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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第113回   予言家 の人々
 漆黒の瞳を轟惑的に輝かせながら詰め寄るマビルを、無表情でアイセルはそれを軽く押し返した。相当な美少女だが欲情などするわけがない、実の妹だ。マビルの魅力に惹き付けられて、死ぬであろうと本能で解っていても、男は寄っていく。哀しき男の本能なのか、甘美な密を滴らせる危険な花に群がる昆虫の様に絶えることがない。
 マビルにとって、男などただの”玩具”だった。毎日する事がないのだ、長すぎる時間を持て余し、マビルは”玩具”で遊ぶ。
 いつの頃か、マビルは美形な男達と肌を重ねるようになった。最初は快楽目的だと、思っていた。
 しかし。
 小首傾げて淫蕩な空気を吐き出しているマビルを見つめると、ふと。稀にだが何かを探すように迷子の猫になったかの様に、切なそうに空を見上げる時がある。
 身体を重ねるのは、温もりを欲して寂しいからなのか。それとも、何か別の感情が隠れているのか。強気かと思えば酷く怯えた様な瞳をする時があり、それがまた男達を狂わせる。
 マビルから”玩具”を取り上げる事などできないが、殺しは良くはない。飽き性なのか”玩具”はマビルの気紛れで死していく。こうして何人も魔族が忽然と姿を消していれば、いい加減誰かが調査に乗り出すだろう。
 強固な結界の中にいるといっても、冷汗ものの”透明な籠”。神隠しなど、魔族間には有り得ない、マビルが露見するのも時間の問題だ。

「なぁに、真剣な顔して?」

 くすくす、と笑い続けるマビルは、そっとアイセルの露出した胸に指を伸ばす。アイセルの背筋に衝撃が走った、たかが指先で触れただけだが歯がゆくもどかしく、何かが全身をねっとり駆け巡る。僅かだが身体を強張らせたアイセルに、満足そうにマビルが微笑み人差し指を上へと動かす。

「妹に欲情しちゃダメよ、おにーちゃん」
「……するか、馬鹿」

 マビルの手をはたき、アイセルは一歩後退した。大袈裟に顔を顰めてはたかれた手を優しく擦っているマビルの後方から、声が届く。

「兄妹で何イチャついてるの、お二人さん」

 おどけた声が、森中に響き渡った。二人は驚いて反射的に身構えたが、そちらの方角を見つめると脱力し、同時に名を呼んだ。

「トーマ! 戻ったのか!」
「トーマ、お帰り。マビルちゃんにお土産は?」

 木々の間から、ゆっくりと顔を出し歩み寄ってきた少年。人間である、十二歳程度の。長い黒髪を一つに後ろで束ね、きつめで大きな瞳を輝かせながら二人へと近寄ってきた。

「ただいま、アイセル、マビル」

 トーマ、と二人が呼んだ少年。アサギとマビルに若干似た、可愛らしい顔立ちだった。この二人に似ているとなれば、かなりの美貌の持ち主である。幼い為美少女に見えなくもない。

「僕の”姉さん”が来てるって? 会いたい、ものすごく会いたいんだ……。アイセル、連れてってよ」

 嬉々として、しかし切なげにアイセルに詰め寄るトーマ。潤んだ瞳で見上げられ、思わずアイセルは喉を鳴らした。男だが、妙に艶かしい。マビルとはまた違った淫靡さがある。

「マビルより、色香があるな。媚感がないし」
「んぁ? なに?」

 思わず口にしたアイセルの本音を聞き逃すわけがなく、マビルが目くじら立ててアイセルの足を思い切り踏みつけた。苦笑いで顔を顰めたが、大して痛くはない。鍛えぬいたアイセルの肉体には、華奢なマビルの渾身の踏み付けなど、どうということはない。
 それよりも、トーマだ。今は冗談を言っている場合ではなかった。
 瞳を輝かせて自分を見ているトーマだが、無常にアイセルは首を横に振り、ゆっくりと言葉を吐き出す。トーマの表情が曇ることを解っていて。

「駄目だ、トーマ。まだ。……その”時”ではない」

 その、平素からは想像できないアイセルの威厳溢れる質感に、一瞬怯んだトーマだが唇を尖らせる。

「ヤだよ。姉さんに、会いに来たんだ。遠くからでも解ったんだ、僕は会いたいよ!」

 声を荒立たせ、そっぽを向いたトーマは完全にへそを曲げたようだ。苦笑いしてアイセルは困惑気味にマビルを見るが、視線が交差すると唇を尖らせ小さな欠伸を一つし、げんなりと項垂れる。
 暫しの沈黙後、トーマは控え目に口を開く。

