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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第125回   勇者の思いと魔王様の思い
 アサギとハイの空腹は満たされたので、滝から零れ落ちる清水を掌で掬って飲み、喉を潤した。二人は大木の根に再び腰掛ける、先程中断した話の続きをするつもりだった。
 腹が空いていたので、数分前まで無言で食べていた。その間、全く会話がなかった。
 先程の雰囲気と内容的に切り出し難く、ハイはたじろいだがアサギがすんなりと語り出した。

「私は、イヴァンへ来て驚いたことが沢山あります。魔王、って単語だけ聴かされてましたからみんな悪い人達ばかりだと。でも、違いました。みんな、全然悪くないみたいで。まだ出会って間もないですが、でもっ」

 興奮気味に、アサギの口調が強くなる。両手の拳をきつく握り締めた、微かに肩を震わせる。声をかけたくともかけられない雰囲気に、ハイは目を細めてアサギを見つめた。

「教えて、ハイ様。本当にあなたが惑星ハンニバルを襲撃したのですか? リュウ様は? アレク様は? ミラボー様は? どうして私に優しくしてくださるのですか? 何が正しくて間違っているのか、解らないのです。ハイ様は魔王にみえません。……なら、惑星ハンニバルの魔王って誰ですか?」

 ハイの顔が引き攣った、真っ向から質問されると答え難い。口篭っているハイに、アサギは続ける。

「私達の世界には、本当はみんなのお手本にならなきゃいけないのに悪い事をしている人達がたくさんいます。人は完璧じゃないから、失敗します。それでも、解ってても直そうとせずに、悪い事してる人達が本当にたくさんいるんです! 私、それが嫌いなのです。見て見ぬ振りをするのもいけないけれど、勇気がない人だってたくさんいます、立場が悪くなる人だっています。それに、軽々と誘いに乗ってしまう人もいるし、それは分かるのですが、でも、もっと、こう……。それらを正そうと懸命に頑張る人は、圧力で身動きが取れなくなってしまって……あ、これは私の国の政治家さん……えっと、偉い人達の話ですけど。それとか、子供に”苛めは駄目”といいながら、大人の間でも虐めがあるし。それなら子供は『大人がやってるならいいやー』ってなっちゃうと思うんです。人間って悪い事、って解っているのにやってしまうんですよね。私だって偉そうなこといえません、きっとどこかで悪い事してしまっているのです」

 キィ……カトン……。

 何かが何処かで軋む音が聴こえ、アサギは怪訝に顔を上げた。

 ――……つ……それ……たのつ……お……――

「え……?」

 そっと耳に手をあてる、聞き取ろうとしたが以後聞こえない。訝しげに周囲を見渡しているアサギに、不思議そうにハイが覗き込んだ。

「どうした、アサギ?」
「あ、いえ……なんでもありません。ちょっと、声が聴こえたような気がして」
「風が出てきた、上空の葉がこすれる音かもしれないな」

 肩を落としているアサギに、遠慮がちにハイは語りかける。目の前のアサギは、消え入りそうだ。俯いているアサギの表情は見えないが、暗い影が落ち微かに震えている肩が切ない。
 思わず、ハイは肩に手を回して自分のほうへと引き寄せてしまう。

「だから……人間は嫌い」

 ぼそ、とアサギが呟いた。声的には大きくなかったのだが周囲が静寂に近いので大きく、聴こえてしまう。聞き取るのには十分過ぎる声だったため、思わずハイはアサギを離し肩を強めに掴んでしまった。

「今、今……なんと言った? 私の聞き間違いか?」

 人間の勇者。召喚された、異世界からの勇者。その、勇者が人間を”嫌い”だと。
 思わずハイは固唾を飲み込む、先入観からの考えだ。
 アサギはハイに対し”魔王”という単語から、暗く恐ろしく残虐なイメージを抱いていた。当然だろう。
 ハイも、アサギが”勇者”ということから、人間の味方で自分の敵である、と思い込んでしまっていた。人々を助けた功績から、勇者と呼ばれるようになったわけではない。突然召喚された娘、勇者と呼ばれ先入観から悪事を働く魔王に、矛先を向けた。魔王を倒すために、状況の把握さえ出来ずやってきた、勇者。幼い少女。
 だが、形式には当てはまらない。魔王ハイが勇者アサギに一目惚れをし、連れ去ってきた。勇者と魔王が手を組む……というと言い方は悪いが、親しく共存しても何の問題もないだろう。現状として、二人は啀み合ってなどいない。
 確かにハイは魔王だ、惑星ハンニバルを壊滅状態においやった暗黒神官魔王ハイで間違いはない。
 そして救いを求められ、異世界から召喚された勇者アサギで間違いはない。
 けれども二人は、楽園のような森林で肩を寄り添い、こうして語っている。二人が打破すべきは”先入観”。

