私たちを引き離すことが出来ますか 私たちが出会うことは宿命です 私たちは愛し合うことを止めないでしょう 例え、この身が滅びようとも 私たちの思い出は消えません 私たちはいつまでも憶えています 私たちは、忘れることはありません 例え、この身が滅びたとしても
一人、灰色にくすんだ空を見上げてあどけなさを残した少年、いや、青年は言葉を紡いでいた。
我は忘れない、君のことを 愛しい愛しい、君のことを いつの日か、君をこの胸に抱く時を夢見て 今度こそ、君を抱きしめることを夢見て 我の思い出は消えることなく あぁ、愛しい君 どうして君はあの時裏切った あぁ、愛しい君 裏切った君が酷く憎らしいよ、こんなにも愛していたのに 愛しているよ、愛しているよ、戻っておいで 我の愛しい愛しい美しい君 神に愛された、美しい少女 早く、我のモノになれ 我に、殺される前に <i134499|3397> *
王宮内で盲目の吟遊詩人が唄っていた、評判だというのでこの日の為に遠い街から呼び寄せた。一年は裕福に暮らしても有り余る謝礼を出したので、綺麗な声が掠れてしまうほどに声を張り上げて歌っている。喉を痛めては元も子もなかろうに、と蔑み鼻で笑う。そもそも真面目に聴いてはいない、聞き流していた。おそらく、この場で耳を傾けている城の者は誰一人とて存在しないだろう。 トダシリアは、笑みを絶やすことなく弟を見つめている。 王宮のバルコニーから、たった二人の共を連れて去っていく双子の弟。王位を永久に放棄した、浅はかな双子の弟。宝石の様に輝く申し分ない形のマスカットを一粒咥えると、口内で押し潰し甘さを確かめながら見ていた。 遠ざかり徐々に小さくなっていく弟にようやく口を開くと、別れの言葉を告げた。 無論、本人には聴こえない。
「さようなら、おぉ、愛しい弟トバエよ!」
まるで歌劇のように芝居がかって流暢にそう告げてから、爆笑する。品性の欠片もない笑い声が、周囲に響き渡った。不安そうに家臣達は、若干眉を顰めてそれを見つめている。 笑いを止めないトダシリアは、バルコニーから手にしていたマスカットを放り投げた。当然それは、地面に落ちてひしゃげてしまう。取り寄せられた最高級品だ、庶民は勿論のこと、貴族達ですら普段は口にすることが出来ない高価なものだった。 傍らにあった新たなマスカットに手を伸ばし、トダシリアは鼻の穴を膨らませると先程の弟を思い出していた。腹の底から湧き上がる歓喜に、酔いしれながら。
それは少し前の事。
「おぉ、愛しい弟よ! 旅立ちの日に相応しい、なんとも晴れ晴れしい天気ではないか。天の神もお前の行いを善と認め、賞賛しているのだろうよ」
芝居がかった口調のトダシリアに、弟のトバエは無表情のまま一瞥するだけだ。その様子につまらなそうに唇を尖らせると、トダシリアは足を踏み鳴らす。
「なんだよ、人がせっかくこうして別れの挨拶に来てやっているのに。最後くらい『有難う兄さん』とかさぁ、言えないのか?」 「煩い」
重い溜息と共にトバエが静かに呟く、瞬時にして周囲に緊張が走った。大きく固唾を飲み込みながら、皆がトダシリアの顔色を窺う。が、普段ならばここらでトダシリアは怒り狂うのだが、流石に今日は心穏やかな様で、芝居がかった口調を続けた。そのおどけた様子に、皆は杞憂だったと胸を撫で下ろす。
「目つきが悪いぞ、トバエ。これから先、お前は一般市民だ。世渡り上手になる為には笑顔が大事だと聞く、練習しておいたほうが良いと思うよ」
トダシリアの表情がくるくる変化するのに対して、トバエは一貫して無表情だ。感情を表に出さないトバエなのだが、流石にこの鼻につく浮き足立ったトダシリアの言動には吐き気がしたらしく、思わず眉を吊り上げた。
「煩いと言っている。お前に言われる筋合いはない、オレはオレだ」 「……お前、じゃないだろ。”兄さん”とか”お兄様”だろうが」
王都ラファシ、本日は双子の弟王子が旅立つ日だ。本来ならば占い師に良き日を占ってもらい旅立つのだが、急遽決定したので王宮内は大混乱である。
時の王子は、双子だった。 双子を忌み嫌う土地があるが、この国ではそういった風習もなく、二人の王子は分け隔てなく育てられてきた。どちらを贔屓するもなく、愛情も違わずに注いでいた。 筈なのだが。 兄のトダシリアは高慢知己な性格で、物心ついた時には自らの立ち位置を既に掌握しており、権力を楯に少しでも気に食わない事があれば、即刻それを廃除した。 反して弟のトバエは、常に無表情で物静かだった。幼い頃から子供らしさを見せることなく、ある意味トダシリアのように感情を見せないので異質である。まるで日頃から何かを窺うように、遠くを見据えて心ここにあらず、という雰囲気で近寄りがたく。触れることもままならず、身体を引き攣らせて近寄ってきた相手を威嚇する。孤高の狼のようだった。 トダシリアは短髪、トバエは長髪で後ろで一つに束ねている。顔立ちは兄のトダシリアが瞳が大きい為幼く見えた。二人とも見事な紫銀の髪に、濃紫の瞳だ。 確かに似ていなくも無いが、見間違えることはない双子だった。髪の長さを互いが言い出すわけでもなく、変えたのは何時頃からだったか。同じでは嫌だったのかもしれない、反発し合っているように周囲は思えた。 また、トバエは毎日額に何かしら布を巻きつけている。デザインは様々だが、傷を隠しているということでもなく、気がつけば勝手に巻いていた。 