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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第156回   ペリドットと幻獣
 魔族とエルフの混血であるロシファは、数日前に何者かの襲撃を受けたが、その事を乳母に話さなかった。余計な心配をかけたくなかったのだ、聖域であるこの場所に侵入してきたなど、有り得ない事である。
 アレクがやって来て抱き締められても、ロシファは言わなかった。
 同じ様に、不要な心配をさせたくなかったのだ。特にアレクは大の心配性である、御節介とも言える程だ。想ってくれているのは嬉しいが、実際その過剰な慎重さに苛立つ時もあった。想像すると、胃が痛い。
 もし万が一また入り込んだとしても、自分が撃退すれば良いだけの話だと思っていた。
 両親から引き継いだ格闘の技と膨大なる魔力に敵うものなど、いないと思っていた。それこそ、魔王アレクですら凌げるとロシファは思っていた。
 もし、ここで話をニ人にしていれば。未来は”少し”変わっていたかもしれないのだが。
 だが、彼女は誰にも言わなかった。
 結界を張ってくれたエルフ達の名誉の為でもあったかもしれない、易々と侵入出来る筈がないのだから。それは揺るがない真実であって欲しかった、ロシファ自身が認めたくなかった事もある。
 確かに侵入してきたエーアは、人間として魔王ミラボーに背いていた頃、清らかで高貴な魔導師であった。だから侵入できた、精神を邪悪なものに操られていたとしても、心の奥底は穢れなく美しいままだった。それが以後表面上に出てこないとしても。
 もし、エーアの存在をアレクに語っていたのならば。スリザを襲撃した人物と同じであると判明し、このような場所にロシファを置いておかなかっただろう。もしくは、護衛をつけただろう。

「それで、アレク。どうしたの?」
「いや、顔を見たくなって。いや、顔は毎日でも見ていたんだけど」
「……つまり、疲れたのね。全くアレクは仕方がない魔王様ね」
 
 小さく見える魔王アレクに、優しくロシファは手を差し伸べて抱き締めた。
  
 数日、何も進展はなく。
 日中アサギはハイに魔法を教わり、夜になると食堂でその場に居合わせたサイゴン達と食事をする。リュウは大人しくなり、時折姿を垣間見せるだけで自室に引き篭もりがちになった。
 エーアは甲斐甲斐しく悪魔テンザの看護し、すっかり信頼を得て名もなき孤島に滞在したままである。
 トビィは魔界へ向けて竜達と空中を舞っており、勇者達一行はアサギを救う為に船で一路魔界を目指す。
 ミラボーは急がば回れとばかりに、ただ自室で愉快そうに宝石を眺めたままだった。鋭利に尖らせた漆黒のオニキスを一つ取り出して、テーブルに置く。

「あの魔族の女将軍はオニキスに相応しいかのぉ、さてこれを何処へ送るか」

 次いで長方形に加工されたオーソクレースを取り出すと、テーブルに置く。

「あの悪魔はこれかの、エーアはこれで」

 角ばったヘマタイトを、悪魔テンザに見立てたオーソクレースの隣にゆっくりと置いた。ことん、と音がなる。

「さぁて、愉快な戯れの始まりじゃの。まずは手始めに……オニキスを、ペリドットに送り込むとするかのぉ」

 美しいオリーブグリーンの宝石ペリドットに見立てたのは、勇者アサギだ。
 魔王ミラボーは垣間見ている、以前トビィとアサギが深き森の幻惑の魔法使いに捕らわれた際に変貌した姿を。だから緑色の宝石にアサギを例えた、ごく自然に。
 そこに魔王アレクらが必死になっている答えがあった、勇者アサギの髪と瞳は、緑であると。

「ただ、ペリドットの傍にいる黒真珠が邪魔じゃのぉ。剥がさねばのぉ」
 
 黒真珠は、ハイのことだ。ミラボーは手持ちの宝石を何個かテーブルに並べながら、まるで遊戯でもするように ゆっくりと思案する。宝石達が煌くと、ミラボーの瞳も鈍い光を放った。
 ペリドットと黒真珠が寄り添っている、その少し離れたところからオニキスを指で弾いた。

