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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第26回   買い物最中の、来訪者
 ぼんやりと歩きながら、不意にマダーニは妙な視線を感じて唇を噛む。二人の勇者に悟られないように、注意深くさり気無く、辺りを見回した。
 先程から幾多の視線は感じていた、それは分かっている当然だ。何しろ人目を引く美女と美少女なのだから、女達からは軽い嫉妬と羨望の眼差し、男達からは邪な視線と興味の眼差しを受ける。
 他人の視線は刺激的でマダーニは好きだった、何故ならば自分がどう見られているのか感じて今後に役立てるからである。下心のある男からの絡みつくような視線は鬱陶しいのだが、それも自分が魅力的だからであり。度を過ぎると、得意の魔法と小剣捌きでその男を懲らしめた。
 マダーニは自分が大好きだった、他人に媚びない自分が、やりたい様に行動する自分が、楽しい事を見つける自分が。自由気ままに過ごしたかったが、母親殺しの件だけは許す事が出来ない。例え生活が豹変する事になろうとも、マダーニは敵を討つと心に決めた。相手が誰なのか、今はまだ全く分からないが徐々に判明していくだろう。
 怯む事はない、突き進むだけだ。
 思い出して唇を噛み締めたマダーニ、けれども我に返る。奇妙な視線が、先程からついて来ていた。

 ……誰? 何処のどいつだ?

 悟られないように様子を窺うが、分からない。
 アサギとユキは一つの店先に留まって、二人して楽しそうに洋服選びをしている。
 安堵し、微かに笑みを浮かべたマダーニ。力を抜いたその瞬間に、突如フードを深く被った者が目の前に現れた。突然すぎて声が出なければ、小剣へと手を伸ばす事も出来ず、まして攻撃態勢などとれやしない。

「貴女と共にいるあの少女、何者ですか」
「……あんたね、さっきから妙な視線投げかけていたのは。あんたこそ、何者?」

 ここは人が行きかう通りだ、少しの間身動きがとれなかったが、強がって額に汗を浮かべながらもマダーニは言葉を吐き棄てた。

「そうですね、彼女を見ていました。気になったので。私達の捜しているお方かと思ったのです」

 声から相手が男だという事が判明した、気配が上手く読み取れない事から凡人ではない。敵なのか、味方なのか、それすらも分からないが”勇者”を探していたのだろうか、と軽く気を緩めた。同じ様な目的を持った人物かもしれない、今からクリストヴァルへ出向く予定なのかもしれない。
 けれども、まず表情を隠している時点で信用ならなかったマダーニは、背の後ろで魔法の詠唱をする為に手で印を結ぶ。

「このような人気がある場所では、貴女は魔法など使えないと思います。被害を考えてしまうでしょうから」

 図星だった。その台詞に頭に血が上るが、言う通りだ。
 万が一の為の魔法詠唱だが極力使用は避けたい、だが、勇者を護る為ならば多少の犠牲も……。
 考え、軽く唇を噛むマダーニ。命は、例え勇者であろうとも一般人であろうとも同等だと思う。
 命の重さに変わりはない、代えの命など存在しない。

「被害を出さずに貴方を撃退する予定なのよ。下手な動きをするのなら、ね」
「ご心配には及びません、私はオークスと申します。貴女を傷つける気など全く御座いませんよ」

 名乗った男オークスに、マダーニは拍子抜けした。俄然構えは解かないが、礼儀としてこちらも名乗る。

「私はマダーニ。あの子達と旅をしているの」

 二人の間に沈黙が流れる、オークスは口を開きかけて何か躊躇していた。じんわりと額に浮かび上がる汗を拭うことなく、困惑しているオークスを睨みつける。

「危害は加えません、ご安心を。あの子、やはり勇者ですか。惑星クレオの勇者と、惑星ネロの勇者、ですね?」

 当たっている、だがマダーニは首を縦に振らず、無反応で睨みつけたままである。

「彼女達の所持する勇者の石、あれを人目につかせるのは避けたほうが良いでしょう、直にでも隠させてください。事実を知りえる者とて、少なくはないのですから」
「アンタ、何者?」

