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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第110回   呪いの姫君の暴走〜外伝4 月影の晩に〜
 互いの隙を見極める為に、沈黙が流れ始めた。家臣達は狼狽するばかりで固唾を飲み、見守るしか出来ない。逃げる者もいたが、間近に居た者は身動きすらとれなかった、動けば自分が先に殺されそうだった。
 特にベルガーの強烈な殺気は、腕に憶えのある者ならば恐れおののく事しか出来ない。割って入ろうものならばこちらが命を落としそうだ。

「あのトレベレス様? マローに会わせて」

 トレベレスに抱えこまれたままのアイラは、それでもマローを気にして声をかける。
 誰の為にこのような状況になっているのか、全く解っていないアイラに多少苛立ちを感じたトレベレスは怒気を含んだ声で叫んでいた。

「後だ、アイラ! 大人しくしてろ」
「で、でも、マローが」

 怒鳴られ、身体を引き攣らせたアイラだが、懸命に願い出る。目と鼻の先にマローがいるのに、近寄り抱き締める事が出来ないもどかしさ。
 現状、命に関わる空間にいることなどアイラは理解出来ていなかった。
 不利なのは、どう見てもトレベレスだった。アイラを離さずに剣を右手で構えるが、ベルガーは両手でいつもの様に槍を構えている。繰り出される鋭い突きを、剣でどう弾くかが問題になるがアイラ庇っているトレベレスがどこまで反応出来るか、だ。
 しかしトレベレスは知っていた、ベルガーはアイラに傷をつけられないことを。無謀な攻撃はしてこないと、解っていた。
 悲鳴すら上げられず竦んでいる女官達の中、マローは見ていた。この状況が何なのか、見ていた。捕らわれていた、姫君。自分は繁栄の子を産む貴重な姫だと、教えて貰った。姉であるアイラは、破滅の子を産む姫だと教えて貰った。
 苦痛な空間で、願っていたのは助けだった。姉は確かにこうして助けに来てくれた、だが。
 これは一体どういうことなのか。何故、姉を取り合うようにして、自分を攫った二人が対峙しているのだろう。本来、丁重に扱われるべきなのは、自分ではないのか。何故、呪いの姫に男が群がっているのだろう。
 城に居た時感じていた、姉との格差。姉が何故か虐げられている事に、マローは気付いていた。けれども、姉は強かで無欲で、特には気にしていなかったから。皆を問い詰める事は、しなかった。
 自分が身に纏う華やかなドレスや宝石に反して、みすぼらしい衣服を着ていた姉。それでも。
 それでも、姉は綺麗だった。あの人目を引く緑の髪と、瞳のせいだろう。そして、一際色彩を放つのは不思議な空気だ。城内の者はほとんど気付いていなかった、しかし、マローは知っていた。
 姉から湧き上がるような不思議な空気は、安堵が出来、そして何故か目が逸らせなくなる。あの二人も、自分と同じ様に姉の不可思議な魅力に気付いたのだろう。
 しかし、釈然としない。
 あの、トレベレスのアイラへの微笑みは何か。まるで、城内で自分が可愛がられていた時の様に……いや、それ以上の笑みだ。偽りではない、言葉と仕草。大事な大事な、砂糖菓子を扱うように今もこうして目の前でアイラを抱き締めている。
 二人の王子の真剣なやりとり、その中心人物は、姉。呪いの姉、虐げられていた姉。
 ギリリ。
 知らず、マローは歯軋りした。胸の中に、何か漆黒のドロドロとした汚物が湧き上がって吹き出す様だった。ドレスの裾を、握り締める。震える手で固く握り締め、忌々しく前方を見つめる。
 男を翻弄し、戦わせているのは、姉。緑の髪の、双子の姉。艶やかな緑の髪は今でも大樹の葉のようで、大きな憂いを帯びた瞳は涙で光り輝き。濡れる唇は熟す手前の果実の様にほんのり赤く、気品のある佇まい、可憐な花の様な双子の姉。
 数ヶ月前までは、あの場所は自分のものだった筈だ。あの二人の王子に囲まれて、持て囃されていたのは自分だった筈なのに。
 だが、今は。
 マローは隣にあった鏡を見つめる、見つめて反射的に顔を背けた。涙が瞳にうっすらと滲む。艶やかだった筈の自慢の黒髪は栄養不足で水分が足りない、肌も同じ状態だ。生気をなくして、瞳には輝きすらなく。入浴は毎日出来ていない、以前の様に花の香りは身体から沸き上がらない。
 美しい花は、雑草を取り除かれ毎日水を与えられ見守られながら佇む。だからこそ、美しく居られる。
 姫とて、同じなのだと気付いた。
 なんとみすぼらしい姿だろう、可愛い可愛いと褒めちぎられることが、マローにとっての喜びだった。その言葉が水であり、太陽の光であり、肥料だった。優越感に浸れた、自分を保つ事が出来た。
 垣間見た今の自分の姿が許せない。これは、私ではない。どうしてこうなったのだろう、姫として裕福に過ごしていた生活を奪い、自分を貶めた相手は誰だ。
 ピシ……。
 鏡が、突如として罅割れた。気付いた女官が喉の奥で悲鳴を上げる。冷たい冷たい、絶対零度。氷の微笑でマローは静かに唇の端を上げると、未だに争っている男達を見た。
 唇を噛締めれば、知らず血が吹き出し。マローは自身の血を嘗めあげ、唇に押付ける。深紅の唇が光る、瞳には冷淡な輝きが浮かび上がる。燃えるような口元と反対に、全てを凍て付かせる様な眩いばかりの瞳。

