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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第118回   一時の別れ 〜再会は数年後〜
 ジョアンへ向かう途中の馬車内。マダーニはトモハルに専属で魔法を教え、トーマはミノルに魔法を教えていた。
 思いもよらない幸運だと、マダーニは薄く微笑む。ミノルは同年代の友人のような存在に教えられたほうが、すんなりと受け入れやすい性格だと思った。
 マダーニは知る由もないが、ミノルは学校でも教師の言う事を聞かず、自宅でも親に反発。思春期でもあり、目上の者には抵抗感というよりも反発感があるのだった。その為今回、トーマが同行してくれることになり感謝の気持ちで一杯である。

「こんの、出来損ない! 何度言ったら解るんだよポンコツ勇者! こうだって言ってるだろ!?」
「うっるせーな! もっと解りやすく教えろよ!」

 トーマとミノルの罵り合いが始まるが、苦笑いしつつもマダーニは二人のやり取りを口出しせず見守った。一見仲が悪いようで実は相当相性が良さそうである、どちらも口では負けない。
 おかげさまで数日の内に格段にミノルの魔力は上がった、いや、神経を集中する事に慣れた、のか。すんなりと魔力を操作することが出来始めている、目まぐるしい成長だ。
 元々ミノルの能力が高く、トーマの引き出し方が上手かったのだろう。

「俺達の世界では、魔法なんて存在しないんだよね」

 魔道書を片手に、トモハルが不意に口にする。二人の喧騒など全く気にも留めずに、真面目に勤勉に励む姿に好感がもてる。利巧そうな顔立ちは、裏切らなかった。

「そうなの?」
「うん。もしかしたら……出来る人もいるのかもしれないけれど、大概がインチキ。本物は身を潜めていると俺は思ってる、馴染めないし他人から中傷を受けるから隠れていると思うんだよね」
「なのに、トモハルちゃん達は魔法が使えるようになったわね」

 右手に回復魔法の光を灯しながら、トモハルが神妙に頷いた。

「うん……。思うんだけど、こっちの世界と俺達の世界の違いって、自分の能力を発揮できる環境か、そうではないか、だと思うんだ。こっちは知らないけど、俺達の……地球では、人は自分の能力の僅かしか発揮せずに人生を過ごすらしい。開花しやすい状況にあるんじゃないかな、こっちの世界は。だから魔法が使えるって俺は考えたんだけど。俺達だけじゃなくて、誰しもがもしかしたらこの世界なら魔法を使えるのかもしれない」
「トモハルちゃんは、難しい事を考えるのね」
「んー、この間、寝込んでたし。その時に、なんでかな、って」

 恥ずかしそうに苦笑いしたトモハルの頭部を、マダーニは優しく撫でる。アサギの次に頭の回転が速いのは、間違いなくトモハルだろう。彼には妙に威厳を感じる時があるが、それが勇者の片鱗なのか。
 回復役が欠落しているこのメンバーでは、トモハルが主力となるのが無難だと判断し先日からほぼ独断で勤勉に励んでいる。時折魔物に襲われながら、豪雨に見舞われながら、それでもめげる事なく各々成果を発揮していた。
 火炎魔法を得意とするトーマは、無論ミノルに火炎系の魔法を伝授している。
 トモハルが回復魔法を何処まで扱えるかによっては、最も強くバランスのとれたチームである。
 トーマが何時まで同行するのか不明だったが、それまでミノルにつきっきりになってもらう予定だ。利用できるものは何でも利用する、簡単にトーマを利用できるとは思えないが、あちらもミノル育成に関しては乗り気な様子である。

 ジョアン行きの古びた看板が、ようやくお見えする。皆、安堵の溜息を吐いた。『この先分かれ道あり』と、道案内の看板だった。真っ直ぐ進めば、ジョアン。左へ入れば、ライアンの故郷でもあるジョリロシャへと進むことが出来る分かれ道があるようだ。

