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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第25回   最大都市ジェノヴァ
 流石は大都市である、外部からの侵入を悉く欺くかのような要塞造りであった。検問に、一時間以上要した。「盗賊団から護る為よ」と説明されたが勇者達は退屈だ。ようやく重々しい門を開けてもらい、馬車ごと街へと侵入する。
 入ってすぐ、右側の”馬車預かり所”にて申請を行い、ここで滞在期間によって料金は異なるが馬の飼育に体調管理、馬車の補修などを行って貰える。
 一行は馬車から降りると大きく伸びをした、窮屈だった馬車から開放され
身体が小さく悲鳴を上げる。各自屈伸を行い、徐々に身体を解す。

「まずは食事にしようか。そこで今後の予定を手短に話す」

 ライアンの発言に大きく同意する一同、マダーニが「行きつけの店がある」と言うので、そこへ出向く事にした。
 歩きながら呆けるアサギとユキ。そこは見て焦がれた外国の場景のようだ、よく二人は旅行会社の店に置いてある海外旅行のパンフレットを持ち帰っては眺めていた。
 大きくなったら旅行へ行こう、という子供ながらの約束事である。
 卒業旅行は国内の某テーマパーク、中学校は一泊二日の遠出旅行、高校ならば奮発して海外旅行。
 行きたい場所は多々あった、最も憧れたのはフランスだ。どの一角を見てもお洒落だった、何をしても絵になってしまう。並んでいる果物や菓子は、宝石のようだった。その憧れに似た風景が目の前にあるのだ、興奮しないわけがない。
 荷馬車で野菜や果物を売る男性は、お洒落な感じだ。日本とは違った雰囲気で、それもまた子供ながらに興奮してしまう。篭に入れた花を売り歩く娘がいる、少なくとも、アサギとユキが生活している日本の街にそんな少女は居なかった。
 沿岸沿いに造られているここ、ジェノヴァ。巨大な壁に囲まれながらも窮屈さは微塵も感じられないのは、人々の活気ある笑顔の為か。
 潮風が、香る。港もある、小高い丘の公園へ出向けば無論眼下には紺碧の海が悠々と広がる。
 海外旅行気分で、はしゃぎながら進むアサギとユキを、慌ててトビィが捕まえた。人通りも多い、はぐれでもしたらその時点で終わりだ。この世界に迷子放送など、あるわけがない。地の利のない勇者達、保護者感覚で皆目を光らせて監視している。
 男の勇者達も例外ではなかった、久々に戦闘と休憩以外で地面に足をつけて歩く感覚に安堵を感じ。森林風景から一転してのこの賑わいに、胸を躍らせる。皆珍しい光景に目移りしながら、ふらふらと旨そうな香りのする屋台へ近寄ってしまう。
 アサギはトビィとユキと手を繋ぎながら歩く、マダーニを先頭に一同は店に向かう。
 やがて噴水が見えてきた、石畳の大通りから幾つもの中通りへの道が枝分かれしている。洋服屋に、武器屋、防具屋、道具屋、宝石店、宿屋、雑貨屋、薬草屋、飲食店。
 大通りを真っ直ぐ突き進むと城へと到着出来るのだが、その途中に広大な公園が広がっている。中心地だ。
 道行く人々は皆忙しそうだが、活気に溢れており笑顔が多い。人ごみを掻き分けて、進み続ける。

「おい、マダーニ! 何処まで行くつもりだ」

 ひたすら進み続けるマダーニに、ライアンが呆れ気味に声をかける。それでもマダーニは無視して進む。

「もー、何処でもいいから何か食べさせてくれ」

 ケンイチと手を繋ぎながら、ミノルが情けない声を出していた。腹が、先程から鳴り止まない。今は歩いている道には、飲食店が数多く存在した。立ち並ぶ露店からは美味しそうな香りが漂ってきており、空腹を刺激してしまうのだ。情けないほど腹の虫が叫んでいるのは、ミノルだけではなかった。この状況では仕方がないだろう。
 そんな必死の訴えに気づく事もなく、マダーニは足を止めない。

「美味しそう」

 通り過ぎつつも気になって振り返ってしまう屋台、アサギもついふらふらとそちらに行ってしまいそうだった。
 魚を串で刺し焼いている店のおじさんは、気が良さそうで豪快。
 パンに秘伝のたれ(と、店ののれんに書いてある)で焼いた肉と野菜を挟み込んだものを売っている、おばさん。
 新鮮な果物を潰してジュースにした、フレッシュジュース売り場は少女達で溢れていた。