 その日もアサギはハイと共に、中庭で魔法の稽古である。優秀なアサギは火炎の魔法を上級まで完璧に取得した、風の魔法も習得していた。攻撃補助に治癒魔法、防御魔法も習得している。だがハイの専門外なので、水と土の魔法がアサギも不得手であった。というか、教えてもらえていない。
 ホーチミンに助言を頼むと「図書館を」と促されたので、アレクも連れ立って一度行くことにした。しかしアレクはその日、生憎不在である。「まぁいつでもいいだろう」と残念がるアサギを宥めて、黙々と稽古に励む。
 休憩時間になったので、優雅にティータイムをとっていたが、アサギは水を飲む為に退席した。「水など持ってこさせれば良い」とハイは言ったが、直ぐ傍に共有の水飲み場があるので、苦笑いして断りアサギはそこへ出向く。ハイは不安そうに後姿を見ていた、ついて行こうとしたらアサギに止められたのだ。
 すぐ傍だから、と。
 一人歩くアサギの瞳に、何かが飛び込んでくる。猛禽類の鋭利な爪と、美しいまでの濃茶の羽を持つ幻獣である。リュウと行動を共にしている、リングルス=エースだった。片時もリュウから離れなかったが、今は自室に閉じこもり気味だったので、暇を持て余し外で飛行していた。
 アサギの視線に気がつくと唾を吐き捨てそうになったのを我慢して、地上に降り立つ。無視しようかとも思ったが、視線が気になったのでやむなく覚悟を決めた。相手は自分達を呪縛していた人間である、気さくに話そうと思っても簡単に出来るものではない。

「こんにちは、えっと、リュウ様のお傍に控えている……」
「リグ、です」
「リグ様」

 そこへ気配に引き寄せられて、風の精霊エレンも寄って来た。蝙蝠のケルトーンも近寄ってくる。アサギに接近されているリングルスを護る為に、エレンとケルトーンは来たのだ。人間は信用出来ない、以前の様に操られる事だけは避けなければならなかった。警戒して当然だ。

「えっと、えーっと」
「エレと申します」
「ケト、です」

 名前が解らないので戸惑っていたアサギに、ニ人は偽りの名を伝える。本名は、絶対に口にしてはならないと皆で誓った。
 アサギは丁寧にお辞儀をすると、三人を眩しそうに見上げて溜息を吐く。その柔らかな笑みに、思わずリングルスが「何か?」と言葉を発する。

「いえ、リュウ様の仲間さん達はみんな、神秘的ですよね。サイゴン様達魔族の方々とは違う雰囲気です」

 それはそうだ、魔族ではなくて幻獣なのだから。と、エレンが反論しようとした。もっと高貴な一族だ、と言おうとして唇を噛締める。
 アサギは、じっと目の前の三人を見ていた。
 その視線が居心地悪く感じた、人間からしたら珍しいのだろうが、気分は良いものではない。勇者は好奇心旺盛なのだろうが、嫌悪感を抱いた三人は小さく会釈をするとそのまま飛び立った。長居は無用だと悟った。

「なんていうか、神様みたいですよね」

 飛び立った三人に大きく手を振って笑ったアサギの、その一言に思わずリングルスが振り返る。
 見下ろせば、邪気も悪意のない、純粋な瞳で見上げている姿が目に入る。

「か、神?」

 狼狽し、ケルトーンがリングルスに視線を投げかける。エレンはそっぽを向いて腕に爪を立てていた。

「この世界の神様はクレロって言うらしいですね。私がいた地球は、神様は一人ではないんですよ。土地によって神様は違うんです、私が居た日本にも沢山の神様がいるのですが……」

 話し始めたアサギの続きが聴いてみたくて、思わずケルトーンが再び地上に降り立つと、嫌々ながらもエレンが舞い戻り、戸惑いがちにリングルスも降りる。

「山にも川にも神様がいるんですよ、村にも神様がいたりして。私は神様の姿を見たことがないですけど、きっとリグ様達みたいな感じなのでしょうね。祠とかを作って、祀るんです。形は様々ですけど、キツネの神様とか色々なんですよ! だからもし、日本の山奥とかで誰かがリグ様達を見たら、きっと大慌てて村に戻って『神様見たー!』ってなるんだろうな。……都会だと、そうもいかないのかな」

 地球の都会で飛行していたら、間違いなく捕獲されるだろう。なので、苦笑したアサギはそれは言わなかった。神秘的な山奥で、もしくは信仰深い田舎でならば間違いなく神格化されている。

「皆さん、とっても綺麗ですものね! なんだか、見ていると崇めたくなってしまいます」

 神社でするようにアサギは一礼してからパンパン、と警戒に手を叩いて三人に拝む。

「……それは?」

 呆気にとられたケルトーンが問うと、アサギが不思議そうに顔を上げる。

「あ、あれ。私達の国だと、神様にはこんな感じにするんですよ。礼の回数とか年に一回は最低でもしていると思います、毎日している人もいます。私のおじいちゃんとおばあちゃんは、家の神棚に毎朝拝んでます。私の神様はどんな方なんでしょう、リグ様達なら見えますか?」
「さ、さぁ」

