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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第148回   始まりの唄『外伝2-4 おしどり夫婦と狂王』
「乾いた大地に芽生えた命 か弱き芽なれど強かに
 芽は光の恩恵を 水の恩愛を 風の恩義を 
 火の……」

 アリアの心地好い歌声で、トバエは目を醒ました。食欲をそそる香りが鼻につき、空腹を覚える。上半身を起こし大きく伸びをすると、傍らにかけてあった衣服を羽織ってベッドから降りた。

「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「アリア、敬語だ」
「ぁ……えっと、訂正っ。”ごめんね、起こしちゃった?”」

 朝食の準備をしていたアリアは、振り返ると悪戯っぽく笑った。小さく吹き出すとトバエも笑う、近づいて髪を撫でながら口づける。
 出会ってから、八年の月日が流れていた。
 村に住み始めたトバエは、その場にすんなりと打ち解けて村中の人々から愛された。元王子だとは誰も知らない、敬うわけでなく、普通の子供として皆が接した。そしてトバエとて王子であったことなど無論忘れて、太陽の陽射しが強かろうと、風が冷たく寒かろうと、水が凍って痛かろうと、不平を言うわけもなく懸命に村人と共に働いた。
 畑を耕し、水を撒き、肥料を与えて、野菜を収穫することが日課だった。陽が昇らないうちから起きて、凍える手足を必死に温めながら一年中働く。稀に狩りに出ると、ここぞとばかりに張り切って弓矢で獣を仕留めた。大人顔負けの腕前だった。
 やって来た若く有能なトバエに期待し、息子の様に皆は可愛がった。
 アリアと同じ年頃の子供らは多かったが、若者がほとんどいないこの村で、トバエの働きぶりは貴重である。腰を痛めた老人の代わりも自ら買って出て、率先して働く。そんな素直に育ったトバエを「やはり王子は誰とでも親しくなれる、心根優しい方だった」とウィルとカルティアは瞳を潤ませて眺めていた。
 普通は定期的に訪れる不作というものとは全く縁がなく、皆の一途な頑張りに大地が応える様に、その小さな村は毎年豊作だった。トバエはそんな事実を知らなかったが、これにはウィルが驚いた。

「神のご加護がある村なのかもしれないな、膨れ上がったあの稲穂! 野菜もどれも大きくて甘い、狩りに出れば必ず獲物が手に入る……偶然とはいえ、恵まれた土地に来たものだ」
「村人達の素朴ながらも真っ直ぐな生き方に、神様が恩恵を与えてくださっているのでしょうねぇ」