「この街は海に面しているうえに、近場の土壌は肥えている。様々なものが新鮮なまま手に入るから、美味しいと思う。腕も確かな料理人が多い」

 丁寧にトビィがアサギに食べ物の説明をしている、後方で聞きつつ不貞腐れるサマルト。

「くっそー、俺だってクレオ出身なら、アサギに詳しく説明出来たのに」
「といいますか、何故彼はああも容易くアサギの手を握って歩いているのでしょうね。そもそも彼は何者ですか。本当に信頼出来る人物ですか?」

 今更な質問だ。忌々しそうにアーサーがそう吐き棄て、鋭い視線で睨みつけるが……負け犬の遠吠えだ。
 馬車内でトビィに尋問に似た質問をぶつければ良かったのだが、生憎口を聞くのにも嫌悪を感じたアーサーは、接していなかった。人当たりの悪い賢者である、サマルトは同意しつつも皮肉めいて笑うしかない。 
 トビィとて、訊かれたところで安易に答えなかっただろうが。
 道を外れて、細い路地に入っていくとようやくマダーニが前方で立ち止まった。安堵の溜息を漏らす一行に、怒鳴り声に近い声を出す。

「こらー! 早く来なさいよね、お腹空いてるのっ」

 連れまわしたマダーニに同じ言葉を繰り返したかった一行だが、もはやそんな気力もなく、渋々店の中に入っていく。
 が、店構えを見たライアン。途端に血相変えて、慌ててマダーニの腕を引っ張った。

「待て待て、なんか高そうな店だぞ!? あまり所持金ないからな!?」

 妙に立派な造りだ、品が良さそうなのは分かるのだが裕福な旅をしているわけではない。高級料理店は出来れば避けたい。
 ライアン的には一刻も早く勇者達の身体を休めたかったし、何より今後の作戦会議を開きたかったので手頃な店で食事を済ませたかった。それこそ、今通ってきた露店でよかったのだ、腹の足しになれば。

「大丈夫、顔見知りの店だから負けてもらう。ついでに、思っているより高くないのよ」

 ホントかよっ、と突っ込みを入れたくなるライアンだったが背中を押されて店の中に足を踏み入れた。
 店内は昼食時を過ぎていた為、比較的空いていた。店内の一番奥、何個かのテーブルを繋げて貰い大人数用の配置へ。
 ガタガタと音を立てて一斉に座り出す一同、アサギの両隣と正面が取り合いになったわけだが、隣をトビィとユキが確保し、正面にアリナが座る。
 トビィはアサギの椅子を引くと、笑みを浮かべて座るように促す。椅子を引いてもらうなど、家族で食べに行ったフランス料理屋以外なかったので、思わずアサギは赤面した。
 慣れるものではない。

「えーっと、ありがとうございます」
「いえ、お構いなく」

 気障な奴、とミノルは顔を顰めるのだが、照れながらも嬉しそうなアサギに腹が立った。

 ……女ってのは、どーして甘ったるい奴が好きなんだろうな。

 小声で呟くと、ミノルは舌打ちして足を軽く踏み鳴らした。
 多少暗めの店内、壁に飾られている絵画と花が美しい。観葉植物も並んでおり、確かに居心地の良い場所だった。厨房から漂ってくる香りが、また空腹に堪える。
 数分後、メニューと共に店員が衝立を運んできて、一行を覆い隠した。

「ね、こんな感じで周囲と隔ててくれるのよ。いいでしょ?」

 マダーニが耳打ちし、ライアンが成程、と低く唸る。これならば周囲の目を気にする事無く会話が出来る、それでマダーニはこの店を推薦したのだ。
 上機嫌でマダーニはメニューを開くと、慣れているのも手伝って間を擱かずに注文し始める。
 真似して何冊かのメニューを数人で見つめた、勇者達も挙って真剣に眺める。
 何しろ、クレオへ来てからまともな料理は二回のみだ。育ち盛りの子供達、食料に裕福な日本で生まれた小学生にとって、それは苦痛な毎日だった。
 意気揚々とメニューを開いて、何を食べようか胸を躍らせていたのだが。

「なんじゃこりゃー! こんな文字読めるかぁっ!」

 珍しく仲良くメニューを見つめていたミノルとトモハルが、同時に声を張り上げる。ダイキとケンイチ、ユキもまた然り、項垂れていた。

「えぇ!? あなた達、魔導書読んでたでしょ? 同じ字よ」

 怪訝に眉を潜めるマダーニ、だがムーンが顔を上げて微かに苦笑い。

「多分あの魔導書は、どの惑星から勇者が来ても良い様に、手に取った者が読める文字で書かれているような、そんな何かしらの呪文がかけられているのだと思います。私もこの文字は読む事が出来ません」
「そのようですね、私もムーン殿に同じです」