「私、人間が嫌いです。勿論、人間にだって良い人はいますよ。でも、悪い人達だってたくさんいるのです。人間が嫌いなんじゃなくて、単に……悪い人が嫌いなのかな」

 過去の自分を見ているような気分になったハイは、目の前のアサギを瞳を細めて見つめる。だが、アサギと自分で異なる点が。
 あの時、ハイには信頼できるニンゲンなど一人も存在しなかった、全てを悪と決め付けた。
 だが、アサギは違う。アサギは人間を信じてもいるし、自分を嫌悪してもいるだろうし、絶望を感じているかもしれない。けれども全てを否定してはいなかった。
 ハイは、断固として人間の存在を否定した。生の輪にあって、不要で醜悪な存在だと認識した。
 ゆえに、深い溜息を吐くと覚悟を決める。

「……私が魔王と呼ばれることになったワケを話そうか。私は元は惑星ハンニバルの神官の家系に産まれたのだよ。そして何不自由なく厳しい勤勉と教養の中で育ち、行く行くは立派な神官になると……信じて疑わなかった。私が路を逸れたのは、人間の”悪”……いや。”負”の部分を垣間見てからだろうか。あの日私は、一人散歩に出ていた。あぁそうだ、丁度アサギと同じ年頃だったかな」

 ハイはアサギの頭部を撫でながら、ゆっくりと瞳を閉じた。微かに瞼が、引きつる。記憶の片隅に追いやった、思い出したくないあの日の出来事は鮮明に。
 唇を嘗めて湿らすと、封印していた過去を紐解く。

「池があった。深くも、浅くもない池だ。大きな葉が浮かび、鮮やかな花が中央で咲き誇っていた。近くに大木が悠々と生えていた、それはそれは見事な木で、この大木よりも立派な木だった。何処からでも良く見える木で、皆それを目印にして天候が悪くとも歩いただろう。偉大な、大木だ。私はそこへ行く為に歩いていた、小高い丘を越えれば、池が見える。澄んだ色合いの池には多種多様の水鳥も寄ってくるからそれも、楽しみだった」

 じっと、耳を傾けているアサギの表情は誰からも見えない。ハイの広い胸に、すっかりと埋もれてしまっている。

「丘を下りきった時だった、池の周囲に数人の子供がいたんだ。子供、と言っても私よりも年上だった。楽しそうにしていたから水遊びだと思ったんだ、混ぜてもらおうと思った。少々、騒がしかったがね。だが、妙な胸騒ぎと、空気の振動を感じた。ふと、私は上空を見上げたんだよ。池ノ上、二羽の鳥が舞っていた。その時期は、親鳥が雛を育てていた時期で、子供達が騒がしくて付近の巣に戻れず、餌が与えられないのだろうと……思ったのだ」

 アサギの身体が、硬直した。内容を悟ったのだろう、僅かに震え始める。ハイは、落ち着かせるようにアサギを抱き締めていた。
 自身をも、落ち着かせるように。

「子供、達は。鳥の巣を池に浮かべて遊んで、いたんだ」

 アサギは小さく悲鳴を上げると、ハイの服にしがみ付いた。嗚咽が聞きながらハイは遠くを見つめ、あの日の光景を思い描きながら淡々と語る。

「私は、助けようと走った。が、目の前で巣は、池に沈んでいった。そうしたらば次は上空を飛んでいる親鳥に石を彼らは……投げ始めたのだ」

 ハイの瞳に憎悪の光が灯る、あの日に感じた殺意が甦ってきた。身体中の血が沸騰する、耳元でくだらない世界を破壊しろと、誰かが囁く。怒りを押し殺して、腕に爪を立てる。
 止めようと一人の少年に飛びかかった、唇を噛締め奇声を上げた”あの日”。

「気付けば気絶していた、どうやら返り討ちにされたようだ。その場に残されたのは無力な私と、石に潰された親鳥と。無我夢中で池に飛び込めば、冷たい冷たい池の底で、息絶えていた生を受けたばかりの雛鳥だった。三羽いた」
「赦さないんだから……!」