「ジョリロシャって、ライアンさんの故郷だろ? 寄りたいんじゃなくて?」

 看板の文字は読めないがマダーニが読み上げたことで、トモハルが気遣ってライアンに語りかける。トモハルの問いに、ライアンは豪快に笑った。

「故郷と言っても、第二の、な。俺の生まれた村はジョリロシャ近辺の山中だ。魔族に滅ぼされたから、もう今は何処にもないよ」

 一瞬、静まり返る一行。初耳だった、皆口篭るより他ない。マダーニは軽く知っていたので驚きはしなかったが、それでもやはり口を噤むしかない。
 沈黙を破ったのは、トーマだ。

「よくある話だよ。小さな村は生き残る率も確かに高いけど、暇つぶしに破滅に導かれることもある。変なのに目をつけられるかつけられないか、そこだよね」
「そうだな、運が悪かったんだ。俺だけが、生き残った。おかげで、ジョリロシャに出向いて騎士になったんだがな」
「苦労人だね、ご愁傷様」
「昔のことだ、実際記憶も曖昧でね」

 遠慮なくライアンに言葉をかけるトーマは、まだ幼いからなのか、気遣っても過ぎた事実は変わらないと知っているからなのか。
 不意に、小雨が振り出した。トーマが素早く馬車に熱を帯びさせる、小雨程度なら、この魔法で弾くことが出来る。負担がかからないように馬の上部にも張り巡らせていた、その為この旅は順調に来ていたのだ。流石にこの魔法は、ミノルには伝授しきれていない。
 結界魔法のもっと高等なものだ、自然に対して扱う魔法など、マダーニでも無理である。
 雨が、魔法の熱で蒸発していく。ほんわりと暑い馬車内で、軽くマダーニが仮眠をとる為に眠りについた。耳に心地良く届く雨音が子守唄の様で、すぐに深い眠りに誘われる。
 懸命に魔道書を読み耽っているトモハルとミノルは、干し肉を齧りながら火炎の魔法のおさらいだ。荷物を整理していたトーマは、何故かしらトモハルを先程から気にしていた。落ち着きなく身体を小刻みに揺らし、話しかけようか迷っている。
 荷物を全て床に出し、何やら片付け、再び取り出し、を繰り返し。何度かどもりながら、舌打ちしては、右手を硬く握り締める。

「あの、さ……」

 ようやく、トーマは声を絞り出した。それが自分へだと気付かず、トモハルは魔道書から目を離さない。ミノルへの掛け声だと思っていたのだ、トーマの視線に気付かなかった。

「おい、トモハル。トーマが呼んでる」
「え?」

 自分が呼ばれたと思い、顔を上げていたミノルはトーマの視線で相手が自分ではないことに気付いた。きょとん、と顔を上げたトモハルに、トーマは引き攣った笑みを浮かべる。

「……あんたの好きな女の子って、どんな子?」
「ん?」
「なっ!?」

 小声だったが、間違いなく聞き取れたトーマの声。首を傾げたトモハルと、赤面したミノル。ライアンまでは声が届いていないらしい、外の雨音の為だ。何を言い出したのかと、ミノルは急に縮こまると思わず顔を伏せる。
 恋愛話は、苦手だった。
 そんなミノルは他所にトモハルは腕を組み、真剣に悩むと低く唸って返答する。

「んー、どうかな。アサギみたいな子はイイな、って思うけど。可愛いし、スタイル良いし、頭も良い」
「アサギ……」

 名を呼んだトーマに、トモハルが微笑みながら付け加える。

「今離れ離れになってる、女の子の勇者だよ。とても、可愛い子なんだ」
「説明しなくても、トーマはアサギを知ってんだよ」

 魔道書で顔を隠していたが、アサギのことになると参加しざるを得ない状態になったミノルは、不貞腐れたように頬を膨らませて苛々し始める。

「え? なんで?」

 トモハルの唇から、アサギのことが形容されるのが嫌だった。ミノルは弾かれたように顔を上げると、思わず殴るような勢いで睨みつける。無論、意味が解らず、首を傾げるトモハル。
 ミノルが何故機嫌が悪くなったのかも、トーマがアサギを知っているのかも。 トモハルには知る由もない。

