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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第133回   屈強なれど、君は姫君  
 アサギの魔法の指導には、元神官である魔王ハイと、最高位魔術師のホーチミンの二人がつく。自分の勤務がある為、ホーチミンは毎日ではないが出来る限りアサギに付き添うことにした。
 気を利かせてアレクがホーチミンの勤務体制を変更したこともあり、頻繁に会うことが出来る。しかしホーチミンが不在の場合でも、ハイが欠かさず傍にいる為勤勉には困らなかった。
 アサギの本来の力量も手伝い、数日後にはハイとホーチミンが得意とする魔法の中級クラスまでをも完璧に習得した。”勇者”としての素質に、皆感嘆の声を上げるしかない。
 仲間と旅をしながらの勤勉と違い、朝から晩まで魔法習得に力を注ぐ事ができた。真面目なアサギは、教えられたことを懸命に覚え、身につけようと何度も復唱していた。

「敵ではなくて、よかったと思う」

 アレクが穏やかな笑みでアサギを見つめる、隣でスリザが口元を緩めて静かに頷く。時間が空けば、二人もこうしてアサギを見る為に庭を訪れている。
 二人に気付いたアサギは、元気良く手を振って深くお辞儀をした。そんな様子にアレクも片手を振って、挨拶を交わす。眩しそうにスリザはアレクを見つめ、表情豊かになった最近に嬉しさと反面、戸惑いを覚えていた。
 アサギが来てから、全てが変わった。アレクの変貌は大変好ましく望んだことだが、いとも簡単に変えたアサギに、多少の畏怖を感じてしまう。アレクだけではない、他にも吹き込まれた新たな風に、自身を変えた者達がいる。
 女としての嫉妬なのだが、スリザにはそれが解らなかった。

「本当に、可愛らしい子」

 ぼそ、っと呟いたスリザ。アレクは微かに笑って同意したが、何故かその時スリザの胸が軋む。

「……花の様に、明るく可愛らしく。誰からも愛される、子」
「スリザ?」

 自分が何を口走ったのか、記憶がないスリザはアレクの呼びかけに惚けて首を向ける。酷く心痛そうな面持ちのスリザに、一瞬アレクが言葉を失った。
 幼い頃から共に成長し、自分を支えてきた言わば姉のような存在である。初めて見たスリザの、憂いを帯びた表情だった。スリザでは、ないような気さえしてしまった。
 アレクにはスリザの想いなど解らない。何を言って良いのか解らず、息を大きく飲み込むのみだ。
 そこへ。

「アレク様、失礼致します!」
「アイセル」

 大股で騒がしく近寄ってきたアイセルに、弾かれたように正気に戻ったスリザは慌てて剣を抜こうとするが、アレクが押し留める。
 恭しく跪き、アイセルは俯いた瞬間に唇を思い切り噛締めた。血が吹き出したが、そのまま顔を上げてアレクに挑むような目つきで淡々と語る。滲んだ血にアレクも気づいたが、気づかないフリをした。

「真に申し訳ありませんが、部下が暴動を起こしました。スリザ隊長の手をお借りしたいのですが、お許しいただけませんか」
「たわけがっ。部下の不始末程度、貴様でどうにかしろっ」

 剣先を壁に叩きつけ、怒鳴るスリザ。
 そのスリザの罵声に、目を丸くし唖然と見つめたアレクである。初めてここまで激しい感情を露にしたスリザを見たので、面食らったのだった。常に沈着冷静でいた記憶しかない、今まではアイセルの失態に対してここまで怒りを露にしていなかった。
 アレクの視線に気付き、青褪めたスリザは恐る恐る剣を仕舞うと、震えながら「申し訳、ございません」と消え入りそうな声を出す。ようやく失態に気付いた、この場に居ることが心痛だ、自分の腕を握り締める。震えに、耐える。

「いや、驚いただけだ。そなたはいつも落ち着き払い、悠々としているので……怒鳴る時もあるのだな、と」

 微笑したアレクだが、瞳を伏せスリザは羞恥心で胸が締め付けられる。その優しさが、痛い。
 見た目は、美男子のようなスリザだからこそ、せめて立ち振る舞いは凛とした美しい女性を演じていた。まさか、こんな場所でボロが出ようとは。完璧な美しさのアレクに近づこうと、傍にいる際に恥じないようにと振舞ってきたのだが、アイセルによって壊されてしまうとは。

