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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第107回   愛に狂った男〜外伝4 月影の晩に〜
 薄暗い室内で、二つの吐息が混ざり合う。
 月影の晩、狂おしく愛おしくアイラを抱いていたトレベレス。行為後も手放さずに、髪を撫でながら頬に口付け腕の中から逃がさなかった。
 気だるそうに上半身を起こして、傍らの水で喉を潤したアイラは、不安そうに小声でふと、呟く。
 憂いを帯びた瞳が、トレベレスの胸を締め付けた。

「デズデモーナ、何処へ行ったのでしょう」

 消えてしまった、愛馬デズデモーナ。
 トレベレスが殺そうとして誤って逃がしてしまったのだが、当然そんなことアイラは露知らず。事実は知っていたが、そ知らぬ振りをして優しく肩を抱きながらトレベレスは告げる。多少の罪悪感はあれど、過ぎたことは仕方がない。

「すまない、管理が不届きで何かに驚き逃げてしまったとしか。しかし、利巧な馬だった、きっと無事に戻ってくるよ」
「トライ様から預かった大事な子なのです。申し訳がたちません」

 デズデモーナは、馬だ。
 馬だが今こうして抱いている男が目の前にいるにも関わらず、自分以外の名を口にすることが非常に不愉快に思えたトレベレス。
 馬だろうが、雄は雄。おまけに、最も嫌悪感を抱く相手……トライの名も出た。
 あからさまに不愉快だ、と唇を噛締めると、気落ちしているアイラを抱く手に力が籠もる。
 無理やりアイラの唇を奪い、再び強引に押さえつけてベッドに押し倒す。微かな抵抗はしたが、アイラはそれでも身を任せた。すっかり、トレベレスに慣れてしまった。
 抵抗は、抵抗ではなく。すぐに身体を震わせ、火照らせ喘ぎ始めたアイラ。安堵し、愉快そうに耳元でそっと、トレベレスが囁く。

「オレと居る時は、オレ以外の名を口にするな。オレのことだけ、考えればいい」
「でも、あの子は」
「まだ考えるのならば。考えられないようにするだけだ」

 小さく叫ぶアイラを押さえつけて、覆い被さると激しく抱き続ける。
 一切手加減しなかった、我武者羅に自分を打ち込み続ける。誰が目の前に居て、誰のおかげで生活しているのかを再確認させるように。自分以外の存在を、打ち消したいばかりに。
 やがて気を失い、力なく倒れ込んだアイラに満足そうにトレベレスは微笑む。ようやく力を緩めると、優しく抱き締めて眠りに入った。
 瞳は閉じず、腕の中にアイラを収めたまま窓を見た。
 月を、見上げる。
 トライ。トレベレスと同じ誕生日の、従兄弟。髪も、瞳も色が同じなのは血族ゆえか。国は違えど、一応同盟国。
 幼い頃から競争させられるように育てられてきたが、非常に仲が悪かった。
 何をしても優秀なトライに嫉妬し、それだけが理由なのか解らないが、ともかく顔を合わせるのも嫌悪感を抱いていた相手だった。あちらが自分を気にしていない様子が、更にトレベレスを苛立たせた原因でもある。
 極力、国の行事で互いの国に招かれようとも、会わない様に勤めてきた。
 だが、ラファーガへ到着した日取りも、何故か一致した。互いに日取りを決めたわけではないのに、トライは愚か他の国とも重なった。偶然なのか、ラファーガ国の策略だったのかは今となっては不明だ。
 何度ラファーガ国でトライとアイラが寄り添う姿を見かけ、嫉妬の念に押し潰されそうになったことか。
 自分はマローに付き添っていたので、アイラとは接する筈もなかった。だが、間違いなく一目見て欲したのは、心が揺さ振られたのはアイラ。
 そのアイラが呪いの姫と解っても、臆することなくアイラに媚びていたトライが非常に腹立たしかった。自分は、予言に屈するかのようにマローに入り浸ったのだから。
 ある意味、あの時点で敗北した。
 だが、アイラは自分が手に入れた。当然、アイラは処女だった。初めての、男。そして無論最後の、男。それが自分であると知ると、歓喜に打ち震える。
 腕の中のアイラは、すっかり自分の虜になっている様子だ。トライに勝ったという優越感も混じり、非常に高揚しているトレベレス。申し分のない姫だった、それ以上だった。身体の相性も良いのだが、何よりもどかしい甘ったるい感情がトレベレスを支配し、それが心地良い。初めて知った、これが恋、だと。
 恋など血迷いごとで、自分には無縁だと思っていたが違ったらしい。
 輝く将来、穏やかな生活を欲している自分がいる。欲しいものは、手に入れた。
 しかし、問題はマローだ。輝く未来に不穏に光る一点、それを取り除かなければならない。いつまでも鉱山に居る、という嘘をついていてはいられない。策を練らねばならなかった。
 アイラが自分を疑わずに、それでいて、納得出来るマローの待遇を考えねば。今となっては、子を孕まなかったことだけが幸いである。
 アイラは利巧だ。筋の通った話を作り上げなければ、嘘が露見してしまう。
 トレベレスは、何度もアイラの頬に口付けながら夜通し思案していた。

