廊下を右往左往している火竜のバジルは、今にも口から火炎を吐き出しそうな勢いだ。近くでは苦笑いしながら友人であるヘリオトロープが、それを見つめている。先程採ってきたばかりの蜂蜜を嘗めながら。 ヘリオトロープは火蜥蜴の一族だ、リュウやバジルと同じ様に今現在は人型になってはいるが実際は違う。蜂蜜が好物で、非常に温厚ではあるが”生粋の戦闘種族”だった。
「全く……誰だ、スタイン様を甘やかしたのは」 「バジルも、でしょ。この惑星の皆だよ、彼は純真すぎる。事実を受け止めるには、あまりにも過酷だよ」
蜂蜜を綺麗に嘗め終えると、ヘリオトロープはバジルに静かに歩み寄った。 幻獣星の中央に位置する、首都ジェイムズ。 そこが代々竜帝が住まっている場所である。華美ではないが巨大な宮殿の奥には、現王が眠っていた。リュウの父親である。 妻である王妃を失くしてから臥せっており、日々衰弱していくばかりだった。そこで一刻も早くリュウの即位が必要なのだが、生憎彼には治める気がさらさらなく毎日遊んでいる。 代々王家の教育係として遣えて来た末裔のバジルにとって、放蕩息子のリュウを教育することは死ぬほど苦痛だ。これで本人を嫌いになれれば割り切って叱咤し進めていけるのだろうが、生憎リュウ自身は嫌いではないから困る。 不真面目な態度で自覚がないが、リュウが言いたいことが解らないでもない。 ”何故、この平和な世界で学ぶことが多々あるのだろう””皆、笑顔で暮らして何も争いなど起こらないのに何故、戦闘に必須な科目があるのだろう” それがリュウの不平の原因である、上手く言いくるめて過去からの風習だと伝えると唇を尖らせる。「ならば私の代で無しにしてしまおう、それが良い、そうしよう」と言い出す始末である。 周囲に優秀な人員が揃っていることくらい誰でも解るが、それだけでは国、いや惑星は治められない。 この惑星には種族は多いが、唯一無二の王族が統治してきた。 歴史を学び、地形を覚え、どんな種族が住んでいるのか把握するなど勉強するよりも実際自分の足で観て周った方が早い……というのは、リュウの意見である。 確かにそうだ、間違いではない。だが、リュウはその先のことを知らなかった。 次期王は、未だ最も重要なことを知らないのだ。 力さえ発揮できれば完璧な王にもなりえるのだが、甘やかされて育った為に苦労を知らない。リュウの笑顔の前では、誰しも、”真実を”告げられなかった。
「いっそのこと、バジルが王に即位したら? お前なら誰も咎めはしないよ」 「ふざけた事を言うな、ヘリオトロープ。私は王族に遣える身だぞ」
名案だ、とばかりに嬉しそうに告げた言葉を怒涛の勢いで跳ね返された。肩を大袈裟に竦めてヘリオトロープは床に座り込む。 水晶で出来た床だった、幻獣星は鉱物が非常に豊富である。そんなこと、住まっている幻獣には関係ないことなのだがそうもいかない。水晶で出来た、ただ広いだけの敷地、銅像はなく歴代の皇帝の肖像画がずらりと入門してから飾られている。今はリュウの父親で止まっているが、直に最後尾にはリュウが飾られるだろう。 二人は、末端を見つめて大袈裟に溜息を吐く。
「……さて、どうする? 次の会議はスタイン様も出席させたほうが良くないか? 猶予がない」
バジルは無表情で肖像画を見つめている、無言の時は深く思案している状態なのでヘリオトロープは何も言わず、それ以後口を閉ざして瞳を瞑った。 時間が流れる、時間は重要なものだと幻獣達は知ってはいた。だが、名案が浮かんでこない。
「王に、助言を頼んでくる」
ようやく重々しい口を開いたバジルに、ヘリオトロープも「付き添うよ」と立ち上がった。そこへ叫び声が響き渡る。水晶で出来た床に、声が反響した。
「バジル様! 王が、王が!」
