20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第123回   魔王様の淫……ではなくて陰謀
 魔界イヴァン魔王アレクの居城周辺には、巨大な湖が存在する。マリアナ湖と名付けられているその湖には、この時期になると水浴びを愉しむ魔族達が大勢押しかけてきた。
 海に囲まれている魔界イヴァンだが、穏やかで美しい湖なので海水浴より人気がある。のんびり、まったりと各々愉しんでいる魔族達に混ざり、魔王リュウが一角を陣取っていた。
 存在に気付いた魔族達は慌てて敬礼をし離れていく為、混雑している中でもリュウの周囲だけは広々としている。魔王なのだから一般の魔族には恐れ多い存在だ、遠巻きになるのも当然である。「別にそう気兼ねしなくても良いのだけどなぁ」とリュウは小さく零すと、溜息混じりに離れていった魔族達を見やった。手の中のグラスに入っている白濁した桃色の液体を、一気に飲み干すリュウ。

「リュウ様、苺牛乳のお替りは如何致しましょう?」

 空になったグラスをリュウが差し出せば、にっこりと微笑み傍らの女性が再び並々とグラスに液体を注ぐ。

「さぁさ、どうぞ召し上がってくださいまし。まだまだありますし、本日のイチゴは朝露を浴びて、価値ある宝石の様に皆輝いておりましたから、おいしゅう御座いますよ」

 ん、と軽い返事を一つ。リュウは再びグラスを空けると、直様同じ様にお替りを所望する。空になったグラスを片手に、賑わう湖を眩しそうに見つめていた。
 光の加減で反射する水、風によって起こる波が心地良い音を奏でる。小さな欠伸をして、リュウはゆっくりと重たくなった瞼を閉じ始めていた。
 注がれた苺牛乳には口をつけず、傍らのテーブルにそれを置くと静かに背を倒す。傍らに控えていた男が、日陰を作る為にそっと傘を差し出した。
 別にリュウは水浴びを愉しむ為に、ここへ足を運んだわけではない。チェアー式ベッドに、大きなパラソル、テーブルにティーセットを用意して傍らには無論”リュウ七人衆”。大掛かりな、日光浴兼昼寝である。
 暖かな陽射しと心地良い耳音に、自然と瞼も閉じていく。脳の活動も停止する、考えなければいけないことが多々あるのに。
 うとうと、うとうと。
 寝息を立て始めたリュウに胸を撫で下ろした七人衆は、寝顔を覗き込むと互いに微笑む。安堵した七人は、その場に腰を下ろして和やかに空を見上げた。

「リュウ様の寝顔。 変わってらっしゃらないなぁ、昔と」
「えぇ、本当に可愛らしい事。昔はよく、木の上で眠ってらっしゃったわよね。バジル様に怒られていたわ、ふふふ。それが、こんなにも大きく逞しく立派に成長され、私達を救ってくださった」

 七人同時に、言葉が途切れた。
 黙り込んだまま七人は遠くから聞こえてくる魔族達の声に耳を傾ける、懐かしい情景だ。皆が皆、思い出に耽っていた。
 故郷を離れようとも、主は常に傍らに。必ず恩を返そうと、助けようと支えになろうと皆で誓った”あの日”。
 ここは安息の地惑星クレオの魔界イヴァン、第二の故郷になりつつある。
 七人衆は魔族ではない、皆異種族だ。しかし、この場所では迫害されることもなく、疎まれることもなく生活していた。暫しの沈黙が続いたが、突如立ち上がった男に六人は怪訝な瞳を投げかけた。視線を気にすることもなく、語り出す男。

「リュウ様は思い出してはおられぬ、
過去に捕らわれてもいない。故郷を捨てたわけではないが、今を大切にしてらっしゃるのだ。ならば我らもそれに従おう、この御方を全力で護らねば」