 アサギの絶叫が周囲に響いた。森が静まり返っていたのは、その鳥達を偲んでか。
 腕を振りほどこうと、渾身の力で暴れるアサギを落ち着いた様子でハイは抱き締めている。

 ……あぁ、昔の自分が目の前に。

 ハイは自嘲気味に笑う、あの時、誰かに自分もこうして欲しかったと思い、空を仰ぐ。無情にも空は澄み切った青色だった、あの日もそうだった。
 ハイに出来ることは今目の前のアサギに、あの日の自分が渇望したことをしてあげること。アサギを抱き締める、強い腕で抱き締める。大丈夫だと、抱き締める。壊さないように、一心に抱き締める。
 そして、背を撫でる。
 泣きじゃくるアサギを、我が子の様に抱き締めた。背中を擦り、ここに自分以外の誰かがいることを、覚えておいて貰う為に。人の温かみを、忘れない為に。

「私はその後、鳥の亡骸を大木の根本に埋めた。辛うじて一羽の親鳥は息があったので習いたての回復魔法を使い、自宅にひっそりと持ち帰って世話をした。侘びにもならないが、せめて助かった命だけは救いたかった……。回復して飛び立った鳥を見送ってからというもの、私は人間の醜悪な部分を探す癖が出来てしまった。神官の家系に産まれ、本来ならば人々を安息させる身分でありながら……堕落した神官達を見てきた。それで、人間不信になってな。自身も人間である事を恥じ、あの鳥の様に大空に舞いたいとさえ、願うようになった。人間、という自分から逃れたかったのだ。出来るわけがないのにな。
 その結果、人間を殺戮し始め……魔王に至る。全ての人間を抹消したところで、何になるというのだろうか。だが当時は、それが自分の全うすべき使命の様に感じていたのだよ。愚かにも。
 ……私が何故、魔王となったか。これが答えだアサギ」

 自嘲気味に笑ったハイは、アサギの顎に手をかけると上を向かせる。大人しくなったアサギは、素直に上を向いた。
 ハイの瞳に、涙で真っ赤にした瞳のアサギが映る。苦痛と、悲痛と、憤怒の籠もったアサギの真っ直ぐな瞳に惹きつけられたハイは、そっと唇でアサギの涙を掬った。
 ごく、自然に。
 ハイ様、と呟いて再び胸に埋もれたアサギを抱き締めながら。

「私を止めてくれる者が、いなかった。信頼できるものなど、父も、母も、友人も……存在しなかった。私が全てと関わりを隔てていたからな、存在しないと決め付けてもいた。もし、もし、誰か一人でも私が信頼できる人物さえいれば……その者が止めていたらば、魔王という存在にはなっていなかっただろう。しかし、不謹慎だが後悔はしていない。
 なぜならば、魔王になり、惑星クレオに来ていなければアサギ、そなたに出会うことなどなかったろう。私の人生で、それだけが唯一の光の様に思えてきたよ。
 今、ここに誓おう。
 アサギ、魔王とか勇者とか。そんなものは関係ない、私達は……その、友達になれるだろう? いや、友達だろう? 勇者と魔王ではなく、アサギとハイ、で考えてみてくれないだろうか」

 ハイは、”友達”を強調した。自分に言い聞かせるためだった、友達でよい、恋人でなくとも良い、目の前の小さな存在が笑っていてくれるのであれば。

「私も……酷い事をしたものだ。鳥は庇ったのに、同じ命を持つ人間は庇わなかった。惑星ハンニバルの住人には酷い事をしてしまった。私と同じ思いを抱いていた人間も……今なら解る、間違いなくいただろうに。だからまず、魔族と人間、魔王と勇者が隔たりをなくそう。痛みも思いも分かち合おう」
「無理だと、思います……」

 間入れず、鋭いアサギの声が響く。驚いてハイが瞳を開いた、まさか真っ向から否定してくるとは思わなかった。

「無理です! 魔王の皆様、魔界の方々はみんな優しかった! けれど、人間は無理です! 恐怖の対象で仲良く、なんて見てくれないのっ。必ずどこかで歪みが起きるっ。
 ……私の住んでいた地球だって。産まれ立ての仔猫を川に捨てたりとか、首を切ったりとか、ゴミの日に出したりとか、玩具の標的にして遊んだりとか! もちろん、酷い事をしない人だっていますよ、でも、全員が全員、そんな人達じゃないんです! だからきっと、魔族の中にも人間が嫌いな人だっているだろうし、人間だってそう。自分達と違うから、恐怖に怯えて廃除したくなる。……人間同士でも差別があるのに、他種族と仲良くだなんて……夢物語です。でも、私は人間で、どうにかしたいのに、どうにもならなくて、何をしたらいいのかも解らなくて!」

