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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第24回   底闇の邪神〜ミラボー〜
 闇の中で、何かが蠢いた。豪快に笑い出すそれ、蛙の潰れた様な耳障りな、声。
 魔王ミラボー、ただ暗黒の中に身を潜めているその魔王。妖しく光り輝く水晶を見つめながら、この世のものとは思えないほどの不快な嗤い声を発している。耳を塞いでも脳に直接響いてしまうような、発狂してしまいそうな下卑た声だった。
 目を凝らせば傍らに女性が一人、立っていた。黒髪で無気力な瞳の……美女だ。彼女は顔色一つ変える事無く、ミラボーの傍らに仕えている。

「ハイが勇者を迎えに行った。愉快愉快」

 眼下の水晶に映っているのは、紛れもなく勇者アサギである。
 次いで、ハイが映し出される。

「この娘、面白いな。あのハイを短期間で心変わりさせた。逢わずともただ、一目見ただけで、あそこまで変えた。強力な”魅力”が常に発動しているのだろうな、あの娘」

 重低音で笑うミラボー、身に纏っている宝石が煌びやかに光る。
 あの洞窟内にて、ハイこそ知り得なかったのだがミラボーは音声を拾い上げていた。ハイよりも先に勇者達に手下を接触させていた、それは、勇者達が戦闘した死犬である。
 常闇の権力者ミラボーは、張り巡らせておいた屍人形達を動かした。元は、別の目的に使用する為だったのだが幸運した。
 犬達はアサギの魔法によって浄化されたが、勇者の一把握は出来たミラボー。直様別の者を仕向け、静かに尾行していた。黒髪の娘、を追跡するように指示されていたのだが、当然該当する人物は一人。
 アサギである。皆と逸れた後もアサギだけを追ったその追跡者。いや、”者”ではない、昆虫を模している小さな魔物だ。今も常にアサギの周囲を漂っている。

『この娘、人間じゃな』

 聞き取り、ミラボーが歓声を上げたのは、吸血鬼クーバーが最期に漏らした言葉である。
 人間ではない娘、魔王すら一瞬で虜にした娘。勇者、アサギ。

「確信はない、あくまで憶測だ」

 傍らの女に、含み嗤いで語る。

「魔王を一目で虜に出来る”魅力”の持ち主で、勇者。そして音声からこの娘の血液が何やら特殊であるということは解る。”エルフ? あぁ、エルフの血に似てる気がするー。人間の血にしては妙に甘いんだよな、この子”以上を踏まえて、エルフに近い存在としよう。」

 クーバーの言葉を自身で口にして、豪快に嗤った。
 エルフ。
 一般的に姿を見せる事無く、ひっそりと何処かの山奥で結界を張り、外部からの進入を極力拒んで生活しているとされる種族である。その容姿は皆美しく、誰もが瞳を、心を奪われる。
 エルフの血肉は、魔力増幅の秘薬であるという事実は、今は知り得る者も少ない。自らの欲望の為に、その事実を漏らす者が減ったのだ。エルフ自体が希少価値なので、欲するものが増えては自分への割り当てが減ってしまう。
 血液を体内に取り込めば、かなり魔力の飛躍になるのだが、それよりも一滴残らず血も肉も喰らい尽くしたほうが当然飛躍率は高い。故にエルフをその目的で捕らえた邪な者達は、全員エルフを喰らい尽くした。
 時代に名を轟かせた魔導師や剣豪……多くが、実際のところエルフの血肉を取り込んでいた、といっても過言ではない。
 しかし、エルフ達とて喰われるだけの存在ではない、その為手に入れたくとも容易くは手に入らない。戦闘能力は高かった、特に魔法と弓に優れている。
 その、禁忌を犯してまで飛躍を遂げた”異質”な者達だが、ミラボーとて例外ではなく、惑星チュザーレにてエルフを喰らい今の魔王の地位を手に入れたのだ。
 喰らった数は、十を越える。
 ただ己の欲望の為に、自身の魔力を高める為だけに。魔王として君臨するために、人間達を、そして神をも支配下に置く為に。
 ミラボーの産まれは非常に低級な、ただの邪な一固体だった。小さな、みすぼらしい頭に宝石のついた蛙のような魔物だった。現在の地位を手に入れるまでには、部下達が知り得ないミラボーなりの努力があったのだ。
 ”エルフを喰らい続ける”という、努力があった。偶然エルフの血液を口にしてしまった、みすぼらしい蛙は、進化を遂げ続けた。
 やがて惑星チュザーレを制圧した、といっても過言ではないミラボーは、ここ、惑星クレオへと足を踏み入れた。
 理由は単純だ、今の惑星には最早何も愉しみがない。
 人間等壊滅的で、多少抵抗があればまだ退屈凌ぎにもなるのだが、微弱なものでしかない。ミラボーを蔑んでいた者達が、自分に平伏す姿が面白かったが、その楽しみも頂点に立ってしまえば消えてしまう。
 けれども欲望は尽きない、今の惑星にミラボーの求める刺激も優越もなかった。故に、新しい自分の舞台を探してやってきたミラボー。 
 傍らに有能な美しい人間の女を、一人。最初に異空間を移動したのは。一体と一名のみだった。
 新たなる惑星で、再び君臨する自分を想像したら異常な興奮状態になった。他惑星の状況など、全く知らない。
 自分以上の魔王が存在するかもしれないが、それを凌駕してしまえば良いだけだと妙な自信があった。
 だからこそ、面白いのだと。
 万が一敗北に至れば、惑星チュザーレに帰還し、力を蓄えれば良いだけだと。
 辿り着いた先、惑星クレオの魔王アレクは自分とは異質な美しい青年だった、瞬時に虫唾が走った。人間を制圧するという意思が全く見られず、変革を期待していない無能な魔王だと判断する。
 そのような魔王ならば潰して成り代わってしまおう、ミラボーはその意図でアレクに近づいた。けれども内に秘める魔力は本物、ミラボーとは互角であると察した。
 冷汗が、伝った。
 何も物言わず、ただじっと来訪者であるミラボーを見つめていたアレクに恐怖を感じた。
 腸が煮えくり返る思いだった、久方ぶりの屈辱である。