「アレク様。スリザ隊長は違います、それは……表面しか見ておりません」

 静かに立ち上がったアイセルの言葉は、火に油を注いだ。案の定激怒したスリザの右腕を掴み、アレクに深く一礼するとそのまま走り出す。
 アイセルのスリザへの想いは勿論、当然スリザの自分への想いも全く解らないアレク。首を軽く傾げて二人を見送ったが、再びアサギに目を落としていた。今は、アサギが気になっていた。
 それこそ、スリザにしてみれば非常に辛辣である。

 アイセルに引き摺られ、走ること数分。

「ええい、放せ!」

 アレクから姿が完璧に消えた場所で、スリザはドスの効いた声を上げると力一杯腕を振り払う。簡単にアイセルの手は外れた、歯を剥き出しにして睨みつける。
 目の前でアイセルは、小さく様子を窺うようにスリザを見ただけでそのまま歩き出す。拍子抜けした、何か言うと思ったので反撃するまでに若干戸惑いがあった。

「おぃっ! 私をアレク様から引き離しておいてどういうことだこれはっ。部下の暴動とやらはどうした」
「あんなの、嘘だよ。暴動くらい、俺一人でどうにでもなる。ただ、あの場にスリザちゃんを置いておきたくなかっただけ。連れ出す口実だよ。ほとぼりが冷めたら、アレク様の元に戻りなね」

 唖然。スリザは大きく口を開けたまま、遠ざかるアイセルを見ていた。後ろ姿を、見ていた。
 名前を呼ぼうとしたのだが、プライドが邪魔して呼べない。呼べば、自分が屈したようで。確かに、あの場から消えてしまいたかった。目の前の勇者アサギは美しく可愛らしく、自分と比較しても仕方がないのだが、羨ましくて仕方がない。
 自分がないものを、全て持っている美少女。仕方がない”勇者”なのだから特別だ。そう言い聞かせた。
 けれども最も敗北感を感じたのは、長年仕えていた自分よりも、いとも容易くアレクの心を変えたことだった。ある意味、恋人のロシファ以上の存在感である。魔界であのように柔らかく微笑んでいるアレクなど、見ることがなかった。常に張り詰めた空気を纏い、多少の無気力感すら漂わせていた魔王である。
 鼻から恋人になろうなどとは思っていない、それこそ大それた感情である。けれどもせめて笑顔を魔界で浮かべて欲しくて、健気に仕えて来た。幼少の頃の無邪気な、まだ何も知らなかった時期のアレクの笑みを甦らせたかっただけだった。しかし、まさかそれを人間の娘に先を越されるとは。
 嫉妬、という感情だ。が、スリザにはまだ解らない。
 アサギのことは、好きだ。羨望の眼差しで見るしかない、雲の上のような存在だ。勇者なのだから、特別なのだと理解はしているが、感情が追いつかない。
 どうして、あの少女は突然やってきてこうも魔界に新しい風を送り込むのだろう。それが良い事だと思うのに、胸が、痛くて重苦しい。

 ……羨ましい、酷く、羨ましい。あの子が、とにかく羨ましい……。
 
 気分が悪くなったスリザは、何かに縋る思いで壁にもたれかかると大きく呼吸を繰り返す。眩暈がする、熱い陽射しに目がやられたように瞳が周囲を映さない。
 水面に映った情景を見ているようだ、誰かが石を投げ入れれば、酷く歪む。

「もし? 大丈夫ですかスリザ隊長」

 不意に高い声の女が近寄ってきた、誰の声かなど判別出来る状態ではない。だが、女だということが酷くスリザを安心させた。アイセルはもとより、男に今の弱々しい姿を見られたくなどない。自分が護って来たものは女だてらに魔王アレクの側近として仕えて来た、厳格な自分だ。
 それがここにきて、若干音を立てて崩れ始めている。これ以上の失態をさらすわけにはいかない、自分の名にかけて。

「あぁ、気にするな。休めば治る」
「冷たいお水でも如何ですか? さぁさ、お座りになって」

 言われるがままに、ゆっくりと床に腰を下ろす。

「そうか……ありがとう。お前は、誰だ? 見かけない顔だ」

 まだ視界は多少歪んでいる、周囲に神経を張り詰めているスリザが声にも顔にも記憶がない女がいた。おぼろげでも、それくらいは把握が出来た。

「最近城に入ったばかりの、駆け出しの魔術師に御座います」
「お前も、美しいな。とても女らしい妖艶な……」

 スリザは、グラスを受け取った。グラスの中には、無色透明の水がなみなみと注がれている。グラスは冷たく、心地良い。そっと、グラスを唇に近づければ目の前の美女がゆっくりと、微笑んでいた。
 黒髪に、紅蓮の瞳。身体にフィットするデザインのロングワンピースを身に纏い、品格ある菩提樹の木の杖を傍らに。薄っすらと、邪悪な笑みを浮かべた目の前の美女。怪しく瞳が光るが、スリザは気付かない。