 興奮しているアサギ、喉の奥から声を振り絞り叫ぶ。初めて見る、アサギの取り乱した姿だ。
 ハイは、ただ、黙って抱き締めるほかなく。それでも、アサギの気持ちは解っているから、と。きっと他にも同じ様に思う”存在”がいるから、と。少しずつ、解き解していくしかないのだ、と……。
 そう思いながら、抱き締める。
 無理にアサギを落ち着かせたくない、気の済むまで泣かせてやりたい。傍にいて、直ぐ傍にある温もりを与え続ける事……それが大事なのだとハイは思った。
 どのくらいの時間が経ったのだろう、アサギは必死に耐えながら涙を拭き、肩を震わせながらハイを見る。

「ごめ、ごめん、な、さい……すみま、せんっ」
「気にしなくて良い、気の済むまで泣けば良いのだ」

 言いつつ柔らかな声と穏やかな笑みを浮かべて、ハイはアサギの頭部を撫でた。
 やはり、まだ子供だ。可愛らしいことこの上ない、この愛しい感情が恋愛なのか別のものなのか。大粒の涙を零しているアサギは『か弱い女性は自分が護らねば』的な男の本能を刺激してくる。
 両手で懸命に涙を拭きながら、謝罪を続けるアサギに眩暈がした。申し訳ないと思いつつも、思わず喉を鳴らす。思い切り抱き締めて、口付けしたくなったのは媚薬の効果が残っているのか、本能なのか。「そもそも服装自体が刺激的だしっ」と唇を噛締めて堪えるハイ。慌てて乾かしていたアサギの上着を取りに立つと、肩にかけてやる。

「そ、そろそろ陽も落ちてきた、寒くなるから着ておきなさい。帰ろうか、今日は、その、あまり楽しくなかったかもしれない、がな」

 苦笑いしたハイに、アサギはぶんぶんと首を横に振って否定した。それはハイの思い違いである。

「しょ、しょんなこと、ないです! た、楽しかった、ですっ」

 アサギの舌が廻らない言葉に思わず吹き出したハイは、いい子いい子と、頭を撫でる。
 また一緒に来よう、いつでも何度でも来ることができるから、と。

「眠っていると良い、疲れただろう?」

 アサギを背に乗せ、返事を待たずに歩き出すハイ。

「自分で歩けます、大丈夫です」
「いや、泣くというのは結構体力を消耗するものだ。遠慮せず、眠りなさい」
「……はい、ありがとうございます」

 少々考え込んでいたアサギだが、小さく頷くと欠伸を一つ。瞳を閉じてハイの背にくっつき眠り始める、数分で眠りに落ちていった。
 安堵したハイは、周囲の木々を見つめながら歩き出す。軽いアサギだ、負担にはならなかった。何より、こうして自分に心を許してくれていると分かるだけで嬉しかった。
 リスが木々を走り回っている姿を発見した、笑みが零れる。「可愛らしく、元気一杯なところがアサギにそっくりだな」小さく微笑した。
 次の森の仲間はウサギだ、道を横切り一目散に何処かへ走っていった。

「あぁ、なるほど。ウサギか。ふわふわでぴょんぴょんはねるし、仕草が可愛らしい。リスと違ってどことなく色気すら感じるなぁ、成程」

 背にいるウサギ……ではなく、アサギに思わず話しかけてしまう。

「おや? ウサギ? アサギ? はは、名前もそっくりだ!」

 愉快そうに歩いているハイ。勇者を背負い、歩いている魔王。今回の件で二人の仲が急速に縮まった気がして、心が通い合えたようでハイは幸福を噛み締めている。心の奥につっかえていた棒が、アサギに話したことでとれたようだ。誰にも話す事がなかった、自分が暗黒面へと堕ちたあの日をようやく開放した。
 罪を認め、悔いた。
 何処か晴れ晴れしい表情のハイだが、一つ問題が発生している。ハイはそれに全く気付いていなかった。
 アサギの首筋には、無数のキスマークがついているのだ。紅く、紅く、点々と。

――アサギ様、本日口にした言葉、お忘れなきように。


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