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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第135回   魔法と剣
 緊急事態が起こっていたが、そんなこと露知らずなアサギとハイ、そしてホーチミンは仲良く魔法の練習をしていた。若干、なにやら騒がしいとハイは思っていたが、アサギ以外どうでも良いので放置である。
 ハイが気付き、即座に参戦していたら何か未来が変わっていたかもしれない。いや、訂正しよう。”何も変わらなかった”だろう。

「それで、どうしますかハイ様。アサギちゃんにどちらから教えます?」
「そなたの手が空いている時分は、そなたが教えてくれ。私は食事の手配をしつつ、ここで見ている。私は常にアサギと共に居られるからな、いつでも良いのだよ、フフフ」
「……畏まりました」

 不気味な含み笑いに若干顔を引き釣らせたホーチミンだが、直様冷静さを取り繕った。
 言うなりハイは近くに居た衛兵を呼び寄せると「昼食をここで摂りたいので用意しろ」と言い出す。慌てて食事担当を連れてくる為に走り去る衛兵に、ハイは満足そうに脚を組むと、踏ん反り返って椅子に座る。
 ホーチミンは気兼ねなく、アサギの肩に手を置き微笑した。緊張気味のアサギを解したいらしい。今から本格的な授業が始まる、気を引き締めるあまり、身体を強張らせてしまっていた。

「ほら、楽にね。火炎の魔法から極めてゆきましょうか。もう一度、出来るところまで見せてもらえる?」
「はい」

 アサギは神経を集中させて詠唱に入る、アサギの周囲から彼女を護るように空気が立ち昇り始めた。ふわり、とスカートが揺れてアサギの腕がしなやかに伸びる、思わずホーチミンの背筋に寒気が走っていた。
 何の変哲もない、下位の魔法だった。だが、この威圧感は何か。踊りでも舞うような優雅で滑らかな動きだが、魅入ってしまう。天性の天才、というものだろうか。
 詩でも吟じるようにアサギから放たれた火炎の魔法を相殺すべく、ホーチミンも瞬時に火炎を操る。その勢いに思わずアサギは感嘆の溜息を漏らした。だが、ホーチミンの額には汗がじんわりと浮かぶ。
 
 ……ハイ様は気付かなかったの? アサギちゃんの底知れない魔力に。

 思わず汗ばんでいた自分の掌を、ホーチミンは見つめていた。魅了されて、こちらからの攻撃が遅れてしまう。実戦ならば致命的なことだ、末恐ろしい。
 アサギが多彩な魔法を使いこなす事が出来る理由など知らないが、少なくとも今ので解った事がある。
 アサギを取り囲む周囲の空気が、非常に忠実だ、ということだ。常に結界を張って護るかのように。
 唇を噛み締めると、何故か痺れた右手を摩りながら歩き出す。

「アサギちゃん。上位の魔法を覚えたい? それとも、出来る限り多彩な魔法を覚えたい?」
「え?」

 近寄ってきたホーチミンに、アサギは首を傾げると聞き直す。

「多彩?」
「えぇ。まだアサギちゃんが知らない魔法があるわ。個人的に、アサギちゃんが何処まで相反する魔法を覚えられるか見てみたい気もするの」
「そうなんですか、ならそれでも良いです。頑張りますから」

 微笑むアサギの髪をそっと撫でると、ホーチミンは次に影縛りの魔法を教えることにする。攻撃補助魔法だ、ムーンが使用可能だ。しかしアサギはその威力を見ていないので、全く知らない。
 夢中で教わる中、昼食が運ばれてきた。ハイの声と共に一時、訓練は終了である。三人は、芝生に座り込み香り良い食事に胸を躍らせる。本日は鶏挽肉にワカメを混ぜ込み作ったダンゴのスープと、ライ麦のパン、それにメロンだ。

「海藻類はお肌に良いものね、たくさん戴きましょう」

 いそいそとホーチミンがスープを啜る、満足そうに瞳を閉じて、パンに齧りついた。料理人が控えているので、お替りは自由だ。
 アサギも夢中で食べるが、早く魔法の練習を再開したいからだ。とても愉しく感じられた、もっと、多くの魔法を覚えたかった。
 意欲的なアサギの前向きな姿勢か、それとも実力なのか。午後から影縛りは無論、防御壁を出現させ魔法を跳ね返すことも出来るようになる。恐ろしいまでの伸び様子に、ホーチミンも呆気に取られるしかない。想像以上だった。