 ウィルとカルティアもこの土地に骨を埋めることを決意し、あたかも産まれた時からこの村にいたかのような親しみと幸福に包まれていた。
 そんなニ人の楽しみは、トバエとアリアだった。
 成長するにつれて、ニ人の美貌は輝きを増す。泥だらけの手と顔だが、眩いばかりの美しさを放っていた。宝石の輝きなど、二人の前では霞むように。
 何より、仲睦まじく寄り添っているニ人は絵になる。ウィル達が今まで見てきたどんな高貴な恋人達よりも、描かれた名画よりも、ニ人は穏やかな愛情に満ち足りた表情を浮かべていた。
 神が遣わした、天使ではないかと思えるほどだった。実際アリアが崖際に立ち、早朝歌を歌っていた時に純白の羽根を見た、という者もいる。
 無論、アリアには人間の両親がいるので別に天の遣いなどではない。けれども人並み外れた美しさに加えて、街で歌えば大流行しそうな美声の持ち主でもあった。器量の良さに付け加えて、人一倍他人に気を使う娘だ。
 一日中笑顔で、見ているだけで癒される。誰しもが惹かれ、可愛がった。
 当然、トバエとアリアは誰の目から見ても恋仲だ。それが必然だった。
 アリアが十五歳になると同時にニ人は婚約し、質素ではあったが村中で心からの祝杯を挙げた。数ヵ月後満足そうに笑みを浮かべてウィルが突如他界すると、追う様にカルティアもまたこの世を去った。
 村でトバエも骨を埋める予定ではあったのだが、以前この村に立ち寄った吟遊詩人が街の話をアリアに聞かせ、それに興味を示した為に旅に出ることになった。華やかな都会の生活に憧れたわけではない、アリアの興味を惹いたのは楽器だった。
 カルティアが城で学んだ繊細な細工や踊りもアリアは習い、直様習得していたが、吟遊詩人が手にしていた竪琴に興味を示したのである。村にある楽器と言えば、獣の皮を張って作られた太鼓である。祝い事や祭りのときにそれを叩き鳴らしたが、吟遊詩人の織り成す竪琴と歌声の重奏にアリアは心酔した。
 何か楽器が欲しい、とは自ら口にしなかったアリアだが、トバエが察して旅に出たのである。勿論、村に戻る予定だった。居心地よく、自分達を頼りにしている村人達の期待に応えたかった。
 トバエの新しい家族であったウィル達は他界したが、村中が一つの家族のようなものだ。アリアとて、村でたくさんの子供を産みトバエと寄り添って生きていくつもりだった。それ以外、思いつかなかった。
 だが、子守唄にあの竪琴があればとアリアは思ったのだ。歌が好きだったアリアと、彼女に楽器を与えたかったトバエ。
 ニ人は皆に見送られて親しんだ村を旅立ち、手を取り合って楽器を探す。
 村などに楽器は売っていない、都会に行き楽器屋を覗かねば手に入らないので街を目指した。
 村から出たことがないアリアと、旅をして来たとはいえ数年前の話だったトバエは地理が解らず、行く先々で出会う人を頼りに街を目指した。時折美しく若いこの夫婦に目をつけ、襲う輩もいたのだがトバエの剣には誰も敵わない。 
 例え宿泊先が悪徳業で、アリアを売り飛ばそうと目論み寝込みを襲ったとしてもトバエは全て弾き返し、叩きのめして街の警備兵に突き出した。
 ニ人は、目立つ。
 長身で細身ながらも引き締まった筋肉と鋭い瞳のトバエは、隣にアリアを連れ立っていても娘らから黄色い声が飛んだ。無論、トバエは見向きもしないが。
 小柄でまだ幼さが残る顔立ちながらも、華奢な手足に整った顔立ちと不思議な空気を纏っている完璧な人形のような顔立ちのアリアは、隣に夫であるトバエがいても男達から注目された。
 何処にいても、目立ってしまった。行く先々で、美しく傍から見て幸せそうな若い夫婦がいると噂された。
 おまけにトバエは下卑た輩をねじ伏せているし、時折アリアが歌い出せば天使の歌声だと皆が聞き惚れる。明朝の公園でアリアが手を差し伸べれば、餌を与えているわけでもないのに純白の鳥達がそこに舞い降りる。それで目立たないわけが無い、噂は二人が困惑するほどに広まっていく。そっとしておいて欲しかった。
 そして嫌味の無いその夫婦の互いを想いやる仕草は、恋に多感な少年少女の羨望そのものだった。
 そうこうしてようやく辿り着いたこの街で、ついにアリアは竪琴を作ってもらうことになった。楽器屋はあったのだが、全て特注品とのこと。その持ち主の手にあったものを作るという頑固ながらも、完璧主義の楽器屋の主人はアリアの手の採寸をし、一から作るのだという。
 ここに滞在し完成を待つことにしたので、借家を探し、最低限のものだけでニ人は生活を始めていた。毎晩愛し合っているニ人だが、幸か不幸か子供はまだ授かっていない。

「早く竪琴出来ないかな、村に帰って歌いたいの。やっぱり、あそこが一番好き! 崖に咲き誇るあの可憐な花達に聴かせたいの」
「そうだな、オレも少々疲れた。都会は人々が忙しない、あの村は全てが穏やかだった。愛する故郷だ。アリアと出会えた場所だから、始まりも終わりもあそこで迎えたいよ」
「あらトバエ、もうこの世を去る気なの?」

