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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第114回   謎の少年
 マビルは息を大きく吸い込んだ、力任せにテーブルを殴りつける。アイセルの表情が一瞬強張ったが、そんなことお構いなしだった。
 双子の姉は魔族だと信じて疑わなかった、どうして”人間の双子の姉”などが存在するのか。
 マビルは正真正銘、魔族だ。魔族である自分と、人間である姉と双子……そのようなこと、有り得るのだろうか。同じ魔族であり、姉の魔力を認めるだけの力量を所持していたら。自分にとって頼れる存在であり、破壊願望があるであろう次期魔王である姉と世界を破滅に導きたい……などと、胸を躍らせていた時期もあった。
 恋する乙女の様に胸を高鳴らせて、僅かな痛みと好奇心に心弾ませる。今まで思い描いていた姉の姿は、空虚な妄想であったのだろうか。

「本当に、あたしのおねーちゃんなの?」

 ぼそ、っと呟く。胸がざわめく、落ち着かない。
 マビルがふと窓の外に視線を投げかければ、純白の鳥が一羽舞っていた。晴天に純白の鳥、その美しいコントラストが余計マビルを破壊衝動に駆り立てる。
 自分の何処にぶつければよいのか解らない、むしゃくしゃした気持ちを投げつけるように鳥を睨み付けた。アイセルの止めに入った声など、聴こえない。鳥は痙攣しながら、一気に落下し、地面に激突する直前で弾け跳ぶ。

「マビル!」

 愉快そうに微笑み、心軽くなったマビルは優雅に紅茶を啜っている。憤慨したアイセルが叱咤するが、無視して口に広がる豊潤な香りを楽しんだまま微笑み続けていた。髪を弄ぶ、小さく吐息を漏らす。

「いつも言ってるだろう、むやみやたらに感情を他者に押付けるな。命を奪うか、そうでなくとも怪我を負わせるだろう! お前の魔力は……」
「仕方ないでしょ、あたし、縛られるのも押さえ込むのも嫌いだもの。馬鹿みたい、何に拘るの? 人間が抱いている魔族の偶像ってこういうことでしょう? 別にいーじゃない、鳥も魔族も人間も、そう簡単に絶滅しないわよ。たかが一羽、一人が死んだところでさ」

 小さく「不愉快だわ」と零して立ち上がると、凄まじい形相でパンを握り締めて家から出て行くマビル。何時もの事だった、アイセルが叱咤すればするほどにマビルが反抗する。
 しかし、アサギが魔界へ来た以上マビルを野放しにしておくわけにはいかなかった。最悪な事態が起こりかねない、マビルがアサギを殺害しかねないのだ。可能性はある、この結界の森から出られないとしても万が一があるので油断は出来ない。
 一度嫌悪感を抱けば、それを解きほぐすのに膨大な時間と根気が必要だ。妹に一般常識など通用しない、気に入らなければ消し去るまで。何故ならば自分にとっては不要だから、それだけだ。
 頭を抱え込み、アイセルはテーブルに突っ伏す。

「あいつが”影”のほうでよかったよ。あれで”光”だったら、世界はもう、混沌の渦に飲み込まれてる」

 起き上がって苦笑するアイセルだが、トーマは肩を竦めて作り笑いを浮かべるより他ない。無理して笑顔を作っているアイセルのことなど、お見通しだった。
 そ知らぬ振りをして黙々と料理を食べ続けるトーマに感謝しつつ、軽い溜息を吐いてアイセルは再び肘をつくと考え込んだ。

「とんでもないことになったよ、父さん、母さん……。俺には予言など」

 暫しの沈黙が訪れる。
 トーマが控え目に、ナイフとフォークを皿に置いて声をかけた。先程から気になっていたのだ、言うタイミングを窺っていた。訊きたくて仕方がないのだ、まだ、子供である。

「ねぇ、僕も会っちゃ駄目……なの? やっぱり」

 思案していたアイセルだが、低く唸り続けながら出した答えは「すまん」だった。
 解っていた返答だった、期待などしていなかった、だがやはり気落ちしざるを得ない。寂しそうに俯き、小声で姉さん、を繰り返すトーマ。
「僕、人間だもんねぇ。ここにいるってことだけでもう、変な存在だしね……厄介だよね」
「そんなことはない、トーマ。しかし、待つんだ。時期が、まだなんだ」
「いいよ、アイセル。気を遣わなくて」

