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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第111回   愛憎〜外伝4 月影の晩に〜
 呆気にとられたが瞬時に状況判断をする、脳より先に身体が動いた。懸命にアイラを庇っているトレベレスとベルガーに、思わず簡易れず二人も合流する。

「大丈夫か、アイラ!」
「トライ様!?」

 トレベレスを押し退けて、アイラの頬に触れるトライ。その頬の温もりに安堵の溜息を漏らすと、そのまま引き寄せて抱き締める。戸惑いがちに微笑したアイラの背を、瞳を閉じてひたすら撫でていた。「無事でよかった」と何度も零しながら、アイラを手放そうとしない。
 青筋立ててトレベレスが剣の矛先をトライに向ける、だが二人の王子の出現に何故か安堵していた。自分でもおかしなことだが、憎らしい一方で、絶大な信頼もしていた。必ず、意志を解ってくれる筈だと。
 肌でマローの威圧感を察知していたからかもしれない、それはベルガーとて同じな様子で肩の荷を若干下ろしていた。今はただ、味方が欲しかったのかもしれない。
 援護できる、いや共にこの状況を打破出来る人物が欲しかった、昔から”知っている”人物で”幾多の時間を”共にしてきた人物が。そして、何故かこの二人が自分達が待ち望んでいた人物達だと直感した。
 そう思ってしまったことにトレベレスは舌打ちしたが、唇を噛締めるとトライとリュイを交互に軽く見つめる。まさか幼い頃から憎んでいたトライが、頼もしく感じられてしまうとは。
 キィィィ、カトン……。
 何かの音が、何処かで聴こえる。しかし、音など気にしてはいられない状況だった。
 まさかマロー姫に、ここまでの力があろうとは誰も予期していなかった。塔を崩壊させるなど、尋常ではない。これが近隣より恐れられた”魔女”である土の国の女王の末裔の姿なのだろうか、トレベレスは唇を噛締め宙に浮いているマローに哀れんだ瞳を投げかける。

「アイラ姫、ご無事で何よりです」
「リュイ様! 私は無傷なのですが、マローが」

 無事なアイラの姿に胸を撫で下ろし、愛しそうに微笑んだリュイ。求婚話はなかったことになりそうだが、彼女が無事ならそれでよかった。だが、愛しい妹の現在の状況にアイラが胸を痛めている事等、解りきっている。

「アイラ姫、下がれ」

 ベルガーが、一歩前に進み出ると槍を構える。

「アイラ、オレから離れるな」

 トライからアイラを引き離し、背に隠すようにして剣を構えたトレベレス。眉を潜め反論しようとしたが、トライとリュイも剣を構えマローへと、向き直った。
 四人の男と、一人の女。
 秀麗にして冷徹、光の国のベルガー王子。
 冷静さを際立たせる美貌、水の国のトライ皇子。
 温和だが鋭利、風の国のリュイ王子。
 欲望に最も忠実、火の国のトレベレス皇子。
 そして、才色兼備で万能な、土の国のアイラ姫。
 護られ、慈しまれて男の中に佇む、一人の女。何から護るかと言えば、双子の妹からだ。目の前で夥しい魔力を放っている、もう一人の姫君からだ。

「また、おねーちゃんの味方? 繁栄の姫をほったらかしにして、破滅の姫を庇うなんて。みんな馬鹿ばっかり」

 げんなりとして、マローは片手を前に突き出す。状況が気に入らない、あの場所に居るのは昔から自分だった筈なのにと大好きだった姉の姿が、酷く歪んで見える。
 耳元で誰かが囁いた、気に入らない者は始末してしまえ、と。

「アイラ、アイラ、アイラ、アイラ。……おねーちゃんばっかり! 本来ならそこにいるのはあたしな筈でしょぉ!?」

 マローの絶叫、憎々しげに見つめているのは自分を犯した男達へか、それとも嫉妬の念での姉へか。「来るぞ!」ベルガーの声に一斉に構える。
 間なく、衝撃波。凍て付く冬の女王の吐息のような、静かでかつ確実に息の根を止めるような空気の波動だった。気を許せば凍える冬の吐息が体内へと侵入し、肺を凍らせるだろう。
 きゃははは! 愉快そうに笑うマロー姫の声を聴きながら武器を構え、懸命に自分達の魔力を注ぎ込む。
 実際、このような戦い方など知らない。現実、こんな攻撃法が出来る人物など知らなかった。初めて目の当たりにした。
 だが、少なくとも四人は戦い方を知っていた。否、”憶えていた”。身体が動く、自分達ならば回避が可能だと、防御が可能だと”解っていた”。

