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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第28回   「好きな奴に好きなんて言えないんだよ!」
 異世界クレオへ到着してから数日が経過したが、初めてベッドで眠りに就く事が出来た勇者達。馬車の中で眠った事がある日本の同世代など、数人しかいないだろう。これは自慢できることなのだろうか。
 明日からまた旅が始まる、馬車で移動し、野宿をし、の繰り返しだ。束の間の休息である。次の目的地までは、クリストヴァルからジェノヴァまでよりも更に長い距離である。比ではない。
 辛い、厳しい旅なのだが、仲間が居るというだけで妙に安心できた。一人で来ていたら音を上げていただろうが、音を上げても叱咤する友達が居るというのは心強い。
 早朝、一人ミノルは目が冷めて暖かな布団の中で微かに動く。周りは眠っているようだ、昨夜一番乗りで就寝した為、起床が早かったようである。
 喉が渇いたが、起き上がる気にもなれないので、そのまま寝返りをうつ。

「マ」

 ふと、寝言が聞こえた。トモハルだ、何か言っているが全く聞き取れない。

「マ……好き……す」

 無視を決めたミノル、”アサギ”とは聴き取れないので安堵した。再び眠ろうかとも思ったが目が冴えた。仕方なく、枕の下に手を入れて弄り、あるものを取り出す。
 そこには一昨年の勇者達が写っている写真入りの、プラケースがあった。プラケースに入れる際に、端際に居たトモハルを半分鋏で切ったのだが、それはよしとして。
 文化祭のクラスの出し物で劇を披露したのだが、その時の集合写真である。去年、今年は違ったが一昨年は勇者達は偶然にも、全員同じクラスだったのだ。
 思えば、奇怪な。ミノルが手にしているその写真に、勇者が全員写っている。
 それはアサギの直ぐ傍で撮る事が出来た唯一の写真である、これ以後運動会でも遠足でも、ミノルはアサギと写る事が出来なかった。唯一の写真を、大事にプラケースに入れて、誰にも見つからないようにポケットに忍ばせていたのだった。誰も知らない事実だ。 
 劇の題名は『ロミオとジュリエット』、定番悲劇である。
 当然ジュリエットがアサギだ、そしてユキが付き添いの娘役。ロミオがトモハルで、ミノルとケンイチ、ダイキはアサギ……もといジュリエット側の兵士である。ジュリエットのアサギは当然、煌びやかなドレスを着ていた。本物のお姫様のようで、とても可愛らしい。
 早朝とはいえ微かに明るく、光に透かしてその写真をまじまじと見つめていたミノルは、不意に顔を赤らめた。
 実はこの劇、本番中にミノルは大失敗をしたのだ。
 『ジュリエット様に触れるな!』というたった一つだけの台詞を任されたミノル、緊張していたのだろう誤って「俺のアサギに触るな!」と言ってしまった。
 公衆の面前でそのような発言をしたものならば、通常冷やかしが巻き起こるのだが、生憎ミノルの相手はアサギである。上級生からその後締め上げられる、同級生から憎しみの篭った目で見られる等、大惨事を引き起こした。
 翌日怪我をして登校してきたミノルに、アサギが慌てて駆け寄ってきたがミノルは苛立ちも伴って口を利かず、荒々しく机を叩き。アサギを睨みつけて勢い良く立ち上がると、そのまま教室を出てしまった。
 それは照れ隠しだったのかもしれない、だが、あの時のミノルには素直にアサギと対面する勇気がなかった。アサギの手にはバンドエイドが握られていた、怪我を見て心配して駆けつけたのだろう。
 何も悪くないアサギに八つ当たりをし、結果、好意を無にしたミノル。もしかしたら仲良く会話出来たかもしれないのに、上手く接する事が出来ないまま、二年が経過していた。
 トモハルのように、気の利いた台詞なんて言えない。
 ケンイチのように、人懐っこく誰とでも仲良く出来ない。
 ダイキのように、落ち着いて物事を考えるなんて無理。
 ミノルは不意に苛立ちを覚え、枕を殴りつけて自嘲気味に笑うしかない。
 今回もそうだ、何も二年前と進歩していない自分に腹が立つ。
 こちらへ来てから何かアサギと話をしただろうか? いや、会話した記憶がない。
 トモハルなど、アサギにほぼ付きっ切りだ。今年はクラスが違うから一緒に居られて嬉しいのだろう、非常に親しくなっている。ケンイチにしても、ダイキにしてもアサギに話しかけ魔法のコツを教えて貰っていた。ミノルは、見ていただけだった。
 深い溜息一つ、枕にボスッと顔を埋めて再び眠りに就く。プラケースを握り締めたまま、唇を噛み締めて浅い眠りへと落ちていった。

「いいんだ、酷い事たくさんしたから、嫌われてるだろうし」

 トモハルのようにアサギと会話出来たらいいのに、まどろみながらそんな事を考える。そうしたら、いつも見ている様にアサギは笑ってくれるだろう。写真の中の様に真っ直ぐに見つめて、名前を呼んでくれるだろう。
 アサギはトモハルが好きなんだろうと、思っていた。
 だから二人は同じ星の勇者なのだろうと、思っていた。しかし、もし仮にそうだとするならばミノルとユキもそうでなくてはならないが、歴然として”NO”である。
 ユキの心理など知らないが、少なくともミノルが好きなのはユキではなく、アサギだ。

「マ」

 再び、トモハルの寝言である。うるさそうにミノルはトモハルを睨みつけた、が、当の本人は非常に安らかな笑顔だった。

 ……なんだよ、”マ”って。

 瞳を閉じると、トビィが浮かぶ。恐ろしく美形の男だった、何処からどう見ても誰も勝てない。顔にしろ身長にしろ、強さにしてもだ。おまけにすでにアサギにぞっこんである、美男美少女、お似合いだった。
 トビィにしろ、トモハルにしろ、アーサーにしろ、アサギに積極的に会話出来るところが、ミノルには羨ましいがそんなこと誰も知らない。

「……好きな奴に、好きだ、なんて……言えないんだよ、俺」

 そういうことだ。だが、言わなければ想いなど伝わらない。


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