 空元気で、喉の奥にミルクを流し込んだトーマ。自分の我儘を押し通す性格ではない、耐えて我慢しているのだ。マビルと違ってトーマは非常に聞き分けの良い弟である。逆境の中にいるというのに忍耐強く、そして物分りが良い。アイセルを困らせるような真似はしなかった。

「マビルも、トーマほど素直だったらよかったんだが」
「そんなんだったら、マビルじゃないよもう」

 そう言い合うと二人は顔を見合わせ、ようやく腹の底から笑い始める。この場にマビルがいたらそれは騒ましいことになっていただろう。
 アイセル、マビル、トーマ。傍から見たら、奇怪な三人だった。しかし、仲が良い事は間違いない。
 兄アイセルが武術家として表の世界で名を轟かせ、魔王アレクにも直近ではないが仕えているほどの強者。しかしそれは”表向き”の顔だ。
 裏ではアレクとかなり親しい仲だ、秘密裏である予言家の長男であり、力を引継ぎし者である。全ての予言の記録を所持し、先の未来を知っている者。
 妹マビルはアレクの次に魔界を統治する女王に姿が瓜二つ、魂を共鳴させ最も女王に近い者として産まれて来た。影の女王は時として光である魔族の女王を身を挺して護らねばならない、そんな過酷な運命を背負わされている。だが、母が残した予言ではマビルがそうなる運命だとは記されていない。ただ、次期魔王となる少女に寄り添うべく”双子”の娘だと。
 そして弟トーマ、最も謎の少年だ。トーマが生誕したのは今から十年程前のことだった。彼は人間である、魔族ではない。
 忘れもしない、あれは極寒の日。

 春は柔らかな光とともに訪れ、大地を温めてくれる。土に光を、大気に光を、全ての生きるものに、光を。溢れんばかりの、愛情を注いでくれる。冷たい空気で部屋に閉じ篭っていたとしても、一筋の光が窓から差し込めば思わず心が浮き足立って外に飛び出してしまう。笑みを零して。
 光が生み出す色彩は様々だが、夜明けと夕暮れの薄明かりのなんともいえない微妙な哀愁漂う色合いが、アイセルはとても好きだった。春などまだ遠いが、十二月よりも一月のほうがアイセルは心なしか暖かい気がしていた。やはり、春に近づく足音聞こえる月だからだろうか。
 アイセルの家の周りには、スノードロップという可憐な小さい花が地表に姿を見せる。
 暖かな日差しの中で、小鳥の囀りと小川のせせらぎを聞きながら地面に寝転がり大きく伸びをするのが、一番の贅沢だと思っているアイセルは無論、四季の中で最も春が好きだ。光を身体全体で受け止め四季様々形を、色を変化させる移ろいを瞳に焼付ける。
 自然に同化は出来ないが、せめて寄り添って生きていきたいと願っていた。
 その日雪は降っておらず、身体にひしひしと来る寒さで毛布に包まっていたアイセル。家には両親とアイセル、そしてマビルの四人がいた。時折聴こえる暖炉から、薪が爆ぜる音以外は静かな日だった。
 窓の外を見ながら身震いする、こんな日にはやはり春に焦がれてしまう。マビルなど、暖炉の前から全く動かずに丸くなって毛布に包まったままだった。時折吹く風が、窓をカタカタと鳴らしながら去っていいく。どうやらマビルは眠っていたらしい、寝息が聞こえてきた。
 だが、キッチンから美味しそうな香りが漂ってくると、重たい瞼をこじ開けてゆっくりと起き上がり小さな欠伸をする。

「寝起きは、可愛い顔してるんだよな。……あ、寝顔もか」

 思わず魅入っていたアイセルは、小さく零した。ふと、その視線に気付いたのかアイセルを瞳に入れたマビル。ゆっくりと意地悪そうに婀娜っぽい微笑を浮かべ「あら、妹に欲情中なのお兄ちゃん?」っとマビルは鼻で笑った。思わず苦笑し前言撤回、と呟いたアイセル。

