馬の興奮を宥めつつ、四人は死骸を後に夜半過ぎ予定より早い出発をした。
「ピョートルに到着したら、剣の調達だな。ミノルの剣が……」 「ライアンのもまた鍛冶屋で直してもらわないと」
先程の戦闘での武器の損傷が著しい。トモハルの剣は”一応”伝説の神器なので、流石に刃こぼれしていなかった。しかし、ライアンとミノルの剣が危険だ。 山を越える。 敵に数回遭遇したが、道が想像より整備されていた為、予定より早くピョートルを目下に出来た一行。真っ白な城を眼下に見下ろし、逸る気持ちで急いで道を駆け下りた。雄大で壮大な城だった、ジェノヴァとはまた違った雰囲気の城である。高く細い城は、どこか冷たく厳しさを感じた。 山岳は空気も冷えている、身震いしながら四人は目的の地へと進む。夏だというのに山々に囲まれて、太陽は遮断されていた。 ようやく到着した一行は丁重に招きいれられた。宿を手配し、馬車を預け久方ぶりの宿での就寝に入る。今は何も考えずにベッドに倒れ込む四人である、暫しの休息が必要だった。空気も薄かった為に、想像以上に体力の消耗が激しかったのである。死んだように眠り続けた、食事を摂る事すら忘れて。 達成感もあり、二人の小さな勇者は安堵して爆睡した。目的の武器は、目前にある。 武器が奉納されているのは、無論城内である。翌日四人は連れ立って謁見を女王に申し出たが、許可が直様下りるわけがない。当然と言えば当然だ、自分達の身柄を証明できるものなど何もないのだから。 不貞腐れるミノルを宥め、武器の調達に専念することにし、城を後にした。無事ピョートルへ到着できたことを報告しようと、街の連絡塔へと出向いた四人。 アリナ達がブジャタ達へと送った手紙もそれだ、一旦ジェノヴァの連絡塔へ転送され、そこから宿へと届いた。 同じ様にライアンも、ジェノヴァ待機組みへと向けて手紙を書く。行き先はあの宿だ、時間はかかるが確実に届くだろう。
『アサギは無事な様子、詳しくは合流後に。現在地ピョートル、謁見待ち』
その後薬草などを補充し、帰路を思案し武器を覗いた。 ピョートルは、女王国家である。 全体的に男が少ないのは女性国家だからだろうか、男としては嬉しいやら、居辛いやら。子を成し繁栄する為に、一人の男が何人もの女性を囲える国でもある。男の人数が圧倒的に少ないのは血筋ゆえか、男が産まれ難いのだとか。 その為、ミノル達は常に視線を浴びていた。異性の視線に慣れているトモハルはにこやかに微笑んで手を振ったが、不慣れなミノルとライアンは俯くしかない。 逃げるように武器屋に入り、ミノルに見合う武器を探す。身長と重量を考慮し、握りやすいものを自身に選ばせた。店で良い剣を探すが、ライアンの目に適うものはなかった。ライアンの剣は鍛冶屋に預けてあるが、新品の購入ともなるとミノルやトモハルでは全く手が出せない。ライアンに一存してついて歩く。女性国家とはいえども、普通に武器は市販されている。寧ろ、女性用に軽いものが多く子供のミノルにはうってつけだった。しかしそれでも、ライアンはなかなか首を縦に振る事はなかった、妙なところで頑固らしい。 謁見まで暫しの休息になるわけだが、目と鼻の先に目指してきた武器があるというのにこの状態はもどかしい。翌日になっても、謁見の連絡は受けられなかった。 三日が過ぎようとしていた。暇を持て余して四人は公園に寝転がるしかない。