「禁呪も教えたいくらいだわ。習得できそう」
「どんなのですか?」
「私は扱えないけど、魔法が持ち主を選ぶ事があってね。世界には唯一、特定の一人にしか使えないという魔法が、幾つか存在するのよ。明日図書館で調べてくるわ、お休みいただくわね」

 ホーチミンの胸が弾む、勇者など辞めさせて、自分の弟子に引き込みたいくらいの逸材だった。すぐに追い抜かされてしまいそうだが。
 ホーチミンが休みならば、自動的に明日はハイが教師になる。三人は暗くなるまで訓練を続け、夕飯を食堂で摂ることにする。
 食堂に出向いて三人で食事を始めると、ホーチミンが周囲を見渡して軽く肩を竦める。スリザも、アイセルも、サイゴンも、そこにはいなかった。

「めっずらしー。アイセルなんか、毎日ってくらい、ここで酒呑んでるのに」

 不思議そうに小麦麺を絡めながら口へ運ぶホーチミンの傍ら、アサギもそう言われると不安になっていた。

「大丈夫でしょうか? 何かあったのでしょうか」
「気にしなくていいわよぉ、そのうち来るから」

 と、ホーチミンは笑ったが、結局会うことは出来なかった。当然だ、スリザは眠ったままで、二人は城内で調査をしたままだった。微かにいぶかしみながらも、大した事ではないとホーチミンも一つ欠伸をし、自室に戻る。引っかかるものはあったが。
 翌日、アサギはハイと二人きりで魔法の訓練を再び開始した。
 アレクとリュウが観に来ていたが、そこにスリザの姿はやはりない。それに気付き、不安げにハイに呟く。

「……変ですハイ様、アレク様の近くにスリザ様がいらっしゃらないんです」
「たまには、そういう時もあるだろう」

 落ち着かない雰囲気のアサギを励ますように、ハイは次から次へと魔法を教える。だが、想像通りに非常に甘い授業になってしまった。ことあるごとにハイが褒めちぎっているので、全く進まないのだ。ホーチミンが教師がいいな、と軽くアサギは溜息を零した。
 
 ホーチミンが図書館で調べものをしていた頃、サイゴンとアイセルに出くわした。三人は一瞬言葉を失う。図書館にこの二人が同時に居ることなど、有り得ないので気まずそうに視線が乱れる。
 厄介な相手に見つかった、ホーチミンに追求されてしまうことは、目に見えている。だがアレクからはホーチミンに話をしても良いとは言われていない、対応に困ってしまう。もともと、サイゴンは嘘がつけない性質だ。話を逸らす事が苦手である。
 しかし全てをサイゴンに押し付けると、一旦戦線離脱するアイセル。「上手く丸め込め、キスでもして」と、耳元で無茶振りを言い、全速力で図書館を飛び出した。単に逃亡したわけではない、今後も何かと面倒なので、アレクに許可を貰いに行ったのだ。『ホーチミンも仲間に引き入れても良いか』という相談である。アサギもハイも信頼しているし、何より最も二人に近い人物だ。話をしておいて、損はないだろう。
 消えたアイセルを目で追うこともなく、ホーチミンは仁王立ちでサイゴンの前に立ち塞がる。萎縮したサイゴンは、頭を抱えたくなった。

「で、なんで二人してこんなとこにいるのよぉ」
「いや、だから。偶然」
「偶然で、剣士と武術師が図書館にいるのぉ!? 逢瀬してたんじゃないのぉ!? 昨晩だって、実は一緒だったんじゃないのぉっ!?」
「お、おぃっ! 気味悪い事言うなよ!」