 アーサーも同意する、唖然とマダーニがメニューを見つめる。

「なんていうか、言葉が通じて良かったわよね……」
「いや、ホントだな……」

 衝撃の事実だ。引き攣った笑顔を浮かべる一行は、静まり返るしかない。
 読めない他惑星メンバーの為、空腹状態のまま膨大な量のメニューを読み上げていくマダーニ。渋々読み出したが途中で面倒になったので、自分の好物だけをワザと読み上げた。それが解ったライアン他惑星クレオメンバーは、呆れ返るしかない。
 しかし、思わぬ人物がそこにいた。

「これは……お魚ですか?」
「そう。近海で獲れる白身魚だな。淡白で美味しい」
「では、これは……?」
「あぁ、地鶏だ。香草とニンニクで炒めた料理だ、香りでまず食欲がそそられる」
「えーっと、どれもこれも美味しそうで迷ってしまうので。トビィさんに決めてもらおうかな、って」
「なら、二人で食べようか? そうだな、オレの見立てになるけど気に入ってもらえるように選択しよう」

 トビィとアサギの会話である、隣でユキが引き攣った笑みを浮かべそのやり取りを見ていた。

「アサギちゃんには読めるみたいだよ」

 絶句である。完璧ではないが、なんとなく分かるらしいアサギ、勇者達は静まり返るしかない。

 ……何故、どうしてアサギだけ? 

 そんなことを考えても仕方がないので、適当に皆注文する。疑問は浮かんだが、今は空腹でそれどころではない。「アサギだから」で片付けられてしまった。
 勇者達はマダーニに読み上げてもらっていたメニューの中から、トモハルとユキに全権を託し届くのを待つ事にした。トモハルは以前からイカスミを食べたいと思っていたらしく、ユキと相談した結果イカスミパエリア……らしきものを注文。

「パエリアって何?」
「えと、スペイン料理で、平たく言えばチャーハンみたいな感じかな」

 無論、日本で言うならば、である。首を傾げていたミノルに、控え目にユキが返答する。炒飯ならば、とミノルは大いに乗り気で頷いた。
 待ちわびる事数十分、勇者達の目の前に真っ黒いご飯が届けられる。
 近海・ガボン海で今朝方水揚げされたばかりの烏賊をメインに、ニンニク、唐辛子、塩胡椒で味付けされたシンプルなパエリアだ。
 あまりに黒すぎて口に入れるのを躊躇ったミノルだが、一口食べて隣のケンイチと瞳を輝かせる。

「う、うまいっ! イカスミすっげー!」

 他にトマトの冷たいスープ、パンも出てきて勇者達は上機嫌である。どうやらパエリアセットを、マダーニが気を利かせて注文してくれたようだ。がつがつと食い散らす勇者達に、満足そうにマダーニは胸を撫で下ろした。
 上機嫌で優雅にスープを口に運ぶユキの傍らで、アサギはトビィと仲良く食べている。
 海老のサラダに、牛肉の炭火焼、アーモンドを挽いて粉にし砂糖と練り上げて焼いた甘い菓子パンのようなもの、ジャガイモの冷製スープ、おまけでワイン。
 とても数日前が初対面とは思えない仲の良さである、楽しそうに談笑しながらトビィが小皿に手早く取り分けていた。

「このワインが結構いける。何度か呑んだ事があるんだ」
「ワイン、私呑んでも大丈夫なのかな……」
「度を越さなければ大丈夫。少量ならば身体に良い薬みたいなものだよ。呑んでごらん」

 この男、アサギにワインを呑ませて酔わせて何処かへ連れ去る気じゃないだろうな!? やり取りを見ていて血の気が引いた一行だが、そんな気はトビィに全くなかった。そんな小細工、彼には無用だ。

「とりあえず、食べながらで良いから今後の計画を聞いてくれないか? 実は所持金がないんだ」

 言うライアンの前に、ずらりと並んでいる食事。香草入り卵焼き、ジャガイモとニンジンのスープに、玄米パンの蜂蜜添え、おまけに鴨のソテーバルサミコソース(らしきもの)にて。
 所持金がないと言う割りには結構注文していたライアンに、思わずマダーニは盛大に吹き出した。