その頃城内では。謁見申し出は直様女王が見るものではなく、一旦は受付窓口嬢達が仕分けをする。膨大な量の中からようやく、ライアン達の手紙がついに開かれた。 その内容に目を見開き、窓口嬢は多少狼狽し上司の下へと足早に駆けて行った。当たり前だ、自分で判断出来る様な内容ではない。上司にそれを見せれば低く唸ってようやくそれが女王の下へと届けられていた。 「女王様。勇者と名乗る者が来ていますが、いかが致しますか」 「今ここに? 申し出は何時のこと?」 「申し訳ありません、三日前です。判断に時間を要しました」 「……先日から、セントラヴァーズに”動き”が出ています。早急に手配を、本物でしょうから」 到着して三日目の夜半、ようやく連絡が届き宿で眠ろうとしていた四人は慌てて城へと向かう。頑丈な門を開き、長すぎる廊下と吹き抜けの天井を歩けば自然と背筋が伸びてしまう。 緊張した面持ちのミノルとトモハル、些かマダーニも不安そうだった。ライアンだけは慣れているのか、堂々とした足取りだ。 最も奥の部屋、派手に着飾っては居ないが、装飾品が細かく美しい為一目で高貴な人物だと解る女性が深く椅子に座っている。深紅の絨毯が引かれ、左右には警備兵が。恭しく跪いた四人、女王は真っ直ぐにトモハルの剣に注目した。 「本物のようですね」 女王が真っ先に口を開く、一瞬ライアンが訝しそうに顔を顰めたが誰も気付かない。 「対の武器を取りに来たのでしょう? ……それで、もう一人の勇者は? その少年ですか?」 女王の視線の先にはミノルだ、気付いたミノルは慌てて首を振ると、宝石を取り出した。 「俺は、1星の勇者です。クレオの勇者ではありません」 目を細め、女王は宝石を見つめる。ぎこちなく震える手でそれを差し出したミノルに、やんわりと微笑する。肩の荷を降ろすと、女王は微かに微笑んだ。 「皆さん、力を抜いて。……ようこそ、皆様方、ピョートルに。 クリストバルの神官様から勇者がこちらへ向かっているとの連絡は戴いておりましたが、何分、偽物が多い世の中。お待たせいたしましたね」 本物だと判ってもらえたようだ、安堵し、嬉しそうに微笑むミノルとトモハル。 静かに立ち上がりながら、悠然と手を伸ばし四人を誘う女王、深々と礼をして四人は立ち上がると歩き出す。相変わらず護衛はついていたが、しかたあるまい。 優しい声色だった、最初の印象とは違う女王の風格。年にして40代後半だが、それでも肌ははりが合って美しい。熟女の魅力満載である。歩きながら女王は当然の質問を口にした。 「神官様からは勇者様達がもっと大勢居ると……」 「途中で、別れました。ここにあります神器の所有者である勇者は、魔王に連れ去られたのです」 ライアンが颯爽と答える、嘘も欠片もない真実を隠すことなく。 「はぃ?」 女王の声が裏返った、当然だ。先程までの包容豊かな物腰が一転し、お茶目な天然主婦の様に立ち止まって物凄い形相で振り返る。流石にライアンも一歩引いていた。 だがその反応に冗談ではない表情だと判断し、めまいを覚えながらも、女王は兵士に支えられ足を進める。コホン、と咳を一つ。 「それで……人数が少ないのですか」 「はい。彼女に武器を届ける為に、取りに来ました」 「その対のセントガーディアンがあるから本物だと解ったものの……、なければ信用できませんでしたよ。まぁ確かに勇者の石があれば、信用しなくもないですけれど。……ですが勇者の石など私は初見ですし本物かどうかの見分けなど出来ませんしね」 では、先程どうやって見分けたんだ!? と突っ込みたくなったが一行は耐え忍ぶ。油断ならない女王の様だ、もっと厳しい人物かと思っていたが違うらしい。 地下に到着した。小さな部屋が一つだけだった。 檻も何もない小さな空間に、ぽつん、と宝箱。床に深紅の布が敷いてあるだけでそこに宝箱が置いてある。蓋は開いたままだ、なんて物騒なんだとトモハルは青褪めたが。 「あのほうが、視やすいでしょう? それに、見えない壁が張り巡らせてありますからね。大丈夫ですよ」 こちらの疑問などお見通しだった、穏やかに女王は微笑む。すい、っと空間に手を伸ばせばこつん、と何かに行く手を阻まれた。硝子の箱の中にあるような、そんな感覚だ。面白がってミノルはぺたぺたと掌を必要以上に壁に押し付けた、全く見えないが冷たい何かがそこにある。一人パントマイムの修行が出来そうだ。 「解除は、私にしか出来ません。代々ピョートルの女王”のみ”が開錠出来ます」 言うなり、瞳を軽く閉じて何か呟いた女王。