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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第108回   最悪の事態〜外伝4 月影の晩に〜
 そんな矢先のことだった。
 アイラの誓いの言葉さえ口から漏れれば、直様マローを暗殺しようとしていた。毒薬もひっそりと手に入れていた、手筈は順調だった。
 朝食を普段通り摂り、今日は何をしようかと語り合っていたトレベレスのもとに、門から駆け込んできた馬車。何気にそれを見やったが大した用事ではないと、直ぐに視線を逸らす。
 アイラの髪を撫でていると、何やら下が騒がしい。その直後、食後のハーブティを飲んでいたアイラは、突然吐き気に襲われて思わず咳き込んだ。

「どうした? 体調が悪いのか?」
「昨夜、少し寒くて。風邪でもひいたのかもしれません」

 申し訳なさそうに笑ったアイラを不安そうに見つめ、背を擦るトレベレス。顔色が良くない、慌ててトレベレスは女官を呼ぶ為に立ち上がった。確かに昨晩は気温が低かった。抱きしめていたとはいえ、二人は一枚のシーツに全裸でくるまっていたのみ。風邪をひいたのだと思った。
 同時に部屋に近づく数人の足音と、いきなり開けられるドア。憤慨し怒鳴ったトレベレスだったが、皆の様子がおかしかった。重要な事を言わずに「こちらへ」とただトレベレスを手招きするばかりだ。 
 トレベレスは不審に思い、妙な胸騒ぎに襲われてアイラをソファに横にさせると部屋を出て行く。
 青い顔してアイラは暫し、そこに力なく倒れ込んだままだった。嘔吐しそうだった、胃が気持ち悪い。
 外に控えていた女官に何か指図をしているトレベレスが見えるが、アイラはゆっくりと、瞳を閉じた。

「何事だ?」

 ドアを閉め、血相変えて狼狽している皆に、静かに問うトレベレス。女官は右往左往しているが、叱咤しアイラの看病を優先させる。

「ご懐妊、でございます」

 重々しい口調で家臣がそう告げれば、トレベレスは素っ頓狂な声を出した。

「は?」
「マロー姫が、ご懐妊だと連絡が入りました」
「何だと!? どちらの子だ!?」
「流石に、そこまでは。今、トレベレス様がマロー姫の塔を訪れた日取りで計算を」

 想定外の事態に眩暈がし、思わず壁に倒れ込む。どよめきが起こり、皆がトレベレスを支えた。
 最中、駆け寄る人物。

「可能性は有り得ますぞ! もしかしたら、覇王のお子は我国に!」
「ま、待て。最近私は通ってはいない! ベルガー殿のお子では?」
「何を言われますか! 確かに最近は通っておられませんが、十分最後に訪れた日で可能性があるのです!」

 沸き立つ家臣達と裏腹に、トレベレスは青褪める。
 そういえば。
 アイラを想い、仕方なしにマローを代わりにした日が何日かあった。恋焦がれ、欲した想いだけが先走り、アイラを想い、マローの深く深くに自分を植えつけた可能性がなくも……ない。それを思い出してしまった。アイラ、アイラと心で叫びながら狂ったようにマローを抱いた日の自分に、青褪める。
 騒然となる館と、反比例して血の気が失せ無言で宙を仰ぐトレベレス。願うことは、ベルガーの子であれ、と。
 大丈夫だ、と祈る。
 確かに、繁栄の子は欲しかった。だが、今はアイラとの子以外は要らない。アイラが、マローと自分の間に子がいると知ったら……どうなるか。
 それだけは、避けねばならない。悪寒が走った、爪を噛んで壁を叩く。おまけに、この騒動ではマローを殺すことが難しくなった。
 懐妊すれば、扱いとて丁重になるだろう。自殺に見せかけるのが、至難の業だ。焦るトレベレスは家臣が運んできたマスカットを何個も皮ごと食べる、乾いた口腔内に、潤いが戻る。冷静になれ、と言い聞かせながら何個も詰め込む。
 ふと、トレベレスはマスカットを房ごと壁に放り投げた。グシャリ、と潰れたので無言で女官はそれを片付ける。
 思わず、トレベレスの口元に笑みが戻ってくる。そうだ、妊娠したのならば精神を病んで自殺に見せかけることは容易くなったではないか。気分が滅入り、好きでもない男の子を産まねばならないと知り、自殺を図る。……それは、姫君にとっても高貴な最期だと判断したトレベレスは、突如として狂ったように笑い出した。
 思わず皆、表情を強張らせてトレベレスを見つめる。失笑が止まらない様子に、歓喜で狂ってしまったのかと皆思った。
 笑いながらも何処か冷静だったトレベレス、ともかく、今はマローのもとへと向かわねばならない。次に取るべき行動は、鮮明に浮かんでいた。
 望んだ未来は、すぐそこにある。唇を噛締め、トレベレスはアイラのもとへと戻っていく。