「これは一体どういうことだ!」

 肌に突き刺さる勢いの冷たい空気、湧き出る冷汗といつになく冷静さを失いつつあるトライは、隣のトレベレスに怒鳴る。

「マロー姫が暴走した! とても繁栄の子を宿している女とは思えない、あの禍々しさは何なんだ」

 アイラを懸命に隠しながら返答するトレベレスの『子』というの単語に、トライが目を見開く。

「誰の子だ!」
「オレの子……らしい!」

 認めたくはないが、自分の子だ。自身を嘲り笑うように皮肉めいてトレベレスは微笑する、己の愚行を今更悔いても遅いことは知っていた。
 マロー姫の魔力の種類は、明らかに破壊。全てを殲滅する勢いのおぞましい空気の波動が、嫌でも感じられる。
 一瞬唖然とトレベレスを瞳を開いて見たトライだが、舌打ちしマローを見上げる。嫌な予感が的中した、この世のものとは思えない破壊の魔力を所持できるのは予言通りマローだったと。
 トライと、リュイだけがこの場で知っている。
 実際、トライとて予言は軽んじていた。幾ら子が、破滅の魔力を所持していたとしても”発動する切っ掛け”がなければ、なんら他の子と変わりがないのではないか、と。産まれて来た新しき命に、愛を注ぎ時には叱咤し、大事に育てさえすれば国を滅ぼす理由など子にはない筈だ。
 だが、攫われ、押し込められ、無理やり犯された母から生まれ出た子ならば。すでに命を宿しているのならば、母親からの憎悪を糧に暴走するのは……必然だろう。
 子が滅ぼすのではない、”母子”が全てを破滅に追いやるのだ。

「逆だ! 繁栄の子を産むのはアイラ。破滅の子を産むのがマロー。女王は一人の人物に事実を教えただけだ。今存在する子は、破滅の覇王だぞ!」
「フッ……やはりそういうことか。謀ったな大地の国の女王」

 トライの声に納得したとばかり笑うベルガーだが、その笑みは引き攣っていた。裏があると思っていたが最悪の事態を引き起こしてしまったと、今更後悔する。
 大地の女王の予言は、間違っていない。今目の前の光景を見てしまっては、信じるしかない。
 冷汗が背筋を伝う、露出した肌が切り裂かれ鮮血が溢れる。
 目の前のマローの恐怖を促す風貌に、流石のベルガーとて焦燥感に駆られている。思わず、苦笑した。
 真実を知り唖然とトライを見たトレベレスは、次いでアイラを見つめる。

「ということは、アイラの腹の子が……繁栄の子」

 漏らした。

「アイラが……そうか。……自分を信じるべきだった」

 最初、一目見た時に直感を信じれば。言葉に支配されなければ、惹かれたままに自分が行動していれば。手を煩わせることなく、アイラが手に入ったのだと気付くトレベレス。
 今となっては予言の繁栄の姫などに興味はないが、アイラは最初から全てを持ちえていたのだ。解っていた筈だった、気になっているのがどちらの姫なのかと。
 眉を潜め、トライの言葉を聞いていたマローはす、っと地面に降り立つ。
 自分の腹を大事そうに左手で擦りながら、右手を横に薙ぎ払った。凄まじい轟音と立ち昇る煙、下界では地面がえぐられ、広範囲で木々が薙ぎ倒されている。
 あんなもの受けたら一溜まりもない。

「もしかして、おねーちゃん。知ってたの? 自分が繁栄だって、知ってたの? 」

 にっこりと、微笑んだマロー。無邪気な笑顔が逆に不気味だった、一瞬にして鳥肌がたった王子達は身構える。
 あの日、城で優雅に舞っていた麗しの黒き髪の妹姫は、面影さえあれども質が違う。
 震える足で、アイラが一歩踏み出し口を開こうとすれば。