「たくさんお飲み下さいませ。スリザ隊長。……ミラボー様がお待ちです」

 一口。
 スリザは口に含んだ。喉の奥で笑った美女エーアだが、瞬時に杖を硬く握り締めると、即座に結界を張る。
 ガギィン! 
 鈍い音が響き渡る、側壁からの三角飛びを喰らわしたのは、アイセルだ。
 忌々しそうに睨みつけるエーアと、負けじと鬼のような形相で左足を直様繰り出し結界を破壊せんと猛攻撃を繰り出すアイセル。
 舌打ちし、エーアは悔しそうに後退する。直接攻撃のアイセルに阻まれて、上手く得意の魔法が発動出来ないのだ。結界を保つだけで精一杯である、詠唱している時間などない。
 アイセルの重い攻撃に、ミシミシ、と結界が軋む。辛うじて持ちこたえているだけで、あと何発も打撃を喰らえば破壊されるだろう。それだけはエーアは避けたかった、目の前の筋肉達磨には全く勝てる気がしない。
 魔力で作った結界を、直接攻撃で破壊するなど安易に出来る芸当ではない。余裕の笑みをすっかり消したエーアは、冷汗を額に浮かべている。アレクの側近である魔族達の力量を見間違えていた。

「待て、女狐! 何処からの差し金だ!」
「……煩い男、忌々しい」

 アイセルの両足が宙に浮いている瞬間を見逃さず、エーアは一気に結界を解くと直様杖を前に突き出す。簡易な魔法しか発動は不可能だが、めくらまし程度にはなるだろう。
 激しい爆発音と共に杖先から飛び出してきた火球、避ける為にアイセルは無理やり身体を反転させると身体のバネをつかって宙返りをし、天井に脚を着く。

「待て!」

 言われて待つわけもなく、エーアは逃走した。
 天井を蹴り、床に舞い戻ったアイセルは周囲を窺うが気配がない。唾を吐き捨てるが、追いたい気持ちを抑え倒れこんでいるスリザの元へと駆け寄った。
 今は、エーアよりスリザだ。
 胸騒ぎがして戻ってみたら、案の定この有様である。先程の女が何者なのかはともかく、あのスリザがこうも容易く敵の手に堕ちるなど。
 有り得ない事だ。
 精神的に参っているのだろう、それはアイセルが想定していた以上に深刻なようだった。アイセルは思わずスリザを抱き締める。自分もその原因の一つなのだろうが、こうして傍に居る事は止めたくない。
 スリザは、腕の中で大人しくしていた。微かに呻いている、唇に水滴が浮かんでいる。片眉を上げ、アイセルは我に返った。

「さっき何か飲まされてた?」

 傍らには、水が零れたコップがひっくり返っている。

「っ! ごめん、スリザちゃん」

 アイセルは一旦躊躇したが、容赦なく鳩尾に拳を叩き込む。隊長といえども、身体は女だ。アイセルの攻撃に、無論顔を顰めて嘔吐した。背中を必死にアイセルは擦る。

「痛いだろうけど、何か飲まされた。吐き出して!」

 背中を擦る、スリザは嗚咽を繰り返した。アレクに報告すべきか、しかしそれよりも。
 アイセルはスリザを抱き抱えるとそのまま走り出す、行き先はスリザの部屋だ。隊長であるスリザはアレクの部屋付近に、簡素な執務室を持っている。
 プライド高いスリザは今のこの現状を誰にも見られたくないだろうから、というアイセルなりの配慮だ。俊足に駆け、部屋に飛び込む。
 女とは思えないほど、質素な部屋だった。ベッドとテーブルしかない。が、そんなことはどうでも良かった。この部屋に足を踏み入れるのはアイセルは初めてである、緊張よりもスリザの身の安全を確かめたい。
 ゆっくりとスリザを寝かせ、水差しからグラスに水を注ぎ込み、そっと身体を起こして口元にあてる。何を飲まされたのか不明だが、一応一部は吐き出した筈だ。あとは薄めて効果を半減させるしかない、最悪ホーチミンを呼ぶつもりだった。

「しっかり、スリザちゃん……。でも、君の精神は本当に繊細で儚いから、もう、限界だよ」


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