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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第140回   勇者は見せしめに村人を殺すか  
 唖然とリュウの頭部から突き出た角を見つめるサンテは、微動だ出来なかった。初めて見る異種族である、確かに瞳の色合いが不思議で、どこか肉食の獣を彷彿とさせるとは思っていたが、人間ではなかったとは。
 しかし、不思議と恐怖は湧きあがって来なかった。

「その石は、私の惑星の住人の魂の破片だっ」
「え、えぇ!? ちょっと待ってくれないかな、何が何やら」

 慌てふためくサンテは、全く無防備のまま床に転がっている。でっち上げられた勇者、というのは本当だろう。腰が抜けているようにも見えるし、戦闘能力など皆無だとしか思えない。
 リュウは鼻で笑うと、右脚を踏み鳴らした。

「人間というのは、虚勢を張るのが好きなのだなっ。こんな臆病者を勇者に仕立て上げて」
「……そうだよ、スタイン。人間は酷く醜悪で滑稽で弱いんだ」

 侮蔑の視線を投げかけるが、反抗すらなくすんなりとサンテはそれを受け入れた。軽くリュウが瞳を開く、侮辱されても怒りすら湧きあがってこないサンテを訝しげに見つめる。
 虚しそうに小さく告げると、サンテはそのまま瞳を閉じた。

「僕はもう、疲れたよ……。トッカが一緒に居てくれても一人で暮らす事って、思っていた以上に苦痛なんだ」

 好きに殺して良いよ? そう、サンテが唇を動かした気がした。リュウの手が若干震える。
 大袈裟に舌打ちし、暫しリュウは剣を突きつけたまま唇を噛締めていた。
 無論、リュウは誰しも手にかけたことなどない。このまま剣を持っている手に力を篭めれば良いのだろう、そうすればなんなく殺すことが出来るだろう。
 けれども、リュウは躊躇した。戦いの仕方は、剣の扱いは習っていても簡単に出来るものではない。命を奪うという行為は、簡単に行ってしまってはいけない。それでは幻獣を使役している人間と同じになってしまう……と、震える右手を止める。

「お前を、殺しても。きっと何の得にもならないだろうから……やめとく。それより、私にお前達人間が知り得る、全ての事を話せ」

 言い訳なのかもしれない、しかしリュウは押し殺した声でそう呟くとそっぽを向いた。剣を素早く仕舞い、横目でサンテを睨みつけてからぶっすりと頬を膨らませる。
 半ば残念そうに苦笑したサンテだが直様「いいよ」と口を開く、立ち上がると破れかけた地図を出してきた。
 妙な行動でも起こそうものならば斬り付ける所だが、全くサンテはリュウに従順なようだった。不意打ちなど、出来ないように思える。
 鋭い視線を投げかけながら、リュウは本音を吐露した。
 
「私は、生きたい。生きなければここへ出向いた意味がない。お前は死にたいのか」
「そうだね、僕は死にたいかも。何も出来ないんだよ、ここでこうして暮らすだけで。結局生活費なんて貰えていないしさ」

 確かにそうだろう、もし、先程の話通りならばサンテは裕福な暮らしをしていても良い筈だ。豪華な建物を与えると、人目を引く為王は居住をそのままにした。金を与えると近隣の村や街で買い物をし、目撃されるので与えなかった。王の私兵が頻繁に訪ねては怪しまられるので、用がない限り出向かなかった。食物の種は与えたが、この場所では育たなかった。
 人間とは、なんと浅ましいものなのだろうか。
 リュウは歯軋りする。同情したくはないが、流石にサンテの待遇に気の毒になった。だが、ミイラ取りがミイラになってはいけない、軽く頭を振る。

「さぁ、何が聞きたい?」
「……その前に。お前、本当に死を覚悟しているのならば生きたい私に力を貸せ。そのくらいどうってことないだろう? どうせなら、何かの役に立ってから死ね」