「アイラ。ベルガー殿の使者が近隣に来ているそうで、呼び出された。上手くいくか解らないが交渉してくる。体調が悪いのだろう? 寝てろ、直ぐに戻るから」
「本当ですか? お願いします」

 気だるそうにソファに埋もれて、力なく笑ったアイラ。「本当は離れたくないのだが」と付け加えて優しくアイラを抱き起こすと、丁重にベッドに運び寝かせる。
 様々な果物を部屋に運ばせてから目を閉じているアイラに口づけると、トレベレスは表情険しく、部屋を出た。
 数分転寝していたが、不意に目を醒ましたアイラは天井を見上げ、震える身体を抱き締める。
 先程の緊張し、どことなく強張っていたトレベレスを思い出すと申し訳なく思えてきた。上手く交渉できれば良いが、下手したらトレベレスの国もラファーガ国の二の舞にならないか、と。そんな不安で心が埋め尽くされたアイラは、いてもたってもいられなかった。トレベレスが危険な目に合うくらいならば、もう、私の願いは良いからと、言い出したくなっていた。
 だが、それでは国にいる皆との約束が守れない。葛藤するアイラはよろめきながらベッドを降り、そっと部屋を出る。
 館は慌しく、よほど皆厳戒態勢で交渉に望むのだろうと思いこむ。アイラは邪魔しないように、ひっそりと歩いた。
 喉が渇いたので、食堂に立ち寄れば話し声がする。何故か声が密やかだったので、思わず壁に隠れて聴いた。

「マロー姫が」
「その場所に」
「どちらの?」
「祝いの用意を」

 途切れ途切れだが、マローの単語が鮮明に聞こえた。
 アイラは、ひょっとして交渉の場にマローが居るのではないかと、思った。慌てて部屋へ戻ると、吐き気のする身体を必死に押さえ、用意されていた果物を口に押し込み水分を補給する。
 ドレスを着替えた。軽くて地味な色合いのものを探し出し、時折ふらつく身体で身支度する。ベッドの布団をはがして、シーツを人型になるように丸めて寝かせると布団を被せる。自分が寝ているように、見せかけた。
 じんわりと浮かぶ額の汗を拭いながら、窓から顔を出す。門付近に慌しく馬車が数台用意されているようだった、一枚のシーツを被ってアイラはそっと窓から外へ足を踏み出す。 
 最初にここへ来た時の様に、壁を伝って庭に下りると、隙を見て馬車へと忍び込んだ。荷物が置かれた場所の、一定の隙間にすっと入り込む。シーツで自分を覆い隠し、じっと息を凝らして時を待つ。
 暫しの時。
 馬車が動き出した。居心地悪く腰が痛いが、それでもアイラは身動きせずに馬車に揺られた。逸る胸、何故か押し潰されそうな衝動。
 アイラは、密かにトレベレスと同行したのだった。

 約一日後、馬車が完全に停車した。
 慌しく降りていく足音が聞こえ始めたので、アイラはそっと起き上がり幌から顔を出す。
 眩しい光に眩暈と吐き気を覚えたが、人の話し声に慌てて再び馬車へと戻った。  
 場所は分からないが、そこは塔だった。再び幌から顔を出し、目立たずに下りられる場所を探す。大勢人が集まっている、アイラは意を決してシーツをフードの様に深く被りそっと、馬車から降りた。
 人に混じって、塔の中へ入る。
 トレベレスの姿を探しながら、目立たないように歩いていた。一階には、いなかった。何処へ行ってしまったのだろう。
 人で溢れるその中で、吐き気に襲われながらも必死に階段を探し出す。
 二階はなにやら慌しく準備が整えられ、テーブルにクロスをかけて今から酒宴でも始まるようだ。交渉の準備なのだろうか、妙に盛大だ、とアイラは思った。
 壁を伝い通り過ぎ、トレベレスを探す。
 アイラは三階へと、上がった。聞き覚えのある声がする、トレベレスの側近の男性だ。

