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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第134回   魔王アレクからの指令
 アイセルは、懸命に水を飲ませた。口元にグラスを寄せて、身体を支えて起こし流し込むが、当然上手く飲んでくれない。仕方がないので、口移しもしてみた。本人が知ったら殺されそうだが、思い起こせばすでに先日唇は奪っている。

「緊急事態だから」

 言い訳がましいと思いつつも、言い聞かせるアイセル。何度か口付けて、水を強引に喉へと押し込む。
 数分してようやく呼吸も落ち着き、顔色も幾分か血色良くなったスリザに安堵すると自分も存分に水を飲んだ。小さな寝息を立てているスリザに、胸をようやく撫で下ろすと力なく床に座り込む。緊張の糸が切れた。
 どうすべきか、これで終いではない。
 先程の女が、スリザに何を飲ませたのかを考える。最も、考えたところで判りはしないが胡散臭い女だ、ただの水ではないだろう。初めて見る姿だった。それにあれは魔族ではない、人間だ。
 魔族は人間との違いを香りで判断する、容姿だけならば耳の形でも判別出来るが、それよりも確実なのは香りだ。人間の香りと一言で表しても、甘い・臭い等という表現は出来ない。脳が違いを直感し、嗅覚に訴えているのだけかもしれない。故に、正体を隠しているトーマは変装の魔法を唱えていた。
 堂々と姿を現した、人間の女。人間がこの魔界にいる、という時点で特定が出来れば良いのだがそうもいかない。魔族達が気に入った人間を持ち帰り、用途は様々で育てている場合もあれば、魔物の餌としてつれてくる場合もなくはない。だが、そこから逃げた人間だとは、到底思えなかった。
 どっしりと床に座り込み、アイセルは頬杖をつく。部屋から出て追いかけたいが、スリザの後遺症が心配で出られない。医者を呼ぶべきなのか、それともホーチミンを呼び、魔力の波動で探ってもらうべきか。後者の場合、この現状にしつこすぎる質問攻めに合うだろうが、致し方ない。
 ホーチミンの居場所ならば、今日は下級魔術師の訓練で城下町に滞在している筈だから判る。アイセルは低く呻いて、深い皺を眉間に寄せる。
 暫し思案した後、重たい腰を上げ、アイセルは静かに立ち上がるとスリザの額に手を置いた。熱は、ない。

「……少し休みなよ、アレク様には伝えておく」

 アイセルは部屋を後にし、マントを翻すとアレクの部屋へと足を速める。移動していなければ、アサギを見ている筈だった。緊張した面持ちで向かえば、アレクはそのままアサギを見下ろしている。
 周囲に警備兵などいない、幸い一人きりだった。

「アレク様」
「どうしたアイセル」

 徐に声をかければ、驚いた様子もなく普段の調子でアレクがこちらを向いた。静かに歩み寄り跪いてから、労いの言葉を受け取った後、そっと耳打ちするアイセル。身長は僅かにアイセルが高い、告げれば再び直様腰を深く下ろし跪く。
 アレクは、目を見開きながら耳を疑った。が、アイセルの言葉は真実だ。

「それで、スリザは?」
「今は、自室に。可能であるならば医師を出向かせていただきたいです」
「あぁ、そうだな。しかし……まさか城内で堂々とこのようなことが」
「今はアサギ様もいらっしゃいます、心配です。俺はあの女を探ります」
「そなたは信頼している、腕も確かだ。しかし、油断はするな。スリザが容易く堕ちたのだから」

 それは貴方の御心ゆえです……と、アイセルは言いたかったが、堪える。 
 乙女の心は、硝子細工の様に繊細だ。脆く儚く、弱く危ない。
 考え込んでいるアレクに罪はないが、目の前の到底自分では勝てない相手にアイセルは若干青筋浮き立たせた。アレクは、色恋沙汰に鈍感だ。ロシファとの出会いの馴れ初めなどアイセルは知らないが、よくも恋人関係に持ち込めたものだと、以前から感心していた。
 数分後、沈黙を破ったアレクは踵を返すとアイセルを引きつれて歩き出す。行き先は自室だ。途中、敬礼してきた者にスリザの部屋に医師の派遣を頼み、そのまま進む。
 アレク直属の医師ならば、スリザとて無事だろう。アイセルは胸を撫で下ろした。が、妙な胸騒ぎは何故か。
 常に傍らに居るスリザの代わりに、アイセルという珍しい組み合わせに皆は首を傾げた。察してアレクはサイゴンを呼ぶようにと、近くの者に伝令を言付ける。”スリザが何者かに襲撃された”という事実は、スリザの為にも極力控えたい。その思いはアレクもアイセルも、同じである。
 