「あぁー、そっかー、知ってたんだー。だから、あんな不当な扱いでも何も言わなかったのかなー? 真女王は自分だと知ってたから。 あたしのこと、哀れんで観てたのかなー? いいよねぇ、みんなに護られて。あたしなんか、数ヶ月前からこんなトコに押し込められてさ。ただ、子を産む為だけに生かされてたのに。どうやって子が出来るのかなんて、だぁれも教えてくれなかったから知らなかったけど。おねーちゃんにも子がいるんでしょう? どうして子を作るのに痛い思いしなきゃいけないのかな、馬鹿げてない? おねーちゃんもそう思うでしょ?」

 アイラは口を開きかけた、確かに処女を失った時は激痛が走ったが慣れてしまえばそれは甘美だ。時折痛みを伴おうとも、苦痛ではない、心地良いものに思える。
 トレベレスにマローも抱かれていたという事実は判った、若干、胸が痛んだ。共に過ごした肌の温もりをマローも知っているのだと知り、泣きたくなった、苦しくなった。
 しかし今の口ぶりではマローがトレベレスから受けていた扱いは、不当なものだったのだろう。自分の様に暖かく包まれ、快楽など与えてはくれていなかったのだろう。
 ちらりと、脅えつつトレベレスを見上げる。今も自分を庇い、抱き締めてくれている愛しい男を見上げる。アイラも、困惑した。
 けれども、感情は揺るがない。愛しい妹、愛しい男。二人への想いは変わらなかった。
 うろたえているアイラに舌打ちし、マローの両手が、五人に向けられる。
 固唾を飲み込み四人の王子が武器を再度構えれば、愉快そうに狂気の瞳でマローは漆黒の業火を両腕から沸きあがらせた。
 それは、禍々しくも美しい光景だった。地獄からの使者がいるのであれば、それらの頂点に君臨しているような。威圧感と絶対の魔力と美貌を兼ね備えた、悪魔を髣髴とさせるような美少女だ。
 はためく裾から覗く魅惑的な太腿、開いた胸元から零れるような乳房。小柄で可憐ながらにして、絶対的な力を誇示している姫君。
 怯えた瞳は殺意を含み光り輝く瞳へと変貌する、宝石を目の前にしたいつかのマロー姫そのものだ。興味の対象を見つけた、自分を生き生きと過去の様に輝かす事ができる方法を見出した。
 ”気に入らない者は、その手で破壊せよ”。
 マローは欲望に忠実だった、瞳を輝かせて玩具で遊ぶように魔力を放射する。空気の振動と共に、漆黒の炎が五人へと突き進んだ。歯を食いしばり耐えようとした中で、突如としての、逆風。
 風は炎を巻き込み部屋を暴れながらしばし暴走していたが、破壊された塔の一部から飛び出して上空へと昇った。
 唖然とマローも、皆もそれを見つめれば。