 どうしていつも恋愛ごとに持って行きたがるんだっ、と鳥肌を押さえつつ腕を全力で擦るサイゴン。アイセルというゴツイ男は、論外だ。

「じゃあ話してよっ。なんなのよっ」
「お前こそ、どうしてココにいるんだ? アサギ様の面倒を見ている筈じゃ」
「アサギちゃんの魔法を探しに来ているのっ」

 金切り声のホーチミンの背後から、ドスの効いた声が忍び寄ってきた。見てみぬ振りが出来ずに、いい加減青筋浮かせて管理人がやって来たのだ。二人を有無を言わさずつまみ、図書館の外へと放り捨てる。「図書館では静かに!」
 図書館の管理人は、基本腕力自慢だ。こういった時に備えて、もあるのだが多大な本の片づけをする為には力が必須である。それこそ、見た目材木でも運んでいそうな雰囲気の男だった。
 容赦なく投げ捨てられたので、床で打ってしまった腰を擦りながら、ホーチミンは項垂れて廊下の壁にもたれこんだ。「女性には優しくしてよね」と不服を呟くが、お前は男だろ、というサイゴンの突っ込みが今日はない。

「あーあー、魔法が。……また明日来ようかな。あ、でも明日は勤務があったわね」
「アサギ様だって、待っていてくれるさ。じゃな、頑張れ」

 そ知らぬ顔して立ち去ろうとしたサイゴンのマントを思い切り引っ張る、首が後ろにガク、となればサイゴンが苦しそうに首元を擦った。不意打ちだったので、流石に交わせない。

「殺す気かっ」
「逃げないでよ、暇になったから責任とって」
「忙しい、じゃ!」

 逃げることをサイゴンは諦めなかった、が、ホーチミンとて負けてはいない。マントを足で踏みつけ、その場から動かけないようにしていた。マントを脱ぎ捨てても逃走しようとしたサイゴン、今は遊んでいる場合ではない。多少ホーチミンにイラつく、確かに事実を知らない時点で申し訳ないとも思った。疎外しているような罪悪感も湧いてきた。
 だが、首からマントを外した瞬間だ。
 眉間に皺を寄せてマントを地面に落とした時、目の前にはホーチミンがいた。
 声を出す間もなく、唇を塞がれる。

「っ!」

 チュ、と軽い音が耳に響く。触れた唇は、柔らかかった。そして、甘かった。
 事態を飲み込めず唖然としていたサイゴンだが、頬を染めて微笑んだホーチミンが悪戯っぽく片目を閉じてスキップ気味に走り出したところで、ようやく自分の唇に指を当てる。
 去っていくホーチミンの後姿に、絶叫した。

「う、うわあああああああああああああああっ」

 悲鳴が図書室に入り込み、再び管理人が出てきてサイゴンの頭部を分厚い本ではたいた。「図書館の近くでも、静かに!」
 だが、それどころではない。
 唇を必死に擦りながら、マントを拾い上げると一目散に走り出す。口付けなど、大人になってから初めてだった。まさか相手がホーチミンになろうとは、思ってなかった。

「トビィ! 助けてくれえええええっ」

 混乱して、どうにもならない相手の名を呼んでみる。いるわけがないし、いたところでどうにもならない。
 サイゴンは走った、自分が今どんな顔をしているのかわからないが、誰にも見られたくなかったのでマントで不自然に顔を覆い隠す。窒息しそうだ、空気が上手く口に入らない。それでも真っ赤になっているであろう自分を人に見られたくない。暴走車のごとく、城中を全力疾走である。
 ただ、止まっていられなかった。目的地などない。

「サイゴン!?」

 暫くして背後から名前を呼ばれ、硬直する。
 アイセルの声だった、辛うじて布の隙間から様子を窺えば、アレクも一緒だ。流石に頭が冷えてマントを脱ぎ去ると、床に片膝つく。荒い呼吸と不自然な態度に、アレクは困惑した。が、アイセルは直様理解する。冷静さをサイゴンが失うのは、毎度ホーチミン絡みだった。何かあったのだろう、と。
 親友の事など、お見通しだ。
 顔をマントで覆って走らねばならない何かが、あの僅かな時間にあったのだろう。大体想像はついた。

「ホーチミンにも話をしておいて欲しい、と今アイセルに頼んだところだ。サイゴンも宜しく頼む」

 戸惑いがちに告げたアレクに、牙をむく勢いでサイゴンは面を上げた。その形相に、隣でアイセルが唖然としてしまう。アレクも微かに瞳を開くほどだ、拳を震わしながらサイゴンは告げた。

