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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第20回   一度目と二度目の出会い、真実は先に
 絶命したクーバーを見下ろし、トビィはアサギへと近寄っていく。未だ健やかな寝息を立てているアサギに、トビィは安堵の笑みを零した。
 例の香りの効果で眠っているらしいが、あの吸血鬼の言うことを全面的に信用してよいかが解らない。
 トビィはソファまでアサギを抱き上げて運ぶと、そっと寝かせる。額に手を当てる、特に高温ではない。脈拍を計ってみる、特に異常はない。
 小さく溜息を吐く、アサギの頬を優しく撫でると、徐に立ち上がった。
 剣についた血液を、シーツで拭い取ると鞘へと仕舞いこむ。自身に先程の吸血鬼の血がついていないかを確かめた、多少衣服には付着したようで、眉を顰める。「汚らわしい、あとで洗濯せねば」と口走り、トビィはソファのアサギのもとへと戻る。
 腰に下げていた水袋に、口を当てる。水を口に含むと、跪いてアサギの顔へと近づける。
 左腕で軽くアサギを抱き起こし、右腕で頬に触れながら唇を触れ合わせた。
 そこから舌を上手く使い、器用にアサギの口内へと水を移していく。慎重に、零れないように、丁寧に。アサギの体温を感じながら、ゆっくりと全ての水を注ぎ込んだ。
 移し切ると唇を躊躇いがちに離した、しかし、惜しくなったのか再び口づける。

「……もう、離しはしないから」

 小さく呟き、何度も口づけを交わす、トビィの腕の中で小さくアサギが身動ぎした。
 と、不意に部屋の照明である蝋燭の炎が一斉に燃え盛る。
 バチバチッと音を豪快にたて、その音に怪訝に振り返ったトビィの瞳には、まるで怒りを表すような炎が映った。
 何処からか酸素が多く入り込んだわけでもなく、ただ、突如蝋燭の炎が盛んに燃え上がっている。
 気にせずに口づけを続けようとしたのだが、音は大きくなるばかりだった。影が部屋に揺らめく、怒り狂った蝋燭の炎が今にも襲い掛かる勢いだ。

「ちっ」

 視界にチラチラと入ってくる炎と影に舌打ちし、多少苛立ちながら奇妙な邪魔に嫌々身体を起こし、アサギの肩を揺さぶった。

「アサギ、アサギ」

 揺すられ、頬に触れられ、アサギは小さく呻くと眉を顰めた。瞳を擦りながら、重たそうに瞼を開く。瞬きを何度も繰り返し、気怠そうに欠伸をする。

「ふにゃー」

 どうやら寝ぼけているらしい、そんな様子のアサギを微笑ましく見ていたトビィだが、正面から抱き締めた。
 あったかいなー、と暫しそのまま身動ぎしないアサギであったが。
 上を向いて、言葉を失う。

 ……誰だろう、この人。

 唖然と見つめているアサギを不思議そうに見つめ、トビィは満面の笑みを零し、髪を撫でる。

「目は、覚めた?」

 目が覚めたら、イケメンに抱き締められていた……という少女漫画か乙女ゲームにでも有りそうな展開に、目を覚まさずにはいられない。瞬きを繰り返し、小首傾げて、考える。
 気がついたらユキ達五人で妙な部屋に居た、突然現れた吸血鬼に攫われた。……と思ったらミノルが似合わない格好で立っていた。そして今現在、この状況。
 さっぱり意味が解らない、整理したら余計意味不明だった。あの吸血鬼がいない、目の前のこのイケメンは、雰囲気からして吸血鬼ではないだろう。
 というよりも、絶対の自信を持って言えた「このイケメンは味方だ」と。このイケメンが吸血鬼から助けてくれたのだろうか、十中百九そうだろうと、確信した。
 腕の中、アサギはトビィを見上げて戸惑いがちに微笑む。不思議と、懐かしい感覚に陥るのは何故だろう。以前から知っている暖かさ、心地良さ、そして懐かしさを感じてしまうのは何故だろう。
 トビィは真っ直ぐに、アサギを見つめている。徐々にトビィの顔が近くなってきているのは、気のせいだろうか?
 まるで、恋人が目覚めのキスをするように、今にも唇が触れてしまいそうな距離だった。先程まで口付けを交わしていたのだが、アサギはそんな事知らない。知らない内にアサギのファーストキスは奪われていたのだが、本人は気の毒な事に全く知らない。……”知らなかった”のだ。 
 アサギは思わず顔を赤らめた、軽い混乱に目眩がし、胸が跳ね上がる。
 吸い込まれそうな瞳に見つめられることに、不快感はなく、不思議と安堵の溜息を漏らしたくなる。けれども、やっぱり恥ずかしい。