「どんな人だった……? とっても綺麗な人だったでしょ?」

 戸惑い気味に、たどたどしく気弱に。地に視線を落とし、そう呟いたトーマの髪をアイセルは軽く撫でる。傍らで、マビルがさも可笑しそうにクスクス、と笑い出した。

「あたし以上に綺麗な女なんて、いるわけないじゃん」

 自信たっぷりに軽々と言い放ち、胸の谷間を強調して片目を瞑る。苦笑いしたアイセルと、露骨に眉を潜めたトーマ。確かにそう言えなくもないか、マビルとアサギは似ているのだから。

「いや、マビルよりも遥かに美しい、何より優しく穏やかで安堵できる不可思議な空気を持っている。会って損はしないさ、思わず跪きたくなるよ。俺も正直、見惚れてしまった。……が、尊いお方だ。見ているだけで十分、こう、触れたくても触れるこそが禁忌のような」

 穏やかに微笑み、瞼の裏に思い描いているのか薄っすらと頬を染めたアイセルにトーマが歓声を上げる。

「あ、やっぱり! そうだよね、マビルなんかと比べたら姉さんが可哀想だよ!」

 弾む声は、森に木霊する。憤りを感じながら、非常に不愉快そうに身体を小刻みに揺らしながら聴いているマビル。この世で一番美しいのは自分だと、絶対の自信を持っているマビルだ。憤慨しても、致し方がない。

「何よそれ! 超ムカつく! 何なわけぇ、信じられない! 私のほうが上、上なのよ!」

 マビルの背後から薄黒い煙が立ち昇っているように見えるが、お構いなしに二人は会話している。妹の義姉への嫉妬など、知ったことではないと言わんばかりに。

「アサギ様は、素晴らしい少女だ。あの方ならば確実に魔族を導いてくださるだろう」

 恍惚とした様子のアイセルに、瞳を輝かせて知ったその名を狂おしく愛おしく、切なそうに呼ぶトーマ。

「アサギ! アサギという名なんだ! ……僕の姉さん。僕のたった一人の姉さん。……アサギ。早く、お会いしたいです」
「アサギ? ふん、あたしの”マビル”ほうが響きが良くて可愛い名前よね! 何がいーんだかっ」

 三人三様。誰かの言葉に誰かが反応し、反発し、口々に喋り出す。数分間その場で目まぐるしく口を動かしていたが、立ち話もなんだから、と家へと向かい始める。
 丘の傾斜近く、石柱転がる廃墟のような空間。その中に佇む、決して大きくはない家。周囲は森で囲まれている、他からの侵入は許さない、隠れ家だった。
 食事は兄のアイセルが担当している、マビルは作ることが出来ない。
 妹弟の為にパンを焼き、貯蔵してあった子羊のロースト、茄子のペーストと赤ワインを用意する。弟のトーマも皿を並べたり運んだりワインを注いだりと手伝っているが、その間マビルはゆったりと天井から吊るされていたハンモックで居眠りしている。
 せわしくなく動く兄弟を横目で見やりながら、可愛らしく小さく欠伸する。平素は下僕と化した”玩具”に食事を作らせ、運ばせているマビルだ。何も出来ない、やろうとはしない。面倒だから。
 数ヶ月ぶりの再会となった三人は、食卓を囲み昔話に花を咲かせた。
 この、三人。アイセル、マビル、そしてトーマ。黄緑の髪の兄と、美しい漆黒の髪の妹、同じく漆黒の髪の弟。
 代々魔王である最も高貴な血族しか知りえない”予言家”の者達だった。正式にその能力を受け継いでいるのは、長男であるアイセルだ。
 古来より、最初に生まれ出た子に予言の能力は授けられる。アイセルの場合、父は婿養子なので母から受け継いだことになる。受け継いだ、といっても特にアイセルは未だに予言をしていなかった。母の遺した予言通りに、忠実に行動しているだけである。
 アイセル自身は、魔力が低い。その為か、予言の能力は確かに受け継いでいると聞かされたが実感はなかった。
 聞かされた話によると、ふとした瞬間、何の前触れもなく確実な未来が視えるらしいが。
 魔族の繁栄の為、重要な未来の出来事を予知する力。嘗ては、王族お抱えの巫女であったらしい。実際、代々女性だったのだが初めてアイセルが男として第一子となった。
 アイセルの母が出した予言は。

『アイセル。あなたの、妹です。マビル、といいます。この子に瓜二つな少女が何れ存在します、今はまだ、生まれ出ていません。その子を、探し守護することがあなたの役目です。その子は、現魔王アレク様に代わって魔族を率いる女王なのですよ』