 膨れたアリアを宥める様に首を横に振ったトバエは、椅子に腰掛けて肩を竦める。

「去る気は全くない、村に一刻も早く帰りたいだけだ。……ところでアリア、朝食が冷める」
「あ、そうだね!」

 ふふふ、と小さく笑うと古ぼけた鍋から、欠けた茶碗にスープを注ぐ。竪琴の費用が思った以上に高額だったので、不要になった食器などを飲食店から無料で戴いたのだ。非常にありがたい事なので、みすぼらしくとも丁重にアリアは扱う。
 それでも、食事は非常に美味だった。遠い昔にトバエが城で口にしていた食事の何百倍も美味しかった。それは大袈裟かもしれないが、アリアは料理の腕前も一級品だったのである。カルティアから習っていたこともあるのだが、素材の持ち味を上手く引き出してしまう。
 今朝はキャベツに豚の塩漬けを煮込んだスープとライ麦のパンだ、食べ物に感謝しながら二人は朝食を頂く。
 ニ人は同じ飲食店で働いていた、常に一緒だった。二人の美しさを一目見ようと客が殺到したので、思わぬ誤算に支配人は嬉しい悲鳴を上げている。飲食店を選択したのは食器が貰える事もあったのだが、安く食材が買えた事が一番の要因だ。
 店に卸しに来ている業者から、アリアもその値段で買うことが出来たのである。本来そんなことはないのだが、夫婦の働きぶりと性格を見て、支配人が許可をくれた。
 借家なので畑がなく食材は買わねばならないが、窓辺でバジルとローズマリーは育てている。少しでも生活費を節約し貯金をして、村の皆に土産を買い込むつもりだったのである。洒落た装飾品ではなく、寒い冬に皆が少しでも楽になるよう暖かな衣料を持ち帰ろうとしていた。
 都会には、村には無かった様々なものがある。生活に役立つものだけを、アリアは休みの日にトバエと歩きながら吟味している。
 安っぽい衣服を身に纏いながら注目を浴びているアリアに、街の上流階級の娘らは鼻で笑った。しかしどんなにみすぼらしい衣装を身にまとっていても、それでも美しいのだから勝てるわけが無い。娘らも解っていた、ただの負け惜しみだった。
 今日は仕事が休みの日なので、ニ人は朝食後街を散策することにした。特に買い物はせずに、公園でのんびり過ごすだけだ。といっても公園にいると歌を頼まれるので、転寝は出来ない。公園は子供が多いのだが、喜んでくれるのでアリアはこまめに足を運んでいた。
 公園の前に楽器屋に立ち寄り、仕上がりの状況を尋ねると「仕事に没頭しているから」と邪険に扱われたが、その顔は小難しいながらも口角が上がっていた。楽器屋とてアリアの歌声の評判は知っていた、早く自分の作った竪琴とその歌声を合わせてみたいのだろう。実は寝る間を惜しんで作業している。
 公園に着くと案の定待ち侘びていた子供達が、一斉にアリアに駆け寄ってきた。中には妊婦もおり、腹を擦りながら頭を下げる。

「あなたの歌声を聴くと、おなかの赤ちゃんも喜ぶのよ」
「わぁ! 嬉しいです」

 拍手喝采の中で、アリアは両手を広げると唇をそっと動かした。

「古の 光を
 遠き遠き 懐かしき場所から
 今 この場所へ
 暖かな光を 分け与えたまえ
 回帰せよ 命
 柔らかで暖かな光は ここに
 全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片
 全ての人の子らに 全ての命あるものたちに
 どうか恵みの光を 分け与えたまえ」

 いつしか公園には人だかりが出来ている、麗しの歌姫だと風の噂は周辺に飛び交い、一目見ようと聴こうと集結してしまった。その人数は日を追うごとに増え、歌の後には膨大な拍手が巻き起こる。
 
