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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第14回   魔王達の結論
 両親が、驚愕の瞳でハイを見つめていた。唇が「なぜ」と、動いたのを確認しハイは嘲り笑う。

「胸に手を当てれば解ることだろうに?」

 断末魔がいくつも耳に届くが、興味を持たずハイは満足そうにその場を悠然と歩き回る。
 眼球がずるりと抜け落ちる、髪が抜ける、腕がもげる、腹に穴が開く。こうなってしまっては聖職者だろうがなんであろうが、関係ない。
 その場に残ったのは無数の無残な死骸でしかなく、ハイは愉快そうにその場で高笑いをしていた。
 心底、愉快だと思った。 
 が。不意に笑い声を止めて、ある方向へと歩き出す、ゆっくりと拍手をする。
 次第に大きく手を叩き、辺りに小気味良い音が響き渡った。

「素晴らしいな、君。立派だ」

 一人の人間に向かって、近寄っていくハイ。この場でたった一人、生存者が存在した。喰われながら、もがき苦しみながら死んでいった人間達ばかりかと思えば、正常に脳が働いた聖職者が存在したのだ。
 彼女は必死に防御壁を張り巡らせ、迫り来る亡者達から身を護っている。宴の酒を飲まず、浮かれていた者達と離れ一人で居た故に状況把握が出来たようだった。
 明るい金髪、全てを見透かす様な碧い瞳、髪を後ろで一つに束ねた、質素な衣服の少女が立っている。歳はハイと同じくらいだろうが、化粧もせずにいるため、子供に見えなくもない。
 足元に転がっていた高等な神官の銀の杖を右手に、首から提げていた十字架を左手で掲げ、懸命に亡者を撃退していた。彼女自身はそう対して魔力が高くはない、だが、手にしている装備品が優れている為に亡者と対等に戦っているようだ。
 しかし相当の疲労である、辛うじて立っているような状況だ。 
 近寄ってきたハイに、彼女は力なく微笑むと全神経を杖へ集中し、ハイ目掛けて杖を突き出した。

「何の真似だ」

 解ってはいたが、念の為聞いてみる。
 元凶であるハイと一戦交えようというのだろう、ただハイはこんな娘にやられるつもりもなかったので反撃の態勢はとらなかった。
 彼女の意思が正気か確認する為に口を開いた、全くの無駄足であるのだと教えるために。

「勝てないのは百も承知。ですが残った神官としてはこうするのが義務では? ハイ様が巨大な魔力の持ち主であると……痛感していたとしても」
「立派だな”神官の義務”そうか、腐った神官しか存在しないと思っていた」

 彼女が威勢よく腹から声を出し叫び、杖を振り下ろした。ハイの周囲の亡者が一瞬で掻き消えていったが、ハイは薄く微笑む。渾身の祷りだった、全神経を集中させ、希望に賭けた少女の攻撃だ。 
 長い黒髪が風になびいて揺れている、口元に軽薄そうな笑みを浮かべるとハイは右手を前に突き出した。

