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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第119回   最強の護衛
 翌朝。
 ミノルは大きく欠伸をして、重たい身体をゆっくりと起こした。まだ眠っていたいのが本音だ、久し振りのベッドは心地良すぎる。だが直射日光が遠慮なく部屋に入り込み、眩しいやら暑いやらで起きざるを得なかった。トモハルはすでに起きて、身支度をしている。最早昨晩のトモハルの寝言などミノルは覚えてなかったが、本人は覚えていた。
 天井を見上げて呆けたままのトモハル、その光景がミノルにはただ寝起きで頭が回転していないだけだ、と見えた。起き上がり頭をかきながらトモハルの背を豪快に叩いて、軽く笑う。微かにトモハルは痛そうに顔を顰めたが、ぎこちなく笑うと「おはよう」と呟いた。
 トモハルは覚えていた、夢で見た美少女を。顔までは思い出せないがとにかく初めて見る美しさの女の子で、見ているだけで胸が締め付けられて苦しくなった。愛していると夢の中で囁いていた。
 そして不意に思い出す、トーマの昨日の言葉を。『仔猫』である。

「……可愛い子、だった」

 僅かに口元に笑みを浮かべて、トモハルはくすぐったい気分のまま朝食を食べる為にミノルの後を追う。手にしている剣がやんわりと光っていることになど、気付くことなく。 
 焼き立てのパンに林檎ジャム、スクランブルエッグに自家製ベーコン、瑞々しいサラダ。食後に紅茶を戴いてから部屋に戻り、旅立ちの準備だ。
 荷物の最終確認でライアンとマダーニが消耗品のチェックを始めたので、ミノルとトモハルは二人で出歩くことにする。束の間の休息だった、のんびりと歩き出す。旅が始まればほぼ馬車の中、こうして歩くことすらあまりない。ぼんやりと街、というには小さなジョアンを歩き周る。

「ここにいると魔王の影なんて見えないけど」

 穏やかな街だ、芝生に転がり二人で昼寝に入る。今だけ、今だけ。疲れた身体と心に、安らぎを。陽射しが強くて熟睡は出来なかったが、転寝をするには十分だった。ライアンとマダーニが探しに来てくれたので、二人は起き上がり衣服についた草を払う。手頃な店で昼食をとることになった、寝ていただけだが腹は減った。

「ジョアンからの道だがな、結構な山岳地帯を越えないとピョートルに辿り着けないんだ。今まで以上に険しく過酷な道だから覚悟しろよ。途中で馬車を置いていかねばならないかもしれないから、な」

 食事をしながら、ライアンからの宣告に思わずむせるミノルとトモハル。覚悟はしていた、何しろ街から周辺を見渡せば岩肌が酷く露出する山岳に囲まれていたからだ。カレー風味の煮込み料理を食べながら、苦笑いしたトモハルと、素直にげんなりと肩を落とすミノル。徒歩など、想像しただけで嫌気が差す。
 何しろ、地球に居た頃は電車に自動車、自転車があった。徒歩など、通学くらいなものだ。徒歩となると荷物はどうするのか、担いで山を越えるのだろうか。 馬車が通ることの出来る道がありますように、と祈らざるを得ない。

「最近は物騒なので、この道を使いピョートルへ向かうことは少なくなったらしい」

 それを聴き、一層嫌気が差す勇者二人だった、しかし文句など言ってはいられない。目と鼻の先に目的の物が待っている。
 日が高くなった頃旅立つ四人、休んだ馬達も元気そうだと確認し気合を引き締める。体力の消耗を考え、数時間おきに交代で仮眠をとるという方法へと変更した。まずはマダーニが睡眠に入る。その間、ミノルとトモハルはライアンから馬車の扱い方を習う事にした。
 夕刻まで、それは続いた。
 二人が慣れてきたので、簡単な夕食を馬車から下りて摂る事にした。夏だが、流石は山で空気が冷えてきている。ジョアンで購入した肉のスープを手短に作り、それを平らげれば再び馬車に乗り込んだ。
 食事で幾分か温まったが、やはり肌寒い。毛布に包まり次いでミノルが就寝に入る。マダーニが後方の注意をし、トモハルとライアンは夜通し前方に注意を向けた。
 夜半過ぎにミノルとトモハルが交代した、寝ぼけ眼でミノルはライアンの隣に座る。
 魔物の奇襲は、数日間何もなかった。意外だった、物音に神経を研ぎ澄ませばそれは鳥や動物達である。
 と、いうのも。

