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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第161回   絡まった糸は何時解く
 不安そうにアサギが下から見つめている、顔を緩めたトビィはそっと髪を撫でる。「無事でよかった」微笑むトビィに、アサギも胸を撫で下ろす。
 ホーチミンが、その様子を食い入る様に見ていた。

「なんだ、ホーチミン。羨ましいのか? 絵になる二人だよなー、いいなー」
「違うわよ……あの小説の、例の二人にそっくりだって言いたいのよ」

 数日前に手にした不可解な小説が、ホーチミンの脳裏に甦った。あの夫婦そのものではないか、情景が重なる。額を押さえ歯軋りしたホーチミンは、軽く頭痛がしたので瞳を閉じた。
 その様子を不安そうに見つめるサイゴンだが、後方で妙な殺気を感じ振り返る。
 ハイだ、ハイが嫉妬丸出しでトビィを睨みつけていた。
 突然やってきて親しげにアサギに触れ、笑みを独占しているのだから嫉妬の一つや二つおかしくない。
 肩を竦め「気持ちは解らないでもないですけどね」とサイゴンは苦笑する。

「ハイ様、トビィとアサギ様は兄と妹だとか。仕方がないですよ」
「ん? 兄なのか?」

 フォローしたつもりだったが、ハイは訊き終えると血走った目でトビィに突進したのである。
 止める間もなく、二人の間に割って入った。そして真顔でこう告げる。

「お兄様、どうか妹さんをお嫁にくださ」
「断る、邪魔だ、退け」

 言い終わらぬ内にトビィは右脚でハイを蹴りつけると、無表情でそう吐き捨てた。唖然としているアサギを軽々と持ち上げて、地面に突っ伏したハイには目もくれず、アレクに向き直る。
 物理的に魔王は全く敵わなかった、地面に突っ伏しているハイは相当痛かったらしく、低く呻いている。ハイに悲痛そうな視線を投げかけたサイゴンだが、自業自得だと思った。
 トビィは無視してアレクと会話している。

「詳細が聴きたい、オレは今すぐでも構わないが」
「そうだな……ただ皆が浮き足立っている、出来れば静かな場所で語りたい」
「当然。そちらが日時を決めてくれ、従おう。それまで適当に寛がせてもらう」
「あぁ、君の好きにするが良いだろう。早急に連絡出来る様心掛ける、なるべく近場にいて欲しい」
「アサギの部屋があるんだろ? そこにいる」
「それなら問題はないな」

 一応会話を聞いていたらしく「いや、良くないだろ!」と、ハイが叫びながら突進してきたが、再びトビィの鋭い蹴りによって地面に沈んだ。
 アレクはハイを一瞥し、そのまま無言で歩き出す。様子を窺っていたスリザとアイセルに、去り際密かに囁いた。

「私はミラボーとリュウの元へ行く。アイセル、同伴してくれ。スリザはホーチミンと行動してくれないだろうか、あとサイゴンを呼んで欲しい」
「……畏まりました、お言葉通りに」

 スリザがアイセルに『任せた』と視線を送ると、神妙に頷き合う。
 アサギから聞いた通りにトビィが移動しようとしていた時、合流したホーチミンとスリザが駆け寄ってくる。離れていくアレクとアイセル、サイゴンを小さく振り返ってから、笑顔でトビィに話しかけた。

「お疲れかしら、トビィちゃん。ご飯でも一緒にどう?」
「アサギは?」

 直様トビィは抱えているアサギに尋ねた、首を横に振っている。
 先程甘いものを口にしたので、そこまで空腹ではない。寧ろ剣の修行がしたかったアサギは、遠慮がちに口を開いた。

「えと、まだお腹は空いていませんが、トビィお兄様が疲れているのなら……あ、何か飲み物でも」
「そうだな、何か飲みたいかもな。というわけだ、ホーチミン」
「決まりね、行きましょうか」