「見たことはないよ、名前を知っているだけだよ」

 肩を竦めて苛立つミノルを見ながら、トーマはそう言って天井を見上げた。「だから、なんで?」と訊くトモハルには答えない。

「……トモハルとアサギは仲が良いんだ」

 ミノルは大きく肩を落とすとそれだけ告げて、ライアンと話す為立ち上がろうとした。こんなことが言いたいわけではない、本当のことだが言いたいことが違う。
 わざと、トモハルの口から聞きたくない言葉が出るように仕向けてしまった。

「仲、いいんだ?」

 意外そうにトーマは身を乗り出す、軽く頷いたトモハルだが首を傾げたままだ。自分の疑問には答えてもらっていない、アサギを知っている筈がないトーマが何故知っているのかが、最も重要だというのに。

「可愛いよ、すっごくね。頭もいい、気配りも出来る。アイドルにでもなれる子だよ。俺とも仲がいいけど、幅広い交友関係かな、人気者だし。あんな子が彼女だったら、って思うよ」
「……案外、両思いなんじゃねーの」

 聞きたくないのに、言いたくないのに。ミノルはつい、口を出した。妙に絡むミノルに、トーマは気付いた。「あぁ、ミノルはアサギに想いを寄せているのか」と。先程からの行動は、トモハルへの嫉妬だろう。
 なんとなく人間関係が読み解けてきたトーマだが、聞きたかったことは違う。そしてミノルの恋心を応援したくとも鼻で笑ってしまった。”器が違う、無理だ”と。

「好きって、なんだろう?」

 魔道書を床に置いて、足を組み腕を組み、首を傾げるトモハル。怪訝に振り返ったミノルと、視線が交差した。しげしげと幼馴染を眺めて、一言。

「ミノルは、誰か好きな子いる?」
「は、はぁ?! お、俺はそーいうの関係ないし! 女って好きじゃねーし!」

 突如振られて慌てふためくミノルだが、さほど興味なさそうにトモハルはすぐに横を向く。一人だけ裏返った声で弁解していた事実に、ミノルは赤面し頭をかいてその場に座り込んだ。
 しかし意外だった、トモハルがそんなことを聞いてくるなんて。

「アサギは……確かに可愛いよ、すっごく、可愛くて魅力的だ。でも」

 思わず、ミノルが口内に溜まった唾を音を立てて飲み込む。

「でも、好きか、と問われると俺はアサギが好きなのかな……」
「は、はぁ!?」
「価値観とか似てるし、一緒に居ると安らぐし、性格も合うけどさ。けど、好きなのかって問われると答えられなくなったんだ」
「ふ、深く考えすぎじゃねーのか、お前……」

 二人のやり取りを観ていたトーマは、挑むような目つきでトモハルを観ていた。トモハルの、”向こう側”を観ていた。

 ……潮時だ。

 思わず小さくそう呟いて、肩を竦める。

「だからさ、トーマ。好きな子って、どんな子、って訊かれても……今答えられないかも」
「それは、つまり今好きな子がいないって事でいいの? 好きが解らない?」
「どうだろう……」

 黙ってしまったトモハルを、右往左往しつつミノルは二人を見ていた。ミノルは、アサギが好きだった。トモハルも、同じ様にアサギの事を好きだと思っていた。
 けれど、何故、言わないのか。解らないって、何だろうか。嬉しいのか憎らしいのか、はっきり言わないトモハルにミノルは苛立つ。だが、トモハルには身に覚えのないことだった。
 思案している様子のトモハルに、トーマは静かに語りかける。訊きたいことは、アサギの事ではない。

「じゃあ、聞き直すけど。どんな子が好き?」
「……どんな子って……可愛い子、かな」
「じゃあ、アサギじゃねーかよ」

 ミノルが口を挟む。自分で『アサギは可愛い』と断言したことに気付いていないミノルだが、トモハルは上の空だった。普段ならば直様トモハルのツッコミが入りそうだが、今は意識が飛んでいる。

「アサギは、可愛いよ。でも、俺……好きなの……かな。ミノルはアサギとどうしたいわけ? 付き合って何したいと思う?」
「俺は……手を繋いでぶらぶらしたりとか、一緒にゲームしてぇけど。料理も上手いって聞いたから手料理作ってもらったりとか、さ……って、な、何言わせんだーっ!?」