 聴いた者が身を振るい上がらせるほど重低音の声が、部屋中に反響している。

「ええい、忌まわしい小僧めがっ!」
「やはり、ミラボー様……私が」

 魔王ミラボーは手を出さなくなったのではなかった、確かに一行を妨害していたのだ。何度か魔物をライアン達へと派遣している、再び正確な位置を把握し水晶球に映し出す為に、だ。
 だが悉く映像にはトーマが映り、数分後には途切れてしまっていた。
 ミラボーの魔力を閉じ込めた水晶球と、それを結ぶ映像転換装置、それさえ付近を飛びまわる飛行型の魔物にしていれば、映像が容易く流れ込んでくるというのに。
 それだけのことなのだが、自信過剰に笑みを浮かべて、挑発するかのようにトーマの笑みが水晶に映し出した直後に、毎回水晶球は弾け飛んでいた。

「なんなんだ、あの小僧はっ」
「ですから、ミラボー様。私に出撃命令を」
「エーア、お前には別の大役が待っておるのだ、今行かせる訳にはいかんのだよ」

 歯軋りしながらミラボーは重たい巨体を引き摺り、喚き散らす毎日である。

「ええい、こちらに待機しておる飛行部隊を全てあの小僧に注ぎ込めっ! 誰か首を持てぃ!」
「しかし、ミラボー様。あまり派手に動きますと他の魔王に悟られてしまいます。大掛かりな飛行部隊は……」
「悟られん程度の小型の魔物を我が惑星から派遣せよ! 複数回にわたり、小僧へと向かわせるのだ」

 他の魔王はミラボーの計画など知らない。こうして勇者達の状況を把握している事すら、言っていない。露見すれば確実に魔王間で火種になる、今は争いの種は避けておきたかった。
 トロルは元々ミラボーの駒ではなく、付近にいたトロルを洗脳し差し向けただけである。惑星チュザーレには強大な魔物も数多く存在したが、派遣するには目立ちすぎた。
 だが、手頃な魔物ではトーマに全滅させられるのが目に見えている。使い捨ての魔物でも勿体無い、悔しいがトーマの実力を認めざるを得なかった。
 こうして、毎回一体の飛行魔物と、それに乗った死霊騎士がトーマへと向かっていたが惨敗だ。

「何、拍子抜けだね。魔王ミラボーってこんなもの?」

 トーマからご丁寧にそんな台詞まで、ミラボーのもとへと届けられる。その度に、血管が切れそうな勢いでミラボーは喚き散らすのだった。激しい屈辱である、本来の目的を忘れそうだった。
 更に。

「ミラボー様。魔王アレクが参りました……魔物派遣が露見したのでは」
「ええぃ、こんな時にっ」

 憤っているが必死に堪えて、ミラボーは作り笑顔を浮かべると汗を拭きつつ、訪ねてきたアレクを部屋へと招き入れた。無論、破壊されている水晶の破片など既に抹消済みである。
 にこやかに、そ知らぬ振りして微笑んでいるミラボーと、普段通りの無機質な表情で何を考えているのか理解出来ないアレクが、真っ向から向き合う。人間のエーアは身を潜めていた、部屋に居るのは骸骨の騎士達が数体だ。
 物怖じすることなくアレクは口を開く。

「先日から、妙に魔物が魔界イヴァンから飛び立っているらしいが、何か?」
「うむ、人間を襲いに行っているわけではない。飛行部隊故に、長距離の訓練が必要なのだよ」
「そういったことは、貴殿の星でお願いしたい。無意味に我らの配下が過敏になっている」
「すまんかったのぅ。控えよう」

 ミラボーの返答に負に落ちない様子のアレク。それはミラボーにも手に取るようにわかったが、今は穏便にことを進めるしかなかった。これ以上詮索されても不愉快であるし、立場が危うくなる。ミラボーは立ち去るアレクを睨みつけた、微かに身体が震える。
 これで、派遣が出来なくなった。それもこれも、あの小僧のせいだとますますミラボーは憎悪に燃える。今すぐにでも自分が出向き、抹殺したい衝動に駆られるがそれこそ問題である。魔王が惑星クレロを移動するとなれば、アレクの警戒が計り知れない。人間に侵略をしていないアレクだが、魔界の平穏には目を光らせ厳重に注意を促している。一応魔界の王だ、ミラボーにはただの優男にしか見えなかったが底力は未知数だ。
 勇者達の映像を見ることが出来ない苛立ちが、ミラボーを激しく襲った。勇者の行動を把握してこそ、優越感に浸れるというのに。歯が割るのではないかという勢いで歯ぎしりすれば、傍らのエーアが無表情でそんな様子を見つめていた。