 歩き出した四人の後を、這いずってハイが必死に追う。思った以上にトビィのニ撃が効いていた、立ち上がりたくとも吐き気がして断念した。それもそのはず、トビィは殺意を篭めて蹴りを繰り出している。普通の人間ならば、今頃生死の境を彷徨っているだろう。

 トビィを追って、数人の女達も移動し、残っていた者もまばらに散っていった。そこに残されたのは、眠っているクレシダだけ。
 静寂に包まれ、闇が訪れる中で影が近寄る。

「立派な竜だな、だが彼は……」
「我ら同胞ではないようですね、元々惑星クレオに居た種族なのでしょう」
「彼も、あの人間に使役されているのか? 哀れだな」

 近くにリュウとエレンが立っていた、眠っているクレシダの周囲を歩きながらその巨体に感嘆の溜息を吐く。そっとリュウはクレシダの皮膚に触れた、硬い外皮は美しい緑である。哀れみの瞳を投げかけ、悔しそうに唇を噛む。

「……どちらさまですか」

 眠っているはずのクレシダが、急に声をかけてきた。瞳は開いていないが、確かに喋りかけてきた。エレンが驚いて後ずさったが、リュウは戸惑うことなく話しかける。

「私はリュウ。君に尋ねたい事があるが、良いだろうか」
「はぁ珍しい事で、どうぞ。ただ、私は上手く受け答えが出来るか解りませんゆえ、難しいことは主に訊いて頂きたく」
「いや、君が良い。……何故、人間と共に行動を? 何か弱みを握られているのか?」

 リュウの問いに、ようやくクレシダは瞳を開いた。大きな瞳を動かし、リュウの姿を捕らえる。鼻を鳴らした、匂いで嗅ぎ取ったのだろうか、似た種族である事を。
 何度か瞬きをしてから、鼻を鳴らすのを止める。 
 
「共に行動をしているのは、興味が湧いたゆえ。弱みなど握られておりませぬ」
「興味? 人間に?」

 訝しげな声を出すリュウに、クレシダは静かに頷くと再び瞳を閉じた。
 意外な返答に困惑し、思案しているリュウを心配そうにエレンが見つめる。

「楽しいのか? 辛くはないのか? 人間に乗られ、あのように戦闘を無理強いされて悔しくはないのか?」

 ゆっくりと、クレシダの瞳が再び開く。無感情の光を放つ瞳に、リュウの姿が映った。リュウですら、感情が読み取れない。

「楽しいのかは、解りませんが。辛くはないかと訊かれると、確かに好きな時に眠れないのは辛いです。ただ人間に乗られるというよりも、主が乗っているので別に悔しくはなく。……そういった質問は、私ではなくデズデモーナのほうが宜しいかと思われますゆえ。そのうち戻るでしょうから、そっちに訊いて下さい。黒竜です、滅多にいないので、見かけたら彼かと」
「解った、すまなかったな」

 再び瞳が閉じた、「変わった竜ですね」とエレンは苦笑したが、リュウは不思議そうにクレシダを見つめている。苦には思っていない、人間との生活。主である人間と、親密な関係を持っているようだ。
 以前の自分とサンテを重ねるが、合わない。友達と主従関係は違う。
 遠ざかりながら、エレンがクレシダを振り返る。

「流されやすい性格なのでしょうか、なんだか全てを諦めているように思えますわね」
「……違うよ、エレン。彼は……違う。疑問に思ってないんだ、人間の傍に何故自分がいるかを。それが当然であると、受け入れている。人間の傍にいる自分を不思議だとも、悲壮だとも思っていない」
「そういう生き方なのでしょうか? 古来からの?」
「違う。そうじゃ、ない。恐らく、そうではなくて……」

 口を噤んだリュウに、エレンは何も言えなくなった。
 あの竜は、絶対的に人間を信頼している。人間というか、ドラゴンナイトである”トビィ”を。それこそ、親兄弟のような絆で結ばれているような。
 リュウは疲労した顔で足取り重く、自室へと戻った。