廊下の奥から泣き叫びながら飛び出してきた侍女に、直様バジルは疾風の勢いで奥へと消えた。ヘリオトロープはそれとは逆に王宮を飛び出していた、緊急事態である。 国王御逝去。 惑星中に直様伝令が飛び、数時間後には皆が溢れかえるように王宮に殺到する。 王宮を真っ先に飛び出したヘリオトロープは、直様地を駆ける火蜥蜴へと変貌しリュウを探した。人型よりも、こちらのほうが速度が上だ。怒涛の勢いで駆ける姿は、まさに火炎の化身。 昼寝を終えて、んごうごうと共に帰宅途中のリュウがあっけらかんとして右手を上げれば、察知したのは、んごうごうだった。リュウを背中から放り出し、リュウの身体をヘリオトロープに預けた。 唖然としているリュウを連れ去るように、ヘリオトロープは踵を返す。その後方からんごうごうが全速力で追いかける姿を見れば、行き交う民は誰しも直感していた。 ヘリオトロープに、んごうごう。 血相変えている二体の様子では、皆真っ先に一つの事を思い浮かべてしまう。そして皆の不安は的中していた。 リュウが辿り着いた時、既に父である王は息を引き取った後だった。一人息子のリュウは最期の言葉を聞くことも、看取ることもできなかった。 もし今日、バジルの言いつけ通りに王宮で勉強をしていたら……間に合った筈だ。 リュウに圧し掛かる、後悔の念。何も言う事が出来ず、水晶の棺に入れられ百合に囲まれて眠っている父の亡骸をただ立ち尽くして見つめる。 周囲で皆が口々に泣き喚きながら何かを訴えていた、だがリュウには聴こえない。日に日に衰弱していく父の傍らに、もっと居てやればよかったと。ただ、過去の自分を悔いて責める事しか、今のリュウには出来なかった。 見て見ぬフリをしていた、大丈夫だろうと言い聞かせていた、弱っていく姿が辛くて見たくなかった。それが、間違いだったと気づいたが遅すぎる。 幻獣星では火葬が常識だ。葬儀を終えると、王の亡骸は神官達によって丁重に運ばれて火葬され骨になった。遺骨は王家の墓に埋葬され、残された者達に悲しみの色が浮かぶ。 次の王は、まだ若い王子。スタイン・エシェゾー、その人だった。 皆に愛されている王子だった、だからこそ、辛かった。ついに隠し通してきていた事実が、彼に曝される破目になるのだから。王を失った悲しみよりも、王子にかかる負荷を皆、心配した。 きっと、王子は絶望するだろう。
葬儀を終えてから自室に閉じこもったリュウは、そこから全く出てこなくなった。ただ、放心状態でベッドに転がっていた。 部屋の外では常にんごうごうが浮遊して主人を待っていた、大きな瞳を時折伏せてただ只管に。部屋の中で物音はせず、生きているのかすら、んごうごうは解らない。 バジルはそんな様子を知ってはいたが、仮の取締役に適任されていた為リュウには会う事がなかった。 日々、バジルを中心に今後の行く末について会議が繰り広げられている最中も、リュウは知らず一人で過ごす。いい加減、自分も皆の前に立たねば、と思い直しリュウが重い腰を上げた時は、既に父親の死から早三十日が経過していた。 食事を数日抜いたところで餓死などしない種族だが、さすがに期間が長すぎる。やせ衰え、瞳虚ろに部屋から出ようとしたリュウ。 ようやく外で、んごうごうの気配を感じた。思わず躊躇して、力なく腕を下げる。気付こうと思えば気付けたのだが、周囲に目を向ける事が出来なかった。恐らくずっと、忠実な合成獣はドアの外で待っていてくれたのだろう……そう思うと罪悪感に苛まれる。 リュウは自分の非常に脆弱な部分を恥じ、ドアへと脚を向けるのを止めた。暫しその場に立ち尽くす。その行動こそが、今自分で恥じた事であるにも関わらず。
……んごうごうならずとも、引きこもっていた自分であれども、他の皆も暖かい笑顔で迎えてくれるに違いない。バジルくらいだろうか、叱咤してくれるのは。