 素直に、口にしてから青褪めて告白まがいの事をした事実に狼狽するミノルだったが、トモハルはやはり聞いていない。わめいているミノルなど放置して、馬車の布を見つめたまま虚ろな瞳で呟く。

「俺の……好きな……子?」

 トーマの額が、ぴくり、と引き攣る。囁いたトモハルの様子を見つめながら、トーマはそっと荷物に触れていく。

「俺の、好きな子は……まだ……いない……よ」

 凝視していたら、トモハルは薄く微笑んでそう答えを出す。ミノルは未だに弁解を一人でしていた、誰も聴いていなかったが。
 
 ……それが、答えか。

 トーマは大きく溜息を吐いた、見当違いだった気もするが、あながち外れていなくもない。しかし。

「ただ」

 急に、トモハルの口調が変わった。驚いて目を見開くと、目の前のトモハルはどこか懐かしそうに愛おしそうに、優しく笑みを絶やさずに語り出す。

「ふわふわの、髪で。気紛れな仔猫みたいな大きな瞳で魅惑的な華奢な身体で、お姫様みたいな女の子。ただただ、その子がその子らしくいる為に、傍にいたくて護りたい……って。あれ? お、俺、何言ってるんだろ」

 乾いた声で笑ったトモハルだったが、トーマは今の言葉を聞きたかったのだ。照れたように苦笑いしているトモハルは、それでも何故か懐かしそうに唇に指をあてて何かを思い出すように……静かに微笑む。

「まぁ、誉めすぎだけど」

 小さくそう呟いたトーマは、瞳を軽く閉じ息を吐いた。瞬きを三回ほどして、一呼吸置いてから、一言告げる。

「僕、次の分かれ道でバイバイするね」

 唐突に言ったので、すっとんきょうな声を出したミノルとトモハル。その声に、マダーニがゆっくりと目を醒ました。

「目的の場所が違うんだ、僕はジョリロシャに行くよ。残念だけど、さ」

 手際よく、あれほど散らかしていた荷物を片付ける。そろそろ分岐点だろう。

「そ、そっか……寂しくなるな」

 ミノルのあからさまな落胆気味の声に、トーマはからかうように笑った。

「頑張りなよ、レベルは上がったはずだよ。何しろ僕直々に教えたんだから。あ、そうだこれ」

 トーマは徐にミノルに何かを手渡した、掌サイズの珠だ、さほど重くはない。綺麗な紅で高価な宝石にも見える、不思議そうにそれを眺めるミノル。トーマはマダーニの傍に近寄りながら、ミノルに声をかける。

「それはさ、簡易な魔法球だよ。僕の火炎の魔法が閉じ込めてある。威力的には中の上、ミノル君の発動魔法よりは威力が上だ。危機を感じたら使いなよね」

 聴き終える前に、ミノルが歓声を上げる。

「すっげー!」
「一度きりだから、ここぞって時にね。対象物にぶつけると発動するよ、間違えないでよね?」

 説明しながら、マダーニにもトーマは手渡した。

「非力なおねーさんには、これを。接近戦になると危ないからさ、一度きりだけど豪腕の加護が付加できる。大男でも投げ飛ばすことが出来るから、敵に攻撃を当てられればこちらの勝ちだろうね」

 葉に包まれている粘着力ある白い液体だ、香りはない。これを手に塗って使うらしい、初めて見る代物に目を白黒させるマダーニ。

「馬車のおにーさんには、これね」

 これも葉に包まれている粘着力のある液体だった、色は深紅だったが。

「武器に塗ると、火炎の属性になるよ。火炎に弱い敵が出たときに使うと良いよ」

 ライアンは丁重に「忝ない」と深く頭を下げ、それを受け取った。魔法が使えず物理だけの攻撃になるライアンにとって、これは嬉しい代物だ。
 最後にトーマはトモハルに向き直った、微笑んでいるトモハルに、トーマは無表情で杖を手渡す。