「……待っていて、私が必ずそこから出してあげる。マロー、怯えなくてもいいのです。待ってて」

 荒い呼吸で、アイラがよろめきながら苦痛に顔を歪めつつ声を発していた。声は小さかったが、凛とした響き渡る声だった。
 四人の後ろから前に躍り出るように、両手を掲げたままマローに微笑む。思わずその視線の強さと、柔らかな笑みに、マローは尻込みする。
 相殺。
 マローの魔力はアイラが完全に、相殺できるのだ。これが光と影の、繁栄と破滅の姫君なのだろう。
 わなわなと震え出すマローに、アイラが徐々に進んでいく。
 いとも簡単に掻き消された自分の攻撃、やはり姉の前では無力なのだろうか。最初から、全て敵わない相手なのだろうか。そうすると、自分の存在意義は何処にあるのだろう。何の為に産まれて来たのだろう。
 マローは大声で叫びながら次々と魔力を放出する、幾度も重なり空気の波動が皆を襲うが無傷だった。咄嗟に張り巡らせたアイラの防御壁が、それらを無に還していた。
 怒り狂ったマローだが、ふと、気付いた。
 マローには、護るものがない。自分と、腹の子しかない。もとより、腹の子も本来ならば不要だった。どうでもいい男の子など、目障りなだけだ。
 アイラには、自分以外に大勢護る者が存在する。
 口元の端に、緩やかに笑みを浮かべたマローは、急に矛先を変えた。
 トレベレスを狙う、自分に靡いていたくせに、自分を無下に扱いあまつさえ姉を愛した男を狙う。腹の子の父親、だが嬉しむことも、認めようとすらしない身勝手な男を狙う。
 アイラならば、トレベレスを助けるとマローは分かっていた。
 マローは空へと右手を掲げると、一気に振り下ろした。塔の天井を割り、落雷がトレベレスを襲う。
 弾かれたようにトレベレスへと飛び込んで、下から落雷を受け取るべく両手を掲げたアイラだが、落とすことは簡単でも受けるのは厳しく。アイラの両腕に電流が走るが、歯を食いしばってそれを堪えた。両腕が痺れて動けず、唇を噛み締める。
 アイラの表情で、どれだけ負担かを判別するマローは、離れているベルガーへ向かって再度雷を突き落とした。
 アイラは皆を庇うだろう、それは体力の、魔力の消耗を意味する。誰も犠牲にはしない筈だ。姉の性格を一番知り得ているのは、他でもない妹である。  
 徐々に削っていけば、相殺出来なくなるだろうとマローの推測だった。瞳を輝かせて面白いほど予想通りに動いている姉を、微笑みながら見ていた。

「ご無事ですか、ベルガー様」
「あ、あぁ……。すまない」

 こんな状況下でも微笑しベルガーに声をかけ、悟られない程度に顔を歪めると、両腕の痺れを留めるべくアイラは腕を擦る。
 そっとその手に反射的にベルガーが触れ、優しく重ねるように撫でた。
 驚いてアイラが見上げれば、顔を背けベルガーは聞き取れないようなくぐもった声で呟いていた。

「勘違いするな。……自分に非があると思っただけだ」

 だが、ベルガーの手は心地良く、やんわりと痛みを拭い去るようで。アイラは微かに、くすぐったそうに笑う。
 妹を悲惨な目に合わせ、そして自分が放った槍に身体を突かれていても、アイラ姫は護ってくれた。「どこまでのお人よしなのだ」と呆れて溜息をつくベルガーだが。
 だからこそ。

「マロー姫の属性が読み取れない。雷に黒炎に冷気……、よくもまぁ反する元素を使いこなすことが出来るな」
「多分、本質は雷なのです。暗き空、地上に降り注ぐ眩い光の矢。激しく速く、けれども麗しく。……それがマローの本質なのです。炎と冷はあの子の心の表れ。動揺し全てを憎むことしか出来ず、荒れ狂う心が炎となり。寂しくて怖くて、辛くて堪らない心が冷気として。止めないと……、マローは別に破壊の子を産む姫君などではありませんから。暗示がかけられてしまっただけなのです」

 立ち上がり、唇を湿らせてアイラはマローを見つめた。悲痛そうに、見つめていた。
 横顔を見ていたベルガーは黙って立ち上がると、何故か触れたくなり髪に口づける。

「え?」
「お前に、協力しよう。興味が湧いた」

 ふわり、と揺れた空気にアイラが振り向けば。
 今まで見たことのないような優しげな微笑でベルガーが、アイラを見下ろしている。深い深い、深緑の細く鋭い瞳は、アイラを映す。清流の川底を髣髴とさせる、ベルガーのその吸い込まれそうな瞳。真剣な眼差しに思わずアイラが戸惑い気味に頷けば、身体を強引に引き寄せられた。

「アイラは、オレのものなので。勝手に触らないで戴きたく」

 後方から血相変えて鬼のような形相で近寄ってきたトレベレスが、腕の中にアイラを隠した。腕の強さが多少痛い、相当嫉妬で力の加減が出来ていないのだろう。トライが額を押さえて軽い眩暈を感じていた、こんな時に”またか”と。
 腕の中にいるアイラを見つめ、不服そうにベルガーは笑いもせずに言い放つ。