次期王だというのに、こうして引き篭もってしまった不甲斐無い自分に嘲笑する。皆の優しさに触れると余計に惨めになる気がしたリュウは、ドアから少しずつゆっくりと後退する。逃げていてばかりでは仕方がないが、急に身体が震え出した。 両腕を掴み、爪を立てる。足元が竦む、引き攣った笑顔しか浮かべることが出来なさそうな自分に嫌気が差す。リュウはマントを羽織り、フードを深く被ると身体を反転させていた。 真っ直ぐ歩いてそっと、窓を開く。 リュウの部屋は一階だ、窓から十分外へと出ることが出来る高さである。枠に脚をかけてそのまま外へ飛び出したリュウは、一目散に姿を見られないよう城を離れた。逃げるように。 城は、森林に囲まれている。 森の中を走っても何処へも行く場所などないのに、それでも自分の部屋には居たくなかった。そして誰にも今は会いたくなかった、そんなことが許される筈がないのに。 心地良かった筈の一人の空間が、急に怖くなっていた。 時折聴こえる羽音や風の音に身体を硬直させながら、周囲を窺いつつリュウは走る。息が切れれば額の汗をぬぐって、それでも脚は動かした。 絶叫すれば、このどうしようもない絶望感は取り払えるのだろうか。 小川の水を掬い、口に運んで喉を潤す。小川に自分の情けない顔が映っている、自嘲気味に笑う。クマができ、やせ衰えた自分はとても威厳などあったものではない。 こんな王で、誰が慕ってくれるのだろう。いや、それでも皆は慕ってくれるからこそ、心痛だ。そんな人物ではないと自分で確信しているというのに、そこが辛い。 兄弟はいない、王家は血筋で選ばれるのでこの運命からは逃れられない。もっと、他に優秀な者がいるだろうに。 ふと、リュウは顔を上げた。王である自分が法案を覆してみたらどうだろう、と思いついた。
「バジル!」
小さく叫んで立ち上がると、逸る気持ちを抑えて唇を噛締める。幼馴染のバジルならば知識も豊富で皆の信頼も厚い、自立した優秀な男だ。彼に王座を任せてしまえばいい、王子の意見は聞き入れられなかったが、王に即位して提案したら、皆受け入れてくれるかもしれない。
「反対されても、権限を持ってして強引にバジルを王座につけてしまおう。そして、自分は隣で真面目に一から勉強をやり直そう!」
そこまで考えて、ようやくリュウの表情に笑みが戻ってきた。 不釣合いな王に代わって、参謀が即位する。皆、納得してくれるだろう。 ようやく未来が開けた気がしてリュウは自室へ戻ろうとしたのだが、せっかくなので街の様子を見てみることにした。森林をやや足取り軽く歩き続ければ、城下町が開けている。 通り道の木にたわわに実った林檎がぶら下がっていたので、それをもぎ取ると齧りながら歩く。久方ぶりの食事だ、甘くて瑞々しい林檎に思わず笑みが零れた。 本日の天候は曇りだ、鬱蒼とした分厚い雲が太陽を覆い隠していた。 自分の正体がばれないようにフードを更に深く被り、周囲を見渡す。誰も、路にはいなかった。普段は誰かしら、路の何処かにいる筈なのだが。 しかし不意に、声が微かに聴こえた。首を傾け、声の方角へと脚を進める。一軒の家から聴こえてきたそれは、すすり泣きにも聴こえた。 無性に胸がざわめく。 リュウも知っている、水竜の一家が住まう家だった。小ぶりの窓から、そっと中の様子を窺う。
「おかーさん。おとーさんは? おにーちゃんは? 向かいのおねーちゃんは?」 「……うぅっ」 「いつになったら、帰ってくるの? どこへ行ったの?」 「……うっ、うっ」
家には、母親と幼い子が一人。母親は、静かに涙を零して幼子を抱き締めていた。 異様な状態だった。リュウにはなんのことだか、さっぱり解らなかった。病気で亡くなったのだろうか……それしか考えられないが、一度に三人も亡くなるものなのか。妙な伝染病でも広まっているのだろうか。 唖然と暗い家の中を見つめていたリュウ。王が亡くなって、惑星が不安定に傾いた……という事実でもあればそれは一大事だった。自分の責任だ。 しかし、違う。 そうではない、リュウが今まで知らなかっただけだ。誰からも”知らされていなかった”だけだ。
「お父さんも、お兄ちゃんも。向かいのお姉さんも、山のおじさんも。ちょっと旅行中なのよ、きっと、きっと、帰って……うぅっ」
床に崩れ落ちて号泣を始めた母に狼狽し、連鎖して泣き出した幼子。いてもたってもいられなくなり、リュウは思わず家の玄関に回りこむとドアを強引に開いて中に入っていた。
「すまない! 謝罪などしても断罪は免れないが……私の無責任な行動が引き起こしてしまったのだろう!?」
