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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第15回   洞窟の出入り口で
 馬車を飛び出し魔法を放った二人の勇者、アサギとトモハルの姿を確認し、一行は護るべく徐々に二人へと近寄りつつあった。
 魔法で二羽のレイブンを地上へ落下させた二人は、剣を引き抜いて身構えると、止めを刺すべく互いに反対方向へ走っていく。

「っ、あまり前に出ないでっ」

 マダーニが叫びながら後方から飛んできたレイブンに火球を投げつけるのだが、二人は言葉を聞かずにそのまま突き進んでいた。自分達の力を過信しているのか、迷いが全くない。
 もともとトモハルは自信家なので、三日間の戦闘訓練で見につけた力を、そして受け取った伝説の剣の威力を一刻も早く試したかった。そして今し方初の魔法を成功させている、勢いに乗ってしまった。
 颯爽と剣を振りかぶり、地面でのた打ち回っていたレイブンへ剣を突き刺すトモハル、蛋白質が焦げる嫌な匂いを漂わせながらレイブンは耳を塞ぎたくなる高音で鳴き叫んだ。胴体に剣を地面ごと突き刺しそれでも尚、嘴を大きく開き抵抗していたレイブンに、トモハルは足を振るわせる。
 生き物を殺した瞬間だった、初めての感覚に流石のトモハルも怖気づいたのだろう、周囲をよく確認せず震える手で剣を突き刺したままだった。嫌な汗が背筋を伝う、呪いでもかけられたかのように、レイブンが脳裏から離れない。
 故に後方で奇怪な鳴き声を聴いた時には、すでに一羽のレイブンがトモハル目掛けて急降下してきていたのである。

「う、うわぁぁぁっ!」

 そちらを見たトモハルだが、防御の態勢がとれない。盛大に叫び、トモハルは思わず瞳を閉じてその場に蹲った。レイブンの迫力に足が竦んだのだろう、動けそうもない。
 馬車の中で勇者達が口々に悲鳴をあげてトモハルの名を叫んだと同時に、ミシアとブジャタが魔法をレイブン目掛けて放った。
 距離が遠く、威力に期待があまり出来ないのだが、レイブンの勢いを止める事ならば出来るだろう。後は馬車外の仲間に任せるしかない。
 二人の放った魔法は風の属性、鋭利な風の刃が馬車を飛び出し、一直線にレイブンへと突き進む。見事に胴体の横に刃が直撃し、その勢いでレイブンは跳ね飛ばされた。
 胸を押さえてしゃがみ込んでいたトモハルを、ライアンが駆け寄って肩を支え抱き起こす。飛んできたアリナが、刃を受けて鳴き喚いていたレイブンの首に強烈な蹴りを繰り出した。
 そしてレイブンは、動かなくなる。
 安堵の溜息を吐いた馬車のメンバーは、疲労感に襲われた。ミノルは吹き出る汗を拭いながら「馬車に居ればあんな目に合わなくてよかっただろ」と、つい本音を零す。
 確かにそうだった、ここならば安全だ。「目立とうとするからだよ」助かって嬉しいのに、悪態をつくのはミノルの悪い癖である。
 ユキは我に返るとアサギを捜した、トモハルは無事だがアサギは?
 身を乗り出し、親友の姿を捜すユキ。ケンイチとダイキも、思わず顔を出して捜す。

「やぁっ!」

 それは優雅に、煌びやかに。武芸を舞うかのように、手にしていた剣で軽やかに宙に浮いていたレイブンの羽を切り落としているアサギの姿だった。
 翼を傷つければ、天高く飛んで上から奇襲をかけられる事もない、そう考え執拗に翼を狙い続けていたアサギ。
 鋭い嘴を剣で受け止め、弾き返すと同時に羽を切り落とす。
 唖然と、皆固唾を呑んで見守った。
 それは映画のワンシーンの様であり、無駄のない動きにその場の全員が見惚れた。とても素人の為せる業ではない。

「呼びかけに応じるは無数の光、宙に漂う小さな破片よ、我の元へと集まり増幅せよっ」

 空中に漂っていたレイブン目掛けて新たな魔法を繰り出し、落下させる。光の玉が花火のように弾け飛び、アサギは直撃を受けて力なく落下してきたレイブンを真横に斬りつけた。

「馬鹿な……」

 驚愕の瞳でそれを見ていたミノルの唇から、零れた言葉。
 実戦でも全く動じないアサギの姿だった、あのトモハルですら窮地に立たされ助けられたのに、アサギは一人で戦闘をこなしている。魔法をいとも簡単に操り、剣を振る姿は同じ日本の小学生には思えなかった。

 ……ありえない、変だ、だから、絶対おかしいって! 