 言われ、生まれでたばかりのマビルと対面した。出産で母から離れていたアイセルは、久し振りの母との再会でそんな目の玉が飛び出る勢いのことを言い放たれた。
 鈍器で頭を殴られたように、混乱する。冗談ではない、とは解っていたが乾いた声で笑う。室内に、アイセルの笑い声が響き渡っていた。
 現魔王アレクはアイセルから見ても、衰えない現役の魔王の筈だ。まだ若く信頼もあり、失脚するとも思えなかった。何年先の事か知らないが、魔王になる少女、とは一体どのような人物なのか俄かに信じがたかった。
 母の言葉は絶対だ、未来は外れる事がなく運命の輪を回すだろう。
 以来、アイセルは少女を探した。沢山の少女と出会い、情報を掴む為に常に少女達と行動をともにした、ゆえに”女好き”の称号を得る。アイセルにしてみれば、女王探しの一貫としてそれは非常に好都合だったので否定していない。好色男と見られたほうが、行動を怪しまられずにすむ。
 予言内容は、魔王と予言家の者以外に知られてはならない。古来から魔族達を護り抜いてきた信託は、特に今回、内容で混乱をきたす可能性があるので絶対に守秘するべきものだった。
 アイセルが長年かけて、ようやく対峙出来た妹マビルに瓜二つな少女、アサギ。
 唇を湿らせ、重々しくアイセルは口を開き出す。アサギについて、二人に言って聞かせた。語らねばならないことは、多々ある。周囲の空気が全く特異なものだ、と。そして、魔族ではなく”人間の勇者”であると。
 アサギは魔族ではない、魔族でしか有り得ないと思っていたが、それは先入観によるものだ。魔王ハイが連れてきた勇者アサギ、特異な状況で生まれた必然の出逢い。まさに、運命としかアイセルには思えなかった。
 口に運んでいたマビルのパンが、床に音なく落ちる。

「人間の……勇者?」

 搾り出したマビルの声は震えていた、アイセルが神妙に頷き見つめる。手に取るように、マビルが現在抱いている感情が解った。僅かに手の平に汗が滲んだ、マビルは人間が嫌いだからだ。わけもなく、嫌いであった。人間好きの魔族は多いが、とりわけマビルの人間嫌いは跳び抜けている。
 美貌において魔族のほうが上であると、人間を見下しているのは承知の上である。寿命も少なく、卑しく弱い人間。稀に美しい人間もいるとは知っているが、下等生物であると認識していた。
 とはいえ、マビルも人間を見たことがある。
 当然だが、一人は弟のトーマ。二人目は以前”玩具”でもあった金髪の美少年。三人目は森の周辺で奴隷としてこき使われていた、醜悪な男。
 美しいものに執着しているマビルは、無論傍に置いておく玩具にも美しさを要求する。自分に釣り合う美貌の持ち主でないと、傍に居るのも嫌悪感を抱く。
 そして、同姓は嫌いであった。一度、友達を作らせようとアイセルは一人の魔族の少女を招きいれたが、マビルが断固として拒否をした。理由は定かではないが、一人で居る事が好きなのか何も考えていないのか、マビルは常に宙に浮かんで膝を抱えて丸くなり、一人の空間を作っている。
 それを見る度に心苦しくなるアイセルだった。
 しかし。マビルの顔が青褪め、引き攣った。静かに、アイセルは見守り続けるしかない。マビルは受け入れなければならないのだ、事実を。
 トーマは軽く赤ワインを喉に通し、マビルから視線を外して一人天井を仰いでいる。
 小刻みに震えるマビル、自分に双子の姉が存在する、とは聞いていた。兄も弟もいるのだから、これ以上は不要だと思うこともしばしばあった。
 そもそも”双子”である筈なのに姉は何処にいるのか。母の腹から同時に出た姉なのか、と尋ねれば『違う』と返答される。それでも双子と言われる所以はなんなのか……マビルは長い事考えていた。

「人間の勇者? ……それ、ホントにあたしのおねーちゃん?」

 口に出した声は、冷ややかな口調だった。感情が籠められていない、無機質なマビルの声だ。
 マビルとて、数日前確かに感じたのだ、”姉の波動”を。だが、とても人間のものとは思えなかった、そんな馬鹿げた事実あってはならないと思った。毛嫌いする人間が姉で、おまけに勇者で、自分に勝る美貌を所持しているとは、信じたくもない。
 ダン!
 マビルの拳が、テーブルを叩きつけた。赤ワインがグラスから零れ、純白のマットに赤い染みを作る。

「っ!」

 憎々しげに、マビルはその零れ落ちた赤ワインを睨み付けた。室内に沈黙が広がる、三人はそれぞれの思いを胸に黙り込んだままだ。とりわけ、マビルの表情は厳しい。別に焦がれていたわけではないが、多少、心躍るものがあったのも確か。
 姉。
 次期魔王であり、自分を勝る力を秘めた双子の姉。苛立たしい存在ではあったのだ、納得がいかないのも確かだ。


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