真面目にバジルから授業を受けていなかったリュウは、思い込んでしまった。王という存在で惑星が支えられていたとして、各地で天変地異が多々発生しそれに皆が巻き込まれているのではないか、と。 フードを外して姿を現した若き王に、唖然と母はリュウを見つめる。幼子が泣きながらリュウの足元にしがみ付いてきた、顔色を変えて母親が手を伸ばしかけたが、遅い。
「スタイン様! みんなを助けて。何処へみんないっちゃうの? どうして”帰って”こないの?」 「スタイン様、お忘れくださいっ!!」
絶叫した母に、幾らリュウとて違和感を感じた。すがりつく幼子と母親を見比べる、震えて必死に自分のマントを掴んでいる幼子と、脅えて唇を紫にしこちらを訴えるように見つめている母と。 静かに、声を発した。
「……何か、隠して?」 「い、いえ、そのようなことは! りょ、りょこうに、りょこうに……」 「みんな、いなくなるの。どこへ、行っているの? スタイン様なら、知ってる?」
母が無理やりリュウから我が子を引き剥がし、自身に抱き寄せると口を塞ぎ床に崩れ落ちると涙した。幼子は必死にもがいて、リュウに助けを求めるように小さな手を伸ばしている。
「……どうか、教えてくれないだろうか。私は何を知らないのだろう。何か、隠して?」 「わ、私は何も存じ上げてませんっ! バジル様に、バジル様にっ」
大きく身体を震わす母は、見ていて気の毒だった。何に脅えているのだろうか、何をそこまで隠しているのだろう。追求するのも気の毒だったが、知りたい。意を決してリュウは片膝つき、母に首を垂れる。
「どうか、教えて欲しい。……皆、”いなくなる”のか?」 「……あ、あぁっ! スタイン様は悪くないのです、悪いのは人間で……」
母親の絶叫だった、聴いた単語は聞き慣れない単語である。だが、聞き取った。
「ニンゲン?」
慌てて口を塞いだ母親だが、もう、遅い。顔を上げてリュウを見つめると悔しそうに、唇を噛締める。その唇から、血が流れ落ちていた。水竜の血は、緑色だ。震えながら必死に我が子を抱きとめつつ、ようやく、ぽつり、ぽつり、と話し出す。 リュウは、知らなかった。 誰も、教えてくれなかった。これが、今まで自分に対して皆が極秘にしてきた最重要事項だったのかと思うと、底なしの沼に身体が沈んでいくようだった。 絶望しかない。 物言わず、おぼつかない口調の水竜の母親の言葉を聞いていたリュウ。聴き終わった時、ふらつく足取りで立ち上がるとそのまま家を出て行く。
「スタイン様っ、私達は」 「……すまない、と何度言えば赦されるのだろう? 赦してくれとは言えない、必ず連れ戻すとも言えない。だが、”助け出してみせる”から。私の命に代えても、必ず助け出そう。……有難う、教えてくれて」
家を出る前に、小声でそう呟いたリュウ。家の中で絶叫が聴こえる、何事かと近辺の住民達が不安そうに飛び出してきた時、そこにはリュウがマントをはためかせて立っていた。 皆、久々に見たリュウの姿に笑みを見せ声をかける。だが、様子がおかしい。彼の瞳に、光がない。口元に、笑みがない。皆の好きな、リュウのあの穏やかな雰囲気などなかった。 声をかけても、リュウは反応すらしなかった。ただ、静かに皆に囲まれた路を歩くだけだった。 空には、太陽の光がない。空気は乾燥したままだ、時折寂しそうに木の葉が落ちる。 堂々と歩くその姿は、確かに威圧感があった。今までの皆に愛されていただけの王子とは、違う。表情に、まったく感情が現れていない。それは意志薄弱しているようにも見えたし、自暴自棄になっているようにも思えた。 声をかけられなくなった幻獣達は、無言で歩くリュウをただ見守るしかない。一歩後退し路を開ける様にして、固唾を飲み見守る。
「スタイン様、お待ちくださいませ! スタイン様っ」
飛び出してきた水竜の親子に声に、僅かにリュウは首を動かしたが脚は止めなかった。知らず早足になるリュウ、やがて皆にあの親子が真実を話すだろう。そして自分は何を言われるのだろうか。 『貴方様のせいではありません』と言われるのだろう。 ……耐えられない、どうして今まで自分だけが何も知らずに生きてきたのだろう!
