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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第129回   いつか、一緒に
 昨夜と同じ様に五人で朝食を摂ったアサギ達は、アイセルに見送られて城を出る。城から街へ行く手段は様々だが、小型のドラゴンで出向くのが最も速い。ハイが城を出る際に使った、あれである。

「もしくは、ミノタウロス車かキマイラ車ね。アサギちゃん、何がいいかしら?」
「……あの、なんですかそれ?」

 平然と言ってのけたホーチミンに、流石にアサギは顔を引きつらせた。なんとなく言葉から想像は出来たがそれに乗らねばならないのだろうか。

「知らない?」
「ごめんなさい、ちょっと解らないです……」
「そうなの? 有り触れた乗り物だと思うのだけど……アレのことよ」

 ホーチミンが指差した方向に、停留所があった。タクシーみたいなものだろうというのはわかった、ニュアンス的にも予想は出来た。
 原動力がミノタウロスとキマイラの、早い話馬車である。馬が引っ張るか、魔物が引っ張るか、ということだ。しかしその見た目が、アサギには衝撃的過ぎた。

「……あ、成程、そうです、よ、ね」

 絶句した。誤って遭遇しようものならば、攻撃を仕掛けてしまいそうな容姿をしている。
 車に繋がれたキマイラは興味深そうにアサギを見つめていた、人間の香りを感じ取り、餌と間違えているのだろうか。
 苦笑したアサギだが、ミノタウロスからも視線を感じて一歩後退した。

「ドラゴン最速だけど高いのよねー……。ハイ様、運賃出してくださる?」
「あぁ、構わないが」
「じゃ、ドラゴンね」

 今日の代金は全てハイが支払うことになるのだろう、サイゴンは一人静かに合掌する。

「あーでも、ドラゴンだとみんな一緒に乗れないのよねー……。それだとつまんないかしら。となると、キマイラよね」

 移動手段くらいどうでもいいのに……と出発前から落胆しているサイゴンを尻目に、ホーチミンはキマイラ乗り場に歩き出していた。慣れた手付きで乗車手続きをしたホーチミンは、意気揚々と早速乗り込む。
 キマイラ三頭が車を引き、高度は低いが宙に浮いて疾走する。

「わぁ、凄い!」

 外見はともかく、宙に浮いて滑走する未来の乗り物を彷彿とさせるキマイラ車に、アサギは瞳を輝かせていた。乗り心地は悪くはない、クッションが柔らかく振動を吸収してくれる。屋根もついているので、雨天でも安心だ。
 四人乗れば精一杯のその車の中、久し振りの買い物であるホーチミンは胸が躍っていた。おまけに、全額ハイ負担の予定である。笑みが零れないわけがない。

「私の行きつけのお店巡りで良いかしら?」
「はい、お願いします」
「昼食もおススメのお店でいいかしら?」
「はい、楽しみです」

 身体をしねらせながら、始終笑顔のホーチミンを遠目で見つつ「高級店ばかりに向かう気なんだろうなぁ」と気の毒そうにサイゴンはハイを盗み見る。
 今日一日サイゴンは、物言わずについて歩くしか、道は残されていなかった。
 街に到着すれば案の定ホーチミンは、真っ先に高級宝石店へ直行である。普段ならば外から眺める店だが、今日は違う。胸を張って入店し、ここぞとばかりに物色を始めた。アサギも目を見張った、眩いばかりの装飾品に、感嘆の声を上げずにはいられない。
 煌びやかな宝石達が所狭しと並んでいる、眩しさに目が痛くなりそうだ。

「わぁ、綺麗!」
「これなんかアサギちゃんにどうかしら? 素敵なデザインよ? いかが? ハイ様」
「ふむ、似合うな、よし、買おう」
「あ、ついでにこれもください」

 アサギに似合いそうな物をハイに勧めて、どさくさに紛れて会計時に自分の物を買う。凄い手捌きだ、俊敏な動作でホーチミンは勝手に高額宝石を買い込んだ。呆気にとられたサイゴンは、見なかったふりをする。
 こんな調子で数店、まわっていく。
 昨夜から周到に計画を練ったのだろう、ホーチミンは迷うことなく店へ店へと渡り歩く。店に入る度に増えていく荷物、抱えているのは無論サイゴン一人だった。

「おぃ! おぃ、ミン、止まれ!」
「ぇ? ちょっと今忙しいの。……あ、ほら、アサギちゃん。これなんだけどね、これからの季節魔界は肌を痛める日光が降り注ぐの。それで、これをこうやって肌に塗ると和らぐの。ほら、香りも良いでしょう? カモミールが主成分なの」

