その日は晴天だった、時の王は届けられる書類に目を通しながら傍らの妃に声をかけている。王妃はやんわりと微笑むと軽く頷き、自らも書類に目を通していた。 この国は、民の上に立つ国王も王妃も非常に優れた人材に恵まれていた。腹心達とて期待に応える稀な者達ばかりだった、幼き頃から民の上に立つべく恥じない様に教育されてきた賜物である。 「王よ! 大変で御座います! 地下牢に不審者が!」 ジェノヴァ城、地下の衛兵が咳込んで走ってきた。無論多くの人物を巻き込み、近衛兵やら、魔術師やらを連れ立って王に謁見だ。王と王妃は、二人して書類から目を上げると顔を見合わせる。 ご推察の通り、地下牢には勇者御一行。トモハル、ミノル、ライアン、マダーニが一人用の牢の中に押し込められている。転移は完璧だったのが、到着地点が非常に問題だった。 「どーして、こんな場所に転送するんだよっ」 マダーニの胸の感触を背に、多少にやけ顔のミノルだが牢獄に顔を押し付けられながら不服そうに叫んだ。窮屈である、というより、拷問に違い。ライアンの着ている鋼の鎧が、刺さるように痛い。 ギャーギャーミノルが喚けば、地下牢に響き渡る声。耳元で叫ばれトモハルは顔を引き攣らせるのだが、生憎反撃できる姿勢ではなかった。 「それは、万が一の為に御座います。申し訳御座いません」 牢の外で、多くの人物が平伏している中現れたのはどう見ても”王”だった。美しい装飾品の冠、毛皮のマント、立派な髭。子供が見ても、というより誰が見ても王以外に有り得ない容姿をしている。 「うっわ、典型的な王様だな、おぃ」 王と言えば、これ。……的な容姿の王の登場に思わずミノルが零してしまい、衛兵に槍を向けられる。素直に言葉が出てしまったのだが、侮辱の意味合いにとれなくもない。ミノルにはそんな気はないが。 喉元に槍先を突きつけられ、引き攣った叫び声を上げたミノルだが、その槍を王が下ろさせる。渋々と後方に控えた兵達に代わり、前に進み出た王は軽く頭を垂れていた。 「勇者様御一行に御座いますな? ピョートルからの来訪者でこちらを扱える人物となればそれ相応の方の筈」 言うなり、牢が開けられる。ミノルが飛び出し大きく伸びをすれば、首を鳴らしながらライアンが出てきて王の前に跪いた。女王から預かった手紙を丁重に差し出す、それさえ読めば全て解って貰えるだろう。最も、この賢王にとってはこの現状だけで把握してしまっているのかもしれないが。 「ふむ、疑いはしないが間違いなくピョートル女王の印。このような夜更けに転送陣とは……さぞかしお疲れでしょうに。 来客室の準備を!」 手紙を読み終えるが否や、夜更けにも関わらず王の態度は非常に有り難いものだった。 勇者の来訪ともなればそれくらいのことなのだろうが、四人は貴族が住まうような部屋に通され極上のベッドで一夜を過ごす。マダーニなど一人で一室、広すぎて笑いが込上げてくるほどだ。狼狽するライアンにミノル、トモハルだけは一人落ち着き払って出された果物や珈琲を啜る。 勇者と信じてもらえた事が大きいのだが、まさかここまで丁重に扱われるとは思いもよらない。 「お前、度胸あるな」 「んー、家族旅行行くとこういうホテルとかに泊まってるし」 「……そういやお前の親父、社長クラスだったっけ」 「社長じゃないよ」 そわそわと広い室内を行ったり来たりしているミノルは、まるで自室の様に寛いでいるトモハルに溜息交じりの尊敬の眼差しを向けていた。ある意味、度胸があると思う。 異世界にまで来て、地球での生活環境の差が出てしまったようだ。悠々とのんびり身体を休めるトモハル、ミノルはおずおずと広すぎるベッドに横になる。寝心地が良すぎて、違和感を感じたミノルはライアンと共に寝付けなかった。爆睡しているトモハルを、二人は羨ましそうに見つめる。 可笑しな話だが、二人には野宿のほうが快適に思えてしまった。寝室は花が飾られており、香りとて慣れない二人には苦痛にもとれてしまう。 翌朝、これまた多すぎる朝食が待ち構えていた。 「オマール海老、林檎と大根のココナッツ風味サラダに御座います。スープは蕪をポタージュに致しました。真鯛のポアレにはトリュフをふんだんにあしらって御座います。