「あ、の」
「ん?」

 アサギはようやく口を開いた、なるべく顔を離しつつ、誤って触れ合ってしまわないように。

「あなたが、助けてくれたの?」

 これがクレオの勇者アサギと、ドラゴンナイト・トビィの出会い。
 幾度も転生を繰り返し、片時も絆が離れなかった二人の、”何度目か”の、出会い。
 ”アサギ”にとっては、一度目の。”トビィ”にとっては、二度目の、出会い。
 悠久なる水は、か弱き芽を見つけた、護り抜く事を誓った。必ず二人は巡り逢う、引き寄せられて巡り逢う、互いの願いを叶える為に、必要不可欠な存在。
 互いに見つめ合いながら、二人は暫し沈黙の時を過ごした。長年引き裂かれていた恋人の様に、いや、むしろ肉親の様に。
 トビィがそっと、アサギの髪に口づけをする。愛しそうに、恭しく、視線はアサギの瞳を捕らえたまま外す事無く。

 キィィ、カトン……。

 何処かで歯車が回る音が聞こえる、二人の耳に、届く。
 ガシャン!

 室内で妙な音がした、驚いて身体を竦めるアサギと怪訝に音の原因を探すトビィ。蝋燭だ、蝋燭の一つが何故か部屋に落下した。
 火が絨毯に燃え移っている、小さく叫んだアサギを見てトビィは名残惜しそうに腕からアサギを解放すると、火を消すために歩いた。
 忌々しそうに靴で火を揉み消す、良い雰囲気だったのに、と舌を鳴らした。途端、後方で気配を感じる。妙な音に視線を移すと、トビィの近くの蝋燭が業火となって燃え盛っていた。
 眉を潜めるトビィ、先程からこの蝋燭たちは何なのか。まるで邪魔をするように、意思があるように動いている気がした。
 トビィは踵を返すと一直線にアサギの元へと歩いた、跪いて優しく頭を撫でながら、先程の問いに答える。

「そうだよ、オレがあいつを倒した」

 耳に心地よい、高くも低くもない澄んだ声、自然と落ち着く。思わず聞き惚れてしまう、囁くように言われて、アサギは思わず一言。

「す、凄く綺麗な声ですね」
「そうか?」
「そ、それから、とても素敵だと思いますっ。芸能人でも類を見ない位の美形さんですっ」
「よく分からないが、それはよかった」

 芸能人、の意味がトビィには理解出来なかったのだが、自分を誉めているであろうことは理解できたので、瞳を細めて微笑む。

「それからそれから、とても……優しい方です」

 溢れるように口から飛び出る言葉、アサギは穏やかに微笑むと俯いた。
 優しい人だと直感した、気遣い方が、触れる指が、見せる笑顔が、とても優しくて自分を大事にしてくれていると思えた。

「それは、アサギ限定だが」
「え?」

 トビィの呟きにアサギは思わず声を上げる、限定、と聞こえたが気のせいだろうか? きょとんとしているアサギの前髪を優しくかき上げると、露になった額にそっと口づける。

「っー!?」
「いきなりそこまで誉められるのも、悪くはないかな。お褒めの言葉、光栄だ」

 思わず額を掌で覆い隠す、ようやく引きかけていた顔の赤らみが、逆戻りする。

「え、あの、その、ええとー」
「ん?」

 慌てふためくアサギの反応を楽しむかのように、トビィは業とらしく更に顔を近づけた。逃げようとするアサギの腰を優しく引き寄せ、視線の高さを合わせて笑う。

「それはそうと、アサギ。身体は大丈夫か? 気分は?」

 不意に真顔になるトビィに、ぎこちなくだが返答する。

「え、えと。だ、大丈夫、です。へっきです、あんまり記憶がないのですが」
「なら良い。とりあえずここを出たほうが良いな。で、何故こんな場所に」
「旅の途中です、ジェノヴァへ行く予定でした」
「旅? 一人で?」

 小さく「旅をしていたのか……通りでなかなか出会えないはずだ」と呟くトビィに、アサギは不思議そうに首を傾げる。

「いえ、仲間がたくさんいます。はぐれてしまったので、捜したいのです」

 軽く瞳を開くトビィは、怪訝に眉を寄せる。折角出会えたので、どうせならば二人で旅をしたいと思った。

 ……旅の目的は追々聞き出せばよいから。面倒だ、このまま二人で何処かへ行こう。

 トビィの結論は『このまま逃亡』。捜す振りして、捜さない、二人きりで居たいんだ……という身勝手極まりない本音である。

「とりあえず、仲間を捜しに行こうか。ジェノヴァで待っているかもしれないし、な」

 喜んで笑顔でお礼を言うアサギに、トビィは微笑んだ。心底喜ぶアサギには申し訳ないのだが、トビィの言葉は嘘八百である。
 軽々とアサギの身体を持ち上げ、慌てふためくアサギをお姫様抱っこすると余裕たっぷりに微笑む。