「あ、あいつとて、女です! 狙われるかもしれませんっ」

 僅かな沈黙が流れる、躊躇いがちにアレクが声を出す。

「ホーチミンは男であろう?」

 すんなりと否定したアレクだが、思わずサイゴンは自分の口元を塞いだ。今、自分が何を言ったのかようやく悟ったかのように。瞬間、アイセルが固唾を飲んで親友を見下ろす。
 静まり返る廊下で、サイゴンは赤面しながら腕で自分の顔を覆い隠した。何も言えずに、縮こまっている。

「男であろう? 美しいが」

 悪気はないが、アレクは二回、繰り返した。アレクは非常に色恋事に疎いのが欠点である、魔王ゆえ、気にせずとも良いのだろうがそれにしても酷すぎる。
 深い溜息と共に、アイセルは聞かなかった振りを決め込んだ。
 恐らくサイゴンは、口では拒絶していてもホーチミンを意識しているのだろう。それに気付く何かが、先程起こったのだろう。

「……アレク様。私から話をしておきます、参りましょう。スリザ隊長は?」
「医師の話では、意識が回復したものの記憶が抜けているらしい。安否を気遣い、当分任を外す」

 平伏したまま、サイゴンは震えていた。まさか、ここであんな言葉を言う羽目になろうとは。ホーチミンが不在で、本当に心底良かったと安堵した。聞かれでもしたら、畳み掛けられそうだった。
 アレクが去っていく足音。唇を噛締めていたサイゴンの耳に「今晩、食堂で詳しく教えろよ」と、囁いてきたアイセルに身体を震わし、サイゴンは静かに項垂れた。話すしかないだろう。
 暫し、足音が遠ざかってもサイゴンはその場から動けずにいた。非常に、嫌な一日だった。今後が憂鬱だ。振り返れば、走馬灯の様に今日の出来事が流れていき、記憶を消したくなってくる。
 ようやくおぼつかない足取りでサイゴンは立ち上がると、壁に手をつきながら歩き始める。

「疲れた」

 と、一言。
 ふと下の中庭を覗けば、ハイとアサギが魔法の訓練中だった。躊躇し何度か右往左往していたが、気分転換にそちらに顔を出す事にした。階段を下りるのが面倒だったので、手すりから一気に庭へと跳躍する。
 上から振ってきたサイゴンにアサギは若干驚いたが、すぐに屈託のない笑みを浮かべて会釈をする。
 気分を、紛らわそうとした。唇には、まだホーチミンの感触が残っている。いや、それよりもサイゴンの心を捕えて揺さぶったのは。
 唇を離したときに頬を桃色に染めて、恥ずかしそうに肩を竦めていたホーチミンが非常に……可愛らしく映ってしまったからだ。

「いや、あれ、男だから、俺。しっかりしろ、俺」
 
 言い聞かせる、暗示をかけるように。
 唇を常に動かし独り言を呟きながらも、華麗に地面に着地したサイゴン。ハイが忌々しそうに睨んできた為、引き攣った笑顔で応対する。咳を一つ、ハイの機嫌を損ねないように声をかけた。

「お二人で訓練ですか、ご苦労様です」
「こんにちは、サイゴン様」

 朗らかなアサギの後方、ドス黒いオーラを纏ったハイが、左手に何か魔力を籠めていた。邪魔された事をやっかんでいるのは解るが、邪魔したくて来たわけではない。

「あの、ハイ様。アレク様から伝言がありますので、少々お時間戴けますか」
「面倒だな、ここで言え」
「……お耳拝借」

 サイゴンは微かに眉を顰めてアサギを見る。無用な心配をかけたくないので、アサギには秘密裏にしておきたかった。アサギの目の前で、二人して密かに話し出す。
 当然、アサギは軽く首を傾げた。自分には聞かれては困る内容だということは目の前の光景で嫌でもわかってしまう。知りたいが、遠慮して一人で黙々と訓練を開始することにした。
 勇者なのだから、ある程度情報を隠されても仕方が無い、と自分に納得させる。実際、アサギに話しても良いのだが過剰にスリザの心配をしてしまいそうだったので、止めただけである。が、そんなことアサギは知らない。
 地面に手をついて、体内の気の流れを探るように意識を集中させていた。
 その、後方で。