 決心がついたのか淡々と語り出したオークス、勇者を探していたという事は解ったのだが、目的は未だ不明だ。

「あの子を、御守り下さい。こちらも全力で守護いたしますが、何分表立って動けないので」
「はぁ!? 言われなくても護るけど、アンタは何者かって訊いてるの」

 敵ではないようだが、味方なのかが不明だ。オークスの言葉は曖昧すぎて真意がとれない、表情が判らないので事実かどうかも判らない。

「時期が来れば、再会出来ましょう。その時には必ずお力になります」
「今は敵でも味方でもない、ってコト?」
「味方、です。信じていただけないかもしれませんが。こちらの予測と食い違いがありましたので、本来ならば声をかけることもなかったのですが」
「く、食い違い?」

 眉を潜めるマダーニに、オークスは微笑した。

「はい。まさか、勇者が。マダーニさん、あの子を、邪な魔族達と、卑劣な邪教徒達と、貪欲な魔術師達から……護ってください。決して、あの方の存在を消さない様に。あの方が消えてしまえば、全ては崩壊へと」
「ちょ、待った、待って。一から順に説明してくれない!? あの子って、どっちの!?」
「あの子は、あの方です。俺が会えたのがマダーニさんでよかった、勇者を護る為に他の人間が消えても良い、という考え方でしたら会話しないつもりだったのですが。良いですか『必ずあの方を御守り下さい』。では」

 深くお辞儀をするオークス、口を開いて呆気に取られているマダーニだが、一瞬フードから彼の耳が見えた。人間の耳ではない、もっと長くて尖った……。

「アンタ、人間じゃないの?」

 マダーニの質問には答えることなく、オークスは再度微笑むと忽然と姿を消す。
 伸ばした手が、宙を捕まえた。行き交う人々の声はマダーニの耳を通り抜ける、何かを掴もうと伸ばした手がそのままの状態で、暫し放心した。

「どういう、こと? 一体、何なの?」

 困惑気味に我に返るマダーニ、背筋を汗が伝う、身体が小刻みに震えだす。
 あの子、あの方。
 勇者をあの方と、恭しく呼んだ謎の魔族。しかし、どうも引っかかる、”あの方”と呼んだ事が気にかかる。
 不可解な言葉が多すぎた、オークスは一人で納得していたようだが、意図が全く掴めない。

「マダーニお姉さん、マダーニお姉さん。服決めましたっ」

 急に服を引っ張られ、慌ててマダーニはそちらを見下ろす。
 見ればアサギが近寄ってきて、店先に居るユキを指していた。ユキは両手に二人分の洋服を抱えて、嬉しそうに微笑んでいる。
 大きな瞳に覗き込まれて、マダーニはぎこちなく笑った。心配をかけまいと、無理やり笑顔を浮かべたが、逆に引き攣ってしまった。

「どうかしましたか?」
「う、ううん。なんでもないわ。若いっていいわよね、とっても可愛い服。さ、買いましょうか」
「私は大きくなったら、マダーニお姉さんみたいな服が着てみたいです」
「アサギちゃんなら着られるわよ、きっと美人になるわ。どちらが綺麗か競争ね」

 アサギが成長する頃にはマダーニは三十路が近づいてしまうわけだが、その辺には触れないでおいた。
 手を繋いでユキのもとへと駆け寄る二人を、路地裏からそっと見ているオークス。微笑ましい光景に、口元を綻ばせてしかし軽く溜息を吐いた。

「人間と、接触してしまいましたが……。さて、帰りますか」

 そっと踵を返し、フードを深く被り直す。
「またお逢い致しましょう、マダーニさん。そして……アサギ様」

 一軒の宿から出てきたライアンとトビィは軽く肩を竦める、人数が多い為宿の手配に些か戸惑ったが、運よく安目で宿泊予約が完了した。
 今のところ、ライアンの計画通りだ。金銭袋を覗き込めば、上々である。

「集合まで時間があるな。話でもしないか、トビィ君」
「少し、行きたい場所がある」
「そうか。では俺は気になるからアリナ達と合流してくる。あの二人は無茶しそうだし。じゃあ後ほど噴水前で」
「あぁ」