「……回復の杖だよ、一度僕が使ったから残る回数はあと四回。神経を集中して使うことで人を結界に入れて治癒出来るんだ。威力はトモハル次第、詠唱なしでも治癒出来るから危機的状況に陥った時用にね。ちなみに四回使うとどうなるのか知らないけど、とりあえず効果がなくなるだろうから数、忘れないでよ。砕けたり折れたり破裂してくれれば、流石に解るけどさ。爆発はしないと思うけど」
「へぇ、解った。助かるなぁ、魔王戦には欠かせない回復アイテムだ」

 嬉しそうにそれを受け取ったトモハルは、早速しげしげとそれを眺める。さり気無く、渡す瞬間にトモハルの手にトーマは触れた。

 ピイン……

 途端眉を顰めたトモハルとトーマ、静電気が走ったのだ。思わず手を引っ込めて苦笑いするトモハルだが、トーマには承知の上だった。痺れた指先を何度か上下に動かし、口角を上げる。

「……じゃ。そろそろ行くよ」
「……そっか」
「バイバイ”またね”」

 心痛な面持ちのミノル達は裏腹に、飄々とした様子で止まらないうちに馬車から降りる。看板の前に立った、向かう先はジョリロシャだが実際別にどうでもいい地区だった。本音はこのまま共にジョアンへ行きたいが”潮時”なのだ。
 心底残念そうに、ミノルが馬車から顔を出す。

「ありがとな、色々」
「ん、気にしないでよ。まぁ、また何処かで会えるからさ。数年先くらいに」

 軽々しく言ったトーマだがミノルは苦笑いしざるを得ない、この惑星の住人ではないミノルだ。

「……言ってなかったけど、俺達この世界の住人じゃないんだ。だから、会えな」
「知ってる。でも会えるよ、数年後に」

 ミノルの言葉を上から被せ、そう断言したトーマ。
 お前では魔王を倒す旅が数年立っても終わっていない、ということかと、自然にそう捉えてミノルは鼻で笑ったが、トーマは真剣だった。

「敵かもしれないけど」

 真顔でそう告げる、苦笑いして本気に取らないミノルだが、トモハルは神妙にトーマを見ている。その視線に気付いたトーマは肩を竦めると、溜息混じりにトモハルにも告げた。

「……あんたの仔猫は手強いよ、すぐに爪をたてて牙を剥くよ。可愛いとは思うけど、僕は好きじゃないなぁ」
「え」
「じゃ! 無事、魔王を討伐できることを願って。まぁ、出来るでしょ」

 トーマは笑いながら、それだけ告げると早々に宙に浮かぶ。
 数週間前会った時の様に、不意に忽然と姿を消した。闇夜の月ではなく、眩しく痛い陽射しの太陽に照らされて。雨は止んでいた、天候が変わりやすい地区なのか晴れ渡った空だった。
 別れの挨拶もままならず、トーマは消える。馬車から慌てて降りた四人を残して、トーマは挨拶もそこそこに姿を眩ました。

「俺の……仔猫?」

 謎めいた言葉を残されて、トモハルは首を傾げる他ならない。

「ほんっと、謎な子よね」
「でも、悪い奴じゃねーよ」

 落胆気味のミノルの肩に思わず手を添えたマダーニは、急かすように馬車に乗せる。感傷に浸っている場合ではない、ジョアンは目と鼻の先だった。
 馬車の中で、トーマがくれた数々の貴重な品を見つめながらマダーニは瞳を細める。感傷に浸っている勇者二人だが、これらの品を所持している人物を軽く見てはいけない。