「さようなら、名もなき神官の娘。最期に良い言葉を有難う」

 全く効果がなかったと判り、少女が目の前で悔しそうに、切なそうに顔を歪めた。
 低く呻き、力なく倒れこむ少女。
 ハイの後方から新たな亡者が疾風の様に現れ、無常にも少女に襲い掛かった。無数の黒い塊が、懸命に張られた防御壁を幾度も打ち付けて彼女に負荷をかけていく。
 手にした十字架をハイ目掛けて最期の足掻きとして投げつけたが、生憎ハイには全く効果がなかった。
 闇の属性だが、神官である彼にはそんなもの効果がない。穏やかに微笑むハイを最期に、彼女の絶叫が周囲に響き渡る。
 防御壁が破壊され、彼女の身体を無数の亡者が取り囲み、魂を食らっている。
 綺麗な神官の魂は、亡者にとって麻薬のような馳走である。こぞって喰らっていた、滅多にお目にかかれない美しく清らかな処女の魂である。
 死に際に彼女は唇を動かしたのだが、全くハイには届かなかった。彼女の言葉は「ハイ様、お慕いしていたのです」。
 汚れた瞳で人間を見ることしか出来なかったハイは、彼女の澄んだ心を汲み取ることが出来なかった。
 彼女の両親は確かに堕落していたかもしれない、けれどもその娘までが堕落しているとは限らない。彼女は弱き人々を助け、誠意で弱き者と共にし、懸命に神に祈りを捧げていた。ハイを数年前に見かけ、綺麗な容姿と優しそうな瞳に心を奪われた。
 昨今の神官が堕落していることは、彼女とて知っていた、故にハイに期待をしていたのだ。彼ならば、正すことが出来るのではないか、彼ならば人々を導けるのではないか、と。彼にはそう思わせる風貌があった、出来れば近くで神に身を捧げたいと願った、つつましい彼女は。
 その場で死に絶えた。
 彼女の思った通り、確かにハイは人々を導いた。……破滅の道へと。
 彼女の躯が崩れ落ち、屍が散乱したその場をつまらなそうに一瞥すると、ハイは踵を返す。
 用意されていた祝いの食事を館で食べた、譲り受けた聖衣を羽織ってみた、受け継がれてきた銀の杖を手にしてみた。
 嗤う、ただ、嗤う。一人きりの館で、ハイは嗤った。外は、死体の山だった。 
 十四歳の誕生日、ハイはこのようにして暗黒神官に即位した。
 暗黒面が強かったが、聖なる力も多少は兼ね備えていたため、特に弱点が見当たらず、悪魔すらその力量に魅了されて数名が集ってきた。
 何度か人間が攻めてきたのだが、数年経過した後のことであり、その時はすでにハイの元に有能な悪魔達が揃っていた為、人間達は手も足も出すことが出来ず惨敗。
 こうして魔王ハイという呼び名が、ハンニバルへと流れ始めた。

 ある日、ハイは館の一角で封印された異空間への道を発見した。両親すらその存在を教えることがなかった、作為的に閉鎖された場所。もしかすると、成人の儀の終了後、ハイに教えるつもりだったのかもしれない。
 しかし、今となっては不明だ。
 好奇心ではなく、単調になっていた生活に何か変化を、と思いその封印を解除した。別に死を怖がることはなかった、むしろ死を望んでいたハイにとって何も恐怖はなく、真っ暗なその道を進む。
 生活は、あまりにも退屈だったのだ。
 辿り着いた先にハイの瞳に飛び込んできた風景は、見るからに不気味な城。
 目の前に薄い青白い膜のようなものが張っている、それに手を伸ばすと、奇妙な感覚に襲われた。
 肌に纏わりつく生暖かいへどろのような、決して気分の良いものではない感覚に眉を潜めるハイ。けれどもその膜に身体を投じ、怯む事無く突き抜けた。
 この場所が何処かは解らなかったが、その威圧感に包まれた城が、この場所の支配者の住処でありハイと同等、もしくはそれ以上の力の持ち主であることは理解した。
 城の正面の扉を開き、中へと進入した。
 階段までの道に左右に数人の人間、いや、魔族だろうか、微動出せずにそこに佇んでいるのだが、その前をハイは通り抜けた。
 無関心でその者達はハイを通らせた、別に人形ではないが、態勢を崩さずに立ったままである。
 階段を上って達したのは、大きな広間であり、そこにこの城の所有者が居た。

「客人」

 遠い場所で、豪華な椅子に深く腰掛けていた人物が、一言そう呟いた。
 静か過ぎるその場所は、声が良く通る。
 椅子に座っている男は、自分と同じ漆黒の瞳と長い髪で、頭部から二本角が生えていた。
 雰囲気的に何か似たものを感じたハイは、値踏みするようにその大広間を歩き回りながら鑑賞した。男にも瞳を走らせた、真紅の簡易な衣に身を包んでおり、その整った顔立ちと品格の漂う仕草、微かに口元に笑みを浮かべている。軽く興味を持った。

「茶菓子でも、どうぞ」

 男が椅子を立ち、ハイから向かって右側の一角を指した、小さなテーブルがあり、上に何か乗っている。テーブルへと移動した男は、ティーポットから液体をカップに流し入れると、まだ突っ立っているハイを手招きした。折角なので、と疑いもせずハイも同席する。