 地図を眺めつつ言い放つリュウに、微かにサンテは笑う。

「だからこうして解る事を全て話すつもりだよ、でも僕は教養なんてないからさ……」

 言いつつ、カエサル城の位置を指差した。

「ここが、例の城だよ。僕達は今この辺り、この周辺がこちら側の領土になるね」

 ぐるり、と城を中心に大きな円を指先で描きながらサンテは呟く。

「四方は敵対する国に囲まれているよ、それだけじゃない、実はこの国内でも反発している街や村があってね。至る場所で日々、無意味な争いが続いているんだ」
「どうして人間は皆で仲良く出来ないんだ? 簡単なことだろう、意味が解らない。というか、協調性が無いのか時の王がしがないのか……」

 リュウの言葉に、サンテはただ虚しく笑うしかない。

「何故だろうね、僕が訊きたいくらいだよ。スタインの居た場所は、争いなんてないんだ?」
「当たり前だろう、皆が皆、笑顔で日々を過ごしていたんだ。……人間に、呼び出されなければ」

 そもそも幻獣星には国が一つしかない、たった一つの王族によって全ては統べられている。
 再びフードを深く被るリュウを、興味深くサンテは見つめる。

「私はこの土地……というよりも、この惑星の者ではない。そこには人間など住んでいない。我らに関わらないのであれば、人間が幾ら争うとも問題はない。勝手にやってくれ。だがこの惑星の人間が、私達を”召喚”しているらしいのだ。召喚された者達は、誰一人として故郷に戻ってきてはいない。恐らく、その戦争に使役されているのだろう」
「そ、そんな話は聞いたことがないけど……」

 狼狽するサンテを睨みつける、悪いのは彼ではないが何かに当たりたくもなった。

「事実だ、お前だって見ただろう、触ったのだろう? ……石を。お前を奇襲したという人間の目的は十中八九、その石……私の同胞の命の欠片だ」

 混乱しているサンテはとても”フリ”とは思えない、本当に何も知らないのだ。事実を知っている人間こそが、自分の本来の敵で間違いはないとリュウは判断する。となると、今目の前にいる偽勇者は、どうすべきなのだろう。彼に罪はない、真実を知らない人間はやはり殺してはいけない。
 罪は、人間全てに償わせるべきなのか、否か。

「王は石を知っているのだろう、だからお前から取り上げたのだ。それこそ欲した物なのではないか?」

 リュウの言う通りだと思った、間違いなどないだろう。石が何かとも訊かれなかった。

「人間の実力など私は知らないが、お前を見た限りでは私達よりも下等な生物のようだ」

 反論など、出来ない。サンテは始終哀しそうに俯くばかりである、自分を恥じているのか人間を蔑んでいるのか。
 その脆弱な人間に使役されるこの歯痒い運命に、リュウは歯軋りする。

「私のすべき事は、一刻も早く召喚された大事な同胞を救出することだ。多くの人間を殺すだろう、だが当然の報いだと思え。愛すべき同胞達は家族から切り離され、この地に召喚されているのだから。全員救出出来たのならば、今後関与しない事を条件に……惑星に還る」

 言いつつ、それが不可能に近いことをリュウは知っていた。一人や二人ではない、召喚された正式な人数など把握していなかった。終わりが見えない。

「ともかく、人間は同胞を強制的に呼びだして兵器として扱っているのだから、私はその場へ赴かねばならない。今、最も過酷な争いは何処で起こっているのだ」
「えーっと。ここかなぁ、でも、そんな話全く聞いたことがないしなぁ」

 と、リュウが顔色を変える。トッカが急に吠え出し、我に返るとサンテはリュウを見つめた。リュウも察知したのだ、何者かの足音が近づいてきたことを。それは、本能だったのかもしれない。あからさまな敵意を感じてしまったのだ。

「誰か来た! 隠れるんだ!」

 リュウの身体を壁に押し付けると、自分の薄汚れたマントをかけて座らせ周囲に薪を転がした。動かなければ、人がいるとは思えないだろう。
 胸が早鐘のようになる、極度の緊張がサンテを襲った。それこそ、あの殺戮があった日のように。
 自分を匿ってくれようとしているサンテに、リュウは若干驚いていた。何も出来ないと思っていたのだが、その動きは機敏だった。人間から護ってくれているという事実が、リュウの気持ちをさらに傾ける。
 今ここでサンテはリュウを人間に差し出しても、問題はない筈だった。たった一晩、泊めて貰った仲なだけである。被らされた布でサンテの姿は見えないが、妙に安心してしまった。