「仮に彼の言うこと全てが真実だとしたならば、厄介よね。この先」

 全面的に味方なのは今回だけ、次は解らないと言ったトーマの言葉を思いだし、身体中から汗が吹き出す。あんな相手とやりあう自信などなかった。

 その日の夜半、四人は久し振りに街に辿り着いた。ジョアンである。質素な何の変哲もない街だ。山の麓にある旅人達の宿場街であるが、質素である。設備は普通に整ってはいるのだが、目新しいものはない。旅人到着、というだけで街の人々は一斉に近寄ってきた。
 ここからアサギの武器であるセントラヴァーズが奉納されているピョートルまでは、山を越えれば良いだけだ。久方ぶりの客人に、大層なもてなしを受ける羽目になった。恐縮している四人は、苦笑いしつつ休息をとることにした。
 ほぼ閉鎖された街では、退屈凌ぎに旅人の話を聞くことが好きだった。
 宿は何件か存在するが、それは全て自宅と併設おり、普段は客など泊める事がない。風呂も食事も家主と共同だ、寝室用の小さな部屋が貸し出されるだけである。特にここ近年、客足が遠退いているらしく、直ぐに旅人を泊められる家は限られているとのこと。大半は物置に部屋になっているらしい。
 四人は街の入口から最も近い家に世話になることにした、馬車を預け荷物を持って宿へと進む。部屋は二部屋借りた、男女で分かれて眠る。その家は、その二部屋でもう満員である。
 慣れない旅で疲労しているミノルとトモハルは、直様ベッドに倒れこみ眠り始めていた。ライアンとマダーニは装備を軽くし、街の散策にあたる。
 自給自足の生活を送っている街なので、道具屋を覗けば薬草の質はなかなか良く種類も豊富だった。疲労回復に効果のある薬草を買い込み、マダーニは店を物色する。店と言っても皆家の前に簡素な手描きの看板がかけてあり、玄関で欲しいものを見せてもらって購入するだけだったが。それでも売ってもらえるだけ有り難いことだった。
 鍛冶屋もある、普段は農具などの手入れをしているらしいが、刃こぼれしていた剣を、鍛え直すことは出来るそうだ。別に混みあっていない為、旅立つまでに修理は可能らしい。これまた、有り難い事だった。
 街人は皆、素朴で飾らない笑顔だった。歩けば挨拶してくれるし気分は良い、そこまで魔物にも脅えていない様子である。ライアンとマダーニは肉の串焼きを売っている出店を見つけたので二本買い込み、ワインを一杯ずつ購入して広場のベンチに座り込む。
 備品の準備は整った、あとは体調の回復だけだ。旅立つ前に購入する食材等も発注してきたし、宿で出される夕飯まであと数時間程度。
 肉を齧りながら、ぼそ、とマダーニは呟いた。

「ねぇ、ライアン。私達何処まで進めるかしら」
「勇者は、見つけ出した。正直マダーニは戦闘から外れても文句は誰も言わないぞ? 本来の目的は母親の謎の解明と父親の捜索だろう」
「今更? ミシアの占い結果でも勇者ちゃん達は必須なことだし、ほいほいここでサヨナラ出来るわけがないじゃない。ただ、この間のトロルでも苦戦したでしょ? ……魔王ってどのくらいの強さなのかしら」
「少なくとも、魔王ハイには全く歯が立たなかったな」
「勇者ちゃん達に重荷を与えてしまいそうで正直怖いのよね、祭り上げられているけれど、まだ子供」
「それは、思う。本来ならば全く関係ない生き方をしている子供達だろうに」

 地球の校庭を思いだし、ライアンは眉を顰める。

「っていうか、謎が多すぎない? まず魔王ハイの目的が理解出来ないのよね、トーマちゃんの言い方だとアサギちゃんは無傷でしょう? 何がしたいのかしら」
「その辺りを突っ込んで訊いて置くべきだったかもな……。さて、少し整理してみるか? 最終目的は魔王斬滅だ。分岐として、マダーニの両親に関わってきているらしい”破壊の姫君”についての捜査が必要……と」
「トーマちゃんといい、私達の前に現れた魔族達も気にかかるわよね。他のみんなは今何処で何をしているのかしら。ピョートルに到着した時に、誰かから手紙が届いていればいいけれど」

 軽くマダーニは肩を竦める。
 主要都市には、手紙通達の転送陣が施されていた。この街には存在しないようだが、大都市ならば街のほぼ中央に位置している手紙受取所に自分宛のものがないか確かめることが出来る。放置していても住所さえ解れば、家ではなくとも滞在先の宿にも届く仕組みになっている。
 人間の転送には高等技術が必須だが、手紙だけならば失敗しても誰も死することがない為、幅広く使われていた。死する事がない、と軽はずみに言っても、危篤の情報やらもあるので一概ではないが。
 ピョートルにはそれが確実に存在するので、アリナかブジャタから朗報が届いていてもおかしくはない。それに期待していた、無論マダーニも到着次第確実に現在地が把握出来ているブジャタには、手紙を送る予定だった。
 闇が訪れ、二人は並んで宿へと戻る。旅の途中で芽生えた恋心など儚いかもしれないが、それでも二人は寄り添っていた。宿の部屋が違うのは子供の勇者を考慮して、だ。マダーニは非常に不服だったが。