 アレクの室内。
 窓から外を見ているアレクの前に、微動だせず控えているアイセル。互いに、何も発しない。やがて、ノックと共に緊張した面持ちでサイゴンが入室してきた。床に控えていたアイセルにぎょっとするが、咳を一つ、サイゴンもその隣に跪く。
 二人共、アクレにとって信頼できる男達である。

「……二人はそういえば、親友だったな」

 アレクが眩しそうに二人を見下ろした、静かに頷く二人。

「しかし、まさか私と秘密裏にしていることがあるなど、互いには知らぬまい?」

 弾かれたように二人は顔を上げ、そして驚愕の瞳でアレクを見つめる。そして親友の顔を互いに見つめた。そんな様子を見ながら、アレクはゆっくりとソファに腰掛ける、声を出さない二人に静かに言葉を投げかけ始める。

「時期が来た。そなたら二人を信用している、味方は多いほうが良い。心して、受け入れてくれ」

 重々しい口調に、固唾を飲み込む二人。若干腕が震えた。平素のアレクからは想像出来ない重圧な声だった、緊張が走る。

「まず。この話をするきっかけになった出来事を。先程アイセルから報告があった、スリザがこの城内で何者かに襲撃された。現在、医師を向かわせている」
「スリザ隊長が!? まさか!?」

 弾かれたように立ち上がったサイゴンは、驚きを隠せない。スリザは直属の尊敬する上司だ、唖然と立ちつくしているサイゴンに、微かにアレクは頷く。

「白昼堂々と、だ。何者かが城内に容易く侵入している、二人にはその人物の捜索と捕獲を依頼する」
「御意!」

 声を張り上げるサイゴンは未だに信じられずにいるが、アレクが冗談を言うわけがない。アイセルに瞳を投げかければ、瞳を伏せて深く頷き肯定する。

「今現在はアサギも滞在している、非常に心配だ。先日はリュウが不可解な行動を見せた、気が抜けない。ここまで来て……」

 唇を噛締めたアレクの表情が陰る、人間と和解を望むことは難しい、しかしやらねばと言い聞かせてきたが、進むべき道が開けたのに思いも寄らぬ障害が現れた。

「アサギはまず、無事だろう。ハイが片時も離れないから」

 もし、それでもアサギに何かあれば、ハイを凌ぐ者の襲来、ということになってしまう。二人は顔を強ばらせ固唾を飲み込むと、拳を固く握る。

「侵入者は、人間の女だそうだ。漆黒の髪に紅蓮の瞳……それで間違いないな、アイセル」
「に、人間!?」

 サイゴンが再度声を張り上げる、俄かに信じがたいが、やはり隣のアイセルは深く頷いたままだった。それが真実だ。
 魔王直属のスリザを陥落させたという”人間の女”に衝撃を隠せない。

「人間ならば、見つけやすいですね」

 強がって、乾いた声でそう告げてみる。魔界に人間は、若干しか存在しない。その点では、搜索が楽かもしれなかった。
 安易過ぎるが。

「スリザ隊長をねじ伏せる人間なんて、何処の誰です? トビィ辺りならやれそうですけど」

 不意にサイゴンが名を呟く、が、トビィは不在であるし、男だ。何よりそんなことをする必要が全くない。

「相手の真意が不明なのが恐ろしい。万が一がある、スリザからも目を離さないで欲しい、何かを飲まされたということだ」

 二人を見つめながらアレクは立ち上がると、やはり窓辺に移動する。このほうが落ち着くらしい、アレクの癖だ。
 窓から外を見つめる。惑星クレオの南半球に位置する魔界イヴァンが広がっている、土地としては申し分ない場所だ。周囲は海に囲まれて孤立しているのだが、狭いわけではない。中央には雄大な湖もあり、土地とて干上がっているわけでもない。
 魔族が集結して、落ち着いて暮らしていくには十分な場所である。領土を増やそうと思わなければ、満足できる場所だった。
 人間という非力な種族が繁殖し、魔族を追いやるような形で生息しているこの惑星。繁殖能力が違うことがその原因であると、アレクは思っていた。
 魔族は、多くとも二人しか子を産めないのだ。まして、他種族と交わった場合は短命になると伝わっている。人間との混血である魔族、が恐ろしく少ないのは親を失くした子が生きていくには過酷過ぎるのだろう。詳細は解らないが、統計を取ると人間と交わった魔族は少なくとも”命を落としていた”。
 故に、アレクとて論外ではない。
 恋人のロシファは魔族との混血であるハーフエルフである、他種族といえば他種族だ。自分も何時しか命を落とすのであろうと、アレクは心している。
 けれども、その前にやらねばならないことがある。