 まるでずっとこの場で生活していた、剣と魔法を生活の一部としてきた惑星の住人の様だ。そんなものとは無縁だったはずのアサギは、見事に溶け込んでいた。溶け込みすぎて、異質だった。
 馬車の中で大口を開いて、呆気に取られたまま残された勇者達はアサギを見ていた。
 やがて、戦闘を終えて一行が戻ってきたところでようやく我に返る。

「トモハル、大丈夫!?」

 未だ足取りがふらついていたトモハルに、ケンイチは水を差し出した。
 苦笑いして受け取ると一気に水を飲み干す、喉は渇き切っており、声を出すことが出来ない、湿らせて、ようやく言葉を発した。

「あぁ、大丈夫。少し……驚いただけだよ」

 無理するな、と声をかけたかったのだが、トモハルはプライドが高いのでケンイチは言葉を飲み込んだ。励まされたりする事に慣れていないので、余計機嫌を悪くするだけだろうと判断したのだ。褒められることは、大歓迎だが。
 アサギがアリナと共に戻ってきた、気まずそうに視線を逸らす勇者達、が、トモハルが意外にも声をかける。

「アサギは無事?」

 畏怖の念を抱く事無く、アサギに手を伸ばしたトモハル。トモハルはアサギのあの身のこなしを見ていないのだ、と勇者達は遠巻きに様子を窺った。あれを見ていたら、普通に話しかけることなど出来ない。

「うん、大丈夫だよ。心臓がドキドキしているけれど、なんとか」
「そうか、アサギが無事なら俺はそれで」

 笑い合う二人は他の勇者の気も知らず、上気した頬に手を当てて冷やしている。

「とりあえず、この場を離れる。妙だな、結界はどうなっているのだろう」

 ライアンが馬を走らせた、ブジャタが馬車から先程のレイブンの死骸を見つめながら、皮肉めいた声を出す。

「まぁ、結界が破壊されたのじゃろうて。いつからじゃろうな、来た時は完璧だったはずじゃが」
「確かに、参拝者の姿を見ておりませんね」

 結界が崩壊しているのなら、一般人にはこの道のりは危険極まりない。恐らく、何人もの参拝者が犠牲になっているだろう。
 一刻も早く結界を直すべきなのだろうが、神聖城クリストバルの神官達はそれすら知らないのではなかろうか。
 結界がない、故に何時魔物に襲われるか解らない……そんな状況だと認知したので早目の食事を摂る事にした。
 馬車の幌を極力開いて周りの状況に目を凝らし、ライアンの隣にアーサーとアリナがつき、左右前後方から敵の襲撃に備える。
 その中で、食べられる者からビスケットと水を口にした。
 勇者達はいい加減飽きてきたのだが、これしかないので仕方が無い。正直、食べるのも見るのも嫌だった。地球に居た頃は食べ物も豊富で何も不自由しなかったのに、給食の味に文句が言えたのに。
 今はもう、その給食がいかに豪華で美味しかったことか。
 家族と共に食べる夕飯が、コンビニで手軽に買えたお菓子が、ファーストフードがもはや、懐かしい。

「栄養失調になる」

 ぼそっ、とミノルが愚痴を零し、それでも無理やりビスケットを喉の奥に押し込む。腹が減っては仕方がない。
 静まり返る馬車の中、ミノルはトモハルを見た。未だ微かに震えているように思えた、危険な目に合えば当然だろう。
 問題は、アサギだった。
 視線を移すと、黙々と魔道書を読み続けている。どんな時でも努力を怠らないつもりだろう、だが、それがミノルには忌々しく思えた。
 馬車から出なかった自分とユキ、ダイキ、ケンイチ。正常だと思う、親近感も沸いた。
 馬車から飛び出したが、上手くいかなかったトモハル。目立とうとしたようにしか思えないが、失態を見せたのでなんとなく同情出来た。トモハルとて、正常なこちら側の人間だとそう思えてきた。
 けれど、アサギは。
 絶対おかしい、異常だとしか思えなかった。優等生にも限度がある、どうして大人しくしていられないのか、何故率先して飛び出していくのか、どうして難なくこなしてしまうのか。
 鬱陶しい、自分の理解を超えるアサギが、ただ腹立たしい。何処までも自分と同じ立場にならないアサギを、ミノルはどうしても受け入れられない。
 そんな中で。

