようもなく高まる胸を押さえる事が出来ずに、ハイは手短にあったものを力強く握り締めると豪快に振り回す。
 徐々に激しくなるその行為、実はクラフトの腕を掴んでいた。ガクガクと身体を揺らすクラフトは、我慢していたのだがこれはあまりに酷すぎた。

「な、なんなんですか、あなたはっ」

 腕を振り払って、軽く睨みつけるクラフト。面目なさそうに頭をかきながら拗ねた子供のように俯くハイ、素直に謝る。

「すまない、いや、興奮してしまって」

 溜息一つ、クラフトは苦笑いでハイに向き直った。自分より年上の男だろうが、妙に行動が幼い。見た目とは裏腹に、まだ精神が成熟していないような、そんな気がした。

「ひょっとして、何処かでアサギちゃんを見かけて一目惚れした、とかでしょうか。あの子人目を引きますし可愛いですから。気持ちは解らないでもないですが、無謀ですよ」

 あながち間違ってはいないクラフトの言葉に、ハイは軽く瞳を開くとまじまじとクラフトを見つめる。穏やかな、木漏れ日のような柔らかな眼差しで微笑んだ。

 ……昨日から、人間と会話してばかりだ。

 と、不意に我に返るハイ。思えば物心ついたときから、人間を憎み、忌み嫌ってきた。小さな動物の命を踏みにじり、殺して笑っていた残酷で無慈悲な人間達。その愚劣な様に身体は嫌悪感に打ち震え、自分が人間である事に吐き気を覚え。
 あの日、冷たくなった小鳥の亡骸を埋葬した時の悔しさ、その時流した涙を忘れる事はなく。
 それ以来、見下した態度で人間と接してきたハイは、自分の存在意義とは人間を滅ぼす為であると思い込んだ。高等な神官の家に産まれた、強大な魔力を秘めた子。
 その力は人間を護る為でなく、人間を滅ぼす為に。
 ハイは、クラフトに控え目に微笑みかけると、不思議そうに自分を見た視線に口を開く。

「お前、いい奴そうだな」
「いい奴ですか? んー、どうでしょうね。ただ、私は確かに共に歩んでいる仲間達は好きですよ。出会って日も浅いですが皆個性的で。やはり人間出逢いが大切です、日々勉強させていただいてますよ」

 暫しの沈黙の後、ハイは寂しそうにぼそり、と呟いた。

「仲間か。お前が羨ましいよ」
「はぁ」

 風がハイの黒髪を舞い上がらせる、憂いを含んだ表情が露になった。

 ……この人は一体何者だろうか? 雰囲気だけならば権威的な人物に見えなくもないが。

 クラフトは、横顔を見つつ首を傾げる。

「アリナ、どうかした?」

 心地良い風にあたりながらハイは考え事をしていたが、その声と共にハイの瞳は大きく開かれた。馬車の陰から姿を現したアサギに、視線が釘付けになる。
 顎に添えられていた手が動くことなく、瞳は瞬きを忘れ、下手したら呼吸も忘れて。
 再び硬直、石化した。

「あぁ、アサギちゃん。この人が捜していたようで」

 クラフトがそんなハイの様子に気づくことなく、左肩を叩いて顔を覗き込む。
 アサギは不思議そうに、確かに自分を見つめていると思われる目の前の男に近寄った。見上げて首を傾げる。全く動かない男だ、それは完璧な精巧な蝋人形のようだった。
 アリナもクラフトも、異変を感じハイを見た、が、微動だしない。
 アサギの後方からはトビィが保護者のごとくついて来ているのだが、足を止め怪訝に軽く睨みつけた。男は俯いているので表情は明確に見えない、しかしその身に纏っている、非常に特長ある衣服に見覚えがあった。
 暑いのに、長袖長丈のワンピースに身を包み、何処となく光沢のある異国の衣服である。精密な刺繍が、唯一無二のものであると決定した。

「まさか」

 トビィは唖然と言葉を漏らした、再度目の前の男と記憶の男を比較する。漆黒の右目だけ前髪で隠れている独特の髪型、その装束、背格好……それだけで十分だった。
 些か雰囲気が知人と合わないが、剣の柄に手をかけつつ、用心深く男へと近づいていく。冷や汗が頬を伝う、もし、トビィの知り得る男と一致してしまうならば。

 ……最悪だ。

 唇を噛み締める、手に汗が滲む。らしくないとは思うが、相手は。
 トビィが、舌打ちした。

「あの、どちらさまですか?」

 若干たどたどしくハイに語りかけてみるアサギ、見つめ続けても何も言わないのだから正直どうしてよいやら分からなかった。

「へ。あ、あああ。わた、たしかーぁ」

 奇妙な裏返った声を出す目の前の男、思わずアサギは身体を強張らせて後退りする。そんな様子が眼に入ったのかいないのか、お構いなしにさ錆付いていたロボットのごとく、ギギギギ……と軋みながら両手を動かし。

「あ、会いたかったぞーっ!」

 いきなりそのまま、ガバァ、と両腕でアサギを抱き締めた。アサギの悲鳴が、瞬時に口から漏れる。当然だろう。
 その行動に驚愕したクラフトと、逆上するトビィ。アサギは驚いて逃げようとしたが逃げられず、怖くて苦しくて腕の中でもがき続けていた。
 見知らぬ年配の男に突然強い抱きつかれたら、恐怖である。