 日焼け止めクリームだ、アサギは納得して頷いた。喚くサイゴンを無視して、自分が欲しいものばかりをアサギに勧めていくホーチミンである。
 両腕に積み上げられていく荷物で徐々にサイゴンの姿は隠れていく、辛うじて現在顔が見えている状態だ。

「ねぇ、ハイ様。アサギちゃんの白くて柔らかな皮膚が、日光で痛めつけられるのは困るでしょう?」
「おぉ、それは一大事。買わねばな」
「これくださーい、あ、も1個追加ね」

 昼食も一級料理店である。おまけに窓際テラスの最も良い席を予約してあったらしく、ついでにコース料理まで予約してあった様で、上機嫌でホーチミンは食べ始めた。
 アサギと一緒なので笑顔の耐えないハイだが、流石にアサギも首を傾げ始める。待遇、良すぎないだろうか、と。

「午後からはぁ、水着買いましょう」
「水着ですか?」
「えぇ、この時期ね、湖で魔族は水浴びするの」
「……ち、地球とあんまり変わらない生活してるんですね」

 雲丹で覆いつくされているパスタに舌鼓をうちつつ、ホーチミンは余裕の笑みを浮かべた。

 ……暑かったら水浴びもしたくなるよね。

 アサギはトマトが溢れそうな程乗っているブルスケッタを口に運びながら、神妙に頷く。

「ねぇ、ハイ様。アサギちゃんにはどんな水着が似合うかしら」
「水着? どのようなものだ?」

 水着など初耳のハイは、軽く首を傾げる。

「あら、ハイ様は初めて? なら、みんなで選ばないとね」
「うむ、よく解らないが……アサギなら何でも似合うから、店のものを全て買い占めないとな」

 やりかねない! 流石に顔色を変えて引き攣ったアサギとサイゴンだが、ホーチミンはコロコロと愉快そうに笑う。ハイはいたって大真面目である、炭火でじっくりと炙られた肉を頬張りながら満足そうに頷いた。

「……ミン! ちょっと来いっ」
「うー。まだ食べてないのよ、白身魚の蒸し焼き」

 サイゴンはハイに頭を下げながら、不満そうに唇を尖らせたホーチミンの腕を引っ張り上げ席から外れる。手を振りながら優雅に食事を続けているハイと、困惑気味のアサギを残して二人は物陰へ消えていく。

「おいっ、調子に乗るな」

 珍しく声を張り上げたサイゴンに、微かにホーチミンは目を開いたがすぐにそっぽを向いて舌を出す。

「なぁにぃ、これくらいいいじゃない。だってサイゴン、何も買ってくれないんだもん」
「どーして俺がお前に買ってやらねばならんのだっ! ……じゃないだろ、よく考えてみろっ」

 髪を指に巻きつけながらきょとん、とホーチミンは小首傾げる。
 仕草は確かに可愛いのだが、男だ。着飾ったホーチミンは確かに擦れ違ってきた同年代の女達より美しかったかもしれない、だが男だ。
 大きく息を吸い込むサイゴンは、がっくりと肩を落とし壁にもたれかかる。

「ハイ様の財力、ミンは計算違いだ」
「ふぇ?」

 汗を拭きつつ語るサイゴンは、荷物が重くなった頃から嫌な予感がしていた。

「アレク様は解る、ここの魔王だ。だが、ハイ様は異世界からの訪問者だぞ? 魔王と呼ばれてはいるが給料など貰ってないだろう!? 魔王=金持ち、という定義は成り立たない」

 つまり、いつしか金は尽きて自分の支払いに廻ってきそうだと、サイゴンは主張したかった。
 確かに、アレクが他の惑星からやってきた自称魔王達に給与など渡すだろうか、渡すわけがない、そもそも他の魔王は働いてなどいない、ただ、魔王アレクの城に居住しているだけだ。魔王ハイとは肩書きであって、惑星クレオにおける職業ではない。ので、早い話無職である。

「!? な、なんですって!?」

 すっとんきょうな声を上げたのはホーチミンだ、確かにサイゴンの言う通りかもしれないと青ざめて口元を押さえる。

「そ、そうよね……惑星ハンニバルならば、魔王として君臨していたのだもの、栄華を極めていたケド。ここは惑星クレオだものね、無職よ、無職で間違いないわ! だってここの魔王はアレク様だものっ」
「うん、そう」