 ……こんな、若憎ごときに。

 アレクはミラボーを邪険に扱わず、かといって優遇するでもなく一言。

「居たいのならば、好きにすればいい」

 一言、呟いた。
 相手にされていないだけなのか、ただ、他人と関わるのが面倒な魔王なのか。アレクの無表情ぶりにミラボーは意図が掴めず、歯軋りする羽目になる。非常に癪に障る魔王だと思った、何もかも全てにおいて。
 それでいて、部下からの信頼が厚い事も、ミラボー的に釈然としない。あの、綺麗な鼻っ柱を折ってやりたい……ミラボーがその考えに行き着くまでに時間はかからず。
 好意的に振る舞い、アレクに積極的に話しかけている滑稽な自分。
 しかし、胸の内には反逆の思い。
 今のままでは勝てないことなど百も承知だったミラボー、不服そうに傍らの女が囁く。

「ミラボー様でしたらば、アレクなど赤子の手を捻るように」
「エーアや、真に賢く強き偉大な者は。このように万全を期してから行動するものだ」

 ミラボーは水面下でエルフを捜した、悟られないように単独で。
 アレクの能力を超える為には、エルフを喰らうのが最も手っ取り早い。絶対的な力でアレクを抹殺する為に、最低でも二人だと判断する。何者にも勝る自分は、瞬時に敵と見なした者を葬り去らねばならない。それこそ美学。
 魔王アレクを捻り潰し惑星クレオを手中にする……ミラボーの現在の欲望である。楽しみが出来たので、嬉しかった。
 惑星チュザーレのエルフは全滅していたので、この惑星で探し出すより他なかった。

「二人が、どこまで魔力増幅の糧になるかは解らないが、血統書つきではあるかな」

 嗤う、嗤う、ただ、嗤う。
 ミラボーは心底愉快そうに、涙を流してその不恰好な身体で床を転げまわっている。ミシミシ、と床が抜けそうな程軋むがお構いなしだ。
 掲げている、暗黒水晶に映るのはアサギと……もう一人。
 金の長い髪が目を惹く、明快な美しい女性が映っている。エルフだ。
 魔王アレクが時折城を空けている事は、以前から気になっていた。不審に思い幾多の魔族を唆して調べ上げたらば、ミラボーには予期せぬ歓喜の事実が判明した。
 魔王アレクが出向く先は、恋人の元。その恋人がエルフだったとは、ミラボーの嬉しい誤算である。ただ、エルフと魔族の混血らしく、生粋のエルフではなかった。ハーフエルフである、けれども、エルフの王族の血を引いている事まで調べあげることが出来た。
 何処まで真実か定かではないが、ミラボーが突き止めた過去はこうだ。

『エルフの里を抜け出した一人の王女は、森の中で水浴びをしていたという。偶然通りかかった魔族の青年は、その王女に心を奪われて欲望のまま犯してしまう。その結果、王女はその魔族の青年の子供を身篭った。産まれた子供に罪はなく、魔族の青年を放り出しエルフ達はひっそりと混血の子を育てる事にした。しかし、王女もまた魔族の青年に心惹かれており、反対されながらもエルフの里で魔族の青年と暮らす事が許された』