「なぁマダーニ。全ての謎が解けて世界が平和になったら、俺の故郷で隠居する気はあるか?」

 ぼそ、と呟いたライアンに、呆気に取られたマダーニは直様返答できなかった。何故このような場所でプロポーズされたのか、もう少し時と場所を弁えて欲しいと、軽く眩暈を覚えつつも、この気取らない男がマダーニは気に入っている。体格が良く、顔とて極上の美形というわけではないが整っており、何より笑みが零れてしまうほんわかした雰囲気が好きだった。

「平和になったら、隠居してあげる。ならなかったら、無理よ?」
「ならば全力で謎を解き明かすしかない、ということだ」

 笑いながら肩を抱き締めてきたライアンに、そっと頬を染めたマダーニは小さく、頷いた。

 宿での夕飯はこの時期に川で獲れるという魚料理だった、塩加減良く焼いてあり白身が淡白で美味い。山菜の保存食に焼きたてのパンと自家製のジャム、サラダはお替り自由だという。無我夢中で食べた勇者二人は早々に宿の風呂に直行し、再びベッドに入り込む。
 ライアンとマダーニは宿の家族と軽く談話しながら、ワインとチーズを戴いた。勇者一行とは言わない、ただの旅人だと説明する。それにしては年齢がマチマチだが、街の住人はそこまで気にしなかった。
 打ち解けた仲になったので、気兼ねなくライアンは主人と風呂も共にした。こういう生活が、一番楽しく心が裕福になれるかもしれない。隠居したら、自分もこのような宿を経営してみたかった。幸い、マダーニの料理の腕は信頼できる。

「世界が、平和になったら」
 
 呟き、ライアンは瞳を閉じて湯に浸かる。
 その頃の、部屋に戻り直様眠りについたミノルと、反して寝付けないトモハル。何度も寝返りをうつが、眠れない。先程長い昼寝をしていた為でもあるのだが、どうにも気分が昂ぶってくる。

「俺の……仔猫」

 トーマに言われた言葉が、胸に引っかかっていた。全くもって、身に覚えのないことだった。
 仔猫、という単語がそもそも何を指すのかが分からない。確かに犬と猫で言えば猫がトモハルは好きだった、家では飼っていないが。母親が猫アレルギーなのである。
 しかし、意味が違う。猫は猫でも仔猫、だ。トーマの指した仔猫は、猫では無論ない。
 うつらうつらと、現実と夢の狭間で。トモハルは夢を観ていた、想い描いていた。それにしては、妙に生々しく。夢であって、夢ではない。
 目の前で黒髪の少女が、泣いている。大きな瞳に華奢な手足、か細い腰だが豊かで柔らかそうな、胸。ベッドの上で、泣いている。うつ伏せで、枕に顔を突っ伏して。深紅の短いスカートから覗く太腿が眩しくて刺激的で、トモハルは思わず赤面して視線を反らしていた。
 それでも泣いている少女に耐えられず、躊躇いがちにトモハルはそっと手を伸ばし、少女の髪を撫でる。艶やかな髪は手触り良く、指を通すとさらさらと流れる。
 少女が徐々に泣き止んだ、肩を震わせているがそれも徐々に小さくなっていった。ゆっくりとこちらを向いて視線が交差し、思わずトモハルは後ずさる。反射的に、だ。

 ……なんて、綺麗な女の子だろう!