 わなわなと震え始めるホーチミンは、もっと早くにそれを伝えて欲しかったとサイゴンを鋭く睨む。しかしうなだれた様子のサイゴンは、全く気にしていない。

「こ、ここの支払い、大丈夫よね……?」
「知るか。最悪、魔王アレク様へのツケになって、スリザ隊長に発覚されて大目玉だぞ」
「い、いやああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 がったーん! 
 盛大にテーブルを倒したホーチミン、慌てて店員がすっとんでくるが、彼をも跳ね飛ばす。気の毒に、彼は壁に豪快に叩きつけられた。
 スリザの名が出た瞬間、悪寒が走った。そんな失態、知られた日には半殺しだ。ハイをヒモ扱いしていたことも、厳しく罰せられるだろう。減給は必須、寧ろクビかもしれない。そうなると、ホーチミンも無職だ。

「じょ、冗談じゃないわよ!? 払えるわけないでしょお、代金四人分なんてっ」
「自分で巻いた種だ、なんとかしろよ」
「あーん、助けてよサイゴンっ」
「知らんっ」

 無い胸を押し付けて抱きついてきたホーチミンを、顔を引き攣らせつつサイゴンは剥がす。

「でもでも、水着は欲しいのっ。今年の新作、すっごく可愛いのっ。淡い桃色のフリフリなの、ここがこうで、こうなってるの!」

 身振り手振り、説明する。ホーチミンは、水着が欲しかったのだ。本来の目的は、それである。

「男物でいーだろうがっ、去年のとかなら安く売ってるだろう!? 隠す乳もないだろーがっ」
「嫌よっ! サイゴンは他の男に、私の胸にある二つの神々しい突起が見られてもいいっていうの!?」
「神々しい!?」

 思わず吹き出したサイゴンは、額を押さえた。頭痛がしてきたようだ。
 そんなサイゴンを尻目に倒れこんですすり泣くホーチミン。瞳を潤ませ、幸薄の美女を演じる。
 男だが。

「女物だと、男の大事なモノがくっきりと目立つと思うんだが。男物に服羽織れよ」

 冷静なサイゴンだが、振り返ると、鬼のような形相でホーチミンに怒鳴りつけられた。

「だからパレオが必要なんでしょー!? この腰の美しい曲線美を強調するにはあれが必要なのよ!」
「そもそもパレオって何だよ」
「綺麗な布の腰巻だと思ってっ、布のサイズが大きいなら身体に巻きつけて服みたいにも出来る、とても便利なものよっ。今年突然出現したのっ」

 腰をくねらせ細さを強調するホーチミンだが、サイゴンは頭を抱えたままだ。
 確かに腰のくびれは美しいとサイゴンも思っていた。今日も、上半身は胸下までしか布で覆われておらず、長いスカートと見間違えるズボンは腰穿きしているので腰が目立つ。あえて、強調しているのだろう。胸も尻もない為だ。
 男だから。

「くだらない……さっさと食べて帰るぞ」
「やー、やー! 絶対水着は買うのっ。私、アサギちゃんときゃぴきゃぴちゃぷちゃぷ、水遊びするんだからっ」
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 必死に駄々をこねるホーチミンの気持ちは、若干サイゴンとて解っていた。
 これまで、水遊びなどしていなかったホーチミンだ。女の友達がいなかったので、遠くから眺めるか涼む為に脚を湖に浸すくらいだった。サイゴンも相手にしていなかったので、デート気分で水浴びなど過去にはない。
 しかし、今年はアサギがいる。ホーチミンの脳内では、楽しい華やかな水遊び計画が進行しているのだろう。

「なら、早く言え。……男だって」
「……言ったら、アサギちゃん、私のこと軽蔑するかもしれないから」
「でも、嘘はいけないと思うが」

 コツン、とホーチミンの額を小突いてサイゴンは腕を引く。

「ほら、戻るぞ。とりあえず、買い物は禁止」
「水着は、買う。……自分で買うわ」

 小声で静かに呟いたホーチミンを、軽くサイゴンは見つめた。幼馴染だから、滅多に自分以外には我儘言わない事をサイゴンは知っている。他人に対して勝気で強気な態度だが、間違った事は大抵言っていない、正論を通す。華やかなホーチミンは、影で悪口を言われている事もサイゴンは知っていた。
 女性の影口対象には、もってこいの人物だ。
 項垂れたままのホーチミンの手を握り歩くサイゴン、幼い頃はいつもこうだった。何時からか女装に目覚めたホーチミンだが、幼少は元気に飛びまわる普通の男の子だった。サイゴンと共に暴れまわって、大人に怒られたものだ。
 何処で間違えたのだろう。