 ミノル達を追撃する魔物達をトーマが事前に殲滅している、その為ミノル達は遭遇しない。実戦も大事だが、今は体力を温存すること、そして魔法に集中する事を優先してもらいたい、というトーマの願いからだった。
 早くピョートルへ到着して欲しい、という願いも篭められている。

「セントラヴァーズ、セントガーディアン。惑星クレオの対の勇者が所持する武器。ガーディアンをトモハルが所持していたのなら、ラヴァーズはアサギ姉さんのモノ。まぁ、妥当だよね。どんなカタチしてるのかは、知らないけど……早く届けてあげなよ」

 足元に転がる、肉片を踏みつけながらトーマは小さく呟いた。もう、幾度もミラボーの手先を撃破してきた。

「数が少なくなってきたのは、表立って動けなくなってきた為かな?」

 不服そうにトーマは肩を竦めた。暇つぶしにならなくてつまらないが、そろそろ飽きてきたというのも本音である。もっと自分の能力を開花させられるレベルの魔物の襲来を期待していたが、雑魚相手では退屈だ。
 瞳を閉じて未来を、視る。
 予言家の末裔であるアイセルの見た未来は、アサギが魔族達を束ねている……らしい。アサギの前に、平穏な世界が開けられているというものだった。
 勇者で、魔王。
 ありえないが、種族を超えてクレロ全てを掌握できる立場にあるから成せること……なのだろうか。
 謎は多く残るが解っている事はアサギの隣に、トーマが君臨しているということだ。アサギを助け、常に寄り添っていることだけは、確実に解っている。
 問題は、トモハルが血塗れで、マビルとミノルが武器を構えてこちらを見据えているという点だった。
 勇者であり、魔王であるアサギと対峙しているらしいその未来は、変わることがない。

「まぁ、僕の出来る事は姉さんの隣に常に居る為に今以上に力をつける……それだけだよ」

 太陽の熱で温められた岩の上に寝転がり、トーマは眠る。持ってきていた食料など、底をついてきた。そろそろ離れなければならない時期である。トーマは木の実や狩りで飢えを凌ぐという野性味溢れることが、苦手だった。
 どのみち、ミラボーからの援軍とてこれ以上は来ないだろう、あとは付近の魔物をどうミノル達が倒すかだ。遠く離れた位置のミノル達の気配に安堵しながら、トーマは微かに笑みを浮かべると夢に沈んで行った。

――トーマ……ミノル達をお願いね。大事な人達なの。
「うん、解っているよ姉さん」

 魔力の扱いが格段に上がったミノルとトモハルだが、実戦は迎えていなかった。敵の襲来で使うのと、練習で使うのとではわけが違う、実戦で上手く発動できなければ意味がない。だが、魔物が出てこないのだから仕方がない。
 流石に眉を潜めるライアン、不審に思わないほうが無理な話だった。

「加護がかけられている筈の街道には、わんさか魔物が。しかしこの人気少ない山岳で、魔物が出ないとはどういうことなんだか」
「まぁ、旅が順調に進むから幸いだけれど、確かに妙よね……。何処行っちゃったのかしら」
「トーマ君が加護の魔法でも餞別にかけてくれたとか?」
「私も最初そう思ったけれど、違うみたい、感知出来ないの」
「そうなのか。ミノル達も身体を少しは動かしたいだろうなぁ……」

 ちらり、と後方の勇者二人を見た。ミノルは今は睡眠時間だ、トモハルが後方の警護にあたっている。そろそろ陽が沈む、そうなったらミノルを起こしてマダーニが睡眠に入る。
 トモハルは早々に松明の準備を始めた、陽が沈めはこれに火を灯し道を照らす。火を扱うことは魔法の練習になる為、ミノルとトモハルの担当だ。

