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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第127回   キスマーク? キスマーク!
 ビールを数杯飲み干してようやく食事に入ったアイセルに「アイセル様は何を食べてらっしゃるんですか?」と、アサギは声をかける。先程まで豪快に飲み干していたので、声をかけることを躊躇していた。
 にっこりと微笑み興味津々で目を輝かせているアサギだが、アイセルは軽く引き攣った笑みを浮かべた。ハイが瞬時に奇怪なオーラを放ったからである、アイセルは目をつけられてしまったのだ。
 本日のあの庭での会話が、余程ハイには気に入らなかったのだろう。それしか思い当たる節はない。

「お姫様、俺に敬語は止して下さい。アイセル、で良いですよ」
「でも、年上の方ですし。呼び捨てで呼ぶことは出来ません。それに、それを言うなら私もお姫様じゃないです……け、ど」
「ん〜……困ったなぁ、様づけなんて呼ばれたことがないから歯痒いのです、俺的にも」

 困惑気味にアサギが瞳を伏せたので、アイセルは慌てて立ち上がる。

「あ、いえいえいえ、お姫様の呼びたいように呼んでくださればっ。ので、俺もお姫様、って呼びましょう。お相子です」

 ガッ!
 突然響いた音に、周囲が静まり返った。 
 ハイが手にしていたフォークをテーブルに突き刺したのだ、ミシィ、と音を立ててテーブルに罅が入る。怪しく光る、何の変哲もない普通のフォーク。凄まじい凶器に早変わりである。

『アサギに軽々しく話しかけることも、哀しませる事も、一切禁止だ貴様』

 と、ハイの漆黒の瞳が語っている。アイセルだけでなく、ホーチミンとサイゴンも背筋を凍らせる。瞬時に悟った三人は思わず全力で頷く、和やかな食事の場が台無しである。

「え、えーっと、あ、あはははは! あ、そうそう、俺の食べてるものでしたね? これは、豚の挽肉とキビを練りこんで油で揚げた肉団子だと思ってもらえれば。この辛目のソースをつけて食べるんですよ。ビールのツマミには最適です」
「わぁ……。一個、貰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ、よかったらハイ様もご一緒に」
「うむ、では戴こうとしようか、アサギ?」

 上司に気を遣わねばならない、厳しい社会の現実である。
 いそいそとアイセルから肉団子を貰うと、アサギの皿に乗せて上機嫌のハイ。
 自分には災いが降りかからないように、性急に食事を続けるサイゴンを尻目に仲良さそうに食べているハイとアサギを見つめるホーチミン。 
 宙を見つめながら一人、陶酔モードである。

「うふ、うふふふふ……。いいわよねぇ、年上男と幼女の恋物語。そそられるわ……」

 首を左右に振りながら、恍惚の表情で天井を仰ぐ。隣のサイゴンが思わず口に詰め込んでいたパンを吐き出しそうになった、嫌な予感しかしない。
 ちらり、とジト目でホーチミンを見つつ、深く溜息を吐く。手に取るように現状のホーチミンの心境が解る、自称乙女心を持っているホーチミンは恋話が大好きだ。ハイとアサギに感化されたのだろう、詳細を知りたいのだろう。そうなってくると、サイゴン自身にも災厄がやってくることすら、予測済みである。
 がっくり、と肩を落としたサイゴンの予想通り、ホーチミンは胸を弾ませていた。
 魔王の恋だけでも、十分に興味をそそられる。だが、その相手が人間の勇者でおまけに飛び切りの美少女だ、歳の差が離れているので妄想も膨らむ。

「あぁん、もう、想像しただけでミン、困っちゃうっ」

 身体を震わせて身悶える、何を想像したのかは当人だけが知っていた。

 静まり返っている暗闇の一室に、来訪者は首を傾げていた。
 一人、ガラガラとワゴンを引いてハイの部屋を訪れたリュウ。ワゴンの上には三人分の食事が、てんこ盛りである。

「やっほー、だぐ! 一緒にご飯食べるぐっ」

 が、ハイの部屋は静まり返っている。アサギの部屋も、無論静まり返っていた。

「ぐ」

 呆然と立ち尽くしたリュウ、かくり、と肩を落とす。三人分の湯気立つ料理も、何処か影を帯びて悲壮感を漂わせていた。

「ご飯を粗末にしてはいけないのだぐ、勿体無いお化けが出るのだぐーよ」

 ガラガラと虚しい音を立て、ワゴンを引きながらリュウは仕方なく自身の部屋へと戻って行った。「折角急遽作らせたのに」小言を言いつつ魔王は、食事を一人寂しく運ぶしかなかった。