 胸が弾け飛ぶように苦しい、全身の血が沸騰するように熱く滾る。息をすることもままならず、ただ、少女と視線を交わした。薄ピンクの唇が半開きになり、大きく開いた衣服から零れる程の乳房。扇情的で思わず、喉を鳴らす。その瞳は猫の様に強気だ、だがどことなく寂しそうな光を宿している。

「あ、あい、してるよ……」

 マ。

「ま……?」

 思わず、トモハルはベッドから飛び起きた。辺りは暗闇だ、当たり前だ今は真夜中である。いつしか眠りにつき、夢を見ていたらしい。一瞬混乱する、部屋の中だったので、ここが何処だが状況を把握するのに時間がかかったが、それどころではない。

「ま、って何ー!?」

 絶叫。

「愛してるって、何だー!?」

 咆哮。

「何事だ、トモハル!? 敵の襲来か!?」

 寝床にいつも置いてある剣を引き抜き、飛び起きたライアン。隣で不機嫌そうにベッドの中で寝返りをうったミノルは、頭をかきながら半目でトモハルを睨みつけていた。眠りを妨げられて、不機嫌そのものだ。

「今の女の子、誰だよっ!?」

 混乱するトモハル、大声の為に不安になり隣室からマダーニも駆けつける。しかしトモハルが寝ぼけただけだと分かると、皆呆れて冷ややかな視線を送った。赤面してしどろもどろ説明するトモハルに、一応三人は「おやすみ、良い夢を」と告げる。
 再び静寂の夜が訪れるが、トモハルだけはやはり寝付けない。

「可愛い子……だったな」

 夢だ。
 記憶は曖昧で、顔もそこまで覚えていない。ただ、やたらと可愛らしい女の子だったことだけが記憶に残っている。頭から離れない。それこそ、自分好みな女の子だった。思い出して、赤面する。妙に色気のある美少女だ、異性に関心はあるが、あそこまでリアルな夢は初めてだった。
 けれど、再びトモハルが眠りにつけばまた、その少女の隣にいた。夢の中では冷静で、静かに眠っている少女の傍らに近づくと、そっと跪く。顔を、覗きこむ。長い睫毛に、形の良い唇。思わず口付けたくなってしまう。
 そっと震える指先で頬に触れてみれば、くすぐったそうに彼女は笑った。無邪気な、仔猫の様に。
 トモハルは、なんとも言えない幸福感に包まれていた。そして再び口にする「愛しているよ」と。

「ミラボーの追っ手はまだ来ないかな? 退屈凌ぎに僕が一層しておきたいけど」

 ジョアンの片隅、木の幹から宿屋を見ているトーマ。月が美しかった、目を細めて仰ぐ。別れた振りをして、追って来た。共に行動はしない、と言ったが見守らないとは言っていない。何も変わり映えしないであろうジョリロシャへ赴くよりも、こちらを監視していたほうが退屈しのぎに成ることなど、十分承知だ。冷えた肉を齧る、夕刻にこの街の片隅の店で購入したものだ。新たな旅人だと騒がれたが、顔を隠して逃げるようにその場を去った。買った時に軽く暖かなスープで身体を温めたが、これは夜食用に購入しておいたものである。串焼きの肉が数本と、硬くなったパンを齧りながらワインで流し込む。

「マビルとの、過去からの縁。もの好きな男もいるんだね……。僕は天地がひっくり返っても姉さん派だけど」

 縁の途中で、黒い靄がトーマには見えた。あれが何を指すのか、トーマには解らない。
 先見の能力を持っているのは、アイセルだけではなかった。誰にも告げることがなかったがトーマは、未来が時折読めるのである。

「姉さん……アサギ姉さん。僕が必ず、傍に居るよ」

 近い未来、一部の破片がトーマには見えていた。
 血塗れのトモハルは、囚われの身。ミノルとマビルは、トーマの敵だ。どういう状況なのか全く理解出来ないが、自分は武器を構えて立っている。ミノルとマビルの表情が苦悶を浮かべており、それが何を指しているのか解らない。
 大地が揺れて裂ける、絶対的な力がトーマの背後に控えていることは解った。

「現魔王など、意味を成さない。取るに足らない駒、なんだ。僕”達”の邪魔をしないでよ」

 勇者の武器セントラヴァーズ、それを手にしアサギに譲渡すれば、世界が変わるだろう。変わるはずだ。

 ……それまでは、僕がこっそり護衛してあげるから。

 肉を食べ終えて、月の光に残忍な笑みを浮かべる。


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