「何か、居ますね」

 ミシアが凛とした声を発し、徐に弓矢を手にした。
  弓矢が宙を裂く。ヒュン、と小気味良い音が聞こえ、緊張する一同の耳に何か動物の鳴き声が届いた。聞いたことのある鳴き声だ、勇者達は顔を見合わせる。

「犬?」

 キャン、と鳴いた。
 勇者達は様子を瞳を凝らして森の中を凝視する、葉が擦れる音が聞こえる。何かが動いている。

「数が多そうだぞ」

 ライアンが乾いた声を出しながら、馬車の速度を上げた。
 ガサガサ、と不気味な音を立ててついてくる森の中の生き物に、威嚇の為再度ミシアが弓矢を放つ。ブジャタが、アーサーが、真空の魔法を唱えた。
 左右の森から、幾多の気配がする。

「とりあえず、囲まれつつあるみたいね」

 マダーニが敵の正体を伺うべく馬車から身を乗り出し、右手に魔力を溜め込み始める。
 先制攻撃をすべきか、相手の出方を見るべきか。道は先程より狭い、故に戦いにくいという不利な点があり、迂闊に攻撃が仕掛けられないのだ。

「あの、森の中ではどうやって戦うものですか?」

 剣を手にし、アサギが隣のサマルトに問いかけた。
 舌打ちするミノル、また外へ出て戦闘に参加する気でいるアサギを睨みつける。

 ……どうして大人しく護られていないんだろう、いくらなんでも自分の力を過信し過ぎだ。危ないじゃないか、怪我したらどうするつもりだろう。強いのは分かった、けれどこれ以上強くなられると困るんだよ。

「俺が護れないから」

 思わず口から飛び出した言葉にミノルは慌てて口を塞ぐと、辺りを伺う。安堵する、誰も聞いてなかったらしい。皆、外の状況に最新の注意を払っているのだ。
 冷や汗を拭いながら、赤面しつつミノルは一人俯いた。

 ……アサギが強すぎるとイラつくのは。自分が護ってあげられないから、下手すると自分が護って貰う側になるから。

 そんな情けない事態に陥るのはゴメンだ、間抜け以外の何者でもない。好きな女の子に護って貰うなんて、冗談にも程がある。

 ……好きな女の子に。

 ミノルは焦って顔を覆った。

「な、何言ってんだ、俺!」
「どうしたの、ミノル。なんか、変だよ」

 怪訝に振り返ったケンイチに、ミノルは慌てて首を振って俯いた。顔が熱い、唇を噛み締めながらアサギを見上げると、真剣にサマルトから話を聞いている。小さく頷きながら剣を手にして、外を気にしていた。
 戦いに行くつもりなのだろう。
 ミノルは剣を手に取り、深く息を吸い込む。何かが急かすのだ、アサギと共に行け、と。恐怖心は残っているが、行かねばならない気がしていた。

「今度こそ、護る」

 小さく呟き火照る頬をそのままに、ミノルはその時が来るのを待った。

「もうすぐ洞窟の入り口だ! 道が開ける、そこで一気に畳み掛けるぞ!」

 ライアンの怒鳴り声に、全員が武器を取った。
 遅れをとるまいと、勇者達も震える手で武器を手にする。先程のトモハルとアサギを見て、やってみる気になったらしい。青褪めているユキに、アサギが手を伸ばした。
 軽く微笑んでゆっくり頷くと、ユキの不安が嘘のように消えていく。「大丈夫、アサギちゃんがいるから大丈夫……」暗示をかけ、ユキは汗ばむ手で杖を硬く握り締める。
 洞窟の入り口が遠くに見え始めた、左右の森が大きく揺れ、木陰から一匹が姿を現す。
 低く唸りながら接近してきた魔物を見て、ミノルが悲鳴に近い声で叫ぶ。ユキは言葉を失った。