「サンテよ、勇者サンテよ!」
「は、はい」

 扉を乱暴に開いて、数人が入ってきた。足音からリュウは三人程度だろうと予測し、万が一にそなえて武器に触れる。緊張が走り、剣に触れた指が痺れる。

「何か御用ですか」
「うむ、多少面倒な事が起こった。力を貸せ」
「解りました、内容は?」

 リュウも耳を澄ます、運が良いのか悪いのか、内容によっては好機である。

「西の辺境の村で暴動が起こった、鎮める為にお前も同行しろ。戦わずとも良い、勇者が来たとだけ印象づける。他は精鋭部隊だ、命の心配はせずとも良い。村を沈めたら、勇者らしく胸を張り国に絶対の忠誠を誓わせろ。抵抗するようならば、見せしめに殺せ」
「……解りました」

 迎えに来ていた兵は三人だった、別の場所に待機している兵もいるだろうが。
三十代前半の男達だ、淡々と内容だけ告げる。リュウには信じられない内容だ、殺すことを前提に鎮圧に行くらしい。
 それよりも、飄々と返事するサンテが信じられなかった。リュウを助けてくれたサンテとは思えない、静かに返事をしているサンテは瞳は虚ろだ。だが、そんなサンテの表情などリュウは知る由もない。唖然とリュウは座り込んだまま、喉を鳴らした。
 人を殺すことに、抵抗はないのだろうか。同じ種族であるのに、まして無抵抗の人間であるかもしれないのに。

「直ぐに発つ、用意しろ」
「はい……あの、犬の餌を用意したいので数分戴けますか?」
「よかろう、外で待つ」

 足跡が、遠ざかっていく。ドアが閉まると同時に、勢い良く被せられていた布が剥がされた。
 腑に落ちないといった表情で現れたリュウに、当然だとばかり自嘲気味にサンテは笑うが会話している時間など、なかった。

「そういうことだよ、僕は行かなくてはいけない。その間、スタインは……」
「ここをねぐらにして、自分で調べよう」

 無造作にサンテは地図をリュウに手渡すと、墨で簡単に印をつける。

「僕も今から行く村で情報を掴める様にするから、出来れば行動を起こさずに、大人しくしていて欲しいな」
「時間が惜しい」

 苦笑いして、サンテはマントを羽織る。用意するものなど特にない、剣はさびている粗悪品だ、楯などはない。
 リュウとて訊きたい事は多々あったが、不信感を露にしたままサンテを見送るしかなかった。視線に気付き、再び自嘲気味にサンテは笑った。妙に、悲しみを漂わせて。

「情けないだろう? 人を殺せと言われて解りました、としか言えないんだ。恐らく村人達が正論だよ、重税に苦しいのだろうし、早く平和な国で暮らしたいんだろうね。けれども抵抗する者は力で弾圧さ」

 仮初の勇者サンテは、吐き捨てるように告げるとドアを開いて出て行く。
 トッカがそれを追いかけようとしたが、慌ててリュウが抱きとめると、壁の隙間から様子を窺う。
 深紅の鎧に身を包んだ兵が五人ほど、サンテを待っていた。あれではどちらが勇者なのか判らない。
 乞食と、正統な騎士の様だ。

「あれが……ニンゲン」

 愚かな思考回路である生物だ、気に入らない者は同族であろうとも全て潰すらしい。そんな種族ならば、他種族になど遠慮はしないだろう。
 寒気が走る。
 だが、ここで感情に浸って思いを張り巡らせている暇は無い。リュウは直様、サンテから受け取った地図を開いた。
 不安そうに見つめてくるトッカの頭を撫でつつ、爪を噛みながら思案する。

『人間の能力は、我らよりもずっと劣ります。けれども、何故使役されなければならないのか。それは、先祖が結んだ契約によるものです。遥か昔、人間と我らは共に生存していたそうです。我らを神の遣いとし、崇めていたのだそうです』

 あの水竜の女性が話してくれた事を、思い出していた。


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