「……というわけで、ハイ様もお気をつけください。アサギ様にも十分注意を」
「成程、巫山戯た輩は返り討ちにしてくれるわ」

 サイゴンから事情を聞き終え、アサギを護る使命感を深く心に刻み込んだハイ。鼻息荒く仰け反ると、得体の知れない敵に牙を剥くように睨みを利かせる。
 些か張り切りすぎではないかと、不安になったサイゴンだが、一礼すると別れの挨拶をする為に口を開く。そんな時だった。
 パン!
 何かが爆ぜた音に慌てて二人はアサギを見つめる、言っている傍からの敵の襲来かとも思ったがそうではない。
 唖然と見つめた、二人の視線の先では。

「何をした、アサギ」

 ハイの絞り出した声に、アサギは返答しない。ただ、惚けたまま庭を見つめる。
 百花繚乱、庭に美しい花が一気に咲き誇っていたのだ。ハイが見た事がない花が多々ある、アサギには解っていたが。樹から舞い落ちる桜吹雪は美しき日本の風景、下では紫陽花に桔梗、山百合が凛として佇む。四季に捕らわれず、普通ではありえない光景がそこに広がっていた。

「……あの、私、何をしたんでしょう」

 小声ではあったが、そこに脅えは混じっていない。
 アサギは地面に手をつき、ホーチミンに昨日教わったように神経を集中させていた。それだけだ。
 それは何も危険な魔法ではなかった、寧ろ、心を温かく和やかにしてくれる魔法だった。無言で三人は花香る庭に佇む、美しい魔法だ。攻撃でも、補助でもなんでもない、ただ人の目を癒すための魔法である。
 先日、ロシファが似た様な魔法を披露していたことを思い出したハイが、思った通りの事を口にした。

「……アサギ、そなたひょっとして最も得意な魔法は土属性なのでは」
「土、ですか? えーっと、石の飛礫を敵にぶつけたりとか?」
「それもだが、簡易な地震を発生させたり、植物の蔓を使って敵を絡めたりなど出来る」

 低「土の魔法こそ種類が豊富だが、瞬時に花を咲かせられる者が居たとは」と呻くハイだが、直ぐに切り替える。

「まぁ、アサギは美しいから。花に好かれるのも無理はない」

 という結論に達した。
 この魔法勇者には関係がないのでは、とアサギは思ったがこれはこれでよかったと思い直す。桜がこの時期に見えるとは、思いも寄らない幸運だ。
 ハイもサイゴンも桜自体を知らないので、晴天に吹き乱れる薄桃色の可憐な花弁に圧倒されている。思わず、アサギは口元を緩めて小さく笑った。使いたくて使った魔法ではないが、人の目を楽しませることが出来て嬉しかったのだ。
 暫し、庭で寛ぐ。
 しかしこうして花見をしていると、口元が寂しくなるというもの。サイゴンは気を利かせて、飲み物の調達に向かう。駆け足気味に足を進めれば、アレクと擦れ違った。

「アレク様! アサギ様が驚くべき魔法を使いましたよ! 庭に行ってみてください」
「ん? 解った。どのみち、ハイに用事もあることだ」

 軽く首を傾げたが、頷いて直様向かったアレクに一礼し、サイゴンは進む。
 数分後、四人分の飲み物を食堂から運んできた。キゥイとグレープフルーツを絞った、酸味の利いたドリンクだ。和やかには飲めないが、身体には良い。
 庭に戻れば、アサギがまた庭を変化させていた。先程よりも花の種類が増えていたのだ、恐らくアレクに頼まれて同じ様に魔法を使用してみたのだろう。どれだけ庭に花を咲かせるつもりなのか、サイゴンは微かに笑った。あぁ、ホーチミンが観たら歓喜の悲鳴を上げそうだ、と呟いて。
 ホーチミンは美しいものが好きだ、花とて例外ではない。