 一人でいたそうなトビィを察すると、最もらしい理由を述べてライアンは快く離れていく。トビィは軽く笑みを零すと若干感謝し、迷うことなくライアンとは反対の道へと足を進めた。
 歩くだけで異性からの注目を集めるトビィだが、周りの黄色い声など気にしている暇はない。露店が多く並ぶ通りでは、同姓の年頃の娘や恋人達で賑わっていた。

 露店の中年男が声をかけてきた。他の露店は若い者が経営していたが、この店だけは違った。とてもトビィが探している物を売っているとは思えないような無骨な外見の主で、酒場の親父にしか見えない。トビィは眉を顰めつつも、何故か律儀に足を止めて近づく。

「……女の子に何かあげられる物、売ってないか?」

 真っ直ぐな瞳でそう訊いたトビィに、店主は目を白黒させる。

「女の子ぉ!? こりゃ一大事だな、街中に嵐が起こるぞ! どんな子だ? さっきからあんた、女の子達の視線を独り占めじゃないか。一体どんな子が幸運を掴んだんだろうなっ」
「御託はいい、何か見せてくれ」

 微かに苛立ちの意味合いを含めて、トビィは眉を顰める。「へへ、悪いなぁ」と頭を掻きながら店主は屈むと、足元の木箱を持ち上げた。

「ほれ、女の子用の装飾品だ。どうだ? 気になるのはあるか?」

  簡易な蓋を開けると、成る程、煌びやかなアクセサリーが所狭しと並んでいる。しかし大した金額ではないのだろう、作りは粗悪だ。しかし、デザインは悪くない。売れないのか、ぞんざいに仕舞ってあったようだ。意外だった、まさかこんな店主の店にこのような可愛らしい物が売っているとは。

「これを、一つ」

 トビィは暫し眺めてから、一つのネックレスを指差した。
 淡水色の石が涙型に加工してある代物だった、雨に良く映える透き通った色合いをしている。石には見えないので硝子だろう。
 トビィは懐から硬貨を数枚取り出すと、木箱に投げ入れた。
 カコン、と音がすると枚数を確認した店主は「まいどありー」と嬉しそうに豪快に笑う。繊細なそのネックレスを丁寧に紙に包み、手渡す。
 見かけによらず手先は器用の様で、立派な贈り物になった。トビィは感嘆の溜息を零す。偶然とはいえ、良い店に立ち寄れたと優しげに微笑んだ。
 と、不意に首を傾げる店主は、しげしげとトビィを見つめた。顎を擦りながら低く唸る。

「なんだ」

 食い入るように中年男に見られては、誰だって気を悪くするだろう。トビィは不愉快そうに店主を睨みつけた。
 鋭い眼光に我に返ると狼狽し、店主は頭を掻き視線を逸らす。けれども気になるようで何度もトビィの顔を盗み見る。

「や。あ、あはは。あー……その、なんだ。あんた以前も買ってくれたか? その首飾り」

 唐突な言葉に、トビィは唖然とした。思い出すことなどない、産まれてこの方装飾品を人間の店で買ったことなどない。

「いいや、今日が初めてだが。会う事自体、初めてだろ?」
「だよ、なー……。いや、あんたを何処かで見た気がして。あんたにそれを売った気がして。あんたに、何か別の物をあげた気がして」

 腕を組んで腑に落ちないと足踏みをする店主に、トビィは無言で踵を返すと立ち去った。しかし、数歩してから足を止める。
 迷いもせずに振り返るとこう付け加えた。

「奇遇だな、オレもそんな気がしてきた」

 素っ頓狂な声を出した店主に再び背を向けると、軽く右手を上げるトビィ。
 自分でも意外だった、まさか初対面の人間とここまで話すとは。トビィとて奇妙な違和感を感じた。
 見覚えが、ある。あの男を、知っている。
 トビィは、購入したネックレスを大事そうに懐に仕舞うと、次に向かう。
 時間はまだあるだろう、今宵の為に、トビィにはすべき事があったのだ。