 翌朝。
 朝食後にアイラと庭の花畑で横になりながら、トレベレスは語り出す。軽い欠伸は、寝不足ゆえに。

「本当に、申し訳ないことをしたと思っている」

 唐突な謝罪に不思議そうに、アイラは首を傾げトレベレスを覗き込んだ。昨夜、無理やり気絶させられたほど抱かれた事に対してだろうか? と思わず赤面する。
 だが、そうではない。

「ベルガー殿率いるファンアイクは、強国。マロー姫を気に入り、欲したが彼は強欲だった。マロー姫さえ攫えばそれでよかったのだが、何れ取り返されることを恐れ、あのように破壊行動に移られた。オレの国はまだまだ弱小。協力要請を拒否していれば、我国が潰された。……仕方なしに手を取ったが、アイラ姫の騎士達を始めとし、大勢の人の命を奪い。アイラにも、苦痛を与えてしまった。謝って済む問題ではないが、心から……詫びたい。今頃、だがどうしても謝罪しておかねばならないと毎日悩まされていた」
「トレベレス様……」

 皆が死んでいく様を、目の前でアイラとて見ていた。崩れ落ちた城、精神が崩壊しそうな民達、全てはベルガーとトレベレスの騒乱の為だ。
 許せない敵だった、だがマローさえ戻れば許そうとアイラは思っていた。
 マローは、今も戻っていない。だが目の前の自分より大きな男が、辛そうに俯き、震えながら告白する姿に心を痛めてしまう。
 大事なミノリとトモハラに傷を負わせたのは、間違いなくトレベレスであり上からアイラもこの目で観ていた。憎悪を抱いたあの日を、憶えている。
 けれども。
 アイラは困惑気味にトレベレスを見つめていたが、恐る恐る、言葉を口にする。

「断っていたら、トレベレス様のお国が、私達と同じ様に?」
「あぁ。ベルガー殿は、おそらく地上全ての国を支配されたいのだろう。現在ですら十分過ぎる大国であるのに、今以上の土地と権力を欲してらっしゃる。だから、マロー姫も取り戻したいが、上手く進まない。アイラには、本当にすまないことをしている。本当ならば鉱山の場所とて知りたいが、宝石が山ほどとれる鉱山を黙秘してらっしゃる上に、警戒してオレすら現在……信頼を失いつつある」
「それは、私がトレベレス様に願って、マローを調べていただいているからですか? 裏切られたかもしれないと、疑心されているのでしょうか」

 重々しく深く頷いたトレベレスに、アイラはぎゅっと自分の腕を掴む。弾かれて、トレベレスに深く謝罪してしまう。
 自分の願いで動き回っているトレベレス、彼の立場を考えずに悪くしているのだ、と悟ったアイラ。そこまで、思いつかなかった。迷惑がかかっているなど、微塵も考えなかった。
 マローの事だけを思った為だ、自分の愚行にアイラは茫然自失する。
 俯き、微かに震えているアイラの髪に指を通し、弄ぶトレベレスは微笑する。
 まんまと、自分の嘘に騙されたアイラを見下ろした。「オレの演技も満更ではないな」と心で爆笑する。
 だが、いつまでもふやけた表情ではいられない、唇を引き締めるように口角を下げて険しい表情に戻す。演技せねばならなかった。 
 切なそうに眉間に皺を寄せ、正面から突然抱き締める。驚いて顔を上げたアイラを、花畑に押し倒した。

「オレのこと、嫌いになったか? 卑屈で小さな男だと?」

 唇に指を這わせ、軽く身動ぎし赤面したアイラに顔を近づける。

「嫌いになるな、それだけは。アイラがいないと、生きていけない。必ず、マロー姫は救出してみせるから、離れないでくれ。こんなオレを、赦してくれとは言えないが、愛したままでいてくれ」

