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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第23回   魔王ハイ、初めての船旅
 魔王ハイの船旅が始まった。
 魔王の一喝にそれまでのんびりと乗船していた魔族達であったが、統率された様に機敏な動きを見せた。魔王が即座に船を出せ、と叫んだのだ、従わなければ殺されると思い込んだのだろう。
 ハイは最も豪華な船室を当然のように用意され、丁重に持成された。無論、乗船賃も不要だ。
 魔族達の知り得る魔王ハイといえば、現在四人揃った魔王の中で最も残虐性の高い非道な魔王である。闇属性魔法に関しては右に出る者がおらず、とても人間とは思えない魔力で目が合えば殺される……と噂されていた。
 その為、魔族達はハイを恐れて誰一人として近寄らなかった。当然だろう。
 ハイは船が物珍しかったので、逃げ惑う魔族達に構うことなく毎日散策した。勝手に厨房に侵入し、無断で操縦室へ出向き、子供達が遊んでいようが寝転がって甲板で日光浴をする。
 ”恐怖の魔王”が相手では邪魔でも誰も咎められない、機嫌を損ねないように愛想笑いで一目散に通り過ぎる。
 ところが。
 全てを散策し終えてしまい、退屈になったハイは、室内にいても暇なので甲板で海を眺める時間が多くなった。何処までも広がる大海原、水平線を見つめつつ、海を泳ぐ魔物やら水中生物を時折見つけ、雲の流れを眺めつつ楽しむことしか時間を潰す事が出来なくなってしまった。
 そんなハイの足元に、小さな鞠が転がり込んできた昼下がり。
 魔族の少年が遊んでいた鞠だった、転がった先に立っていたハイの姿を見て悲鳴を上げた両親。しかし、少年は臆する事無く近寄った。 
 ハイは鞠を拾い上げると、近寄ってきて腕を伸ばした少年に、屈んで鞠を返すと徐にその頭を撫でる。

「ありがとう、ハイ様っ」
「それは、面白いか?」
「うん、これはね、誕生日にお父さんが買ってくれた宝物の鞠なんだよ」
「ほう、良い事だ」

 瞳を細めて、少年の視線に合わせて語るハイ、その光景を恐る恐る見つめていた魔族達は首を傾げる。
 魔王ハイが、穏やかに笑った。

 ……魔王ハイ、笑えたんだ。
 ……あの少年、殺されると思ったのに。

 唖然と事の成り行きを見守っていた魔族達の目の前で、二人は鞠で遊び始める。
 少年は勿論、ハイも無邪気に笑って鞠を投げていた。
 両親は周りが固唾を飲んで見守る中、震える足を懸命に動かし近寄る。

「あ、の。魔王ハイ様っ」
「ん?」
「お父さん、お母さん! ハイ様とっても優しいね!」

 近寄ってきた両親の元に駆け寄った少年、ハイはその様子を見つめて衣服の皺を直している。 
 恐怖に打ち勝った両親は遅れてハイに語りかけた、間近で見て、ハイが噂とは違うのではと直感する。
 息子を抱きとめて、深く礼をする両親にハイは口元を綻ばせたままだった。

「楽しかった、ありがとう。また遊んでみたいものだ」
「うん、ハイ様! また一緒に遊んでね」
「あぁ、約束しよう」

 少年はすっかりハイが気に入ったらしく、両親から離れ、ハイに抱きつく。その頭を撫でるハイに、魔族達は顔を見合わせた。
 そんな光景後、徐々にハイに語りかける魔族達が増加していった。
 嫌な顔一つせず、ハイは同僚の魔王達の話を集まった魔族達に聞かせた。普段は雲の上の存在である魔王達、その日常を聞いて魔族達は騒然となる。
 特にリュウの話は人気があり、困惑しながら語るハイの表情が愉快で、魔族達は毎日話を聞きに、ハイの元へ集まった。
 勇者を見てから、ハイは変わった。
 魔王と呼ばれる前、幼かった神官ハイは、実際今の様子と変わらなかった。このように人の中心で会話し、真面目で笑顔が堪えることのない愛される神官だった。とある事件を切欠に、人間を嫌い、全てを拒絶し、何人たりとも寄せ付けない雰囲気を自ら生み出していた。
 本人すら気づいていない、徐々に取り戻しつつある本来の自分。
 船内では魔王ハイに心酔する魔族達も少なくはなく、いつの間にか人気者になってしまった。以前のハイのイメージは消え、親しみやすい魔王のイメージが固定される。
 毎日、朝から晩まで、ハイの元には魔族達が耐える事無く通い詰める。
 久しぶりに大勢と会話したので、多少の疲労感はあるものの、楽しかったのでハイは気にも留めなかった。
 そんな船内であるが、この船。石炭を燃料とする船だが、船底では魔法使いによって生成された、標準的な体格の魔族を模した土人形が、命令通りオールで漕いでいた。人間達が所有している船とは大きさも速度も断然優れているわけなのだが、ハイにそれが解る訳もなく。