「私は、リュウ」

 近寄ってきたハイにカップを差し出す、にこやかに微笑んでいるリュウは掴みどころがない。着席はしなかったが受け取ると、躊躇することなく口を開いた。

「私はハイ、惑星ハンニバルの神官」

 聴くなり、瞳を丸くして興味深そうにリュウは小さく笑う。

「神官? 暗黒神官の間違いだろ? 久しぶりに可笑しな冗談を聴いたよ。そうか、ハンニバルの魔王かな。私はネロの魔王なんだ。多分同質で同位」

 瞳を細めて腕を組み、壁にもたれたハイは居心地良さそうに笑みを浮かべた。まさかここが惑星ネロとは思いもしなかったが、当面退屈しのぎは出来そうだった。
 受け取ったカップの中身を口に含む、やたらと甘い液体にハイは眉を顰める。勘付いたリュウが、申し訳なさそうに肩を竦めた。

「あぁ、ごめん。私甘党なんだ」
「これはなんだ?」
「苺のジュース。砂糖たっぷり、蜂蜜多目。あ、苺もあるよ」
「…………」

 にこやかに苺を勧めてきたリュウに、引きつった笑顔を向けるとハイは丁重に断った。残念そうに唇を尖らせ、退屈しのぎに自身のことをリュウは語り出す。「人間が嫌いで、城を攻め落とした。ここは主力国だったカエサル城。ここには勇者の称号を得たナチスという若者と、その妻のマリーという姫がいたのだが、思ったより弱かった」そう淡々と語る。ハイは虚偽がないか注意深く聞いていたが、不可解な点はなかった。

「人間って身勝手だなー。勇者が殺されては不甲斐無いって、彼の墓を作るどころか弔いもなくてね。勇者の彼に同情したよ」
「人間は堕落すると、底まで落ちる。いや、底なし沼に足を踏み入れるため、沈んでいくだけなのだ。ある意味、心が病んでいるのだよ」
「ぶはっ、ハイとて人間だろうにー」
「私は人間だが、人間ではない。人間という種族を放棄した、ハイという名の個別な生物だ」
「へーえ、面白いな」

 けたけた笑うリュウに、何かハイは違和感を感じたが口には出さなかった。二人の魔王は特に張り合うこともなく意気投合し、他愛のない話を楽しむ。
 未練も興味も全くない惑星ネロのカエサル城を後にして、ハイが通ってきた異空間を使用し、リュウは興味本位でハンニバルへと移住する。
 数人の従者を連れて、リュウは物珍しそうにその地を踏んだ。
 館の部屋は腐るほど余っている、部屋を幾つか貰ってリュウは勝手気ままに暮らし始めた。
 惑星ネロの魔王であるリュウが移住してきた、という噂は流れなかった。しかし、ネロが壊滅状態である、という真実は流れ始める。人間達の中には絶望し、自ら命を絶つ者も増えてきた。
 特に人間を殺すこともなく、欠伸しながら昼寝をするリュウを尻目に、ハイは退屈しのぎにと、残り少ない聖職者達を抹消すべく、集ってきた魔族や魔物に主要国を襲わせ始めた。
 人間達も抵抗していたが、ハイ率いる邪悪な軍と対等に戦える力量は持ち合わせておらず、統括された魔王軍の前にはなす術がない。
 故にいとも簡単に主要国を三つ、攻め落とした。残りは二つで、うち片方は時間の問題だろう。砂浜に作った砂の城を、波が崩して持ち帰るように、自然容易く攻め滅ぼす。
 結局残りは一国となり、楽しみを失くさない為に、別に苦戦しているわけでもなく、放置した。このまま潰してしまったら、何もすることがなくなってしまう、それ故に。
 慈悲ではない。
 また余興として、気にかかっていた”伝説の勇者”の存在も確かめたかった。ネロの勇者は、魔王リュウの元へ現れたという。ならば自分の前にも現れても良いはずだ、と思ったのだ。
 神官だったハイとて、勇者の話は聞かされた。
 人間達に最大の屈辱と絶望を味わってもらう為、勇者を見つけ出さねばならない。ハイは最後の一国を極稀に襲わせながら、しかし壊滅させることなく様子を見ていた。
 その国には若い王子が一人居た、彼に勇者を捜してもらうのだ。手間が省けるし、何より捜す過程を見ているのは面白そうだった。恐らく喜びに打ち震えるだろう、その笑顔からの転落を見ることが酷く愉快に思えた。
 勇者が見つかったら適当に殺してしまおう、公開処刑してしまおう。勇者の力になど特に怯えていないが、芽が伸びる前に潰してしまえ……そう思っていた。
 その王子、右往左往し仲間を捜していることは知っている。亡国となった国の仲間達と懸命に生き抜いていたのだが、残りは二人きりになった。殺そうと思えば二人とも殺すことが出来たが、それでは面白くない。
 一国の王子が勇者を捜し出すのには時間がかかる、暇な時間を弄び、二人の魔王は別の星への移住計画を思いついた。
 ネロとハンニバルが通じていたのだから、他の惑星にも行ける気がする、と二人は思っていた。
 思惑通り、二人の力量からなのか偶然にも異界への道を難なく手に入れてしまったのだ。見つけたのは、チュザーレ、そしてクレオへの通路であり、二人は他の惑星の魔王達に遭遇することになった。
 そして現在この場に終結した魔王が、四人。正確には三人と一体となる。
 ネロの魔王リュウ、ハンニバルの魔王ハイ、チュザーレの魔王ミラボー、そしてクレオの魔王アレク。
 人型のリュウ、ハイ、アレクに反してミラボーだけが明らかに人外な容貌だ。イボ蛙が巨大化した感じだろうか、腐敗した緑色、毒々しく光る真紅の瞳、背丈は人間の少年程だが、横が広く肥満なのかそういう種族なのか、幅をやたら取る。頭部の触角らしきものが、時折何かを探るように動くのが不気味である。しかし、身にまとう衣装は最高級の染物で作られた美しいもので、光り輝く大きな宝石をこれでもかと身につけている。
 アレクは非常に美男子で、正真正銘魔族の長であり正当な魔王だ。後に魔王と呼ばれることになったハイとは、経緯が違う。
 魔王を名乗るには歳が若いのかもしれないが、それでも残った王族はアレク一人であり、従兄弟がいたのだが消息不明となっている。血筋から成り行きで即位した魔王かと思えば、類まれなる魔力も兼ね備えており、無口で虚無の瞳、静かに佇む沈黙の魔王。威厳と風格は兼ね備えていた。