フィレステーキにはグリーンペッパーを強調したソースを」 「…………」 朝食!? と思わず息を飲むミノル。起きてから通された広間では、畏まった服装の人々がテーブルに控えており、四人の着席と同時に水を注ぎ食事を運び出す。 並べられた料理を見渡し絶句するミノルと、優雅に食べ始めるトモハル。朝からこれは厳しい、と言いたいところだが美味しかったのでミノルは全て平らげていた。 「白い飯と味噌汁と卵焼きに漬物で俺はいーんだけど。あと焼き魚」 ぼんやりと満腹になった腹を擦りながら、ミノルは天井を見上げてぼやく。食べ終えてから言っても全く説得力がないが、本人は非常に満足そうだった。 そういえば、4年生の林間学校は現在の勇者達が全員同じクラスだったので楽しかったことをふと、思い出した。 アサギと同じ班だったミノル、アサギが注いでくれた味噌汁をありがたく飲んだことを思い出す。柿狩りをしたのだが、アサギは確かあまり柿が好きではなかった。だが、ミノルが柿を「うっめー!」と言いながら食べていたら、近くに居たアサギは一口齧る。二口齧ってから、笑みを浮かべて美味しいそうにアサギも食べ始めていた。 「……あれ?」 首を傾げるミノル、脚色した過去だったかもしれないが確かにアサギはあの時にユキに「柿は苦手」と話していた。優等生様にも苦手なものがあるんだな、と悪態ついた記憶があるので覚えていたのだ。だがその後、アサギは美味しそうにトモハルと並んで柿を食べていた。 「…………?」 デザートのメロンを食べながら、ミノルは再び首を傾げる。 『お、おいしいね、柿って』 そう言って話しかけてきたアサギを、思い出して赤面した。 『甘いんだね、知らなかった……。果物なのに硬いイメージがあって、それで苦手で』 「ん???」 まるで、ミノルが美味しそうに食べている様子を見て食べた……、的なアサギが思い浮かべられる。思わずミノルは首を振る、そんな筈がない。優等生だから残すわけにもいかなくて食べたのに違いない、と思い直したが妙に引っかかる。 「あー、のさ、トモハル」 「何?」 食後の珈琲を飲んでいるトモハルに、しどろもどろだがどうしても気になるので問うことにした。 「アサギってさ、柿って好きだったっけ?」 「柿? ……好き嫌いはない子だから嫌いではないと思うけど。……あ、でもそういえば柿狩りの時に梨が良いって珍しく反対意見を言っていたっけ。でも、柿食べてたよな、うん」 ミルクを少々入れて、混ぜながらトモハルはおぼろげにそう呟いた。正解である、微塵も間違っていない記憶だった。 「そっか」呟いたミノルは、微かに口元に笑みを浮かべて出されたスイカを齧る。
ライアンが国王に一部始終を話している間、トモハルとミノルは剣の稽古である。堅苦しい事は大人のライアン達に任せた、あとは腕が鈍らないように練習だ。幸い城の庭を自由に使って良いと言われたので、二人はそこで組みながら剣を振る。 通り過ぎる人々が興味本位で集まってきた、恥ずかしそうにぎこちなく動くミノルと、反して意気揚々と剣を振る速さが上がるトモハル。人に注目されると自身の力を発揮するトモハルにとっては、居心地の良い環境だった。 城下町から、ケンイチ達が呼ばれて駆けつけてきたのは昼過ぎである。直様ライアンの報告から兵達が呼びに向かったのだった。久し振りの再会に沸き立つ勇者達、ダイキ達も二日ほど前ジェノヴァに到着していた。アサギ以外が、全員その場に集結したのだ。 「ケンイチは何してたんだよ」 「僕は、剣の道場に通ってたんだ。結構上達したと思う、実戦はあんまりだけど」 「ダイキは?」 「船旅が多かったから、俺が一番戦いとは無縁だったかも」 短期間ではあるものの皆、腕を上げている事に間違いない。見れば互いに何か一回り大きくなった気がしていた、照れくさそうに笑い合う。思わず涙が込上げたが、皆辛抱していた。ユキは泣いていたが。 トビィが単独でアサギ救出に向かったことをクラフトが語るが、まだ、戻らない。アーサーとて、戻ってこないが確認のし様子がない。 ブジャタがやってきたことで、最も位の高いブジャタとアリナが国王に改めて謁見した。主要都市ディアスの市長の娘とお付の者となれば、当然だった。堅苦しい事が苦手な事この上ないアリナにとっては、地獄の時間帯ではあるが仕方ない。