「あんな関係が、存在しただなんて」

 種族など、関係ない。ただ、個々が繋がっただけだ。姿形など、建前であるだけで。「……なんて、羨ましい」リュウはベッドに転がると、大きく肩で息をして眠る。「あぁ、サンテ。私が君を信頼していたら、君は生きていただろうか」

 いつもの様に魔界の食堂で会話を始めたホーチミン達、すっかりお馴染みの光景になっている。
 しかし今日はいつもと違い多少どころか、相当外野が煩い。トビィを追って、女達が着いてきてしまったのだ。周囲をグルリと女達に囲まれて、ホーチミンはげんなりと肩を落とす。
 トビィは全く気にしていない様子で、隣のアサギと談話しながら紅茶を啜っていた。全くもって、何をしてもさまになる男だ。
 それを瞳に入れるとホーチミンも思わずテーブルに突っ伏し、溜息を吐く。まだ若い人間な筈だが、どうにもそれだけでは言い表す事が出来ない。
 ホーチミンの隣では、ガツガツと食い散らかしているスリザがいる。雲泥の差である。自分用に購入したものを先程アイセルに一つ渡したので、腹が減っているのだろう。本気で食に走り始めた。若鶏の赤ワイン煮込みと、山の様に積み上げられたパン、オレンジソースのサラダと、キャベツのサワースープをずらりと並べている。
 ジト目で見ていたホーチミンに何気なくスリザは、パンを差し出した。物欲しそうに見ていた様に映ったらしい、引き攣った顔でホーチミンは丁重に断る。
 スリザは無視して、咳をするとトビィに向き直った。

「トビィちゃん、お帰りなさい。で、今まで何やってたの?」
「アサギが変態魔王に連れ去られてから、こちらへ向かっていた。それだけだが」
 
 アサギの髪に指を通し、愛おしそうに触れているトビィ。アサギは結局、キウイとバナナのフレッシュジュースを飲んでいた、焼き菓子付きだ。髪に触れられても違和感がないようで、アサギは身動ぎすらしていない。
 それが普通の様だった。

「でしょうね……っていうか、アサギちゃんとは何処で知り合ったのよ?」
「つい最近と言えば最近だな、そういえば」
「そうですね、最近です」
「最近なのに、そんなに親密な仲なのね」

 呆れたホーチミンは項垂れる、色々思案したいがまとまらない。
 アサギの髪を撫でるたびに、頬に指が触れるたびに、周囲から黄色い声が飛ぶので気が気ではない。喧しい、煩い、非常に苛々する。
 未だに全力で食べているスリザは無視し、青筋を浮かべながら周囲を睨み付ける。その視線に怯えた女達が一瞬静かになる、数分経てばまた騒がしくなったが先程よりマシだ。トビィに向き直ったホーチミンは、多少声色を変えた。

「ねぇ、トビィちゃんって兄弟いる? 髪と瞳が同じ色の」

 訊きたかった事だ。あの不可解な小説では、トビィには双子の兄がいた。念の為、訊いておきたかった。いなければ、それでいい。ただの杞憂かもしれない、それだけで安堵出来た。
 トビィは顔色一つ変えず、紅茶のカップを片手に、片手はアサギに触れたままで返答した。

「さぁ、どうだろう」

 曖昧な答えが戻ってきたので、不服そうにホーチミンが身を乗り出す。

「どういうこと? はぐらかすような質問じゃないでしょ?」

 アサギも、トビィを見上げた。不機嫌そうにホーチミンを見やるトビィは、何故そこに食いつかれたのか解らない。

「と、言われてもな。オレ、捨て子だったから。もしかしたら双子だったかもしれないし、三つ子だったかもしれないし。兄弟がいたかと訊かれても」
「トビィお兄様、捨て子だったのですか?」