「口を開くとこうなんだよな……」
「ぁん? 何か言った?」

 料理がテーブルに並べられた、四人でいつもの様に着席する。父が奮発して上等なワインを出したのは、特に今日が冷え込むからか。気分だけでも明るく行こう、ということなのだろう。なみなみとグラスに注ぎながら、マビルがそれをじっと見つめている。
 獲物を仕留める猫の様に瞳をクルクル動かせながら、喉をごくり、と鳴らした。おそらく血液を想像したのだろう、赤ワインの色合いが似ていなくもなかった。

「俺、ビールがいいなぁ、母さん、ない?」
「上等なワインだぞ! 我慢しろ」

 とても微笑ましい光景である、羨むべき光景だ。人間達は魔族を誤解していた、家族さえも平気で殺せる冷徹な種族だと思われているが、違う。人間とて親兄弟を殺害する人もいるだろう、同じだった。確かに、魔族にもそういった者はいるが全員ではないのだ。
 恐怖の対象である”魔族”は人間達の心が生み出した虚像。触れ合わない種族ゆえに、疑心暗鬼からそう決め付けた。そういった恐怖心を子供へ、孫へ……と伝えていくものだから、いつまで経っても誤解が解けないだけだ。
 乾杯したくてもどかしく身体を揺すっているアイセルに、微笑みながら金髪の母が優しくその髪を撫でる。「明日にしましょうね」と、子供をあやすように背中も撫でた。
 くすぐったいが、じんわり暖かく、心が安らぐ。母の手は、どんな回復魔法よりも絶大な効果を発揮する。
 アイセルは物心ついたとき、母がいなかった。それは、マビルが産まれる直前まで「母は流行病で死んだ」と父親から聞かされていた為である。母は予言家の者として、籠もりっきりで今後の魔族の行く末を占っていたのだ、ゆえに死んだ事になっていた。アイセルが眠っている時には、時折母が愛おしそうに髪を撫でに来ていたらしいが気付かなかった。
 父は頻繁に母に会う為離れた屋敷へ足を通わせていたようだが、それすらもアイセルは知らないことだった。
 それがマビルがいよいよ産まれるということで、いきなり母を紹介されたのだ。
 面食らった、死んだと思っていた母は生きていた。戸惑いを感じ上手く馴染めなかったが、数ヶ月も経てば恥ずかしながらも「お母さん」と呼べるようになっていた。母は物腰穏やかな美女だった、それゆえ照れもありなかなか触れ合えなかったこともある。
 父は、才色兼備な母と違いどこかスローテンポで正直頼りがいがない。二人のなり染など知らないが、いつか聞いてみたいものだと思っていた。アイセルは両親を見つめて薄く、笑みを浮かべる。
 今日の食事はチーズ入りのパイ、子羊のローストはブルーベリーソース添え、じゃが芋のから揚げ、サラダ、そして赤ワイン。母の作るパイは絶品で、アイセルとマビルの大好物である。食事を終えて、暖炉の前で燃える薪の音を聞きながら至福の時を過ごす。
 アイセルは、読書中だった。マビルは、空腹を満たし再び眠りにつく為に父の膝に頭置いて丸くなっている。当然の事ながら、父が優しくマビルの髪を撫でていた。
 母は食器を洗っていたのだが……突如、キッチンから鈍い音が聞こえてきた。三人、我に返り直様起き上がると皆で直行する。

「母さん!?」

 真っ先にキッチンへ飛び込んだのはアイセルだった、うつ伏せで倒れている母を発見し顔面蒼白で駆けつける。抱き起こし、仰向けにさせた三人は思わず息を飲んだ。言葉を失うほかない、何を言えば良いのか、分からない。

「どういうことだ……これは」

 呻くように、ようやく搾り出した父の一声。アイセルから優しく妻を受け取り、ふらつく足取りでベッドへと寝かせる。荒い呼吸を繰り返す母を不安げに見下ろしながら、三人は困惑し憔悴しきって項垂れる。
 沈黙が続いた。
 母の身体に異常な、いや、有りえない症状が起きていた。先程までの母の見事なプロポーションは、何処へ。腹部がまるで子を孕んでいるかのように、膨らんでいるのである。
 まさか、とは思ったがマビルは腹にそっと耳を当てる。大きく瞳が見開かれ、慌てて離れるとマビルは震える声を出した。