「サイゴン様、ホーチミン様、おかえりなさい」

 にこやかに微笑んで出迎えたアサギは、ハイと共に食事を終えていた。
 ぎこちなく微笑み返すホーチミンは、優雅に着席すると残りの食事に手をつける。

「ごめんなさいね、すぐ食べるから」
「ゆっくりで構わないのです。ここの紅茶、とっても美味しいです」
「お口に合ったかしら? 良かった」

 素直なアサギに、胸が痛む。何処で言うべきか、いつ言うべきか。
 口にする高級食材で作られた料理達の味が、もう解らない。
 戸惑い気味にアサギに返事を返すと、若干手が震えていた。良い子だから、拒絶されないとは思っている。しかし、些か勇気が出なかった。

「さぁ、水着とやらを買いに行かねばな」

 興味津々のハイがそう言った、今更変更は出来ない。
 食事後徐に立ち上がり、荷物を抱えていくサイゴンは軽くホーチミンの頭部を撫でる。
 沈黙のホーチミンは、足取り重く、水着の店へ向かった。愉しみにしていた目当ての物が、突然怖くなってしまった。
 ホーチミン自身がそうであるように、アサギも”同姓”と水遊びをしたいのではないだろうか。とすると、自分では駄目だった。他にアサギと遊んでくれそうな女性と言えば「私より男にしか見えないスリザしかいないわ……」ぼそり、と漏らす。そうなると、花の様に可憐で華奢な自分がアサギの隣に立つのが相応しい。という思考回路に辿り着く。

「おい、ホーチミン。お前今スリザ隊長を思い切り馬鹿にしただろう」
「やあねぇ、するわけないじゃない」

 当たっていたが、ホーチミンはしれっと否定しておいた。

「あの、ハイ様? お金ってたくさんあるんですか?」

 店を出て立ち止まったアサギは、軽く振り返ると見上げてそう呟いた。
 その発言に思わず息を飲むサイゴンとホーチミン、聞きづらい質問をよくアサギはしてくれたものだと感謝する。朝から買い物三昧である、更に今の店の様子では、金額が気になるのは必然であった。

「ミラボーが以前くれた宝石があるから、大丈夫だが。……おそらく?」

 おそらく、が恐ろしいが辛うじて次の店まで持てば良い。胸を撫で下ろした三人である。
 無職でも、小遣いは貰えていた様だ。
 暫し歩きホーチミンが案内された場所は、当然女性の魔族で賑わっており、入りにくい空気満載だった。流石にサイゴンは引いてしまう。店内を覗くと男もいたが数えられるほどだ。

「俺、外で待ってるから」

 言い終えたサイゴン、すでに荷物を地面に下ろして花壇に座り込み動く気配なしである。ただでさえ疲れているのに、あのような息苦しい場所に自ら飛び込む勇気はなかった。
 彼女と二人で水着を選ぶという、充実した時間なら過ごしてみたかったが。

「あら、残念。ハイ様、行きましょ」
「うむ、さぁ、どれどれ」

 アサギの手を引いてハイは店内へ入る、見送ったサイゴンは欠伸一つ瞳を閉じた。
 疲労感が重力になって身体に伸し掛る、女の買い物は長い。サイゴンには苦痛以外の何ものでもなかった、買い物が嫌いなわけではないが長すぎる。おまけに、サイゴン自身は朝から何も購入していない。
 楽しいわけがない。
 瞳を閉じて眠りに入った、身体が上下に揺れる。
 そこへ。

「きゃー!? ハイ様!?」
「ちょ!? ハイ様!?」

 悲鳴が上がった店内に何事かと、サイゴンは渋々ながら荷物を抱えて店内へ飛び音だ。
 一応魔王である、何かあっては一大事だ。

「ミン! アサギ様! ハイ様! 何が……」

 入店して最初に目にしたもの、それは。
 ハイが盛大に床にひっくり返り、鼻血を吹き出していた光景だった。
 水着の刺激が強過ぎた、というかアサギが着ているところでも大方想像したのだろう。