「二人には真相を語っておこう……まず、アイセル。サイゴンの姉マドリードは知っているな?」

 急に名を呼ばれ、身を硬くするアイセル。当然知っている、亡くなったサイゴンの美貌の姉だ。腹違いの姉だとも聞いているが、非常に仲の良い姉弟だったと記憶している。

「はい」
「彼女は、私が命を下していた。勇者を探してもらっていたのだ、保護し、魔界で育てる為に」

 サイゴンは知っている事実だ、マドリードが亡くなってからアレクに呼ばれて数年前この部屋で聴いた。アイセルは絶句する。

「……なんと」
「だが、彼女程の能力者が常に人間界に居ては、他の者に何やら勘繰られる。その為に時折人間の街を破壊してもらっていた、欺くためだ。犠牲になった人間には、申し訳ないが。何より殺戮を任されていた彼女自身も、精神的に苦痛だったろうに。すまないことをした。
 確かにこのやり方では、命が平等ではない。多少の犠牲を伴っても……と私が焦った事は、反省するだけでは足りない愚かな行動だった。申し訳ないと、何度も罪の意識に捕らわれた」

 だから、魔王アレクは稀に諦めたような表情をしていたのだろうか、自分の理想である他種族での団結を夢みるあまりに、礎として人間を直接ではないにしろ殺していたから。矛盾している己の行動に、嫌気が差していたのだろう。
 唖然とするしかない。初耳だった、アイセルはサイゴンを見つめるが、隣の親友は硬く瞳を閉じたままだ。

「……彼女自身の趣向で、人間を数人魔界へ連れてきていた。これは私が頼んだことではない、身寄りのなくなった子供を罪滅ぼしに攫ってきていたのだろう。その中の一人が、トビィだな?」

 トビィ・サング・レジョン。魔界のドラゴンナイトに昇格した、麗しき人間の少年。
 トビィとマドリードに身体の関係があることなどサイゴンは知っていた。姉も他種族と交わった為に短命だったのだろうか、と思ってしまう。いや寧ろ、そうすることによって真か否かマドリード自身が知りたかったのかもしれない。
 マドリードは身をもって実証した、やはり他種族と交わったものは何かしらで命を落とす、と。

「はい。トビィ以外の人間は、何者かによって殺されておりますが」
「マドリードと、その連れてきた人間を殺した人物こそが、今回の黒幕ではないかと私は思っている」

 二人は大きく頷くと、憂いを帯びている主君の横顔を見つめる。となると、アレクに反逆する者の仕業である。ついに、直接アレクを狙ってきたのだろうか。

「マドリードの後釜はサイゴンが引き継ぐと申し出てくれたが、断った。懐かしい事だ……そうこうしていたら、勇者が自らこちらへ歩み寄ってくれたのだ。奇跡が起こった」

 勇者の産まれなど、目覚めなど、解るわけがない。
 直接アレクが人間界に侵攻している事実などないのだが、それでも人間は魔族を恐怖の対象としていた。
 勇者が産まれて、打倒魔王を志されては和解をすることが困難になる。人間の中にいたら、そうなってしまうことが目に見えた。だから、幼い勇者を攫い、魔界で丁重に育ててから人間に返すつもりだった。魔界で育ち、何が善で何が悪なのかを悟って欲しかった。種族に、善も悪もないと。
 あるとすれば、各々の中に善も悪も存在し、どちらに心が傾くか、それだけだ。
 幼い勇者を探し出すことには失敗した、まさか異世界から呼ばれるとはアレクとて考慮していなかったのだ。勇者は、石が定める。
 けれども、運良くハイがアサギを連れて来てくれた。その勇者は、種族で善悪を決め付けない渇望した存在だった。
 しかし束の間の喜びだったようだ、想定外の事態である。

「そして、サイゴン」
「はっ!」
「アイセルは、魔界に代々予言をしてきたその巫女の末裔なのだ。予言については、多少なりとも聞いているだろう?」
「……ま、まぁ多少は」