自己主張しているのだろうと周囲は思っていたが、そうではない。意味があるのだが、それは本人にしか分からない事だ。 二人の共通点は髪と瞳の色と、整った顔立ちをしている、ということくらいだろう。タイプは違うが、十分に娘らの気を引ける容姿をしている。 同じ環境下において、こうも性格が掛け離れてしまった双子の王子。先天性のものもあるのだろうが、この二人はそれが強過ぎた。 勤勉とて、同じ様に教えてきたはずだった。道徳も学ばせていた、行く末はどちらかが国王なのだからと皆が懸命に指導した。 どちかかが、とと言えども確実に兄のトダシリアが王になる事は暗黙の了解だ。王位継承は”余程のことがない限り、年齢が考慮される”。 癇に障ると斬首されかねない兄の王子と、冷ややかな視線で遠くを見つめている弟の王子。 それでも、言いつけは素直に聞き入れる弟のトバエが、当然周囲から慕われていた。近づきがたい雰囲気はあるのだが、慣れてくると微笑しているトバエを見ることが出来る。トバエは近寄ってくる相手を、信頼できる人物かどうか試しているのかもしれないと、数人は気づく。 そんな二人が国王の座に就く時期になった場合、権力争いが起こるだろう事は明確だった。確実に弟トバエを国王に、と声を上げる者が出てくる。 兄か、弟か。行く行くは訪れる血みどろの戦いに、皆早くから脅えていた。 だが、そのような事態は起こりえないことになった。「王子の座を永久に放棄する」と言い放ったトバエに、城内に衝撃が走る。良い意味でも、悪い意味でも。 確かに、王子が一人になれば国王の座で争うことはない。 しかし、トバエを支持する覚悟でいた者達は、心底脅えた。トダシリアの暴走を見ていると、悪化しかねない。歴史にその名を刻む、残酷無慈悲な狂王になりそうな予感がしていた。 今でさえ、地方から珍しい金銀や流行のものを取り寄せ、無駄に金を使い、その結果民か税金を巻き上げている状態である。トバエが居る御陰で、トダシリアの我儘を説き伏せてきたのだが、今後それが出来なくなる。 自分の都合の良いように動く家臣で脇を固め、不平を漏らそうならば即刻死刑。皆の金を奪い尽くしそうな予感しかしない、そうなれば国は退廃だ。 とにかくこの双子、仲が尋常でなく悪かった。 同じ境遇だった、一体何が発端だったのか。同じ王妃の腹から出てきた筈なのに、どうして威嚇し合っているのか。 部屋も食事も無論違い、物心つけば勤勉も全て時間をずらして行った。教師は同じだったので、内容は全く同じである。教師からしたら二度手間だ。 能力の差的には、若干トバエが何にしても上に見て取れたが、それを口にしようものならばトダシリアに斬首されるので、誰も口にはしない。 弟が優秀であると、薄々悟った兄の子供ながらの反抗なのか。顔を見合わせることも嫌だと言い始めたトダシリアに、散々手を焼いている。 両親である国王と王妃は、彼らが十歳の時に亡くなった為、叱れる者はいない。
双子を産み、体調を崩した王妃は三ヶ月寝込み、亡くなった。後を追うように国王も亡くなった。妻に先立たれ、精神を病み衰弱した国王。おしどり夫婦として有名な温和な国王であった、残された我が子を無論案じた。 まだ、若干十歳だった双子。 年齢的に即位は不可能であった為、仮の王として国王の弟が君臨していた。王が案じたのはそこだった、実の弟だが『国王の座に酔いしれ、王位を返上しないのでは』死ぬ間際まで、それを不安がっていた。 人は肉親であっても、信用なら無い場合がある。特に金が絡めば、膨大な権力の汁をすすって生活してしまえば……当然だろう。そうなると、暗殺されかねない我が子ら。 しかし、王は亡くなった。城内では、王の食事に微量の毒が混ぜられ徐々に体力を奪われてしまったのではないか、との噂も飛び交った。王妃の死を切っ掛けに、誰かが王を葬ったのだと。誰かが、というよりも、即位した弟以外考えられないが。 しかし証拠など無論なく、この噂はたちまちに消えていく。下々の者にとって、誰か上に立とうとも同じだ。願わくば、圧制をしない者であれ、と。 即位した国王の弟は、それこそ二人の王子を丁重に扱った。善人ぶっており気味が悪いと密かに陰口を叩かれたが、始終笑みを絶やさず、兄であった国王を褒めちぎる話を何度もした。 言いくるめて、彼らが成人する歳になっても王位を渡さない計画だったのだろうか。 しかし、その国王の弟は僅か一年で死亡してしまった。 狩猟に行き、誤って崖から転落したのだ。事故死である。当然、噂は飛び交った。誰かに暗殺されたのではないか、と。 そうして即位したのがその弟である、腹違いの弟なので、血は半分しか繋がっていない。 双子の王子が即位できる年齢は、十五歳。あと四年ほどあるが、また一年後に仮の王も死亡した。 原因は、病死だった。 立て続けに二人の代理である王が亡くなり、場内がいよいよ不気味な気配に脅え始めた頃。気が進まないが次いで即位したのは非常に気弱い、目立たない男だった。野心がない、というより臆病者で、誰からも相手にされなかった男だ。 彼は、双子の王子の従兄弟に当たる。彼らが十五歳になるまで、と何度も説得され仕方なく即位した、影の薄い従兄弟。そんな従兄弟を双子の王子は冷ややかに見つめていた。 一年後に、案の定事件は起きた。
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