「け、けしからん格好だなっ! アサギ、私はその純白のあれなぞが良いと思う
のだがっ」

 大きく充血した瞳を開き、垂直に起き上がったハイは、真正面のビキニを堂々と指差す。かなりのハイレグだ、というかほぼ紐だ。
 
「何だこの変態おっさん……」

 口に出したつもりはなかったが、飛び出していた。無気力で倒れそうになったサイゴンだが、決死の覚悟でふんばり身体を支える。
 金細工が紐の先端に施されている紐パンで、胸を覆う布地も少ない。確かにアサギに似合うだろうが、正直その年齢が着るものではない。シンプルだからこそ、最も身体のラインによって似合うか似合わないかが決まる水着だ。これが似合う女性は、体型が見事な証拠だろう。
 そして、相当の妖艶さを持ち合わせているだろう。

「ハイ様、下着は白が好みなのね」

 勝手に分析するホーチミンの隣、アサギは引き攣った笑顔を浮かべている。よもや、あのような水着を勧められるとは思わなかった。

「あ、あの。私、あれはちょっと……。もう少し大人になってからで……。あ、あそこの水色の大きなフリルのがいいです」

 確かに遠慮したい、アサギはビキニではなくチューブトップの大きなリボンが胸元についた水着を指していた。リボンに細かなフリル、アンダーにも大きなフリルがほどこされており可愛らしい。スカートのようである。

「そ、そうか、し、仕方ないな。あ、アサギはどれも似合うから困ってしまうなぁ、はははははっは!」

 声のトーンが下がったハイは、非常に解り易い。名残惜しそうに純白の水着を見つめていた。

『ハイ様、この水着アサギに似合いますかぁ?』
『おぉ、私の為に着てくれたのか、アサギ! おぉ、素晴らしいなぁ、ははははははははははは!』
『ハイ様がぁ、喜んでくださるかと思って、恥ずかしかったけれど着てみましたぁ……きゃっ』
『うむ、その形の良いむむむむ胸がぽよんとなっているのが、たまらんなっ! その揺れる紐がなんともまぁ好奇心をそそられてうへへへへへへ』
『きゃぁもう、ハイ様ったら! ……紐、解きたいですか?』
『な、なんとっ! い、いや、それはしかしてそれだ、あれだ』
『上も、下も、解きたいですか? ……ハイ様なら、良いですよ? お好きなように、解いて下さい』
『あぁ神よ、感謝するっ! アサギっ!』
「ハイ様、ハイ様、ハイ様! あ、あの、お会計を……」
「解くから暫し待ちなさい、アサギっ」
「何を解くのですか?」

 血走った瞳で宙を見ていたハイに、遠慮がちに話しかけたアサギは一歩後ずさる。手付きが、気持ち悪い。

「いや、だから紐を……はっ!」
「……えっと」
 
 何故か宙に向けて、両の掌をワキワキと動かしているハイ。アサギの顔が青褪めると同時に、周囲でも女性達が心底脅えている。

「くっ、私としたことがなんと破廉恥な事をっ」

 水着を見て奥底にあった煩悩が爆発したのだ、白昼堂々と幻覚を見ていたらしい。
 この騒ぎの最中に、ホーチミンは自分が選んでいたものをそっと購入した。勿論、自腹である。アサギの選択した水着とホーチミンの見立ての”可愛らしい”水着とをアサギに合わせて買い物の続きである。
 鼻血で店の隅においやられているハイはさておき、サイゴンは再び小さく欠伸をしながら店の外に出て買い物終了まで一眠りすることにした。
 魔界は、今日も平穏だ。
 やがて出てきたアサギには笑みが零れていた、嬉しそうに胸に紙袋を抱えて。自分好みの水着が買えたのだ、間違ってもあの白のビキニではない。不服そうなハイを見ていれば解った、だが流石にあの水着を頼み込んで着てもらっては下心が丸見えだ。ハイは辛抱したようだ。

「さて、帰りますか」

 立ち上がったサイゴンに、大人しく頷いたホーチミンは小さく溜息を吐くと帰路へつく。
 キマイラ車に揺られて城に舞い戻った四人は、そこで別れた。
 仲良く手を繋いで帰っていくハイとアサギを、ぼんやりと見つめる。大量の荷物に埋もれているホーチミンは、一言も発しない。

「言ってないのか」

 手を振りながらそう告げたサイゴンにも返事をせず、無言で立ち尽くしているホーチミン。
 けれども、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて俯き気味だった顔が上がる。

「……チミン様! ホーチミン様!」

 城から飛び出すように出てきたアサギ、そして慌てて追いかけてくるハイ。
 手を振りながら懸命に駆けよっていくるアサギに、思わずサイゴンも目を丸くする。二人の目の前で止まると、深くお辞儀をした。

