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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第157回   双剣を構えし魔族の頂点に立つ剣士
 降ってきたスリザは、愛用の剣を両手に携えている。代々伝わる二本の剣は五十センチ程度の剣と、一メートル程度の剣である。短い剣がカストール、長い剣にはポルックスという名がついている。
 楯を所持しないスリザは、この双剣を巧みに操り攻防を繰り返す。しかし、そのようなこと、この場にいる誰一人として知らない。ただ、本気で構えていることだけは誰しもが察した。

「……エレ様、向こうにハイ様がいます。呼んできていただけませんか」

 アサギが喉を鳴らしながら、小声で話しかけた。エレンは一瞬アサギを見つめ、それから困惑気味にリングルスに視線を送る。もう二度と人間の言う事になど、耳を貸さない……そう生きてきた。だがどうしてもアサギの声には耳を傾けてしまう、それがアサギだからなのかエレンには判別できなかった。
 目の前のスリザが魔王アレクの腹心であることなど、誰しも承知だ。何故剥き出しの敵意を向けられているのかはともかくとして、真っ向にやりあう気などさらさらない。
 アサギを置いて、三人で逃亡すれば良かった。それが最善だ、面倒な事には首を突っ込みたくない。リュウから『アサギを護れ』という命令など出ていない、アサギの言葉は、聞かなかったことにすれば良い。

「スリザ様の様子が変です!」

 アサギの語尾が悲鳴に近くなった、スリザが剣を一振り放ったのだ。

「は、速」

 交差した二本の剣から、青白い光が放たれた。思わずリングルスがアサギを突き飛ばす、ケルトーンが狼狽しているエレンに渇を飛ばした。

「行け、エレン! お前が一番身軽だ、急げっ」
「わ、分かった」

 直様エレンは身を翻し飛び立った、背後でリングルスの絶叫が聴こえたが、振り返らなかった。

「リグ様!?」

 アサギの悲鳴にケルトーンは舌打ちすると、地面を蹴って突進して来るスリザに向かう。背筋を大量の汗が伝う、対峙してスリザの能力が判明した。誰しも、勝てない程の絶対的な能力者だと直感した。
 下手したら、リュウすらも凌駕してしまうのではないかとさえ、思えた。無表情のスリザが、また威圧感を与えてくる。ケルトーンは渾身の一撃で羽をばたつかせ風を起こす、風圧で少しでもスリザの速度を落とそうとしたのだ。身体を海老反りにし、咆哮すれば両の手から爪が伸びる。
 細身剣にも似たその十の爪を胸の前で構えながら、死にもの狂いで風を起こした。
 若干、スリザの速度が落ちた。だが確実に進んでくる、そのようなこと承知の上だった。今は少しでも時間を稼ぐしかない、援護を待つしかないと悟っていた。

「は、速い……魔王アレクの腹心が、これ程までと、は」
「リグ様、しっかり! 今治癒の魔法をかけますから」
「アサギ様は、お逃げくだ、さい。食い止めますので、お逃げ、下さい」

 青褪めて震えるアサギに、辛うじてリングルスは微笑む。懐かしい想いが胸の底から上がってくる、昔村を侵略してきた他部族の人間から自分を敬っていた人間達を救う為に、矢面に立った時を思い出した。
 あの時も深手を負い、村中の人間が自分の為に涙を流してくれた。

「人を、護る。……懐かしい想いです」

 情けなく、それでも微かに満足そうにリングルスは呟く。皇子であるリュウを護っている想いとは、また別の熱き想いだった。か弱き人間を護りたいと、自分を慕い、敬い、愛してくれる人間達の役に立ちたいと。
 忘れていた、記憶だった。
 スリザの振り下ろした剣は、凄まじい速度で全てを切り裂く刃となった。リングルスの左手は、二の腕からばっさりと斬り落とされたのだ。血液が噴き出している。
 治癒の魔法を扱えるようになったとはいえ、腕一本無くなった状態を治すほどの力量などアサギにはない。
 いや、知らない。

「……神官であったハイ様ならば、なんとか出来るはずです。それまで、辛抱してください」

 アサギはリングルスの斬り落とされた温かい腕を丁重に抱き抱えると、切断面に合わせる。腰に巻いていた布を取り、なんとか合わせられないか震える手で泣きながら縛ろうとした。
 だが、上手く行かない。

「あ、あぁ、あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「良いから、早くお逃げなさい、アサギさ、ま」

 激痛で意識が遠退くリングルス、耐え忍んだが限界が来た。ケルトーンの防御が長くもたないことなど、分かりきっている。薄れ逝く景色の中で、スリザが今にもケルトーンに剣を振り下ろそうとしている姿が見えた。

「絶対に動かないで下さいね! すぐ、戻ります」

 アサギは強引にリングルスを地面に横たえ、再び切断面を合わせた。極力離れないように、近くにあった石で腕を固定する。
 武器を持ち合わせていないアサギだが、それでもケルトーンへと駆け出していた。

「ケト様、後方に飛んでくださいっ」

 目の前で自慢の爪が斬り落とされる、ケルトーンはスリザの繰り出した剣を支えようとし、爪で防御した。だが爪は全て、無残に折れた。
 瞬間聴こえたアサギの声に、夢中で言う通り宙を蹴り、身を翻しながら跳躍したケルトーンは、真下でアサギが魔法を放つ姿を見た。