 吐息が、間近に。熱っぽいトレベレスの視線の前で、抗う事などできなかった。アイラは小さく、震えながら頷くと瞳を閉じるしかない。安堵の息がアイラの頬に触れる。
 トレベレスを嫌いになど、なれなかった。
 自国を思っての断腸の決断であったと信じて、あの日の愚行を忘れようと。
 そのほうが、アイラにとっても辛くない。愛した男は自分の敵だが、今は国よりもこの男が愛しかった。
 アイラは、姫。
 トレベレスは、王子。
 兵を、民を護りたい気持ちは同じ筈だ、その気持ちは解る。誰が死んで、誰が生き残れば良いという話でもない。ベルガーがそこまで酷い人物には見えなかったが、話し合いも何度かしてくれたのだろうと、信じたい。
 惹かれていた、恋していた、アイラはトレベレスと同じ様に愛していた。
 四六時中、腕の中にいないと、不安だった。心地良くて、胸が高鳴って。
 いつから自覚したのだろう。おそらく、好きなのだと、これが恋なのだと思っていた。
 そっとアイラが瞳を開けば、唇が合わさり。眩暈がするような花の香りの中で、二人は今日も愛しく愛しく、切なく切なく、口付けをする。
 少し、騙しているトレベレスの胸が痛む。だが、こうでも言わないと他に手立てがない。
 ベルガーには申し訳ないが、悪役に廻ってもらうことにした。一筋縄ではいかないが、もう後には引けなかった。
 問題は、マローだ。
 手っ取り早いのは死んでもらうことだろう、例えアイラが悲しみに打ちひしがれたとしても。だが、要は自分が支えれば良いのだ。それが、最も良い方法である気がする。
 アイラは、最早トレベレス以外頼れる人物がいなくなる。そうなれば、必然的にトレベレスのもとを去ろうなどとは考えなくなるだろう。
 近いうちに、自殺を装ってマローを殺すしかない、とトレベレスは決め込んだ。全ては、アイラと共に居たいが為に。
 ベルガーに囲われて、精神的苦痛でマローは精神を煩い自殺してしまった……。ベルガーにも、自殺したと思わせるのだ。
 他の問題は、いつ、トライやリュイ王子が攻め込んでくるか、だけとなる。
 だが、それは後にまわす。ともかく、今はアイラをマローから切り離さねばならない。
 露出しているアイラの身体に舌を這わせながら、トレベレスはそんな事を考えていた。
 あと少しで、理想郷が完成される。望んでいた未来が、そこにある。失敗しなければ、あと一歩なのだと。頼むから間違えないでくれ、と耳元で誰かが叫び続けている。

「誓ってくれ、アイラ」

 声を抑えて唇を噛締めていたアイラは、真剣なその声に力を抜いた。

「例えマロー姫が戻り、ラファーガ国へ戻らねばならなくなったとしても。アイラはオレの傍に、残ってくれ。マロー姫がアイラを愛していることとて、知っている。一緒に居たがるのも、解っている。だが、誓ってくれ。マロー姫に求められても、オレの傍から離れない、と」
「で、でも、一緒にラファーガへ戻らないと。戻りますから、一度は」
「この場で誓えないのなら、マロー姫は捜さない!」

 驚愕の瞳でアイラは、怒鳴りながら睨んでいるトレベレスを見つめ返した。
 アイラの両腕を頭上で片手で押さえつけ、頬を優しく撫でながらトレベレスは激しい口調で叫ぶように再度告げる。

「誓え」
「で、でも」
「マロー姫より、オレの方がアイラを欲している! アイラが居なくなるのなら、オレはマロー姫をベルガー殿から取り戻すなど愚かな事はしない」

 こんな要求が来るとは思いもしなかった。アイラは、答えを出すことが出来ずに縮こまる。瞳を外そうとしたが、外すことなど出来なかった。
 確かに、国にはマローが居ればそれで十分だった。それは十分承知している。
 トモハラとミノリが、戻ったマローを護り抜くだろう。となると、自分は不要だとも思った。民に自分は嫌われているようだった、ので、自分の居場所など自国にはないとも知っていた。
 アイラは、唇を噛締める。
 頷いても、良い気がしている。ここにいるのが、最善であるとも思い出していた。何より、居たいと思ってしまった。
 しかし、時にはマローに会いたいと思う。

「マローには、会えますよね? あの子が、私を必要だと言ったら……」
「それでも駄目だ! アイラは、オレから離れるな。でないと、マロー姫には会わせない」
「そ、それでは、約束が違うのです」
「気が変わったんだ、誓ってくれアイラ」

 トレベレスに引く様子など、なかった。一向に答えを出さないアイラに痺れを切らし、歯痒くて脅すように唇を奪う。それでも、アイラは葛藤し、涙目でトレベレスを見つめるばかりだ。
 女として、トレベレスをとるのか。それとも、一国の姫として一度は離れるべきなのか。

「オレは、考えを変えない。返事を、待つ。いつまでも、待つ。誓いの言葉を待つ」

 その言葉がないと、行動には移す事が出来ない。自分にも言い聞かせる様に、低い声でそう耳元で囁く。
 どのみち、マローは暗殺するつもりだ。だからアイラがマローに会うことはないだろう。だが、自分が手にかけたのだと思われないように、疑わないようにしなければならなかった。
 助ける気だった、助けに行ったら死んでいた。そうアイラに思い込ませるしかない。マローの敵をとろうとするだろうが、それは必死で止める。閉じ込めてでも、アイラをこの屋敷から出すわけにいかなかった。
 邪魔なものは、一つ、二つ、消していく。確実に、確実に。
 全ては、アイラを手放さない為に。

「オレは今度こそ、欲しいものを手に入れる。立ち塞がるものは、排除する」


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