「ねぇ、何がどーしてどーなってんの?」

 マローは、ゆっくりと歩み出す。
 ピシ……。
 マローが歩けば、周囲のガラスに罅が入る。急激に温度が低下した室内の異常さに皆が気付いた頃、マローは静かに笑みを湛えていた。
 纏う空気は、漆黒。瞬時にして皆の注目を集め、満足そうに無邪気に笑うマロー。それはそれは、嬉しそうな笑顔だった。注目される事が好きだった、皆の視線を浴びていられる自分が愛おしかった。瞳には、光が戻っていた。奥底に、残忍なきらめきを宿した瞳で、歩み出していた。
 異様な雰囲気に、皆が固唾を飲み込む。

 トモハラの瞳を気遣いながら、塔を目指し進んでいたトライ王子、リュイ皇子は、ある日一頭の馬を保護する。

「デズ!? デズデモーナ」

 トライの声に瀕死で地中に蹲っていた黒馬が、力を振り絞り立ち上がるとゆっくりと歩み寄ってくる。トレベレスに殺されかけ、懸命に逃げ走っていたデズデモーナはトライ達に会うことが出来たのだ。
 アイラの居場所を知らせる為だと、トビィは直感する。信頼している馬だ、利巧な馬だ。

「アイラは? アイラは何処に居る」

 獣医師にデズデモーナを見せつつ、トライは背を撫でながら逸る気持ちでデズデモーナに投げかけた。
 答えようとしているのだろう、首を持ち上げて何かを訴える。しかし、流石に馬の言葉はトライには解らなかった。デズデモーナが本調子であれば連れて行ってくれるのだろうが、立ち上がるのが精一杯では無理がさせられない。
 唇を噛締めていると、クレシダがトライに近寄り、身体を摺り寄せてから皆が見ている中歩き出した。

「その方角に、アイラがいるのか? クレシダ、デズデモーナ」

 クレシダならば、デズデモーナの言いたいことが解ったのだろう。二頭の馬を見つめて囁けば、呼応するように鋭く鳴く。
 確信したトライは、デズデモーナを数人の人間に任せ、そのまま険しい顔つきで駆け出した。デズデモーナが切なそうに見送っている、自分も駆け出したいのだろう、震える脚で立ち上がる。だが、今は無理だった。必死に押さえられて治療に専念させられた、励ますように一際大きく、クレシダとオフィーリアが鳴く。その声を聞き、安堵したようなデズデモーナはゆっくりと瞳を閉じた。
 妙な胸騒ぎがして、トライはクレシダの背を撫でながら知らず自分の剣に手をかける。森の中を疾走していると、何かが前方に見え始める。リュイが叫んだ、舌打ちしてトライも忌々しくそれを見上げる。
 塔だった、恐らくマロー姫が幽閉されている場所だろう。

「ここにアイラもいるのだろうか」

 トライは荒い呼吸で馬の蹄の音を極力小さくし、皆に注意を促すと用心深く近づく。
 トレベレスの館から逃げ出してきたデズデモーナだが、指し示した方角と塔の位置が一致した。若干位置がずれていた。途中に建っていたトレベレスの館には立ち寄ることもなく、塔に到着出来たことは奇跡である。
 いや、必然だ。
 この場には、全員揃うことが必須条件だった。
 塔の全貌が見えてきたところで、周囲を包囲するように兵達を広げると、トライとリュイは堂々と塔へと進んだ。
 警備はいないようだ、静まり返っているのでもぬけの殻かと思ったのだが。
 ガシャン!
 突如響いた騒音に皆、塔を見上げた。
 煌くものが上空から降ってきたので、皆慌ててマントで顔を隠しつつ後退する。
 破片は、硝子だ。続いて、絶叫やら悲鳴やらが聞こえてくる。そして、塔から人々が疎らながらに怯えた顔つきで逃亡して来た。

「何事だ!」

 異常事態だと悟る、興奮する馬達を抑えながら懸命に叫ぶトライだが、痺れを切らしそのままクレシダから飛び降りると剣を抜き走り出していた。
 誰も、答えてはくれない。不法侵入のトライ達にすら気付かないように皆、逃亡している。一体何が起きているのか、検討がつかない。
 リュイとて同様に、愛用の剣を構えるとトライに続く。ミノリに手を引かれ、トモハラも我武者羅に後を追った。塔へと入ろうとしても、出てくる人数が多く流れに逆らうので上手く進めない。 
 恐怖心を煽られている人間達は、ベルガーの兵でもあり、トレベレスの兵でもあった。鎧の紋章を確認し、トライは突き進む。
 ドン!
 地面が揺らぐ爆音、耳鳴りに皆悲鳴を上げてその場に伏せれば。塔の一部が、崩壊して上から落下していた。
 巻きこまれ、地面にはもはや息のない人間達が多数存在する。上階で何が起こっているのか。塔が崩壊するなど、地震も大砲もないこの場所では有り得ない。
 トライは人々が伏せているこの機に、一気に階段を駆け上る。
 激しく嫌な予感がした、耳鳴りが止まらない。逸る気持ちを必死に押し殺し、後方のリュイに目配せする。深く頷き、やや緊張した面持ちで自分についてくるリュイに、トライは何故か安堵した。
 共に過ごした時間など、長くはない。だが、全面的に二人は信頼し合っていた。互いに口には出さないが、気の知れた昔からの仲間のようで。言わずとも行動とて同じ、非常にやり易い相手である。
 駆け上り、トライとリュイの瞳に飛び込んできたもの、それは。

「どうして、あたし一人がこんな目に合わなきゃいけないの」

 両腕を真横に広げ、邪悪な笑みを浮かべながら宙に浮いていたマローの姿だった。禍々しい姫君だが、怪しく艶めかしい。トライとリュイは、瞬時に悟った。
 ”あれが、呪いの姫君の正体だ”と。


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