「トレベレス様のお子のようですぞ!」

 皆口々に同じ事を言って、階段を上がり下がりしている。
 アイラは人にぶつかりながら、その側近の背後をついていった。トレベレスのもとへといくのだろうと思ったので、見失わないように人混みを掻き分けていく。
 そして。
 顔面蒼白のトレベレスに、冷ややかな視線を送っているベルガー。二人の姿を見つけた、思わず呼吸が止まる。まるで、あの日の様だった。思い出して身体が震えてしまう。
 だが、その向こう側に。
 疲れきった表情、やせ衰えた頬、瞳に光を宿さないマローの姿を発見したのである。女官に囲まれて世話されているが、城に居た頃のマローではない、もはや人相が違う。

「マロー!?」

 アイラは思わず、大声で叫んだ。周囲が、自分を観た。マローも、トレベレスも、ベルガーも、自分を観ていた。一斉に視線が集中する。

「ねぇ……さ……ま? 姉様!?」

 女官を振り払い立ち上がったマローを見つめながら、アイラは真っ直ぐにトレベレスへと詰め寄っていた。
 顔面蒼白のトレベレスと狼狽しているアイラを見比べながら、ベルガーは無言のまま槍を手にしている。が、そんなことアイラにはどうでもよかった。

「トレベレス様、一体どういうことなのですか!? 何故マローはあのように髪も梳かれず、やつれた状態でいるのですか!? 」
「アイラ……どうして此処に来た!?」

 舌打ちしたトレベレスは、マローを背に隠すようにアイラの前に立ちはだかると、強引に抱き締めながら弁解しなければならなかった。
 まさか、だった。
 まさかアイラがついてくるとは予想していなかった、自分の計画が崩れ落ちようとしている。非常に厄介な事態だ、どうこの状況を説明すべきか。
 暴れるアイラは、泣き喚いている。胸が痛む、痛むがどうすれば良いのかが、トレベレスには思いつかない。

「マロー姫様の子が欲しかったのですよ、我々は」

 暴れるアイラに気を取られ、ベルガーには配慮していなかった。面白がっているようにも聴こえた声に、背筋が凍る。淡々と告げたベルガーに、鬼のような形相で睨み付けたトレベレスと意味が解らず戸惑うアイラ。
 ベルガーの声に耳を傾けるが、アイラの耳はトレベレスの手によって塞がれる。そんな様子にベルガーは、声を若干大きくして続けた。口元に、皮肉めいた笑みを浮かべて。
 トレベレスがアイラに何も話していないことなど、今の様子で十分解った。
 噂通り、溺れて愛して隠し通してきたのだろう。事実を暴露すればどうなるか、ベルガーは心底愉快そうに嬉々として語り出す。

「交代でマロー姫を犯した、ゆえに、あのようにやつれているのですよ。トレベレス殿に何を吹き込まれたか知りませんが、これが現実です、アイラ姫」
「あれはっ!」

 声を張り上げ抗議しようとしたが、ベルガーの言う真実は捻じ曲げられない。
 トレベレスは恐怖で震える身体を押さえつけることしか出来ず、腕の中のアイラから視線を逸らす。

「おか、した?」

 眩暈で足元をふらつかせるアイラ、畳み掛けるようにベルガーは続けた。犯した、の意味合いを解っているだろうかと思いつつ、鼻で笑う。

「えぇ。子が出来るまで、犯しました。どうやって子が女体に宿るかはご存知ですかな? トレベレス殿のお子が、マロー姫様には宿っておられます。寵愛していたのだから、無理もな……」
「寵愛などしていない! オレが愛しているのはアイラだ!」

 言葉を被せて反論するトレベレスに舌打ちしたが、青褪めているアイラに微笑しながらおどけたようにベルガーは言葉を続ける。

「ですが、実際マロー姫にはトレベレス殿のお子が」
「だから、あれは!」
「嬉々として、マロー姫の貞操を奪っておられたではないですか」
「違う、だから、あれは!」
「なかなか激しく貪っておられたようで? 情事後の清掃が大変だったとお聞きしております、さぞ、愛し合ったのでしょうな」

 混乱した。言い争いが続く中でアイラは頭の中が真っ黒になった、何かを考えようと、整理しようと言葉をペンで書き込もうとして、書けずに乱雑に線を引く。
 真っ黒。もう、意味が解らない。