城へと続く道程を淡々と歩いているが、腸は煮えくり返っている。冷静に見えて、何かが胸のうちで破裂しそうだった。自分の内に秘める何かが蠢いている、どう感情を表して良いのか分からず、表情は硬ったままだ。 それは、周囲に零れ始めた。リュウの身体から湧き上がるその魔力の破片が、小道の花を揺らす。枯らすことはなかった、ただ、変色した。純白の花は、深紅に。萌黄の葉は、灰色に。 異変を聴きつけ、バジルとヘリオトロープが前方からようやくやって来た。想定内だ、自分を捜していたに違いないのだから、遅かれ早かれこうなると思っていた。
「スタイン様。部屋から出たのであればまず、私に会いに来るのが筋でしょう」
平素通りのバジルの声色に、周囲では皆が固唾を飲んで見守っている。異様な雰囲気をバジルが感じ取れない筈は無いのだが、気にせず素振りで淡々と告げる。ただ綺麗な瞳でリュウを捕らえて、真っ直ぐにバジルは見ていた。 隠し通すつもりだろう、とリュウは口の端に若干笑みを浮かべる。それも、想定内だった。
「……そうだったな、悪かった」 「話があります、城へ戻りましょう」 「私も話がある、丁度良かった」 「んごうごうも、心配しております」
会話の流れに、皆は胸を撫で下ろす。再び歩き始めたリュウは、バジルの傍らを通り過ぎるが見向きもしない。ヘリオトロープが全身に奇怪な汗をかきながら、後方で不安そうに見つめている民に軽く片目を瞑り笑いかけた。大丈夫ではないが、今は民を不安に突き落とすわけにはいかない。 口元を拭い、自分の震えている右手を固く握り締めたヘリオトロープはリュウとバジルを追った。残された者達も、不安そうにそのままついていく。 城へ、と。 門を潜り城に入れば、リュウを待ち侘びていたんごうごうが直様擦り寄ってくる。流石に笑みを零したリュウは、その丸い背を撫でた。不安そうに大きな瞳を何度か瞬きしているんごうごうに、若干リュウは笑みを零す。が、ぎこちないその笑みに、ますますんごうごうは萎縮する。 撫でているその後方から、バジルが声をかけた。
「食事は?」 「いや、構わない。そこまで空腹ではないから」 「全く、誰が窓から抜け出すことを教えましたか? ……子供ではないのですから」 「子供扱いしていたのは、どっちだ」
んごうごうが、硬直する。その背の手が若干震えていることを察知したんごうごうは、そのままバジルに視線を送っていた。微かに頷いたバジルは、首を軽く動かし足をゆっくりと広げていく。暗黙の了解で、ヘリオトロープがリュウの傍らに回りこむ。
「別に子供扱いなどしておりませんよ。まぁ、確かに勉強嫌いなところがありますので手を焼いておりますが」 「白々しい」
んごうごうからゆっくりと手を退けたリュウは、そのまま一直線に廊下を歩いた。 突き当たりは、王の間だ。王の間の左がリュウの自室である。右は亡くなった王妃の間だった。 バジルは冷静に皆に指示を出していた、こうなることなど早くから予測が出来ていた。だが、他の者達はバジルほど冷静ではいられない。焦燥感に駆られてリュウを追う、その手に皆武器を握り締めて。 カツン、カツン、と不気味な程響くリュウの足音。んごうごうが慌てて追って隣にぴたりと位置するが、もうリュウはそちらを見なかった。 王の間へは、刺繍が見事な布で覆い隠されている。カーテンの様に左右に広げて中に入る仕様だ。中に入れば、王座が中央に見える。その、右手の奥から王室へと入っていける。 数日前まで父王が床に臥していた部屋だ、最初の頃は見舞いに訪れていた。代々使われてきた王の部屋で、行く行くはリュウの部屋になる筈だった。 問題はその部屋ではない、子供の頃から気になっていた。 