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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第136回   幻獣星の王子
 花を咲かせて楽しんでいたアサギの異質な魔力は、先日見たエルフのロシファと同質だ。世界は広いのだから、あのような魔法を扱える人物が何人存在してもおかしくはないだろう。
 人の目を楽しませるだけの魔法、とはリュウは思っていなかった。あれは、植物達がその魔法所持者に従順だから可能な事である。植物達を味方につけるのだから、やり方次第では攻撃魔法にも成り得るだろうと分析した。
 魔王リュウは騒いでいるサイゴンとアサギを尻目にそっと、自室へと戻っていく。暗闇から七人衆が音もなく現れて付き添う、いつものことだ。
 自室に入り、そっとベッドに転がったリュウを不安そうに皆見つめた。一人が、徐に声をかける。戸惑いがちだが、皆を代表して。

「勇者を……消しましょう。我らに御命令を下さい。魔王ハイと魔王アレクの邪魔が入ろうとも、必ずや」

 皆が深く頷いた、跪き各々の武器を掲げる。だがリュウは項垂れて首を横に振る。

「気にしないでくれ、平気だ」
「し、しかし! 人間の勇者に、これ以上心乱される王子を見ていられませんっ。貴方様は我らの……」
「言うな。私は、そなたらのなんでもない存在だ。ただ、故郷が同じというだけだ」
「王子っ」
「王子ではない、同胞達よ。……恩を返そうと尽くしてくれるのは有難いが、私は私。”リュウ”という名の惑星ネロの魔王だ。そなたらの”王子”ではない」

 リュウはくぐもった声で言い放つと、ベッドにうつ伏せになり、それ以上何も言葉を発しなかった。
 眠っているのか、起きているのか。
 不安そうに顔を見合わせ、七人衆は一礼し音を立てぬよう部屋から出て行く。
 誰かのすすり泣く声が聴こえた、起きていたリュウは眉を顰めたが部屋から気配が消えるまで微動出せずに、眠った振りをする。
 最後の一人が出て行くと、ドアの閉まる音が乾いた空気に妙に響き渡った。瞳を開き、二、三度瞬きするとリュウはゆっくりと重い身体を仰向けにする。
 天井が見える、暗い室内だが瞳は闇に瞬時に慣れた。

「王子など……行くべき場所がないそなたらにとっては、私が拠り所なのだろうが……何も。私では、何も与えてやる事が出来ないのだ。巻き込んでしまい……本当にすまない」

 深く息を吸い込む。リュウは暫しそのまま空虚な瞳で、天井を見つめていた。

「助けて、バジル」

 小さく呟くが、情けないその救いの声など誰にも届かない。

「お前はきっと、激怒しているのだろう。半人前の分際で、大それたことをしたから。……あぁ、その通りだ、私は半人前でこれ以上何も出来ない。なぁ、バジル。お前ならどうする? あの、小さな勇者をどうするべきだと思う? 私は、どうしたら良いのか解らないんだ」

 リュウは、再び目を閉じた。右腕を天井へと伸ばし、自嘲気味に微笑むと腕を拳を握る。懐かしい故郷の香りを思い出す、自然と涙が溢れそうだ。歯を食いしばり堪える、何時までも甘えていてはいけないのだから、と。
 故郷へは戻れない、思い出してはいけないのに、思い出す。
 いつでも情景を思い起こせる、愛しい故郷。美しい空気だった、優しい空気だった。全てが穏やかだった。

 背後で金きり声が聴こえたが、リュウは銀髪を風に靡かせて相棒の背に飛び乗ると満面の笑みを浮かべて進む。軽やかに手を振って。

「スタイン様! スタイン様! 授業は終わっておりませぬぞっ」

 家庭教師のバジルの声だった、背後から追ってくるのが解ったのでリュウ……いや”スタイン”は相棒の横腹を軽く叩く。急げ、という意味だった。一度大きく身体が揺れたが、そのまま全速力で相棒は地面と垂直に進む。背後でバジルが絶叫していた。

「あはは! 今忙しいから、またあとでーっ!」

 リュウは右手を大きく振ると、笑いながら相棒にしがみ付く。

「んごうごう、いいぞ、その調子だ! お前は本当に利巧だな、好物の木の実でも探しに森へ行こう」

 んごうごう、と呼ばれた相棒は嬉しそうに大きく揺れる。”んごうごう”というのは、名前だ。名前も言い辛いが、何より見た目がけったいな生物でもある。
 赤紫の胴体に菖蒲色の大きな斑点の球体状の生物、河豚が最も形容に近い。尾ひれもあるので水の中で縮こまり大人しくしていれば、確かに河豚かもしれないが、この”んごうごう”は水中では生活出来なかった。
 こうして地面から三十センチ程度浮いて生活している、飛行タイプの合成獣である。大きな瞳は可愛らしいが、全速力だと時速八十キロ程度出るので恐ろしい。つるつるの胴体にその速度でも振り落とされず、掴まっていられるリュウも凄いが。
 んごうごうは、リュウが初めて成功した合成獣だ。何を掛け合わせたのか憶えていないので、二度と出来ないだろう。
 失敗しても掛け合わされた獣達は死すということはなく、何も起こらないまま魔方陣の中で苦笑いを浮かべているだけだった。成功すれば一つの身体に二つ以上の意識を持ち得ることになる。厄介な事だが、合成獣志願者は少なくはない。
 尊敬している王族のみが行える、それに立ち会えるのならば、と皆志願した。
 別に合成獣など作らなくとも特に問題はないのだが、王子から王へと即位する為に魔力の操作が自身の意識で容易く扱えるかどうかが基準になる。その為の通過点として古代から使われてきた。合成されたものは、障害王族の護衛として相棒として過ごす。