「楽器など不要みたいだな……」

 トバエは軽く溜息を吐くと、小さく拍手しながら傍らで子供らに囲まれているアリアをまぶしそうに見つめた。

「いやぁ、よかったよかった! 聴けてよかったよ、あれが噂の歌姫か。美しい娘じゃないか」
「すでに人妻だけどな、あの旦那さんなら誰しも納得だよなぁ。ま、俺らには高嶺の花だ」

 押し合いになっているその公園を見下ろすことが出来る、高級な宿のバルコニーに男が立っていた。昼間から高級な酒を仰ぎながら、傍らでアリアについて語っている商人ニ人を一瞬盗み見て、視線をアリアに戻す。
 鈍く光る漆黒のマントを深々と被っているその男は、昼間にしては場違いな空気を醸し出していた。
 商人二人は見て見ぬ振りをしていた、苦労して今の地位まで上り詰めたなり上がりのニ人は、この漆黒の男から滲み出ている異様な雰囲気に直感で脅えていた。関わらないほうが身の為だと、警告を鳴らしているのは自分自身。
 商人の瞳は確かにその上等過ぎる漆黒の布地に興味の光を見せたが、それよりも命が大事だ。
 この宿に宿泊している時点で、そこらの一般市民ではないことくらい誰にでも解る、だがこの男はただの金持ちではない。

「気になりますか」

 商人の肩が揺れる、漆黒の男の隣に数人の男達が集まってきた。いよいよ嫌な予感が的中し、息詰まる空気が押し迫ってきたようだ。どちらが言うでもなく商人はそそくさとバルコニーから逃げ出すようにして、酒を手にしたまま引っ込んだ。
 擦れ違った瞬間、全身の毛穴から汗が吹き出した。第六感が、警告したのだろう。

「……懐かしいな」

 去った商人を横目で見ることなく、漆黒の男は小さく呟いた。
 嬉しそうに、悔しそうに、哀しそうに、愛おしそうに。公園で歌い続けているアリアを、一心不乱に見つめていた。微動出せず、ただ、アリアだけを。
 時折隣のトバエに視線が動く、その度に口元が揺れて、空気が震えた。
 やがて、何曲も歌ったアリアは深々と一礼をするとトバエに手を引かれてその場を去る。人々も蜘蛛の子が散るように立ち去って、公園は閑散とした。
 漆黒の男は、ようやくゆっくりと踵を返しバルコニーから立ち去る。控えていた者が、深紅のワインと豪華な果物の盛り合わせを差し出してきたので、優雅にグラスを受け取った。
 飲む為に邪魔だったので、何気なくフードを外したその漆黒の男。
 途端その場にいた宿泊客の豪商の娘らが黄色い悲鳴を上げる、気付いて男は艶やかな視線を送った。再び、悲鳴が上がった。
 フードの下からは珍しい紫銀の髪に、濃紫の瞳が現れた。星屑でも纏っているかのような髪は短髪で、前髪をかき上げ憂いを帯びて流し目を送れば、娘らは腰が抜けたようにその場で官能的な甘い溜息を吐く。
 口角を持ち上げるが、瞳は全く笑っていないその男。ワインを呑みながら、マスカットを一粒手にし口に放り込む。
 頬を染めて座り込んでいる娘は、三人いた。貴族の娘のようだが、どれも流行の衣装に化粧を施していて大差ない。
 大幅で近寄ると、一粒のマスカットを惚けて見上げた娘の口に押し込む。

「んっ……」

 驚いて顔を歪める娘に、喉の奥で男は笑った。瞳は、冷たい光を放ったままだ。瞳が吊り上がり気味だが、端正な顔立ちのその男は、何をしても様になる。

「よければ、部屋へ?」

 男が三人を順に見て、そう漏らした。娘らは、即座に頷いた。

「トダシリア様、御夕食に口にしたい食材はありますか?」

 娘らに手を伸ばし立ち上がらせている男の耳元で、控えていた者がそう囁いた。やんわりと首を振って顎で娘らを指すと、男……トダシリアは唇を動かす。

「前菜はこの娘らにする」
「承知致しました」

 男の名はトダシリア、絶大な権力と武力を持ち、近年何度も隣接する国に戦争を起こしては勝利していた王。確実に領土を広げている、野心家で横暴な圧政を繰り広げている王。
 歩くトダシリアに、全ての者が跪いていた。娘らだけが、浮きだった足取りで後に続く。部屋に入れば、自ら身に纏っていた流行のドレスを脱ぎ捨てた。巨大なベッドに無造作に横になったトダシリアに、蟻が菓子にたかるように一斉に群がる娘ら。