 六人は俯いた。
 ”故郷”。
 ここより遥か遠い場所”もう戻れない”場所だとは皆承知だった、何故ならば故郷への扉はリュウ自身の手によって閉ざされているからだ。
 リュウが自ら扉を開くことはないだろう、自分に課せた宿命だ。
 誰しも”故郷”へは戻れない。家族が、恋人がその地で待っているが無理だ。それでも皆理解していた、これが最善であると。
 男は、そっと陽射しに姿を現した。全身を茶羽に覆われた、亜種である。両の脚にはやたらと深い傷があるのだが、随分と過去のものだ。鋭い瞳は猛禽類を彷彿とさせる、故郷では山岳地帯に住んでいた。
 故郷を思い出している他の六人を励ますように、声高らかに明るい声を出す男。

「そういえば、今日はリュウ様はハイ様にお会いしていないが。どうしたのだろうな?」

 話題を変えてくれたので、皆躊躇しつつも会話に加わっていく。慌てて同じ位の歳の男が立ち上がると、嬉しそうに語り出した。

「そうだよな、どうなされたのだろうな。ハイ様くらいしか心を開かれていないのに」
「アサギ様が来られて、拗ねてらっしゃるのでは? ハイ様つきっきりだから、取られてしまったと」

 尽きる事ない会話が始まる、憶測開始だ。

「ハイ様の存在が、リュウ様に生きる希望を与えたのだ。それを途中から現れた”人間”の”勇者”に奪われてしまっては……面白くなかろうよ」

 一瞬、空気が淀む。

「で、でも、リュウ様もアサギ様の事は気に入ってらっしゃるみたいよ? 確かにあの子はふわふわで可愛らしいわ」
「でも、”人間”の”勇者”で」
「ゆ、勇者には到底見えないけれど!」

 皆夢中だった、誰もリュウが薄っすらと瞳を開いた事になど気付いていなかった。目が覚めたリュウは気配を悟られまいとして、微動だせずに耳だけ傾ける。七人の愉快そうな会話と弾む声が聴こえてきて、軽く口元に笑みを浮かべた。
 ずっと起きていた、皆の会話を聞いて始終考えていた。これまでの自分の愚行、今後の行動、何をすれば”救える”のか。
 
 ……故郷の者達の安全は確保した、封印は完璧だ、私以外解除出来る者などいない筈。問題は、散らばっている仲間達の安否だ。

 リュウは唇を噛み締める、眩しい日差しを忌々しく睨みつける。

「辛うじて七人は救出し、こうして共に居るがこんな人数であるはずはない。同法が普通に暮らしていているならば問題はないが、万が一何処かで戦いの道具になってしまっていたらどうすれば。……冗談ではない、一刻も早く救出しなければ」

 惑星ネロ、惑星ハンニバル、惑星クレオ、三つの惑星でリュウは文献を探した、しかし自分が知りたい情報が何処にも載っていなかった。
 竜族のリュウは、寿命の心配などはしていない。ただ”不当な待遇”を受けている仲間の身を案じているだけだ。
 チラリ、と横目で七人を見つめるが、誰もまだ自分が起きた事に気付いていないようだった。
 陰鬱になった心を払うように、澄み切った青空を見つめる。場所は違えど、空の美しい青はそのままだ。故郷となんら変わりがない。

 ……泣いてはいけない、求めてはいけない、帰りたいとは思わない。否、思ってはいけない。自分が弱気でどうする、あぁして七人は信じてついてきてくれている。愛情に飢えてはいけない、甘えてはいけない、自分は慕われ頼らているのだから。

 ぎゅ、と硬く瞳を閉じ寝言の様にリュウは呟く。その声をようやく七人は聞き取った。

「ハイにはね、スイカにね、薬を仕込んでおいたのだぐ。ちょっと、大胆になっちゃう薬を、ね。早い話、媚薬だぐ!」
「ええええええええええええええええええ!」

 七人の叫び声がマリアナ湖に盛大に響き渡った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 276