 時は過ぎ、ジェノヴァに鐘が鳴り響いた。
 噴水前に徐々に集まってくる一行は、ライアンに連れられて宿へと向かう。地球の衣服を脱ぎ捨て、すっかり異界の住人になった勇者達。
 着ている物が違うだけで、気持ちが高揚してくる。
 ユキは地球と変わらず、レースが大量に施されたワンピースを買って貰っていた。全部パステルカラーで、膝下十cmの貴族の娘風衣装だ。
 アサギは対照的に、比較的露出が高い衣装を買って貰っていた。動きやすさを優先した結果、そうなったらしい。

「せ、折角だから、地球じゃあんまり着られない服にしようと思って」

 暑いこともあって、ホルターネックで胸を覆い隠しているだけの上半身、下のスカートもやたら短い。
 どちらかというと水着のような感覚だ、似合ってはいるのだが勇者らしくはない。マントを羽織れば、それらしくも見えそうだが。

「いーよ、いーよ! 似合うよアサギ、サイコーっ」

 興奮気味に捲くし立てるトモハル、中年親父のようである。ミノルがこめかみをヒクつかせながら、幼馴染に侮蔑の視線を投げかけたが、アサギに視線を移すと「露出たけぇよ」と顔を赤らめる。
 宿のダイニングルームに到着した一行は、そのまま夕飯にしてもらった。歩き疲れて空腹、料理が運ばれるまで昼間の情報交換をする。
 一行以外に客は未だ到着していないようで、気楽に会話が出来る。
 その前に先程のオークスの忠告の件もあり、マダーニは直様勇者達に石を隠すように促した。

「じゃ、まずボク達からね。ジョアンへも、コスルプへも現在休航中。コスルプ行きの航路に、三体の竜が目撃されてる。特に襲ってきた事実はないらしいけど、動かないみたいでさ。危険視されてて当分出航しないって。で、ジョアンへは早くて二ヵ月後みたいだよ。わかんないけどね」

 トビィが微かに顔を上げるが、誰も気にする様子もない。低く呻いてライアンが首を傾げる。

「竜か、厄介だな。海路での旅は難しいということか。当初の予定通り、陸路で行くか」
「しかもそのドラゴン、三体とも種類が違うらしくってさ。まぁ真相はどうだか知らないけど、黒竜、風竜、水竜らしくって。三体が一緒に行動してるらしーんだな、これが。ボクは竜には詳しくないけど、種族違うのに行動を共にするなんてこと、あるんだね」
「ほほー、珍しいですな。本来竜は同種族でしか行動しないのですがのう。こと、黒竜に関しては成人すると単独で行動する筈ですじゃ」

 運ばれてきたパンに手を伸ばしたアリナは、以後口を開かない。焼き立てのパンにオリーブオイルと塩を振り掛け、ジャガイモを挟んで食べている。
 食事に夢中になったアリナに代わって、サマルトが口を開いた。

「とりあえず、時間が余ったからアリナが路上喧嘩っていうの? それに参加して数人ぶっ飛ばしたから賞金受け取った」

 ライアンに硬貨が入っていると思われる袋を渡すサマルト、悲鳴を上げるクラフトとブジャタ。
 成程、アリナの衣服に汚れが目立つと思ったらそういうことか、苦笑いする一行である。
 アリナは無心でパンを頬張りつつワインで流し込んでいる、悪びれた様子はない。

「宿代くらいは稼げたと思うよ」
「うん、十分すぎるよ、これなら」

 どれだけの相手を叩きのめしたのか見当がつかないが、袋は重い。有難いことである。

「こちらは順調に買い物を終えました。なかなか質が良い薬草が売っていますね」

 アーサーがミシア、ムーンと共に頷いた。皆満足そうな表情だ、ライアンも自ずと笑みを零す。ここは何も問題ないだろう。
 その後、一行は夕食をのんびりと取り、暫しの休息に入る。

「今後の予定だが。明日から再び旅だ、次の街まで遠いので馬車での生活が苦になるだろう。今のうちに羽を休めておくように。昼過ぎにはこちらを立つ予定だ」


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