「寂しいのだぐー! 一人でご飯だぐ〜!」

 流石に一人で三人分を片付ける事は無理だ、リュウは壁に同化して成り行きを見守っていたリュウ七人衆に軽く声をかける。

「そういうわけだぐ、皆で食事だぐーよ」
「はっ、畏まりまして候っ」

 壁から姿を現し、金魚の糞の様にリュウの背後に続く七人衆。全然一人で食事ではない、が、誰も言い出さなかった。言い出せるわけが、ない。
 そんな、魔王リュウはさておき。
 五人で談笑しながら、食事をするのは楽しいものだった。
 魔王ハイの存在に周囲が引き気味ではあるのだが、そんな視線も気にならなくなった頃。食後にホーチミンが注文したブランデーを湯で割り、レモン汁、砂糖を加えて飲みやすくした暖かな物を口にしつつ皆で一息する。
 アサギも少量、ハイから拝借した。
 量が少なければアルコールは身体を温める薬効がある、ほんのりと桃色に染まった頬でアサギは穏やかな溜息を吐いた。

「あ、ねぇねぇアサギちゃん。明日はどうなってるの? 予定はあるの?」

 ホーチミンが微笑みつつ、首を傾げる。アサギはハイを見上げ、その返答をハイに委ねざるを得ない。ここでの行動の決定権は、ハイにあるのだから。

「明日はまだ考えていないが……」

 アサギの視線に、ハイがそう返答する。何をしようかと、天井を軽く見上げるハイ。思案中の様子であるハイに嬉しそうにホーチミンは手を叩くと、身を乗り出してきて更に微笑んだ。

「買い物行かない? 女の子の友達っていないから、一緒に行ってくれると嬉しいんだけど」
「買い物! わぁ、行きたいです!」

 にっこり、とアサギ。女子は基本買い物が好きだ、やはりこれも世界が違えど共通なのだろう。アサギの様子に満足そうにホーチミンは頷くと直様、視線をハイに送る。
 ホーチミンは、心は女だが、男だ。女の友人が多いと思えば、実際はそうではない。異性には嫌煙されていた、その持ち前の美貌が疎まれる対象になっているが、本人は気にしていない。
 ホーチミンとて、苦労もせずに今の体型を維持しているわけではないのだ。肌の手入れとてそこらの女よりも頑張っている、人を見下す前に自身を愛し磨けばいいのにと嘆いて女達を見やる。

「行きましょうよ、ハイ様。私とサイゴン、アサギちゃんとハイ様で合同逢瀬ね! きゃっ、楽しみ!」

 大はしゃぎで飛び跳ねるホーチミンの傍ら、サイゴンが頭を抱えて項垂れている。「可哀想に……」とアイセルが同情で頭部を撫でれば、悲痛な呻き声をサイゴンは発した。それを無視して、べったりとサイゴンの背にもたれ込むホーチミン。
 アイセルは一人、ストレートのブランデーを呑みながら大袈裟に肩を竦めている。気の毒だが、救う術はない。覚悟を決めて”合同逢瀬”とやらに勤しむべきだ。
 そんなことよりも、軽く無視されている自分の存在に動揺を隠せないアイセルだった。

「なぁ、ホーチミン? 俺は?」
「アイセルは駄目よ、彼女がいないじゃないの。これはあくまで、逢瀬なのよ。誰か連れてくるなら来てもいいけど〜?」
「ちぇー」

 唇を尖らせて、そっぽを向くアイセルの傍ら、テーブルに突っ伏したサイゴンがくぐもった不満の声を上げる。

「お前の相手を、勝手に俺に決めるなよ、どーして俺がお前と逢瀬する事になってるんだ」

 だが、そのささやかな反論は、背中に爪を立てたホーチミンによって無効化された。

「ね? 良いでしょう、ハイ様」
「アサギが行きたいというのであれば、何処へでも」

 ハイからのお許しが出たので、アサギとホーチミンは二人で大はしゃぎである。そんなアサギを見ているだけで、ハイの顔は始終綻んだままだ。逢瀬、という単語にアサギが嫌悪感を示さずすんなり受け入れてくれたことが、何よりハイは嬉しかった。
 思わずハイはホーチミンに軽く視線を送る、感謝の意味を篭めて。間入れず、しなりん、と身体をくねらせてウィンクが返って来た。ホーチミンの唇が動く、目で追えば『私の計画は完璧でしょ?』と言っているようだ。
 ハイにとってホーチミンは、恋愛事において最も頼れる人物になりつつある。疎いハイにとって、多感で煌びやかな味方がついてくれたことは幸運だった。
 翌日の約束を交わし、五人はそろそろ席を立つことになった。見れば、満席状態で現在待ちの状態だ。長居は無用だ、ハイに連れ立ってアサギも立ち上がり髪をかき上げる。
 瞬間。

「あああああああああ!」

 悲鳴に近い黄色い声が上がる、ホーチミンがテーブルを勢い良く叩いて立ち上がった。横でアイセルも悲鳴に近い声を上げている、大きな口を開けて瞬きする事もなく。
 二人同時に顔を見合わせ、「見た?」「見た!」の言い合いである。
 そう、二人は見てしまったのだ。紅い痕を。


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