す、っと空気が揺れたと思えば、次にはすでに空間が消えている。ミノルの掌が、空気を掴んでいた。 「行きましょうか」ゆっくりと歩き出す女王。兵達も初めての事だったので敬礼して緊張する、このような部屋には来たことすらなかった。無論、女王とて毎日ここへ訪れているわけではない、人生の中で10回も満たない。ようやく今、自分の代で護られてきた神器が宝箱から解き放たれる瞬間に立ち会えるのだと……身体が自然と震えだした。おずおずと進む一行のその先、宝箱の中には。 「セントラヴァーズです、お持ち下さいませ」 「……はぁ」 恭しく宝箱の隣に立ち、優雅に深く頭を下げた女王。 トモハルが、引き攣った。ミノルが首を傾げた、瞬きを繰り返す。ライアンが、言葉を失い目を白黒させ。マダーニが、手を伸ばす。 「武器、ですかこれ?」 トモハルが指差した宝箱の中身、どう、見ても武器ではなかったのだ。 腕輪だ。綺麗な細工の、煌く宝石がついた腕輪である。 だからマダーニが手を伸ばしたのだ、高価そうで美しく。 「セントラヴァーズです」 「えーっと、俺のセントガーディアンの……」 「そうです、そちらの神器と対です」 と、言われても。女王はにっこりと微笑んだままだったが、俄かにこれを武器と言われても信じ難い。 トモハルはしげしげと自分の剣を見つめた、不死鳥の彫刻が施された自分の剣である。 ……と、対らしい、目の前の腕輪。どういう反応すれば良いのか分からずに困惑してライアンを見上げる。当然、同じく剣だと思っていた。 「これは……どのように使うものなのでしょうか? 武器ですよね? 防具じゃないですよね?」 ライアンが恐る恐る女王に尋ねる、穏やかに微笑みながら彼女は一言発した。 「謎です」 激震。 呆気にとられる四人だが、女王は動じない。青褪めた四人などそ知らぬ顔で語りだす。 「これは、文献の引用です。 その昔、神と魔族とエルフ族が創造し人間に託した対の神器の片割れ。セントラヴァーズ。伝説の神器、勇者の武器。非常に特殊な素材で出来ており普段は何の変哲もない腕飾り。付属の石を”反応させる事が出来た者のみが”その稀な効果を発揮させられる、変化の剣。所持者の思い通りの武器形態に変化させられる、攻めの武器。ありとあらゆる状況に合わせ変化させた武器を使いこなす事が出来るのならば、武器の申し子。セントガーディアンとは真逆の”攻”の武器」 暗記している文面を、言って聞かせた。唸る四人に、女王は続ける。 「セントガーディアン。伝説の神器、勇者の武器。眩い光を放ちながら勇者が”勇者に目覚めたときにこそ”力を発揮する、守護の剣。護るべき者を強く想い続ける事によって、増幅できる特殊な剣。傷つけるのではなく、全てを守り抜くこそが使命だと思えた者のみが手に出来る、”優”の剣」 トモハルは、自分の剣を改めて見直した。剣の形をしているこちらが守護の意味を持つらしい、思わず戸惑いを浮かべる。 「あながち、お前が回復係になったのにも意味があるんじゃねーの?」 「でも、アサギが前衛で攻撃するって想像できるか? 逆なんじゃないのかな……」 ひそめく勇者達を優しく見つめている女王に、思わずライアンは尋ねた。この場で聞くべきか否か、迷っていはいたが一か八か、である。セントラヴァーズの形容を見てもう、やぶれかぶれな気持ちにもなっていた。 「あの、失礼を承知で申し上げます。……その、真に言い難いのですが、セントガーディアン。クリストバルで授かった神器ですが……」 「剣の使い手の貴方から見れば、取るに足らない剣だとおっしゃりたいのでしょう?」 ぎくり、と硬直したライアンと、驚愕の瞳で見るトモハルとミノル。マダーニは未だにしげしげと腕輪を見つめていた、相当宝石が気になるようだ。不思議に眩い、見たこともない光を放ち続けているのだから仕方がない。暗闇でもこれがあれば明るくなりそうである。 「ど、どういうこと?」 うろたえるトモハル、申し訳なさそうにライアンは目を伏せると、首を横に振る。 