全てブジャタに任せて逃亡しようとしたが、無理だった。 その日の夜半にようやく解放されたブジャタとアリナは、皆と合流。城に滞在し、一等部屋を用意してもらっている勇者達である。ユキにいたっては全ての客室に感動し、昼間から輝かせて王宮内を物色。ミノルは出される料理を片っ端から食べつくしていた、美味いのだ。 「今後は魔界イヴァンに向かう、船の手配もしてくださったからのぉ」 「万が一、トビィかアーサーがここへ戻った場合の手筈もしてくれたよ。心置きなく出かけよう」 ブジャタとアリナからの報告を聞きながら、皆胸を撫で下ろした。全く、頭が下がる。国王自ら勇者達を支援、船を何艘も用意し兵もつけてくれるとの事だった。 よって、直ぐには旅立てないが魔界上陸など人類未踏、船の調達は有り難い。 「でも、一刻を争うと思うんだ……。俺達の船が用意出来たら先に出発したいんだけど」 トモハルが素振りをしながら告げる、自分の剣は未だ輝いてはいない。準備が万全ではないのは承知の上だが、アサギが心配だった。幾ら、トーマに無事だと言われていたとしてもである。 「同感。国王に交渉してみる、参戦は後からでもイイと思うんだよね」 アリナが腕立て伏せをしながら、トモハルに同意した時点で決まりである。一行は決戦になるであろう戦いに備えるしかない。 国王から、様々な武器や道具も与えられそれぞれの使い方を聞く。お宝が大量だ、目を白黒させて見つめている一行だが、恐る恐る手にとる。ケンイチとダイキの武器も支給された、余程の匠が造った剣だった。勇者の神器とまではいかないが、滅多に触れられないものだ。 薬草の調達も念入りにする、全員での行動だが大まかに三つの隊に別れて離れても無理なく戦闘が進められるように計画をした。それぞれ短期間でも共にしたメンバーで編成する、戦い方が判っているので楽になるだろうとのライアンの判断だ。 トモハル、ミノル、マダーニ、ライアンが先発隊だ。 ダイキ、アリナ、サマルト、クラフトが中間地点を護る。 そしてケンイチ、ユキ、ブジャタ、ムーン、ミシアが後方支援。 ミシアは最も非力と思われるケンイチ達のグループへと、再編されていた。魔力だけならば後方が最も強力になる、ある意味最強かもしれない。 「トビィ殿とアーサー殿がいれば……大変心強いのですけどねぇ」 クラフトがしんみりとぼやいた、が、いないものは仕方がない。皆も思って居たが口には出さなかった。いや、出したら弱くなってしまう気がして言えなかった。 船の操作など自分達には出来ないので、船員の準備が整い次第一行は早々に出航した。神官達から祈祷を受け、国王から一心の祈りを受け。 残る船も準備が整い次第、順次出航するとのことである。流石魔王戦ともなれば、国王の協力が強大だった。船出には国王すら出向いてくれて皆、敬礼してくれる。気を引き締めて、勇者達は小さいながらに剣を掲げていた。
船風を受けながら、先端でトモハルは髪をなびかせている。後方に、ミノルとケンイチ、ダイキ。 「アサギ……今、行くよ」 胸がそれぞれ、ざわめく。とりわけ、トモハルの胸が何故か高鳴っていた。 「仔猫」 「は?」 思わず口にした、仔猫。トモハルは怪訝な声を出したダイキに思わず赤面して苦笑いすると、なんでもない、と手を振る。自分でも説明が出来ないのだから仕方がない。肩を竦めたダイキの背を叩いてトモハルは促すと、自ら傍らの剣を手にして叫んだ。 「さ、剣の稽古だ!」 勇者四人、剣での組み手を甲板で開始した。トモハルの指示に抗うことなく従う勇者達。 そんな勇者達を遠目に見つめながら小声で顰めいていたのはアリナとクラフトだった。 「クラフト、ミシアのこと……」 「ブジャタ殿には話しました、大丈夫です」 要注意人物ミシアが自分達から離れ移動したが、先の隊にはブジャタがいた。クラフトが密やかに話を進めていた為、ブジャタとて了承済みなのだ。満足そうに頷いたアリナは、勇者達から視線を外して反対側の甲板に視線を移す。ミシアが、いた。 ミシアは、ユキ、ムーンとともに魔法の訓練中である。美少女三人、なんと華のあることだろうか。しかし、毒がそこに紛れている。 「さぁ、正念場よね」 「あぁ」 ライアンとマダーニは全ての荷物の確認と、現時点で知り得ている魔界の地形を頭に叩き込む。最終決戦は、海の向こうだ。武者震いが止まらない、誰もなしえなかった事をしようとしている状態だ仕方がない。 船の中、トモハルの部屋。アサギの武器・セントラヴァーズが静かにその時を待っていた。主人を、待っていた。その時が来るのを、静かに光を放ち待っていた。