「わわわわわ。わたしはっ〜わたしはーわ・た・し・はっ」

 妙なメロディーで、自己紹介を始めるように歌い出したハイ。奇妙な言葉を連呼し、血走った瞳で微かに涙を滲ませ、アサギが潰れてしまうほど懇親の力で抱き締めている。
 これ以上力を入れられてしまっては、アサギは確実に窒息死していた。が、寸でのところでトビィが剣を引き抜くと勢いよく斬りかかっていた。
 トビィは知っているのだ”魔王ハイ”の姿を。
 魔王が現れたから斬りかかった、とみせかけて大半は「オレの許可なしで何アサギに抱きついてんだ、ゴラァ」な感情の問題なのだが、それは気にしない。
 歓喜に打ち震え意識が飛んでいた奇怪な魔王、それでも、一応は魔王である。
 トビィの渾身の一撃の剣先をするり、と紙一重で交わすとアサギを片手に抱いたまま後方へと下がった。

「何やってるんですか、トビィさん。駄目ですよ、私情で斬りかかっては!」

 クラフトはトビィが嫉妬で斬りかかったと思ったのだろう、確かにそうなのだが唾を吐き捨てるトビィ。嫉妬、という単語に些か苛立ちを覚えたが、今はそんなことどうでも良かった。
 クラフトを無視して、目前のハイへと怒鳴り声で叫んだ。

「貴様っ、何故アサギの前に現れたっ! ハイ・ラゥ・シュリップ!」

 ハイ・ラゥ・シュリップ。
 クラフトがトビィの放った名前を再度繰り返し、打ちのめされてハイを見やる。泳ぐ瞳、愕然としたまま立ち尽くし、それでも頭の何処かで否定の声が聞こえた。数分前の出会い、僅かな接触、それでも。
 朗らかだが哀愁漂うような、何処か高貴な雰囲気の男が……魔王。
 言葉を失ってクラフトはただ立ち尽くしていた、混乱で整理がつかないのだ。魔王のはずがない、と言い切る自分がいる。
 この男を魔王だと認めたくないのか、それとも自身が判断出来なかった愚かさを否定したいのか。

「ハイ!? この男がハイ!?」

 当然トビィの大声に、一行が続々と集まってくる。武器を構え、怒気を含んだ様子なのはムーンとサマルトの両名だ。仲間を、両親を、家臣を、民を殺されている。魔王ハイが手にかけていた。ハンニバルの住人の生き残りである二人。
 憎悪を含み半分泣きながら叫び、杖を振りかざしているのはムーンだった。いつもの冷静な様子などない、怒涛の勢いで喚き散らしながら詠唱を開始する。
 ムーンもサマルトも、ハイの顔など知らなかった、名前しか知らなかった。
 二星ハンニバルを絶望に陥れた張本人の、魔王ハイを正面に二人は冷静さを失いトビィの隣に立ちはだかる。
 包囲され、魔王であると暴露され、今にも攻撃を受けそうなその状態。舌打ちするハイはようやく自身を取り戻した、遅かったが間に合った。
 この状態で話し合いの場に持ち込めるだろうかと問われれば、否。説得など不可能である、よもや自分が魔王だと知り得る人物がいるとは思わなかった。

 ……何者だ、あの若造。

 忌々しそうにハイはトビィを睨みつける、が、負けじとトビィも憤慨した様子でこちらを見据えている。
 ハイの瞳から、温和な光が消えていく。長い黒髪が風になびき、その瞳は冷淡な光を灯し、かつての”魔王ハイ”を彷彿とさせた。
 右腕にはもがくアサギを抱え、どう見ても姫を掻っ攫う悪者の図だ。

「アサギを離してもらおう」

 そのハイの威圧感を気迫で押し返し、トビィが半ば怒鳴り気味に叫んだ。鋭くハイを睨みつけながら剣を構え、徐々に距離を縮めていく。

「……アサギは。私が貰い受ける」

 空気が凍りつくようなハイの声、無機質な瞳には何も写らず、ただ、絶対的な言葉を呟いた。
 弾かれたようにトビィが斬りかかった、追ってムーンとサマルトが同時に魔法を発動する。跳躍して勢いに任せて剣を振り下ろす、が、ハイの防御壁の前に弾かれ空中で回転しながらトビィは地面に舞い戻った。額に汗が浮かぶ、想像以上に強いと判断出来てしまい、思わず右手が引き攣った。舌打ちする。
 その頭上を二人の魔法が通り過ぎる、火炎と風の魔法である、共鳴し合って熱風となった。しかし、ハイの左腕が振り下ろされると難なく魔法は掻き消された。
 その隙を狙ってトビィが再度斬りかかるも、瞬時に防御壁を繰り出し紙一重で受け流す。
 間合いを取って一呼吸、再度突進してくるトビィへと左手を突き出し、ハイは別の魔法を唱えた。

「廻る宵闇、覆い隠すは冷たき霧。視界は永久に消え行く定め、光の入る隙もなく」

 無造作に繰り出した魔法により、辺りに霧が立ち込め、視界が遮られる。

「しまっ!」

 トビィの声も虚しく、迂闊に切りかかる事が出来ない状態に焦った。逸る気持ちが、精神集中の邪魔をする。

「アサギ、何処だ、アサギっ」

 アサギの声が、聞こえない。濃い霧は、自身の位置すら把握できず。

「アサギ、アサギ!」

 トビィの悲痛な声だけが、霧の中で響き渡った。


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