「美しいだろう、可愛いのだ、この娘」

 描かせたアサギの肖像画を手にし熱弁を止めないハイに、いい加減うんざりしてきたリュウは苺を食べていた手を休めると、話をする為に向き直る。聞き流すことが苦痛になったようだ。
 アレクは窓から外を見下ろしているばかりで、ミラボーは自身の洋服に縫い付けてある煌びやかな宝石を、うっとりと見つめていた。
 誰も話を聞いていない。

「で、名前は?」
「知らん。寧ろ知りたい」
「今何処にいるぐ?」
「知らん。寧ろ知りたい」
「ハイは、勇者を見つけたら公開処刑とかなんとか言ってたぐ。するんだぐーか?」
「しない。寧ろ会いたい」

 含み笑いで会話していたが、堪えきれなくなった為腹を抱えて爆笑するリュウに、ハイは青筋立てて悔しそうに眉顰める。そのリュウの態度はハイを苛立たせるものでしかなく、拳を握り締め身体を小刻みに震わし、歯軋りして必死に怒鳴りたいのを堪えていた。
 リュウは涙を流しながら、ハイの背を勢い良く平手打ちしている。

「壮健そうな美しい娘だぐー。いや、ハイに色恋ごとがあるなんて思いもしなかったぐー」
「でも、勇者だろう?」

 不意に窓を見つめていたアレクが喋った。静まり返る一室、まさかアレクが何も問いかけていないのに、会話に参加するとは誰も思わなかった。普段会話には入ってこない。
 意外そうに好奇心を丸出しにしてアレクを見つめていたリュウだが、どう返答するのかとハイに視線を移す。
 話を聞いていたことにも、驚きだ。
 『寧ろ会いたい』と言い放った魔王、会いたいのは勇者。「あぁそうだね、公開処刑よりもっと魅力的な愉快な出来事が起こりそうだぐな」リュウは口元に笑みを浮かべ、妖しく光る瞳でハイの言葉が口から飛び出るその前に。

「勇者を手に入れてみるのも、一種の余興なんじゃないかなー、なんて思ってみたりしたぐ?」

 退屈凌ぎに、魔王が勇者を手に入れる。それは非常に愉快な事だった。


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