 驚いたアサギに、トビィは軽く頷いた。複雑そうな表情で、アサギが俯く。聴いてはいけない事を聴いてしまったようで、申し訳がなかった。だが、トビィは全く気にしていない。
 頭を軽く撫でると、髪に口づける。「気にしなくて良い、今が楽しければそれで良いし、後悔した人生ではないしな」軽く笑った。本心である。
 だが、ホーチミンは身体中から汗が吹き出ることを止められずにいた。確実ではない、だが確信に近い予感が襲う。
 捨て子のトビィに、双子が居てもおかしくはない。それこそ”幼い頃に生き別れた”としか思えなくなってきた。それも、同じ髪と瞳の色を持つ兄だ。
 顔面蒼白になったホーチミンは、震える手で傍らの紅茶を啜った。紅茶が波打つ、現実を歪める。
 ますますあの小説が無視できなくなった。トビィが笑いながら『兄弟はいない』と言ってくれることを、何処かで期待していたのに。
 様子がおかしいホーチミンにアサギは不安そうに首を傾げたが、トビィは気にしていなかった。本当に知らないのだから。
 
 ミラボーの部屋をアイセル、サイゴンと共に訪れたアレクは、丁寧にノックする。傍らでサイゴン達は、武器に手をかけて待機した。室内に入るのは、アレクのみだ。だが、万が一何かあれば直様入り込める体勢を取る。
 来訪者に驚いたミラボーだが、笑顔で出迎える。ドアが閉まり、緊張感が漂う。 

「なんとも珍しい事よ、アレク殿が出向くとは。何かあったのかね」
「大した事ではない。単刀直入に言うと、一時ミラボーの惑星へと戻って戴きたいのだ」

 ミラボーは不思議そうに首を傾げた、重そうな頭部が軋むくらいに。

「何か?」
「情けない事だが、城内に不審人物が侵入している可能性がある。その者を炙り出すまでは、客人に居てもらっては困る。それだけだ」
「ほう? 魔王を狙う不届き者なのか?」

 瞳を細め話に乗ってきたミラボーに、淡々とアレクは語った。
 互いに、感情を読み取らせない。大袈裟に何もかも驚くミラボーと、無表情で抑圧のない声で語り続けるアレク。
 
「……ふむ、あい解った。早急に戻るとしようかの」
「すまないな、感謝する」

 深く腰を折り頭を下げたアレクに、ミラボーは気さくに笑った。気にするな、とばかりに。ドアまで見送り、互いに顔を見合わせ軽く頷き合う。
 ミラボーは、忌々しそうに扉から離れていったアレクの姿を見つめていた。何段にも重なった顎を撫でながら、頭部についている触角を左右に動かす。

「いけ好かない奴よのぉ。証拠がないから強気に出てこぬが、確実に疑っておるな。……安心するが良い、望み通り直に帰る。事が終われば、のぉ?」

 ミラボーはドアを閉めるとその場で足を踏み鳴らしていたが、すぐに室内を歩き回った。

「にしても忌々しいのぉ、愛用の水晶球が二個も割れてしまったわぃ。片方は罅が入っただけじゃし、なんとか……。全く、貴重品じゃというのに」

 片方は、介して見ていたトーマに破壊された。もう片方は、介して見ていたアサギの魔法の影響を受け、罅が入った。
 
「んむ?」

 ふと真っ二つに綺麗に割れている水晶と、罅が入った水晶を見比べる。水晶自体は何の問題もない、そうではなく着眼点は別のところにある。

「あの二人……小僧と勇者が似ている気がするのぉ」

 瞳を細め、二人を思い出した。特に瞳が似ている気がする、自分の水晶を”介して割った”特異な二人に接点を見出したかっただけかもしれないが。
 しかしミラボーは自身の直感に自信があった、気になるということはそこに何かしら潜んでいる。
 何かは解らなくとも、自身が有利に成り得る情報が隠されているようで。もしくは、不幸から逃れる術が見つかるようで。

「そろそろエーアを呼び戻そうかの……アレクにも急かされたことであるし」

 ミラボーは身体を揺すりながら、罅入った水晶を覗き込んだ。映るのは黒髪の美女、人間のエーア。
 全裸で男と抱き合っていた、相手はハイの片腕であった悪魔のテンザである。
 満足そうにミラボーは笑った、破顔すると最早顔のパーツが何処にあるのか解らない。