勇者達が旅立って、一週間。 ジェノヴァに異国の者達がやってきた、知らせを受けて慌てて城から遣いがやってきて国王へと謁見。 アーサーである。 「話は聴いておるよ、3星チュザーレの賢者アーサー殿とお見受けしたが」 「はい、恐れ入ります」 アーサー、ココ、リン、メアリ、セーラ、ナスカ。それぞれ、笑顔での謁見だった。ブジャタから3星チュザーレの賢者アーサーの話を聴き、似顔を描かせていた為に直様アーサー本人であると確信できた。言っている事も辻褄が合うので疑う余地がない。 アーサーは国王に悠々と話を聞かせた、快進撃であったのだ。 「! では、チュザーレは」 「はい、完全ではありませんがミラボーからの魔手を逃れました」 そうなのだ、一世蜂起したチュザーレの人間達は成し遂げた。魔王ミラボーが不在だったこともあってか、手薄な各地の魔族の拠点を徐々に奪い返したのである。 室内に歓喜の笑みが零れる、だが王には陰りが伺えた。つまり、チュザーレの主力魔族部隊が4星クレオにいる、ということなのでは、と。しかし、それは一瞬のことである。他の惑星のこととはいえ、素直に喜ばしい出来事だった。 一定地を奪還した為、剣をダイキに届けるべく選ばれたこの6人がこうしてクレオへ来た、というわけらしい。 にしても、若い娘が多いこの来訪者に皆声を潜めた。 確かにメアリはまだ、か弱き魔法使いで今回の作戦には入っていなかったが、どうしても行きたいと駄々をこねてついてきてしまった。が、他のリンやココは無論、当然アーサーとナスカは秀でた魔力の持ち主だ。見た目で判断してもらっては困るのである、何より自信で皆溢れている。 メアリが背負っている剣こそが、ダイキの剣3星の神器レーヴァテイン。 容姿で力量の判別をされても困るが、要は結果が大事なだけだ。見せ付ければ良いだけだった。不機嫌そうにその侮蔑ともとれる視線に唇を尖らせていたココを叱咤し、ナスカは優雅に微笑んだままだ。 「勇者達は既に旅立った、が、我らの兵も派遣しようと今船を用意している。明日には用意が出来るからそれで向かいなされ」 「なんという寛大な……。有難う御座います」 「平和な世になれば、チュザーレの各国とも是非交流したいものですな」 「有り難きお言葉。わが国王・ボルジア17世に戻り次第お伝えいたしましょう」 城の一室を与えられ、眠りについたチュザーレの一行。最強の賢者アーサーとナスカ。剣士リンに、武術家ココ、神官セーラ。と、見習い魔法使いのメアリ。 勇者達から十日ほど遅れて船でイヴァンへ旅立った、勇者に再会する為に。 「メアリ、その剣はダイキという勇者に渡してください」 「ダイキ?」 「メアリよりも二つ下の少年ですが、一番背が高いので見れば解るかと」 「あら、おこちゃまなのね」 無邪気に笑うメアリに苦笑いし、アーサーは甲板にいたナスカに声をかける。 「守備は?」 「上々よ、かったるいから今すぐにでも敵が出て欲しいくらい」 「おやおや、好戦的だな」 くすくす笑うナスカに肩を竦めたアーサー、リンとココが組み手をしているのを横目で見ながら、洗濯していたセーラに近寄る。 「その仕事は船員さんがしてくれるのでは?」 「落ち着かないのよ、こうしてないと。コレが終わったら薬草の準備と調合ね」 「セーラらしいな」 海は、広大だ。勇者の船には追いつけないだろうがこちらの船は全部で三艘、大規模な進撃だ。 「待っていてくださいね、アサギ」 潮風に髪を靡かせて賢者アーサーは、消えた勇者を思い描いていた。美しい、勇者であって勇者ではないような美少女。確かに潜在能力が計り知れないが、勇者というよりも神からの使いに近いような。そんな、不思議な少女を。 ……仲間達は、勇者アサギを救うべく魔界へ旅立っている。
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