 混血の王女、名をロシファという。
 他種族と交わった為か、寿命短く両親は他界したのだが、非難を浴びる事無く愛されて育ったその王女。エルフは皆美しい容姿を持つが、魔族の父も端正な顔立ちをしていた為、当然外見も美しく成長する。蝶よ花よ、と甘やかされて育てられた為だろうか、多少元気が良すぎるのが周囲の悩みの種であった。
 そんな予感は的中し、エルフの里を好奇心で飛び出してしまう。血相変えて連れ戻しに出たエルフ達であるが、その前に母親と同じく魔族の青年に出会ってしまった。
 ……運命に導かれるがままに。
 銀の長い髪が風に靡く、金の長い髪が混ざり合う。物静かにこちらを見据えていた、魔族の長である青年アレクと。快活なエルフの少女は互いに視線を逸らせずにいた。近づいたのは、どちらが先だったか。柔らかな日差しの中で髪と指が絡み合う。一目で恋に落ちた二人は、魔族の王とエルフの王女。
 母親と同じように魔族の男に惚れてしまった王女に、案の定周りは反対した。しかし、アレクは純粋で真面目な青年だった。とても、魔王として魔族を率いているとは思えないほど、健気でどちらかというと弱々しくすら思える。一方ロシファは、天真爛漫で怖いもの知らずの無鉄砲、アレクに対しても遠慮がない。
 やがて、アレクが魔王ならば、上手くいけば魔族と協定を結び、敵から逃げるようにひっそりと暮らさずともよくなるかもしれない、と至福の未来を描き始めたエルフ達は二人の仲を許可した。
 仲睦まじく共に過ごす二人を見ているのは心地よく、またアレクの人柄もエルフ達は好いていた。エルフの里では魔王アレクを受け入れ、時間を見つけては無理をして訪れるアレクを持て成しているという。しかし、最近ではそのエルフの里、何故かロシファと乳母の二人のエルフのみになったとの情報も得た。
 好機だった、まるでミラボーに味方したとしか思えなかった。
 何処へ行ったのかはミラボーの知ったことではないが、少なくともロシファと乳母、二人のエルフを喰らえるだろう。
 混血のエルフの王女ロシファを喰らうことが、ミラボーの願望だった。
 そこへ現れた、予期しなかった勇者の娘。

「エルフである可能性に賭けてみよう、勇者には特殊な血でも流れているのかもしれぬ。どちらにせよ、その血に増幅効果があろうがなかろうが、喰らってやろう」

 ミラボーとて勇者を見たのは初めてのことである。未知の存在だ、自分を脅かす存在の筈だが、そうは思えなかった。
 糧にはならずとも、喰らった時点で勇者は消滅、葬り去れるのだからどちらに転んでもミラボーに損はない。
 魔王アレクの恋人・エルフの王女ロシファ。
 魔王ハイの想い人・勇者アサギ。
 この二人を喰らってしまいたい、喰らって無限の力を手に入れたい。

「さらばだ、エルフの王女と勇者の娘。恨むなら己の血を憎むが良い。そしてアレクとハイよ、娘らと出遭ってしまった己の不幸を嘆くが良い」

 愉快である、嗤いが止まらない。魔王アレクと魔王ハイが愕然として、自分に成す術もなく朽ち落ちる瞬間を見てみたい。想像しただけで、恍惚の笑みが零れてしまう。
 問題は、残る魔王リュウだ。
 しかし、そこまで他人に関心を示していないように見て取れるので、干渉はしてこないだろう。
 流石に三人の魔王を同時には相手に出来ない、だが単独ならば順次抹殺できそうだった。
 ”あと二人以上、エルフを喰らえさえすれば。”
 魔王ハイは、勇者を迎えに行った、唆されて、迎えに行ってしまった。近いうちに勇者という名の”贄”を連れて戻ってくるだろう、隙を見て喰らってしまえばいいのだ。

「さて、どちらの娘を先に喰らうべきかねぇ」

 愉快そうに喉の奥で嗤うと、「エーア」とミラボーは呟く。傍らの女が、短く返事をした。

「どちらの娘を喰らうのが得策だ?」
「エルフの王女ではないでしょうか? ハイが連れて来る娘には隙がないように思えます、片時もハイが離れないでしょうから。とするならばやはり王女のほうかと」

 透き通った声で、淡々と語るエーア。表情を変えずに意見を述べると、一礼して下がっていく。

「そうだな、それが良いだろうな。ククク……ハイ、早く勇者を連れて来い。アサギという名の勇者を連れて来い。可哀想なハイ、何も知らずに」

 闇の中でミラボーが腹を抱えて嗤い転げる、部屋が揺れるほど嗤い声が反響した。
 エーアは無言で、そのミラボーを見つめていた。 意志なき、瞳で。
 エルフの王女について、若干ミラボーの把握した事実と真実は違うが、然程問題ではない。


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