「体調が戻っていないかもしれないから、念の為」

 有無を言わせないように微笑むと、何も反論できずアサギは大人しく頷いた。
 扉を開き、歩き出す。
 軽すぎて実感がないが、トビィの身体にアサギの体温が伝わる事で、共に居るという安心感が得られた。ふわり、と懐かしい香りが鼻先をくすぐる。
甘く爽やかで柔らかな、香り。ずっと、傍にあった香り。
 トビィは、一月前からアサギを捜していた。本来ならば、はぐれてしまったドラゴン三体を捜さねばならなかったのだが、それよりもアサギを優先した。
 ただ、アサギの言葉を信じて。

『いつか、一緒に居られる日が来ます。その時まで暫しお別れなのです。また、会いましょう』

 そう言ったアサギの安心した、切なそうな笑みを忘れる事無く、捜し続けた。言葉は現実になった、こうしてアサギと出会えたのだから。
 トビィはアサギに恋をしていた、出会ったあの日から。
 何故恋をしたって? そんなの知らない、自分が求めるものがアサギだと痛感した、それだけ。命をかけて護りたいと思う存在だと瞬時に感じたのは、何故だろう。守護する事が自分の役目、産まれてきた意味、愛し抜く事が自分の存在価値であり使命。
 一目惚れだろうか、いや、そうではなく。以前から、生まれる前から。おそらく前世も自分は彼女を護っていた、そして愛していた。
 こうして再開し、確信した。

 ……やっと、見つけた。ようやく、出会えた。何度も名前を呼びたい。狂おしいほど愛しくて、一晩中抱き締めて居たい。笑顔をずっと、見ていたい。

 そっと、切なく瞳を閉じ、アサギの髪に口付ける。アサギも不思議と嫌悪感なく、大人しくトビィの腕の中にいた。
 甘い空気が漂う中、先程侵入してきたドアを開く。
 洞窟を歩いていたら不快な感覚に気がつき、その場所をトビィは力任せに押したのだ。突如扉が現れたので、一瞬困惑したが、退屈凌ぎに手を伸ばし突き進んだ。そこに、アサギがいたのだ。
 クーバーが仕掛けた洞窟からの普通ならば見破られない出入り口のドアを、偶然にもトビィは発見したのである。拙いとはいえ、通常の人間が通過しただけでは気づかない魔力で隠されていたはずなのに、そんなこととは露知らず、トビィは造作もなく解除していた。
 洞窟へと足を踏み出したトビィの耳に、何やら人の声が聞こえてきた。

「アサギー!」
「アサギちゃーんっ!」

 嫌な予感が、した。思いっきり顔を顰める。
 が、足を止めても仕方がないのでトビィは突き進んだ。隠されていた扉が姿を見せる、洞窟に戻ってきたのだ。

「あ」
「……ちっ」

 トビィは舌打ちした、物凄く忌々しそうに洞窟内部を睨み付ける。正確には、見知らぬ人間達にあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
 偶然、仲間達がつっ立っていた。トビィの逃亡計画はいきなり台無しになったわけだ。機嫌が悪くなって当然である。
 アサギをお姫様抱っこして現れた美形の男に、一同は釘付けになった。
 不機嫌な様子の男は同姓から見ても美形だった、足もすらりと長く、長身でバランスが良い。敵に回したら厄介以外の何者でもない男である。美少女のアサギと寄り添う姿は、非常に絵になっているわけだが、不審人物である事に違いはない。
 思わず身構える一同、敵だと判断した。いや、敵としたかった。
 勝てないと悟ったので。
 その緊迫した様子に、慌ててアサギが止めに入る。

「こ、この方に助けて貰ったの! 凄く強いのです! そして優しいのです」

 殺気立ち、鬼のような形相で睨んでいる男だが、アサギを助けてくれたのなら、まぁ……と、渋々了解する一同。しかし、どうしても優しそうには見えない。そこだけはツッコミを入れたかった。
 わざとらしく咳をし、アーサーは近寄ると、宣戦布告でもするかのようにトビィに微笑んだ。瞳は全く笑っていない、引きつって口角を上げただけだ。

「アサギを助けて頂いた様で、有難う御座います。それはともかく、何故彼女を抱き締めているのでしょう?」
「敵の妙な香りにやられていた、今離すと危ない」
「では、私が代わりましょう」
「断る」

 周囲に発生した冷気、二人の間に亀裂が生じ、背筋が凍るかつてない冷戦が巻き起こる。幻覚だが、二人の背後で火花が散っていた。反射的に二人共「コイツ、絶対合わない」と痛感する。
 後方で、出るに出られなかった一同が成り行きを見守った。

「つーか、あのロリコン賢者もアサギに触りたいだけじゃん。ボクもだけど」
「だなっ、俺もだ」

 面白くなさそうに吐き捨てたアリナと、同意するサマルト。参戦すべく歩き出す、余計複雑になりそうな気配だった。


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