「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよ」

 アサギは憶えていた、以前この光の魔法を魔界で使用した時”ハイ及び魔族”には有効で”リュウ”には効果が無かった事を。ケルトーン達も、リュウと同じ様に効果がないと判断した。一方スリザは魔族である、殺傷能力はないにしても一時的に動きを鈍らせる事は可能な筈だと。
 思惑通り、真っ向から光を浴びたスリザは地面に倒れこんでいた。
 肩を大きく揺らしながら、再び詠唱に入るアサギ。この魔法が最も安全で効果的だと判断した、起き上がったら再び放つつもりで、両手を真正面に向ける。

「アサギ様……」

 呆然とアサギを見つめるケルトーンは、今はこの小さな少女に任せるしかないのだと判断し、リングルスへと駆け寄る。
 出血が止まらないリングルスだが、攻撃することしか脳がなかったケルトーンは何も出来ない。唯一出来ることは、気が遠くならないようにと必死に声をかける事だった。

「しっかりしろ、リングルス! エレンがきっと直ぐ戻る、アサギ様とて懸命に戦っている……我らを、護ろうと」
「……死なない、御優しく弱きリュウ様を置いてなど、死の世界に行ける訳が無い」

 皮肉めいて笑ったリングルスは、渾身の力と集中力で自分の斬り落とされた腕を支える。

「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよ!」

 再びアサギの詠唱が聴こえる、そして莫大な光が周囲に溢れる。リングルスとケルトーンとて眩しいのは確かだ、だがケルトーンには見えていた。溢れる光に包まれて懸命に小さな身体で魔法を放つ、不思議な少女を。思わず、涙を浮かべて呟く。

「あれが、勇者……」

 その光は何処か慈愛に満ちていて、遠い昔に感じた事がある気がした。
 一方ミラボーも室内で悲鳴を上げて、のたうち回っている。これは”邪悪なものに有効な魔法”だ、水晶で様子を窺っていた為、光の影響を受けたのである。
 床を転がりながら目を押さえ嘔吐し、泡を口から吹き出す。最も邪悪なモノには、身体に苦痛を与えた。暫しミラボーは起き上がることなく、転げまわった。醜いモノが絨毯の上で異臭と粘着音を出しながら暴れ、城が軋む。
 それでもスリザの呪縛は、解けることが無かった。

「スリザ様、目を醒ましてください! スリザ様!」

 構えながら呼びかけ続けるアサギだが、まるで一定の動作しか出来ない機械の様にスリザは立ち上がり、向かってくる。その度にアサギは光の魔法を繰り出していた、だが連続で魔法を使うことなど慣れていない。
 毎日訓練をしているからといって、実戦ではなかった。緊張感の中連続で連発するという練習など、あるわけがない。
 疲労が襲う、胸が締め付けらえる痛みに、片膝をついて項垂れた。著しい魔力の消耗だった、眩暈と吐き気に襲われる。
 だが今ここで倒れた場合、リングルスやケルトーンを護る事が出来ない。応援が来るまで、持ち堪えるしか道は残されていなかった。
 アサギは歯を食いしばって、再び魔法を放った。せめて魔力増幅可能な杖の一本でもを所持していればよかったのだが、何も持ち合わせていない。
 エレンに導かれてようやくやって来たハイと、気配を感じて駆け付けたアイセルにサイゴン、そしてアレクは唖然とスリザを見つめる。

「スリザちゃん!? 何やってんの!?」
「アイセル様、スリザ様、様子がおかしいんです! な、なんだか操られているみたいで」

 瞳に光が宿っていないことなど、一目瞭然だった。おまけに、皆にも全く反応しない。スリザが異常であることなど、言われなくても解っていた。

「先日飲まされた薬物のせいではないのか!? ホーチミンは何処だ!?」
「今、呼びに行かせております。アレク様……スリザ殿に敵うとは思いませんが、俺にやらせてください。これでも一応、スリザ様の技を間近で体験していた者です」

 引き攣った顔でサイゴンが進み出た、背中の剣を引き抜き、アサギに近づいていく。

「アサギ様、退いてください。代わります」
「……駄目です、サイゴン様ではどちらかが怪我をします。それより、スリザ様を正気に戻す方法を考えてください。……闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよっ」
「げっ、そ、その魔法は俺達もまずっ」

 魔族達は、一斉に悲鳴を上げた。助けに来た筈のハイにアレクも、その場で蹲るしかない。

「あ。ご、ごめんなさい……。で、でもこれしか私知らなくて」
「……き、気にするなアサギよ。私達が不甲斐無いのがいけないのだ、クッ」

 邪悪ではないが、先日まで暗黒神官として生きていたハイと、魔族として生を受けた者達には魔法が効いてしまう様だ。現状に申し訳なく俯くアサギだが、これしか方法はないので耐えてもらうしかなかった。
 そんな頼りない状況に、幻獣達は座った瞳で魔王以下魔族達を見つめるより他ない。エレンは小さく溜息一つ、リュウを呼びに行った。やはり意見を賜りたかったのだ、何よりアサギしかあてにならないと思ってしまった。
 
「ど、どうしよう。このままだと……」

 口元を拭いながら、アサギは呻き声を聴きつつ希望を失いそうになる。進展がなさそうだ。


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