「子が出来ただけだ、そなたのものとは決まっておらぬが」
「……くだらない争いは、今は避けろ」

 一発触発、再び。睨みを利かせるトレベレスとベルガーの間に、トライが割って入ると剣を構え直す。
 トライの言う通りだった、今、こうして色恋沙汰で争っている場合ではない。というのは、誰でも解っているのだが、それでもアイラが関わるとどうしても見て見ぬ振りなど出来なかった。
 おまけにそのベルガーの態度は、アイラに対して劣等感に羨望、そして狂うほどの嫉妬を感じているマローにとっては火に油である。
 トライとて、アイラを取り返したかったがマローに振り返ると叫んだ。

「マロー姫! アイラはお前を探して一人旅に出ていた、自分が生き残ったおかげで街の者達には罵倒され。石を投げられ罵られ、それでもお前を救う為に必死になってここまで来たのだ。アイラがお前を裏切ることなど、ありはしない。落ち着け。他の王子の非礼はオレが詫びる、辛かっただろう、不当だったろう。そうして憤怒するのも無理はない、だがアイラのお前への想いだけは信じてやれ」

 トライが告げる、マローは聞く耳持たず、とばかり再び宙に浮き一瞥している。
 マローの、説得を開始する。
 冷静になりさえすれば、マローとて解ってくれるだろう。ベルガーとトレベレスに与えられた身体と心の傷は、すぐには癒えないだろう。が、アイラが傍に居さえすれば。
 永久凍土のような心ですら、太陽が降り注げば少しずつ溶けていく筈だ。その太陽は、想像以上に暖かい。

「うっさい」

 一通り聞いたが冷ややかな視線でトライを睨みつけると、再び落雷を放つマロー。舌打ちし地面を転がりながらそれを避け、間合いを取りながら話し合いを続行すべくトライは態勢を整える。
 トレベレスに支えられながら、アイラは懸命に腕を伸ばした。トライに加勢しなければならない、マローに声を届けなければいけない。

「マロー、聴いて。私たちのどちらが繁栄か、破滅か。そんなことは関係ありません。全ては私たちの感情によって左右されてしまうの、マローはね、破壊の子などではないのですよ。今もラファーガの民は貴女の帰りを待っています。貴女しか、あの国を支えられる姫はいないのです。マローには、天性の可愛らしさがあるでしょう? 見ている人を思わず笑顔にしてしまえる、口元を綻ばせられる愛くるしさがあるのです。私の言葉を信じなくても良い、マロー、貴女自身の今までを振り返って。みんなに愛されていたのは、どちらだった? 私じゃなくて、マローでしょう? そして、マローは自分が好きな筈。私も、マローが大好き。大事な大事な、私のマロー。 信じて、自分を。”マローは、素直な良い子。可愛い子。”そんな子が、全てを破壊できるわけがない。……おいで、マロー」

 アイラが腕を伸ばす、マローに向かって腕を伸ばした。一瞬、マローの身体が引き攣り、反射的に腹を擦る。
 アイラの視線が、マローを捕らえ。ひたすらに、見つめ続ける。
 小刻みに震えながらマローはそっと地面に降り立った、額を押さえ始まった頭痛の痛みを和らげようと。
 つきん、つきん。
 マローは、腕を伸ばした。頭が、痛い。
 頭痛の時は城では皆が挙って薬草を届けてくれたが、一番効いたのはアイラの手だ。眠っている自分の額にアイラが優しく手を乗せれば、それだけで痛みが和らいだ。それを思い出した。

「ねぇ……さ……ま……、いたい、よぉ……」

 痛みは激しさを増す。マローが腕を伸ばせば伸ばすほど、何故か痛みが強くなる。今こそ、あのアイラの手が欲しかった。頭が痛い、身体が痛い、胸が痛い、全身が痛い。
 アイラの声が、脳内にこだましていた。
 そうだ、必死にアイラはマローを護ってきたではないか。いつだって、傍に居てくれたではないか。こうして、助けに来てくれたではないか。
 可愛い可愛い、と何度も言ってくれた。姉だけは、自分の味方。解る、解っている。
 マローは、そっと周囲を見渡す。激痛で涙目になりながら霞む風景を観れば、何と酷い有様か、自分がしたことだった。塔だったらしいその建物は、半壊。地上とて大打撃を受けている、今にも塔とて崩壊しそうだ。
 ゾワリ、と背筋が凍りつく。
 自分に、こんな魔力が宿っているなんて知らなかった。子の影響なのかもしれないが、恐ろしくなった。
 