「待っていた、サイゴン。ハイと席を外す、アサギを護衛していてくれないか」
「は?」

 飲み物を手渡しながら、唐突にアレクがそう告げた。引き攣らせた表情でサイゴンがハイを観れば、不服だが仕方ないとばかりに軽く頷いている。一応ハイの了承は得ているらしい、それならば受けるしかないと腹を括る。アレクの命令ではつべこべ言ってはいられない。
 承諾し、深く一礼して二人の魔王を見送ると、庭で遊んでいるアサギを見つめる。
 非常に美しい女の子だ、それこそ、自分の理想通りの。腕を伸ばせば蝶がやってきて、指先に止まる。どうしてこの子は勇者なのだろう……ふと、疑問が湧いた。
 今更な疑問だが、先入観もあってアサギが未だに勇者に見えない。確かに素質自体は十分過ぎるほど持ち合わせているのだが、まだ幼すぎる。
 魅入っていると、アサギがこちらに笑顔で近寄ってきた。

「あ、サイゴン様」
「はい、いかがされました」

 蝶と戯れながら近寄ってきたアサギは、眩しい笑顔で度肝を抜くような台詞を吐いたのだ。

「良い機会なので、剣を教えてください」
 ……無理ですっ!

 サイゴンは即答しようと思ったが、泣かれたら困ると思い直し、冷や汗をかきながら無言でアサギを見つめ返した。
 ハイに見つかれば大目玉だ、死刑宣告されそうだ。
 だがアサギの願いを断れば、それはそれでハイが怒り狂いそうだ。
 理不尽である、どうしたものか。どちらに転んでも、自分には不幸しか降りかからない気がして、身が引き裂かれるような苦痛を味わう。

「あの、駄目でしょうか?」

 大きな瞳で上目遣いに見てきたアサギに、その表情は反則だと心中で悲鳴を上げた。故意ではないと、願いたい。

「い、いえ。俺でよければ」

 上ずった声で返答する、サイゴンは腹をくくったのだ。勇者の剣を見てみたい好奇心も確かにあったのだから。
 何より美少女の願いは無下には出来ない、拒否不可避である。
 意を決して半分ほどグラスに残っていたドリンクを飲み干し、サイゴンは腰の鞘から剣を抜くと、丁重にアサギに手渡した。
 受け取ったものの流石にそれは重く、両手で抱えるしかないアサギである。

「まずは素振りを始めましょう! 剣がこれしかないので重いでしょうが、無理の無い程度に」
「はい!」

 サイゴンは片手で楽に剣を振るうが、やはりアサギには厳しい。が、懸命に両手で構えて振り始めたので、サイゴンは瞳を細めてそれを見つめる。
 久し振りの運動にアサギは嬉しくて、熱心に素振りをした。剣の感覚も、重みも楽しく感じられる。
 サイゴンは何か剣の代わりになるものはないか、と目を庭に走らせた。枝を折ればどうにかなりそうだが、アサギが哀しみそうなのでこれは案にならない。
 しかし他には、何もない。
 サイゴンは仕方なく肩を竦めるとアサギの素振りに視線を戻す、足元がよろけてはいるものの、構えの姿勢は上々だったので声をかける。

「上手ですね、誰かに習いましたか?」
「あ、はい。みんなが教えてくれました」

 やがて慣れたのか、アサギは剣で舞うかのように空気を斬りながら受身を取り、一人で型を作り始める。相変わらず両手で支えているが見事だった、サイゴンの剣だが、アサギに従属しているようにさえ見えてくる。
 満足そうに頷いていたサイゴンだったが、不意に懐かしさが込み上げた。トビィを思い出した、当初トビィもこうして剣を両手で扱っていたのだ。
 新しく出来るかもしれない、二人目の人間の弟子にサイゴンは口元に笑みを零す。
 が、どうにも腑に落ちない。目の前のアサギが、トビィに見えて仕方がない。切り返しや、身体の反転の速度が非常に似ている。

「いやー、トビィにそっくり」
「え?」

 思わず呟いたサイゴンに、アサギの手が止まった。息を切らせて、首を傾げると控え目にアサギが告げる。

「トビィって、あの、紫銀の髪のですか? やたらかっこいいお兄さんの?」
「へ? 知っているのですか?」

 二人は目を数回瞬きし、互いの顔を指差した。

「え? どうして?」
「え? 会った事が!?」

 偶然ではなく、必然。
 ようやくここで、トビィを介して二人が繋がる。混乱する二人を、上からリュウが見下ろしていた。
 つまらなそうに、見下ろしていた。


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