「おい、まだ到着しないのか?」

 魔界からジェノヴァまでの距離すら知らないハイは、時間の合間を見ては船長に詰め寄っていた。
 その度に血相抱えて謝罪をする船長、大変気の毒である。『遅いから責任とって死ね』……という台詞は吐かないにしろ、相手は魔王なのだ。
 今も甲板では船長である中年の魔族が、懸命に謝罪しつつ宥めていた。

「申し訳有りません、ハイ様。これでも予定よりは進みが速いのです。えー、地図を見て下さい。現在この付近を航海中です。目的地はここです」
「遠いな」
「遠いですね」
「急いでくれ、あの子が移動してしまうのだ、なんとかしてくれ」
「どうにもなりませんよ」

 むっすりと膨れ返るハイ、苦笑いしつつ必死で説得を繰り返す船長。
 が、不意に思い立ったように船長は腕を組んで考え込んだ。ここで魔王のご機嫌を取れば昇格できるかもしれない、と多少の期待を籠めて。そろそろ定年退職したいので、退職金を多額支給して貰えることを願いつつ……戸惑いがちにハイに声をかける。

「ハイ様、上手く行くかは保障できませんが、試してみる価値はあるかもしれません」
「何が?」
「風系の魔法は、得意ですか?」
「あぁ、一通りは」
「……やってみましょうか」

 船長はハイを連れて船尾へと歩いて行く、海原を見つめながら神妙に頷いて、説明を始めた。

「速度を、上げてみましょうか。実際行った験しがありませんので、再度言いますが保障は出来ません。風の魔法衝撃で、この船体に力を加えて……」
「説明は良い、私はどうすれば良いのだ? 結論を言え、結論を」

 せっかちなハイに、苦笑いの船長。
 咳を一つ、語り始める。

「えーっとですね。こちらに向かって風の魔法をお願いします。次いで、帆が破れない程度に帆に向かっても風を。成功すれば速度が上がります」

 多分、と付け加える。

「よし、解った」

 船長の言葉が言い終わらないうちに、ハイは最大の風の魔法を発動した。船長の最後の言葉『多分』はかき消された。
 短時間での詠唱であったが、その辺りは魔王ハイである、威力もそこらの術者よりも格段に上であった。風が吹き荒れる、ハイの突き出した両手から巻き起こった疾風の波動によって、空気の流れが変わる。
 次いで帆へ向けて、一応軽めに唱えてみたハイ。
 帆が不自然な風に煽られたと思ったら、突如船体は大きく傾き、次の瞬間海の上を走るかの如く疾走し始めた。

「うわーっ!」

 船内に居た魔族達が壁に叩きつけられる、甲板に居た魔族達が悲鳴を上げて吹き飛ばされた。幸いにも海へと放り出される事はなかったようだが、大勢何かしらの痛手を負った。
 悲惨なのは船長である、是ほどまでとは予測していなかったが為に、ギリギリのところで手すりに捉まって居た。
 鯉幟の様に、ひらひらとはためく船長。
 悲鳴が出せない、船長の証である帽子を吹き飛ばされ、けれども命を繋ぎ止める為、両腕は手すりを離さない。離したら海に落ちた衝撃で死ぬか、生きていても船が戻らないので、行く行くは死、だ。

「船が……壊れるっ! っていうか、その前に、死ぬ!」

 ハイは自身だけ、空気抵抗を和らげる防御の魔法を身に纏っており、何食わぬ顔で海を眺めている。
 理不尽な速さで進む船体、甲板下では土人形がオールに巻き込まれ、腕がもげ、オールが粉砕され不気味な場と化す。
 叫び声と共に前進する船、この日、人間の船がこの様子を捉えたのだがとても船には見えなかったという。
 津波を起こし周囲の海域を襲う、非常に傍迷惑な船は進む。

「よーし、結構結構。これならば速く到着出来そうだな」

 豪快に笑うハイだが、船上では未だに悲鳴は消えていない。
 ハイは強い日差しを浴びながら、水しぶきで作られた虹をうっとりと見ていた。後方では魔族達の盛大な悲鳴が今も途切れることなく、聞こえている。
 逃げ切れなかった魚達が、時折甲板に打ち上げられていた。ピチピチ、と跳ねる音は徐々に増えている。
 この調子で、船は目的地へと向かう。魔王が勇者に会う為に。


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