「……三人、か。先程非常に醜い男を見た、気が立ってるんだよね。精々頑張れよ、売女ら? 満足させられなかったら、仕置きだよ」

 言いながら娘の乳房を荒々しく揉むトダシリアは、こんな状況でも心あらずと興味なさそうに窓から外を見る。

「満足させられるわけが無いだろ、お前達ごときに。……満たしてくれそうな女、見つけたから、さ。まさかトバエが隣に居るとはなんともまぁ、数奇な運命だろうか。おぉ、神よ! なんという仕打ちを!」

 トダシリアはアリアを思い浮かべる、何処か懐かしく、激情に駆られるあの笑顔。アリアのやたら偽善ぶって見えた皆に振りまく笑顔を思い出すと、娘の肌に爪を立てる。痛みで娘が悲鳴を上げたが止めることなく、突き刺すように爪を立て続けた。出血した、だが止めない。血の香りが部屋に漂い始めると、痛みと恐怖で脅え始めていた娘にそっと微笑みかけた。引き寄せて出血した箇所を、ゆるりと舌先で嘗め上げる。
 それだけで娘は、恐怖から一転し快楽に堕ちた。

「……あの笑顔は、オレに向けられるべきものであって、あんな場所で振りまいて良いわけが無い。……以前に、どうしてトバエに手を引かれて歩いているのか、共に行動しているのか。夫婦だと、冗談じゃないっ!」

 吼えるように叫んだトダシリアは、一人の娘の首を絞める。身体を仰け反らせる娘だが誰も悲鳴を上げない、一人の娘は夢中でトダシリアの身体に舌を這わせており、一人はトダシリアのもう片方の手で愛撫されて恍惚の表情を浮かべていた。部屋からは、嬌声が幾重にも外に漏れ始めた。

「夫婦、ねぇ……”お前らが”夫婦、ねぇ?」

 翌日、街の河で全裸の女三人の死体が上がった。無残に腹を引き裂かれたり、歯で肉を食い千切られたり、首を圧迫されたのか眼球が飛び出ていたりと、悲惨な状態だった。
 愛する三人の娘達が行方不明になり、捜索願いを出していた豪商が駆けつけると、変わり果てたその姿に嘔吐しながら泣き崩れた。
 あの宿で、トダシリアに誘われて部屋に入った娘らを見ていた者達がいた。だが宿の関係者は、豪商に首を横に振るばかりだった。「不審な者など、宿には入る事が出来ません、こちらの警備は強固です」その一点張りだった。
 豪商が仕事で酒宴に出ている際に、娘らに何があったのか。
 知らないのは、豪商のみ。あの時間に滞在していた宿泊客のほとんどが、真相を知っていた。
 けれども、誰も真実を豪商に告げるわけが無い。
 何故ならば狂気の殺人鬼は、あの無慈悲なラファシ国の王トダシリアなのだから。誰しも自分の身が可愛いものである。

「あぁ。あんな前菜じゃ駄目だ、全然足らない。欲している身体は、直ぐ傍に。……さぁ、どうやって調理しよう」

 夥しい血が身体中に付着していたので、用意された薔薇の花弁を浮かべた湯船で半裸の女達に身体を洗われながら、トダシリアは天井を見つめる。豪商の無念の泣声など届かない、聞く耳持たない。

「アリア、というのか。なるほど、アリア、か。アリア、アリア、アリア、アリア、アリア、アリア、アリア。”アース”と間違えて呼ばないようにしないと、な? ……”思い出した”よ、オレは」


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