 魔王に言われても、隣の親友がそうには見えない。サイゴンが明らかに侮蔑の視線を向けると、アイセルはついに爆笑する。張り詰めていた糸が切れたのだ、自分だって信じられないのに、誰が信じるだろう。
 アイセルの笑い声をよそに、アレクは続けた。

「アイセルには妹が居る。森深くに封印しているのだが、その少女に瓜二つなのがアサギだ。予言によればアサギこそが次の魔界を統治する女王……つまり、私の後継者」
「え?」

 混乱してきたサイゴンは、流石に狼狽する。額を押さえながら尋ねる。

「アサギが? ゆ、勇者ですよね?」
「そうだ、私も疑ったがアサギで間違いない。彼女は勇者で、魔界の女王になる」

 真顔のアレクと、ようやく笑いを止めたアイセルに、サイゴンは乾いた笑いを出すしかない。

「まさか、私も勇者が後継者だとは思わなかったが……。しかし、辻褄は合う。人間の勇者が魔界を統治すれば、人間とて魔族に歩み寄るだろう、心開くだろう」
「し、しかし、現在人間反対派の魔族の多くは」
「……あの子には、不思議な力がある。全てを説得し、私が望む世界を創れる気がするのだ」

 全てを凌駕する、勇者としての素質。アレクはアサギならばやってくれると思っている、確信している。

「全ては、星の導きだ。あの冷徹なハイに、心の温かみを戻して魔界に来た勇者。それは、運命の歯車のもとに」

 キィィィ、カトン。
 何かが、鳴った。三人は思わず構える、間入れずサイゴンが舌打ちする、以前から聞いている音だ。
 片眉を上げて、アレクが小さく呟くと左手を掲げたまま周囲に目を走らせる。

「今のは?」
「稀に、聴こえます。不気味です」

 サイゴンが剣を構えたまま、宙を睨む。最初に聞いたのはいつだったか。
 沈黙する三人だが、音は、再度鳴らない。
 ようやく構えを解いた三人は、肩の力を抜いた。アレクはそっと移動すると水差しからグラスに水を注ぐ。慌てて止めた二人だが、気さくに笑ってミントの葉が浮かぶ水を配った。

「重苦しいな。また続きは後日に。この三人で集まるのは難しいが、時間を見つけよう」
「スリザ隊長はご存知で?」
「いや、彼女には伝えていない。ここまで来ると三人で進めておいたほうが良さそうだ、信頼はしているので本音は協力して貰いたいが……今回狙われた」

 アイセルは思った、目的はスリザではなくアレクではないのか、と。側近のスリザを手ごまにするつもりだったのでは、と。
 アイセル自身、愛するスリザをこれ以上危険な目に合わせたくなどない、本人は納得しないだろうが今は休養して欲しい。軽く唇を噛締めていると、サイゴンが控え目に手を上げた。

「あの……アレク様の後継者ですが、俺は緑の髪の娘だと聞いております。アサギ様は、その、黒髪で……」

 だからアサギだとは到底、サイゴンには思えなかった。

「それはそうなのだが、アイセルの妹と瓜二つなのだ。アサギで間違いはないだろうし、私自身、彼女であって欲しいと願っている」
「瓜二つ、ではないです。アサギ様のほうが淑やかで心根優しく、温厚な美少女です」

 むっすりした顔で間入れず発言したアイセルに、アレクとサイゴンは面食らった。『何か問題があるのだろうか、妹は』と言いかけた言葉を飲み込む。全く持ってその通りだ。
 アレクですら、マビル自身には会ったことがなかった。何れは会わねばならないと思ってはいたが、今が丁度頃合だろう。彼女自身に、結界に閉じ込めて不自由な生活を送らせているのだから、詫びなければならないと思っていた。
 咳を一つすると、アレクは二人の信頼する魔族を細い瞳で見つめる。

「最優先事項は、紛れ込んだ人間の女の探索だ。侮るな、出来れば二人で行動してもらいたい。アサギの御身はハイが必ずや護るだろう、心配しなくとも良いと思う」
「はっ!」
「御意に」

 頼もしい二人の部下に満足そうに頷いたアレクは、窓から空を見上げて睨みつける。「ここまで来て、わけもわからぬ輩に、兆しが見えた至福の未来を破滅さられては困るのだ」挑むように呟く。


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