この王座の間に不可解な箇所が一箇所存在する、天井を見上げると、中央に何か文字が施されている。 華美な装飾をしていない王宮で、ここだけに一箇所、精密な何かが天井に。床にも側壁にも何もないというのに。 幼い頃、あれは何かと訊いたことがあった。なんと答えが返って来ただろうか、記憶にないので大したことではなかったのだろう。 今にして思えば、勤勉を疎かにしてきた事に腹が立つ。これに関して自身で調べてみるべきだったと、舌打ちする。 文字の真下に立ったリュウは、静かに天井を見上げる。腕を伸ばした。
「スタイン様、こちらへ」
バジルの声に皆が一斉にリュウを囲む、その行動で確信した。やはりこの場所が鍵だったのだと、口角を上げて軽く頷いた。
「……見くびるなよ、バジル。確かに私はお前の言いつけを守って来なかった、だがこれでも王族の末裔だ」
リュウは、念じた。ただ、ひたすらに念じた。何が出来るのか解らなかったが、それしか思いつかなかった。
『スタイン、願い事は強く思えば叶うものだよ』
父親の声が聴こえる、ならば今強く願うべきだと悟った。あの日その王座に腰掛けながら、自分の頭部を優しく大きな手で撫でながら告げた父親に、心の中で謝罪する。
「私は、これしか方法が思いつかなかった」
ボソ、と言葉を漏らし全魔力を掲げた手に集中する。全ての忌まわしき元凶を潰す事が出来るのは、自分しかいない筈だ。それを成しえてこそ……王に即位出来るだろう。 今は、即位など到底出来ないとリュウは思った。真実を知ろうが、知らないままだろうがその気持ちは変わりがなかったが。
「恐らく、戻る事はないけれど」 皆の悲鳴が聴こえる中で、リュウは微笑した。寂しそうに、ただ涙を浮かべて微笑した。
「不甲斐無い王子で、悪かったな。皆、元気で」
爆音と眩い光線が水晶の床に反射する、バジルの悲鳴に近いリュウを呼ぶ声が木霊していた。 ヘリオトロープが自身の鎌を投げつけるが、リュウの魔力に跳ね返され砕かれ戻ってくる。床に破片が振りまかれる、瞳に入れた瞬間に舌打ちして単身でリュウへと突っ込んだが、刃すら受け付けないのでは身体では到底無理だ。弾き飛ばされて床に叩きつけられるが、何度でもヘリオトロープは妨害を続ける。 脇に居たんごうごうも体当たりを食らわしているが、ボールの様に跳ね返されて壁に激突していた。 天井から急に吹き荒れた風によって、リュウの姿が完全に掻き消される。魔力ならばリュウの上限は計り知れない、それを使いこなすことが出来るかが問題だった。 計算外である、完璧に使いこなしていた。遅かれ早かれこうなると思っていた、しかし絶望しか残らない。 舌打ちしバジルは身体を翻すと直様自らの武器を取る為に駆け出していた、だが。急に立ち止まり驚愕の眼で天井を見つめる、わなわなと身体が小刻みに震え出していた。
「王子……! 封印されましたな!?」 「どういう、ことだ?」
満身創痍のヘリオトロープの問いに、怒鳴るように冷静を保っていたはずのバジルが叫ぶ。その声は、皆を震撼させた。沈着冷静であったバジルの動揺を見れば、誰しも気付かざるを得ない。
「孤立させた! この惑星は何処とも干渉できないっ、王子が封印を解かない限り、誰しも行き来出来ない」
我武者羅に、手にしていた腕輪を床に投げつける。宝石がとれて、煌きながら宙に舞う。
「どなたか! どなたか! 王子と同等の、いやそれ以上の魔力を持ちえるお方よ! どうか、私の声をお聞きください! 私の名はバジル=セルヴァ。私を召喚してください、封印を打ち破り、貴方様のもとへと召喚してください!」
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