「大分手馴れてきたな、トモハル」
「うん、任せてよこれくらい」

 手際よく布を木に巻き足しアルコールに浸すトモハル、満足そうにライアンは頷く。

「今日はそろそろ何処かで馬車を停めて、野宿だ。予想より馬の疲労が大きい」
「了解、じゃあ、結界の準備もだね」

 率先して荷物を用意し始めるトモハルに、眩しそうにライアンとマダーニは互いに笑みを零すのだった。
 近辺が暗くなる頃、馬車を停められそうな位置を早々に発見したライアンはそ嬉々としてそこに決定した。ミノルとトモハルが結界を張り、マダーニが夕食の準備だ。結界と言っても二人は魔法で張ることなど出来ない、用意されている魔よけの草木や道具を使って陣を描くだけだ。
 二人の作業をマダーニが横目で監視しながら、ジョアンで調達した小麦を水で練って、湯の中に放り込んで茹でる。干し肉を茹で戻し、そこらの山菜と煮込んでスープにした。質素だが暖かい食事はやはり、落ち着く。普段食べなれている干し肉でも、こうするとまた別格だ。
 地に足をつけていられるというのは本当に心地が良く、満天の星空の下で地面に横になる。少し肌寒いが焚き火の暖かさが心地良く、馬達は直ぐに寝静まった。
 明日からに備えて眠りへと誘われたのだが、夕刻まで寝ていたミノルは多少目が冴えていた。一人瞬きしながら、零れ落ちるような星々を見ていた。

 ……アサギは、どうしているだろ。

 トモハルが律儀に陽が廻るのを数えているので、離れ離れになってから早一ヶ月以上が経過していることなど百も承知。地球はもう、八月のはずである。夏休み真っ最中だ、どうなっているのかは解らないが。
 ふと。空気が震えた気がして、思わずミノルは上半身を起き上がらせる。

「ミノルちゃん、静かに……」

 マダーニが起き上がる、ライアンが剣に手を伸ばす、トモハルも起き上がった。結界に何かしらの反応が出たのだ、結界は焚き火を中心に半径三メートル程度で、馬車も隠れるほどだ。
 ガサゴソ、と何か大きな生物が蠢く音が聞こえる。

「ようやく、お出ましか……さて」

 ライアンが見えない敵に額に汗を浮かべつつ、静かに起き上がる。
 その頃遠い場所で、トーマも跳ね起きていた。瞳を閉じて右手で垂直にミノル達の方向を指せば。

「ありゃりゃー、何かに遭遇しちゃったね? でも、まぁ……それくらいなら倒せるよね、でないと先に進めないよ」

 遠見する。
 魔物が何か解ったトーマは軽く胸を撫で下ろしていた、そこまで強敵ではない、数は多いが。
 遠くから、見据える。何かあれば駆けつけるが、駆けつけなくても大丈夫だろう。再び眠りに入ろうとした矢先だった。
 ギギ……。
 トーマの後方から何かが飛び出してきた、一瞥する間もなく「うるさいな、邪魔しないでよ」と、不機嫌さを露にして吐き捨てる。右手を振り下ろせば、襲い掛かってきた羽の生えた蛇を吹き飛ばしていた。
 最期の刺客だろうか、毒を所持しているらしい赤まだらの飛び蛇だった。妙に数が多いが、指揮官らしき人物がいない。
 トーマは前方に集中しながら、両手を胸の前で交差させる。すい、と腕を伸ばし水を掬い取るように腕を舞わせながら詠唱を開始する。両手を一気に地面に叩きつければ、地面が炎上し、蛇達を一網打尽にした。
 焼かれながらも飛びかかってきた蛇がいたが、トーマの前には皆無だ、弾き飛ばされるのみである。トーマは瞳を細めると、直様静まり返った周囲に大袈裟に肩を下ろし、再び瞳を閉じて横になる。

「トモハル、威嚇で光を」
「はい!」

 両手を掲げ、トモハルは魔法を発動した、光の魔法だ、攻撃性はない。明るくなった周囲に、ミノルが唖然と口を開く。

「えーっと、何だ、あれ?」
「うーんと、何だろう」

 トモハルも、奇怪な姿に言葉を失った。不気味ではあるが、恐怖は感じない外見だ。

「追い払うだけでも良いだろうな、敵意はなさそうだ」
「おそらく、ヨーウィ。鱗が硬くて蛇っぽい尻尾があって……脚だか手だかが全部で六本。そこまで凶暴な魔物ではないと思うのだけど」