 再び拝み始めたアサギを困惑気味にリングルスは見つめると、変わらず渋い顔をしているエレンを横目で見る。

「何を、祈っているのですか」

 上ずった声で問うリングルスに、アサギは小さく微笑むと頬を赤く染める。

「それは、秘密です。願い事は人に言ってはいけないんですよ。……でも、神様ならいいのかな。『早く世界が平和になって、誰も哀しまず苦しまない未来が来ますように』って」

 故郷の地球も同じ事だ、この惑星だけではない、どこの世界でも貧困や戦争は起こっている。有り触れた願いだ、それでも三人に衝撃を与えるには十分だった。

「ふふ、不思議ですよね。皆さんは何故か、魔王であるアレク様やハイ様よりも神様っぽく見えてしまうんです」

 舌を出して笑うアサギに、遥か遠い昔の光景が甦る。

『リングルス様、今日も一日我一族をお守りいただき有難うございました。今日収穫した魚と野菜でございます』
『エレン様、良き風を導いてくださり有難うございます。おかげでこの村は何不自由なく今日も一日を終えました』
『ケルトーン様、どうか今日も私達をお守りくださいませ。皆が幸せであるようにと』

 人間達に迫害されるまで、神として崇められてきた幻獣達。人間に愛され、讃えられることなど忘れていた。憎むべき対象、だがその憎しみを取り払う事が出来るのはやはり同じ人間だった。
 あの頃は、慕ってくれる人間達の為に何かしたいと、三人とて躍起になったものだった。同じ時間を過ごした、助言をした、笑えば人間は喜んでくれた。だから幻獣達も笑って、その場に居続けた。

「アサギ様こそ、不思議ですよ」

 言ったリングルスの頬を涙が伝う、昔懐いてくれていた人間の少女が思い出された。彼女は召喚士の末裔だった、だがリングルスを逃がそうとした為に、やってきた貪欲な人間に殺されたのだ。まだ幼かったのに、四肢に縄を括りつけられ、四方に馬で引かれるという死刑に遭った。その少女の笑みを、思い出してしまった。
 エレンもケルトーンも、同じ様に崇めてくれていた人間達を思い出していた。忘れていた記憶だ、憎悪の対象である人間は全てではなかったことを思い出した。
 いつまでも反発していたエレンとて、自分に洋服を縫ってくれた村の少女達を思い出していた。こぞって美しい貝殻や石で装飾品を作り、届けてくれていた。それが嬉しくてエレンは少女らの頭上を飛びまわり、花弁を降らせていた。
 アサギが水飲み場に到着すると、懐かしい胸の熱い思いを放したくなくて、幻獣達も水を飲み始める。冷たい水が喉を潤し、安堵が心を潤す。
 その水飲み場は、スリザが眠っている部屋の真下だった。

「おやおや、ハイの傍を離れて美しいペリドットが1人きり……オニキスよ、起きるが良い。その鋭い剣先でペリドットを貫くとよぃぞぉ」

 ミラボーが手元の宝石を宙に浮かせながら、闇の中でそう呟いた。
 アレクの忠実な部下であるスリザがアサギを襲えば、ハイとアレクに僅かであろうとも蟠りが出来るだろう。上手く行けばスリザがアサギをミラボーの許へ連れて来てくれるかもしれない。まさに一石二鳥だった。
 周囲に三つの気配があった、それらがリュウに属する者達だとは解ったが、鼻で笑った。何も出来ぬだろうと、見下した。
 パリン、と小気味よい音がして窓ガラスが割れた。
 音に気付いたアサギが見上げると、頭上から煌く硝子の破片が落ちてきた。驚いて避けようとしたのだが、虚ろな瞳のスリザが両手に愛用の剣を携えて降って来たので反応が遅れた。
 武器を部屋に置いておいたのは、アイセルの失態だ。

「スリザ様、戻られたんですか」

 思わず声をかけたアサギだが、顔を引きつらせる。普通部屋の窓を割って出てくるだろうか、それも武器を所持してだ。
 頭の回転が速いアサギは、異変を感じ唇を噛締め後ずさる。

「下がって、アサギ様!」

 思わずリングルスとエレン、ケルトーンは武器を手にしてアサギの前に立っていた。護るべく、立った。


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