「な、なんだあれっ」

 勇者一行が洞窟を前にして、魔物に襲われていたその頃。洞窟の反対側に一人の男が立っていた。
 石畳が真っ直ぐ伸びるその森を、一人で歩いてきた。紫銀の長い髪を後ろで一つに束ね、額に変わった模様の布を巻き、整った顔立ちと鋭い視線の相当な美丈夫である。まだ、若い。
 その背に魔力を放つ長剣を携え、黙々と歩いていた。
 神聖城クリストバルへの道には聖なる結界が張られている筈なのに、先程から稀に魔物に遭遇するのは何故だろうかと軽く眉間に皺を寄せながら。

「魔王の影響、か」

 男は誰に、というでもなく小さく呟く。
 零した瞬間、左から何かが飛び出してきた。それを慌てることなく手馴れた動作で剣を引き抜くと、無造作に叩き落す。
 何事も無かったかのようにそのまま剣を鞘に収めると、速度を落とすことなく速めることなく歩いた。小刻みに痙攣している兎型の魔物に視線を落とさず、正面を向いたまま通過する。
 目指しているのはクリストバル、神託など信じていない男だが、今は藁に縋る思いでその場所へ向かっている。
 男は、人を捜していた。
 何処にいるのか検討がつかないのだが、捜さなければならなかった。
 クリストバルには高等な神官が集っていると聞き、手がかりを掴む為立ち寄ることにしたのだ。
 捜しているのは、愛しい緑の髪の娘。

『大丈夫、またすぐに逢えますから』

 そう言って笑ったのを最後に離れ離れになったわけだが、その娘を捜して、早一月。
 何処から来たのか、何処へ行ったのか。
 謎だらけのその娘、名前は教えてくれた。”アサギ”と名乗った。
 痛いくらいの熱い日差し、男は軽く溜息を吐きながら不意に立ち止まる。

「……誰だ」

 低く警戒しながら剣の柄に手を伸ばし、辺りの様子を伺う。何かしらの気配を感じた、それが何か分からないが男は神経を研ぎ澄ます。
 気配はする、が、姿は見えない。
 舌打ちして、剣を引き抜いたまま再び歩き出す。注意深く鋭利な視線を森の中へと移していくが、やはり誰もいない。
 その時、風が舞った。
 石畳に落ちていた落葉が数枚巻き上がり、マントを靡かせる。
 再び足を止め、怪訝に宙にふわり、と浮きながら落下していく葉を見ていた。
 風が、優しく頬を撫でる。
 剣の構えを解き、鞘へと戻すと険しい表情のまま、振り返った。
 何処かで、水滴が何かに落ちる音がした。音が幾重にも重なって、曲を奏でる。
 優しく、慈しみながら、大事なものに水を与える、そんな音だ。乾いた大地に、溢れるほど注ぎ込まれる潤いの水の音。

「大丈夫だ、オレがいる」

 無意識のうちに、そう誰かへと言葉を発する。
 それを聞き届けると、風は安堵したかのように徐々に消えていく。
 ふと足元に咲く花に気づき、軽く屈んでその花を愛でる様に撫でた。そこでようやく男は優しそうな笑みを零した。
 先程までの近寄りがたい雰囲気はなく、唯ひたすらに、愛情を注ぎ続ける優しい笑みだった。愛する女を愛しく撫でているような、そんな雰囲気を漂わせている。
 それを護るように、ゆっくりと風が男を包み込んだ。
 風の呼びかけに応えた水に、絶対の護りを。水の姿を見て、風はようやく安堵した。

『あぁ、彼なら大丈夫。必ず彼女を護ってくれるから』

 風の声が聞こえた、青空を見上げ、男は眩しそうに瞳を細める。風が傍に居られなくとも、芽の傍には水が居る。最も芽を可愛がり、最も近づける水がいる。小さな芽を護る為に、水は再び歩き出した。
 目指すは神聖城クリストバル、その手前にある洞窟。
 逢える気がする、緑の髪の愛しい娘・アサギに。

「必ず、出逢える」

 男は、洞窟へと足を踏み入れた。
 キィィ……カトン……。
 何処かで、歯車が回った音が聞こえた。


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