「私は国王から資金を頂いております。どうぞ」

 アーサーが懐から金貨を五枚取り出して、ライアンの前へと置いた。ただ、通貨が違う為役に立つがどうかが些か不安である。

「一応宝石を持参したんだけど」

 サマルトが腰に下げていた皮袋に手を入れる、触ったものを手にとってライアンの前へと置いた。エメラルドと、ルビーだろうか? 換金すれば結構な額になりそうだ。
 当然勇者達は何も持っていない、売り払えるものがあるとすれば、地球産の衣服くらいだ。珍しい為、高値で買い取ってもらえるかもしれない。

「あー、情けなくて申し訳ないんだが、こちらは」

 ライアンは、ジョリロシャからの長旅で所持金はほぼ底をついた。アリナ、ブジャタ、クラフトにおいては、管理していたブジャタの目を盗んでアリナが使用していたらしく底を尽きつつある。何に使ったのか、不明。マダーニ、ミシアは、マダーニの酒代へと消えていった……らしい。

「かたじけない」

 平謝りしてライアンはアーサー達に礼を述べた、まさか資金不足で旅が出来ないでは洒落にならない。ここは惑星クレオ、しかしその住人達が一文無しとは非常に気まずい雰囲気である。

「トビィ君、は……」
「オレの所持金は、オレの物」
「……だろうな」

 ならばここの料理代は、自分の分だけでも払って欲しいものである。
 アサギと至福の食事を進めているトビィに、これ以上話かけたら攻撃されそうな勢いだったので、ライアンは気を取り直して本題に入った。金銭も重要だが、そうではない。

「この店を出てからは、別れて行動する事になる。オレとトビィ君で宿の手配を。マダーニはアサギとユキと共に衣服の買い出しだ、流石にその服装はマントをしているとはいえ目立つ。クラフトと共にトモハル、ダイキ、ケンイチ、ミノルも衣服の買い出しな。ミシアとムーンとアーサーで、ここに書き出してある道具を買い揃えてくれないだろうか? それ以外に必要な物を思いついたらその都度購入を。アリナとサマルトは船を調べてきて欲しい、ジョアン行きかコスルプ行きが近日出航予定かどうかを。ブジャタさんは、クリストヴァル行きのあの洞窟について役所に報告を。結界を直して貰うべきだと思うからな」

 一人一人の顔を確認しながらゆっくりと説明していくライアンに、視線が合った者は順に神妙に頷く。

「了解、時間が余ったら資金調達にでも出掛けようかな。ところで集合場所と時間は?」

 アリナがサマルトと頷き合い、ライアンに向き直るとそう問う。皆も耳を澄ます、それが一番重要だろう。

「ジェノヴァでは十八時に鐘が鳴り響く、その時間に先程の門を入ってすぐの噴水で落ち合おう。街の至る箇所に日時計が設置されているから、それも目安にしてくれ。四時間くらいはあると思う」

 この振り分けはソツがなかった、必ずクレオ出身の者が一人は共にいるので迷子になることもないだろう。
 席を立つ一行、暫しの別れになるのでトビィはそっとアサギの髪に口付けた。その時間すら惜しむように何度も口付ける、出来れば引率したいくらいだ。

「というか、どうしてオレまで宿の手配に」
「はっはー、気にするなトビィ君」

 会計ではマダーニが店長を呼び出し、無理やり値切っていた。素通りする。

「お待たせ、アサギちゃん、ユキちゃん。行きましょうか」

 泣き喚く店長に余裕の笑みを見せて立ち去るマダーニ、手を繋いで貰って三人は歩き出す。
 洋服屋の立ち並ぶ路地へと到着し、一通り店先に飾ってある衣服を眺めながら気に入ったものを探した。
 現在勇者達、クリストヴァルで頂いたマントを羽織って地球の衣服を隠しているのだが、ずっとこれを着ているわけにもいかない。
 一応簡単な服はクリストヴァルでも貰えたのだが、やはり上等な布でもないので耐久性がなかった。ついでにサイズが大きい、子供用ではない。子供の勇者が来るとは、思わなかったのだろう。アサギとユキなど、着用してみればほぼワンピースだ。

「気に入ったのがあったら手に取るのよ?」
「はいっ。わー、どれもこれも可愛いね」
「うん、コスプレみたいだね!」

 はしゃぎながら歩く二人を見てマダーニは微笑むのだが、不意に表情が翳った。

 ……何故、このような幼い少女が勇者に?

 未だに、理解不能である。確かに魔法を数日で使いこなす事が出来るのだから、勇者の素質があるのだろう。
 けれども、腑に落ちない点が幾つか残った。


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