「赤ちゃん……いるよ……」
「まさか!」

 乾いた声を出す父もアイセルも、ふらつきながら同じ様に腹に耳を、そして手を当てる。……何かが動いている、間違いなく胎動だった。呆然とする三人は言葉を失う、間違いなくそこには命が宿っていた。
 魔族とて人間と妊娠・出産の期間はほぼ同じだ、こんなことありえない。 右往左往どころか突っ立ったまま何も出来なくて硬直していた、母がようやく目を醒ます。荒い呼吸、苦痛に顔を歪めながら息も絶え絶えに語り出す。

「最期の……予言を。この……子、トーマ。弟、なま、え……”トーマ”。人間の、赤……ちゃん。おねが、育てて……何処からかわた、しに、誰かが、授け……て。どう、か、おねがい……この子を大事に、育てて……ね。この子は……おそら」

 母の絶叫。同時に、元気な赤ん坊のうぶ声が聴こえた、出産だ。

「母さん!? しっかり、母さん!」

 母は、事切れた。産まれたばかりの赤ん坊の泣き声だけが、部屋に響き渡る。
 半乱狂になったマビルは、産まれ出たばかりのこの赤ん坊を殺すべく手を振り上げたが必死に父に押し留められた。マビルは嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ち、アイセルは機転を効かせ湯を沸かし赤ん坊を産湯へ運ぶ。見たことも、やったこともない。どうしたらよいのかわからない。
 出産を経験した知り合いがいたとしても呼べるわけがない、この赤ん坊は、人間だった。

「母さんの最期の予言……いや、遺言だ。”この子を大事に育てて”。ならば従おう、今日から一人仲間入りだ」

 父の妙に威圧感ある声にアイセルとマビルは、ただ頷くほかなかった。
 一月五日トーマ・ルッカ・シィーザ、魔界イヴァンにて生誕。
 母を溺愛していたマビルは、それからもトーマを何度か殺そうとした。だがその度に母の遺言だと父の言葉が甦り、感情を押し殺す。母の仇を、護らねばならないなんて苦痛だった。震える腕を懸命に抑えつけて、無邪気に笑っているトーマを見る。おまけに、相手はマビルの嫌いな人間だ。
 けれども、トーマはマビルに非常になついており、母性本能がくすぐられたのかマビルもやがて可愛がるようになった。整った顔立ちをしていたのがよかっただろう、何より子供の愛らしさは最大の武器だ。
 母の墓碑は、家の直ぐ裏にある。花に囲まれたその場所で毎日四人で墓参りをする、そんな日常が始まった。
 この四人での平和な暮らしが訪れたかと思えば、思わぬところから不幸がやってくる。
 暫くして、父が他界した。原因は不明だ「出かけてくる」と言い残して、一週間が経過。
 父は死体となり戻ってきた、唖然とするアイセル。出かけるその当日、虫の知らせだったのだろう、胸騒ぎがしてアイセルは父を呼び止めた。「今日は出かけないほうが良い」と念を押した。だが優しく父は微笑むと、抱き締めて安心するように背中を撫でた。

「心配するな、ただの散歩だぞ」

 その時の父が妙に風格があり、堂々と誇らしくアイセルの瞳に映ったのだが気のせいであったのか。いや、そうではないだろう。父は、自分の身に起こることを既に知っていた、意を決して出掛けたに違いない。
 散歩ではない、それはアイセルも薄々感じ取ったが言葉に出来なかった。
 父の身に何があったというのか、自宅に届けられた亡骸は、いつものように優しい笑みを讃えたままだった。
 マビルとトーマは世間に公にされていない、アイセルは一人きりで父の遺体と向き合う。この家の一人息子として、だ。
 死体は、何も語ってくれない。マビルとトーマが見計らってそっとアイセルの隣に立つ、三人で最期の別れをした。
 亡骸は、母の墓碑と同じに。仲睦まじい二人だったから、今頃一緒に居るに違いない。
 予言家の、アイセル。次期魔族の女王の双子の妹、マビル。不可思議な産まれ方をした人間の弟、トーマ。三人は、その日知らず手を繋いでいた。


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