 ……怖い、助けて。

 目の前の姉を再度見つめる、そうだ、姉ならば助けてくれるだろう。きっと、助けてくれるだろう。
 何を躊躇う、早く姉の許へ行かなければ。腕を伸ばし、アイラも懸命にこちらへ歩いて来ていた。
 ほら、迎えに来てくれる。いつだって自分を迎えに来てくれる、優しい大好きな、姉。自慢の、姉だ。
 マローは、溢れる涙を拭うことなく姉を求める。
 身体に秘める、自身の破壊衝動は心が引き起こしたもの。精神安定剤は姉のアイラ、安らかに居られれば暴走しない。姉といたい、姉の傍にいたい、あぁ何故先程姉を攻撃したのだろう。自分が恐ろしくなった。 
 と、不意に何か物音を聞いた。

「危ない、アイラ!」

 先程からマローが落雷を叩き落としていた為、天井は半壊していた。支えが弱まり、一部が崩れ落ちてきたのだ。
 トライの叫び声が響く、最も近くに居たリュイがアイラを引っ張り地面へ倒れこめば、間一髪落下してきた天井を避ける。
 リュイのマントが瓦礫の下敷きになったが剣でそれを切り裂けば、辛うじて危機は免れた。皆、安堵の溜息を漏らす。
 マローは思わず足が竦んだ。アイラとマローの間に、天井からの瓦礫が立ちはだかる様に落下してしまった。それは越えられない壁の様だった。おまけにその衝撃で塔全体が軋み始めている、床が少しの振動で抜けてしまいそうだった。
 アイラを抱き留め、怯えさせない様に微笑むリュイ。一呼吸置いて、決意したようにアイラに告げた。

「大事な友達なんだよね、一人で行動しないで欲しい」

 友達。意外な言葉にその場にいた全員が、息を飲む。
 情けなく微笑んだリュイは、アイラを観ていて、解ってしまった。アイラは、トレベレスに惚れている。
 求婚はしたが、他の男に惚れているアイラを娶る事など、リュイには出来なかった。だからせめてアイラの傍に居られるように、繋がりを持っていられるように。元気付ける為に、励ます為に、虐げられてきたアイラを包み込めるように。リュイは、唇を噛締め”好き”の言葉を使わずに”友達”と、表現した。
 案の定、不思議そうにアイラは首を傾げている。頬に、髪に触れたかったがそれでは友達の域を超えてしまいそうだった。ゆえに、リュイは頭を撫でる。

「友達。ラファーガ国と友好関係にありたい。いつでも互いの国を行き来し、良いところは学び成長し合おう。僕はアイラ姫と友達になりたいんだ」
「ともだち」

 友達などという単語を、初めて言われたアイラ。
 思わず嬉しそうに顔をほころばせると、肩の力を抜いてリュイに抱きつく。小さく叫んだリュイ、赤面し「これは友達の抱擁だ、抱擁だ」と言い聞かせ、感動している様子のアイラを困ったように見つめる。
 
 ……こちらの気も知らないで、この姫は。

 呆れて肩を竦めるが、微笑むリュイ。嬉しいのは事実だ。ある意味、悪魔だとトライも苦笑している。

「さぁ、皆脱出しよう。早くマロー姫を救出するんだ。ここは危ない」
「はい、リュイ様!」

 二人で立ち上がり、マローを見つめた。トライが近寄り、マローに近寄ろうとするアイラを右手で制す。
 行くな、とでも言いたそうなトライに思わず口を開きかけたアイラだが。

「大丈夫、必ずオレが共に居よう。全ての災いから護り抜く。だからここはオレに任せろ、今皆で動く事は危険だ。マロー姫をこちら側へ連れてくるからここで待て」
「……はい」

 落下した天井、罅割れつつある床。バランスを保っているからこそ、辛うじてこの状態だがいつ何時崩れるか解らない。
 アイラは大人しく、トライを信じてその場で待機することにした。離れたマローを見つめながら。


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