「今日は、ありがとうございました! とっても面白かったです。それで、水遊びはいつ行くんですか?」

 お礼を言う為に、そして次の約束をする為に。曇りのない瞳で、真っ正直にアサギは笑顔で問う。

「え、えぇと……。ハイ様にも聞いてみないとね?」
「アイセル様や、リュウ様も一緒にどうでしょう? きっと楽しいですよ!」
「そうね、大勢のほうが楽しいものね」
「はい! じゃあ、また決めましょうね」
「……うん」

 アサギとは裏腹な気分で、ホーチミンは腕の中の水着を握り締めた。
 流石に、男と着替えなどアサギはしたくないだろうし。気持ちは十分女だが、身体つきがアサギとは全く異なる。

「また、お城で会えますか?」
「会えるわ、ちゃんと居るし、会いに行くわ」
「よかった、おやすみなさい!」

 手を振る。友達にしてきたように、普通に手を振る。それにつられて、ホーチミンも手を振った。
 迎えに来たハイに連れられてアサギは帰っていくが、再び振り向いて手を振った。嬉しそうに、笑みを絶やさず。

「……いい子だぞ、早く言えよミン」
「う、ん」

 無気力に手を振り返す、足元に転がる本日の戦利品たちに埋もれて。暫し、その場に立ち尽くしていた。
 後悔した。もっと早くに自分の性別を伝えるべきであったと、後悔した。もしくは、水遊びに行きたいなどと言うべきではなかった、と。
 アサギの笑顔が、痛い。
 楽しかった、今日はとにかく楽しかった。初めてだった、服の趣味も似ていたから笑いながら共に買い物が出来た。互いに選んで、話をして。

「私……どうして男なの?」

 呟いたホーチミンの言葉に、サイゴンが隣で空を見上げる。紅く染まり始めた空が、何処かひどく、物悲しい。美しい、空だったが。

「私……マドリードみたいな女性になりたかった」
「姉さんか」
「あの人は本当に気高くて美しかった」
「無茶もしてたがな」

 亡くなったサイゴンの姉マドリード。夜半前の美しい空は、遠くて儚くて、マドリードを思い出す。

「帰ろう、ミン」
「……うん」

 項垂れて、足取り重くホーチミンはサイゴンに腕を引かれて歩く。
 いつしか、夜の帳へと。

 キィィィ、カトン……。

 入浴を済ませたアサギはベッドに転がると、窓際へと駆け寄る。懸命に空を見ていたところへ、ハイの入室だ。爪先で立ち何かを探すように上空を見ているアサギに、不思議そうに首を傾げる。

「どうした、アサギ?」
「七夕、って知ってますか?」
「ん?」

 水着に引き続き、知らない単語である。微笑みアサギはハイを手招きする、窓から身を乗り出し一緒に並んで空を見上げる。

「私の住んでいるところにある、えーっと昔話というか行事というかなんですけど」
「ほぅ、聞かせてくれないか?」

 庭先からの虫の声が聴こえた、熱が残る空気も微量の風で心地よく感じられる。

「私が間違えていなければ、今日は七夕で。七夕は一年に一度、彦星と織姫という恋人が再会出来る日なのです。あ、あれ昨日だったかな……んーっと」
「一年に一度?」
「はい。優秀な牛使いの彦星に、優秀な機織の織姫でしたが、二人は恋仲になると自分達の仕事をほったらかしにしてしまいました。怒った神様が二人を引き離したのです。恋に溺れて、やるべきことを忘れてしまった二人への罰なのです。年に一度、天の川でカササギの導きで二人は逢えるのですよ」
「なんともまぁ悲惨な話だな……私は耐えられん」

 即答したハイに、苦笑いしたアサギ。

「いつか。二人は赦されて一緒に居られる日が来ると思うのです。それまで、我慢です」

 ……いつか。二人は赦されて。一緒に居られる日が。……来ると。

 唇を、動かす。「アサギ」とハイの呼びかけにも応えず、静かに夜空を見上げていた。
 惑星クレオの魔界イヴァンでは、天の川が見られなかった。地球とは位置が違う、見えなくて当然か。
 けれどもアサギは、何度でも繰り返す。

「いつか、ゆるされて、いっしょに」

 何度も、繰り返していた”その言葉”を。ハイと二人、静かに何を語るでもなく、夜空を見上げ続ける。
 一度、流れ星。


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