 光に一瞬怯んだが、魔物は逃げない。じりじりと妙な脚で近寄ってくるので、マダーニは軽く溜息を吐く。逃げないのなら、相手の目的は一つだ。

「空腹なんでしょうね、夜行性よ確かアレ」
「なるほど、俺達は夕飯か」
「当たり」

 暢気なライアンとマダーニの会話に、ミノルとトモハルは身震いした、大きさ的には中型犬か。動きは遅そうだが、光る目が数の多さを知らしめている。

「トモハル、ミノル。馬を護れ、結界の中から出すな」
「了解!」

 空腹ならば狙うのは危害のなさそうな馬だろう、ミノルとトモハルはライアンに言われた通り馬に駆け寄り武器を構えた。落ち着かせるようにトモハルが馬達を中央へと背を撫でながら誘導し、水を与えている間にミノルが先制攻撃する。

「行くわよ、ミノルちゃん! 深追いはしないで、蹴散らすだけよ!?」
「分かってる! 巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ!」

 火炎の魔法、中位。ミノルとマダーニは同時に同魔法を繰り出した、対角上に魔物達へと放つ。叫び声を上げた魔物だが、それで逃げることはなかった、余程腹が空いているのか。

「こりゃ……本格的な戦闘だな」

 ライアンが結界を飛び出し、一匹を切り裂いた。が、思いの外皮膚が硬い。思った以上に深く刺さらなかったのだ。舌打ちし、後方に戻った。
 面倒な敵だ、属性も不明、火も恐れる様子がない。数匹は焦げた様だが、それでも向かってくる上に、焦げた仲間を食い散らかしている。

「と、共食い」

 絶句したミノル、確かに焦げた香りは牛肉を焼いたようで、旨そうである。食べたいとは思えなかったが。

 遠見していたトーマは、ぼそ、と呟く。

「ヨーウィ。結構皮膚が硬いから物理攻撃ならば脚を狙うのが良いね。あと、腹の皮膚は柔らかい。爆発系の呪文で吹き飛ばしてひっくり返し、腹を刺して止めを刺すのが手っ取り早いかな。奇怪な格好だから、起き上がるのに時間がかかるし。亀みたいなもんだよ」

 そこに気付けば早々に戦いは終了するだろう、所詮敵ではない筈だ。

 マダーニが弓矢で脚を狙ってみた、脚には刺さるのでそこは皮膚が柔らかい事に気づく。が、剣で脚を狙うのは位置が低すぎて逆に困難だった。
 注意すべき敵の攻撃は蛇のような尾っぽに、鋭い歯である。ミノルの剣が、魔物に噛まれてしまった。

「ちぃ、放せよっ」

 舌打ちし我武者羅に引っ張るが、剣は折れた。魔物の歯が非常に強固だという証拠だ。唖然としたミノルは舌打ちする、やはり市販品では無理なのか。

「っていうか、どんだけコイツら歯が丈夫なんだよっ」

 ミノルへとマダーニが剣を投げつける、残りの剣はもうない、これが最後だ。

「うーん、この歯で武器を造れたら……相当名刀に」

 ぶつぶつ頷いているライアンだが、自身の剣も微かに刃こぼれしていた。マダーニの弓で脚の自由を奪い、尾っぽから切断しているがそれでは時間がかかりすぎる。
 ミノルは剣を収め、呪文に全集中する事にした。前衛でトモハルが戦う中、トーマを思い出し、発動。

「呼びかけに応じるは無数の光、宙に漂う小さな破片よ。我の元へと集まり増幅せよ、眩い光となれ!」

 発動の瞬間、トーマが口の端に笑みを浮かべる。「そう、それだよミノル」誇らしげに出来の悪い弟子を褒める。
 空中で爆発を起こす、岩の破片が周囲に散乱し、同時に地中を張っていた魔物も吹き飛んだ。ひっくり返れば、もうこちらのものだった。トモハルが躊躇なく剣で腹を突き刺す、大きく身体を引き攣らせ絶命していく魔物。
 荒い呼吸のミノルは、連打した魔法で著しく体力が消耗している。

「よくやった、ミノル!」
「お、おぅ! ったりめーだろ」

 素早くトモハルが仕留めにかかる、マダーニも魔物の足元へと向かって同様に魔法を繰り出していた。
 こうなれば最早敵ではないので、戦闘は終了だ。

 トーマは愉快そうに笑うと、小さく拍手をした。一人きりの広野に響く拍手の音が、なんとも物悲しい。しかし穏やかな表情を浮かべ、月へと向かうように宙を舞う。
 
「合格だよ、もう僕がいなくても大丈夫だね」

 自分は最も近いジョリロシャへ出向くつもりだった、何分腹が減っている。


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