「アイラ、とりあえず説明するからあの部屋へ行こう!」

 抱き上げて、部屋から出ようとするが腕をベルガーに捕まれる。含み笑いでトレベレスに無常な視線を投げかけた、あの冷徹なベルガーが、本当に愉快そうに笑っていた。家臣達は、驚いて声も出せないでいる。
 人を蹴落とすのが好きな持って産まれた性格ゆえなのだろうか、玩具を手に入れた子供の様に目を光らせているようだった。

「いけませんな、トレベレス殿。妻と子を置いて他の女と逃亡されては」
「妻などではない! オレはっ」

 アイラを見つめながら、舌なめずりしたベルガーは、その頬に触れようと手を伸ばす。案の定トレベレスに弾かれたが、無邪気に笑った。恐怖心で、思わずトレベレスが息を飲み込む。敵に回してはいけない男だった、餌を与えれば畳み掛けてくる性格は、知っていた筈だ。

「ここで説明すればよろしかろう。二人で共謀しラファーガ国を内から襲い、マロー姫を捕らえて犯していた、と。ここまでアイラ姫が単独で乗り込んでくるとは思いもよらなかったが」
「共謀?」

 弾かれたようにアイラはトレベレスを見上げる、我に返って顔を背けるトレベレス。
 肯定だ、疚しい事をしていないならば逃げないだろう。息を飲んで見つめ続けているアイラの視線は痛いほど解るが、どうしても合わせる事が出来ないトレベレス。
 嫌悪されたらどうなるのか、考えるだけで足が竦む。腕の中のアイラの体温、これが急になくなったらどうなってしまうのだろう。
 意気消沈したトレベレスは、小さく、蚊の鳴くような声でアイラに告げることしか出来なかった。

「誓ってくれ。何があっても、オレから離れないと。頼むから」

 それは本当にか細い声で、今にも倒れてしまいそうなトレベレスの精一杯の声だった。沈黙のアイラに、苦悶の表情を浮かべながらそれでもトレベレスは震えながらその髪に口づける。
 途方もない恐怖に、トレベレスは包まれていた。最も恐れていた事、それは愚行の露見である。アイラに、知られたくない。知られたら、自分を見る目がきっと変わってしまう。
 アイラの愛する双子の妹を、どのような目に遭わせて来たのかが……知られるのがこれほどとは。もっと早くに、マローを殺害すべきだったと、後悔しても後の祭りだ。
 重苦しい空気、滴る汗、震える身体、それは自分の失態を認めていた。この状態では万難を排して、先に進む事など出来るわけがない。おまけにベルガーは、この機に自分を潰す気でいる。
 アイラを、きつく抱き締めることしか、トレベレスには出来なかった。

「マローに、会わせて下さい。腕を、離して下さい」
「離すと、戻ってこないだろう!? だから、離さない」

 力を抜いて離れようとしたアイラを、渾身の力で抱き締め直すトレベレス。
 トレベレスの身体の震えはアイラにも伝わった、怯えている様に気の毒になりアイラは困惑する。何故か、怒りは湧いていなかった。ただ、可哀想で愚かで抱き締めたい衝動に駆られていた。

「あの、戻りますから。マローに会わせて下さい」
「駄目だ、きっと、離れていくから会わせられない」

 アイラの息が止まるほど、きつく抱き締めるトレベレス。圧迫され、アイラは思わず咳き込んだ。咳が止まらず、嘔吐に変わる。慌ててトレベレスは力を緩めると、ゆっくりと背を擦った。
 そういえば、風邪気味だと言っていたアイラ。両手で口元を押さえ、涙目でトレベレスに寄りかかっているアイラ。
 こんな体調で自分を追うほど、マローに会いたかったのだと知り、トレベレスはマローが疎ましく思えた。こんな状況下でも、自分以外の存在を疎ましく思えるほど、アイラを愛しく思った。 
 冷めた視線で手の中の槍を弄んでいたベルガーだが、立ち上がったが気分悪そうにベッドに倒れ込んだ、マローが目に入る。 
 ベルガーは眉間に皺を寄せて双子を見比べ、ゆっくりとトレベレスに視線を移した。腹の底から笑いが込み上げる、耳元で誰かが囁き続ける、あの若造が邪魔だと言い続ける。

「ははっ、姉もか! 破滅と繁栄の子が同時に存在するのか!」


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