「あら、スタイン様お元気そうで」
「やぁ、ユーカリ。調子はどうだい?」

 逃げ切ったので速度を落としていた一人と一匹に、籠一杯に野菜を詰め込んだ婦人が語りかける。静かに会釈すると、ユーカリと呼ばれた女性は大きく尻尾を振り回した。彼女は狼女だ。

「ふふ、元気に決まっています。貴方様方王族様がいらっしゃるんですもの。ここは、平穏です」
「ならよかった、父上にも伝えておくよ」

 リュウは手を振ると、再び巧みにんごうごうを操り進んだ。目的は、この時期森に稀に生っている木の実だ。ブルーベリーなのだが、この惑星では野生のものしかなく栽培は出来ていなかった。何度か試みたが上手く育たないので、貴重である。
 宇宙の片隅にある、小さな惑星。”幻獣星”と呼ばれるこの惑星は、代々竜族が治めていた。スタイン=エシェゾー、それが魔王リュウの本来の名前である。この惑星の王子だ。
 銀の竜である父親と、黒き竜であった母親から生まれた、たった一人の竜族の王子。月の満ち欠けで髪と瞳の色が変化するという、稀な竜である。
 神秘的な王子の誕生に、惑星は沸いたものだった。愛されて育った悪戯好きの王子は、産んでから体調を崩して亡くなった王妃の忘れ形見でもあり、父親である王は彼を甘やかす。誰からも憎まれる事なく育ったが、王子としての自覚がなく皆を楽しませる事は出来ても、先頭に立ち皆を導く事は出来なかった。

「でも、おかしな話だろう、んごうごう? こうしてここは平和で争いごともなく毎日過ごしているのに、どうして私は毎日バジルに叱られて勉強しているのだろうね? 不要だと思わないかい?」
「んーごぉーごぉー」

 ちなみに今のは、んごうごうの鳴声だ。だから名前が”んごうごう”という、鳴声からリュウがそう命名した。
 バジル、というのは産まれた時から一緒の火竜の雄である。深紅の長い髪に、千歳緑の鋭い瞳、長身で細い身体つきをしている。肉弾戦には向かなさそうな貧弱な身体だが、尾っぽは太く強大で、あれで叩かれると相当な痛手である。頭部から突き出た長い二つの大赦色の角も、また凶器然り。容赦なく突いて来る。
 甘やかされているリュウに対して、唯一本気で激怒する貴重な人物だった。代々王族に仕えてきた一族で、今の立場を余儀なくされた。
 普段はこうして人型でいる幻獣星の住人だが、各々竜やら獣に変化する事も可能だ。
 バジルに習った歴史では、この人型が進化の過程で得たものらしい。先祖は、皆魔獣だった。それが、”やむをえず”人型になるしかなかったという。

「こっちの形のほうが、皆と触れ合いやすいしね」

 森に到着し、リュウは気になっていたブルーベリーを積み始めた。ヒレをパタパタと可愛らしく動かし、嬉しそうに周囲を廻っているんごうごうに右手を差し出す。

「おたべ、ご褒美だ。これ、美味しいよね。もっと大きくてもいいのにどうしてこうも小さいんだろう、おなか一杯食べたいよ。……思うんだけどさ、先祖様は食料難で小さくならざるを得なかったんだよ。ほら、竜になって実を食べてもさ、おなか一杯にならないだろ? そういうことだよ。みんな、たくさん食べたかったんだ」

 笑いながら「多分ね」と、ブルーベリーを口に運ぶ。プチっと軽快な音を立てて口の中で潰れると、甘酸っぱい味が広がる。満足そうに微笑し、身体を揺すって続きを急かすんごうごうを宥めた。

「沢山食べると、なくなる。少しづつ食べよう……さぁ、帰ろうか。何処かで昼寝でもして」

 リュウはんごうごうに跨ると、再び移動した。
 慣れた道を進み、小川のほとりで飛び降りるとそのまま転がった。小川の中では梅花藻がゆらゆらと、白い花を靡かせていた。地球で言う梅の花に似た花で、水中花だ。水温が一定で清流にしか生息出来ない花ゆえに、地球では限られるがこの惑星では全ての河に住まう。
 なんとも美しい光景である。
 んごうごうは、水を飲んだ。すでに眠っているリュウを尻目に、喉の渇きを満足に潤すと鰭を動かし浮遊する。地上から懸命に頑張っても約一メートルの浮遊が限界だ、んごうごうは、風船の様に漂った。愛らしい丸い瞳が何度か瞬きする。
 んごうごうの中には、四体の獣の魂が宿っている。幼くも可愛らしい王子に寄り添えて皆、幸せだった。
 ”護る事”が、使命だった。”悟られない事”が、皆と約束した事だった。
 安らかに寝息を立てている、見事な銀髪の竜族の王子を見つめる。

 ……スタイン様。どうか、あなたの笑顔が曇りませんように。


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