「すまない、ずっと言えなくて。トビィ君とは語ったんだがその剣……俺達から見ればそこそこの威力しかない剣にしか見えないんだ。余程、トビィ君が所持していたあの剣のほうが」 「そう見えて当然です、そのセントガーディアンはまだ解放されていないのですから」 ライアンの言葉を叩き切った女王、一同絶句である。だがトモハルだけは心当たりがあるようで、神妙に手の中の剣を見つける。 「幼い勇者よ。その剣は貴方が目覚めたときにしか姿を現しません、今はまだ眠りの状態なのですよ。間違いなく、神器ですけれど。正真正銘本物で間違いないです」 「……どうすれば目覚めるかは、俺自身の問題ってことですね?」 「えぇ、物分りの良い勇者ですこと」 戸惑い気味だが、はっきりと女王を見据えて語るトモハルに、眩しそうに女王は笑う。 「その調子なら、解放も間近でしょう。貴方にしか解らない事ですよ」 「……はい、解りました、頑張ります」 「同様に、そのセントラヴァーズも。本来の所持者の勇者にしか、扱い方が解りません。きっと、選ばれた者ならばどうにか出来る筈です」 沈黙。唖然。 せめて説明書を……とミノルは言いかけたが、アサギならどうにか確かに出来そうな気がしてきた。それに確かにこの武器まがいの品は、アサギにとても似合いそうだった。 「と、ともかく! アサギの武器は無事確保出来た! 急いで戻ろう」 「は、はい!」 想像と違う武器との出会いに、多少面食らってはいるがこれが真実だ。丁重に宝箱から取り出す。 「夜半遅くにごめんなさいね、勇者様方」 「有難う御座いました」 丁重に礼をするミノルとトモハル、微笑ましく女王は笑う。クリストバルの神官から『勇者は子供』と聴かされていたので、驚きもしなかったが想像以上に何故か逞しく見えた。手紙には『本物ですが貧弱です』とまで追記されていたのだが。旅の中で成長したのだろう。 「さぁ、次はどうされるのですか? 力及ばずながら私達もお手伝いしますよ」 「忝い」 跪くライアン、ミノルとトモハルは、手に入れたセントラヴァーズという名の腕輪をじっと、眺めていた。 「他の仲間達が、ジェノヴァに集合しているはずです。戻ってそこから合流し魔界イヴァンへと出向きます」 「まぁ、遠いですこと。転送陣が上手く起動すれば良いのですが、やってみますか?」 顔を見合わせ、マダーニは小さく叫ぶ。 「あるの!?」 タメ口に思わず周囲から咳が飛んだが、おかまいなしだ。これほど嬉しい情報があるだろうか。 「アーサーが自身の星へ戻ったような、転移魔法よ。あるなら直様戻れるわ!」 「ただし、ジェノヴァの何処へ通じているか。最近使っておりませんので……。城内の何処かには位置しています、起動はする筈ですが。以前は頻繁に交流していたらしいのですが、私の代も先代も、先々代もからっきしですの」 何か、先々代にあったのだろうか? そうとしか思えないが訊くのもヤボなので止めておいた。大方恋愛絡みに違いないとマダーニは推測する。 「危険を承知で、一か八か、か……」 選択の余地はない、四人は神妙な顔で頷くと無論申し出た。使わせていただきます、と。 ライアンの武器の仕上がりを待ち、直様出向くことにした。
翌日の夕刻、四人は転送陣へと立ち入る。万が一に備え、周囲を魔道師達が囲み女王も当然立ち会った。大規模な儀式である、ここまで待遇良くして貰えれば、間違いなく辿り着けるに違いない。 「神経を研ぎ澄ませ、願うのです。流れに身を任せ、ジェノヴァを思い。何処かへ逸れては一貫の終わり」 「はい!」 「解ったわ!」 「頑張ります、ミノル、覚悟を決めろ」 「わーってるよ!」 馬車はピョートルに寄付した、所詮頂き物である。四人は手を繋ぐ、意識を飛ばす。アサギを想う、皆を想う。 転送陣、発動。
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