「流石エーア、心を掌握しているようじゃの。優秀な部下を持てて、実に幸せ者である」

 水晶に手を翳すと、エーアが小さく仰け反るように空を仰いだ。

「戻れ、エーア。そなたが必要だ、以後の指示は戻ってから出す」

 頷いたのか絶頂を迎えたのか良く解らないが、エーアの身体は大きく仰け反り、そしてテンザの胸に崩れ落ちる。
 時は来た、忠実な人間の僕が元魔王ハイの片腕を手に入れた。予定の駒は揃っている。
 スリザの呪縛が解けてしまった事だけが不愉快だった、まさかあの小さな勇者にそこまでの力が秘められていたとは思わなかった。想定外だ。
 飲ませた薬液が体内に残っていればまだ操る事は可能だったのだが、何度呼びかけてもスリザは無反応である。完全にミラボーの手から離れてしまったようだ。
 惜しい駒を失くしたと落胆するが、仕方がない。
 あの薬液は飲ませた者全員の意志を奪えるものではない、そんな代物があればとうの昔に使っている。『自分に劣等感を抱いており、かつ対象としたい人物を羨望している人物にのみ』しか発動しないのだ。
 アサギに嫉妬にも近い羨望を抱き、自分を恥じて殻に籠もろうとしていたスリザは、まさにそのもの。
 
「他に……あの娘にそういった劣等感を持ち合わせている人物はいるかのぉ?」

 ミラボーは低く唸る。再びスリザに薬液を仕込んでも良いのだが、流石に警戒しているだろう。特に、周りをうろついているアイセルが目障りだった。
 エーアはテンザに薬草を仕入れてくると言い残し、魔界へと戻った。ミラボーから『黒髪で瞳が深紅である人間の女』が指名手配されていると聞かされたので、髪に泥を塗り白くしてからフードを被り、エーアはやって来た。
 瞳の色までは隠せないが、肌にも黒粉を塗った。
 無論、アレクの城には安易に入れない。かといって、ミラボーが外へ出向くわけにもいかない。どちらにしても目立ちすぎる。
 けれど、城付近までやってきたエーアはそれだけでよかった。近づけば近づくほど、ミラボーの声が鮮明に聞き取れるのだ。下された指令は、テンザと共にロシファの抹殺に向かうこと。岐路に余裕が在れば他の勇者達を襲撃し、根絶やしにしろと。
 直様エーアは踵を返し小船に乗り込むと、テンザがまだ治療に要している小島へと向かう。
 さぁ、あの混血のエルフの姫君をどうするか。
 エーアは気難しい表情を浮かべる、ミラボーの指令は絶対だ、何が何でも遂行せねばならない。島の結界は相当なもので、テンザは十中八九入ることが出来ないだろう。姫君と一対一で対峙するには、多少の覚悟と犠牲が必要だ。テンザが居れば造作もないことなので、どうやって結界を破るかが鍵になる。
 勇者は別に危惧することもない、ただの戯れにでも殺せそうだと思った。
 エーアは思案した、エルフの姫君・魔王アレクの恋人を殺害する方法を思案した。
 こちらの戦力を減らさないようにして、最も簡単に殺害する方法を……思いついてしまった。
 薄く、微笑む。その冷笑は、彫像の様に美しくも冷酷だ。
 ロシファはミラボーが食わねばならない、その場で消し去っては失敗になる。エルフの遺体とて時間が経てば腐敗するだろう、殺害してからも問題だ。
 エーアは孤島で帰りを待っていたテンザの足元に跪き、やがて耳元で囁いた。
「殺したい女が一人いるのです」と。「そこへ行きたいのです」と。
 伏目で懇願され、テンザは一つ返事で頷いた。気に入りの人間に殺したい女がいるのならば喜んで叶える、それこそ悪魔の領分だ。
 テンザの完治を待って、二人は飛び立つ。悪魔テンザに抱えられ、エーアは艶やかに微笑んだ。

「どんな女なんだ?」
「世界平和を望む、甘ったるい思考の女ですわ」


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