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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第105回   愛とは恐ろしいもの〜外伝4 月影の晩に〜
 一日かけて、マローの塔へと向かう。憂鬱だった、気分が全くのらない。
 マローは入ってきたトレベレスを見やると、唾を吐き捨てた。怒りに打ち震える瞳を無視して、用意されていたマスカットのワインをトレベレスは呑むと一息つく。
 幽閉してから、早二ヶ月、未だに子が宿らない。
 男を受け入れるよう身体は慣れたようだが、どうにも暴れ方が気に入らないうえに、懐かないし可愛げがない。女を抱くのは好きだが、マローに対しては何故か感情が湧き上がって来なかった、特に昨日アイラを途中まで抱いたおかげで、ますます目の前の姫が色褪せて見える。

「あたしを、帰して」

 お決まりの台詞だった。近づいてきたマローを軽く見つめると、再びワインを口にする。
 姉は、すぐそこに居るよ。と、言いたくなったが言えなかった。
 片手を上げ、自分に暴力を振るおうとしたマローを無理やり押さえつけると、口にテーブルクロスを押し込んだ。マローが、敵うわけがない。悔しそうに睨みつけてくるマローを冷ややかに見つめ、見下ろす。
 組み敷いているが、全く欲情しない。こんな状況下でもアイラに抱いた加虐心は、抱かなかった。あぁ、アイラの口に布を詰め込んだらどうするだろう。涙目で苦しそうに訴えてくるのだろうか、それとも気丈に顔を背けて耐えるのだろうか。
 想像したら、それだけで身体が反応した。目の前の娘より、思い描いた娘に欲情する。
 性格は違うが、体型は似ている。感じ方が違うが、仕方がない。アイラの代わりに、なってもらう。アイラには、手が出せない。抱きたくとも、抱けない。ならば、似て非なるこの双子の妹を。
 アイラの代わりに、抱き締める。優しくしてやろうと思ったが、暴れ方がアイラとは違った。当たり前だ、双子とはいえ、そこまで似ない。抱けば抱くほど鮮明に違いが現れる、満たされない、全くもって、満たされない。
 やがて泣きじゃくるマローを残して、早々にトレベレスは塔を後にした。不本意だったが、下半身の重みはなくなった。
 早く帰りたい、アイラのいる自分の屋敷へ。あとは、それだけだ。疲労感でトレベレスは眠りにつく、アイラを夢見ながら。

 その頃アイラには最低限の食事が与えられ、それ以外に本が送られた。城に居たときと同じ様に、一人で過ごしていた。しかし不便ではない、寧ろ気楽だった。
 呪いの姫君に誰も近寄るわけがなく、それでも命令通りに食事の世話はしたので、誰も困らない。
 初めて見る本の数々に顔を綻ばせ、夢中で読みあさった。用意していたものは全て読破してしまった頃、外が騒がしいので窓からそっと下を見る。
 トレベレスが出かけて二日後だった、煌く紫銀の髪が目に飛び込んできたので思わず笑顔になる。嬉しさがこみ上げたのはマローに関することが分かるからなのか、それとも。
 会いたかったからなのか。
 真っ先にアイラのもとへ行きたかったトレベレスだが、衣服を着替え湯浴みをすることにした。マローの香りが残っていては、非常に拙いからである。
 鋭いアイラは妹の残り香に勘づくかもしれない、と逸る気持ちを抑えてトレベレスは身体を洗った。

「早いですな、お帰りが」
「嫌味だな、間違いなく何時もどおり種は……」

 渋い顔をしている家臣を無視してアイラの部屋へ急ぐ、アイラは大人しく本を読んでいた。

「……ただいま」
「おかえりなさいませ。あの、マローは?」

 本を傍らのテーブルに置き、ドレスの裾を持ち上げて走ってくる様を見ると笑みが零れた。まるで、自分の帰りを待っていた、貞淑な妻のようだ。

「どうも、ベルガー殿と鉱山へ行ったらしい。宝石が大量にとれるらしく、そこで姫君の好きな様に装飾品を作るのだと」
「どこにあるのですか? 私、行きます」
「安心しろ、戻るように書簡は渡した。すぐに連絡が戻るから」
「そうですか、待つしかないのですね……」

 唇を尖らせたアイラを、正面から抱き締める。
 一月、二月会ってなかった恋人の様に、唇を貪りあった。すぐにトレベレスの身体は熱を帯び、結局マローを抱いたところで欲望など止まらない。
 それからというもの。
 片時もアイラを離さないトレベレスは、アイラの声に耳を傾けた。庭で花に囲まれて、物語を読んで貰いつつ、膝枕をしてもらうと非常に気分が良い。
 精神の限界までトレベレスはアイラに手を出さずに堪えたが、時折マローを訪れていた。顔に布を被せ、アイラを想い描き、腰を動かすためだけに。脳内でアイラ、と名を呼びながら、どう反応するか想像するだけで愉しかった。満足だった。
 そして直様アイラを求めてまた、屋敷に戻る。
 
 その日も、庭で二人は語り合っていた。

「何か話を」
「えと、ではこのお話を。
『ある森に、とても可愛らしい妖精が住んでいました。妖精は動物や草花、自然界の全てと仲が良く、常に一緒に過ごしていました。その森の近くに、ニンゲンが現れました。ニンゲンとも仲良くなろうと歩み寄る妖精を、動物達が止めます。やげて、妖精は一人のニンゲンに恋をしました。
 なんとか近づこうと努力してみました。けれども、生じた誤解を溶かす術を知りませんでした。妖精は火の様な熱き心を持つニンゲンに恋焦がれ。そのニンゲンも安らぎを与える妖精に恋焦がれ。
 互いに惹かれ合っていたにも関わらず、生じた誤解は大きく複雑に絡まり。互いの想いを正確に伝えることが出来ないまま。
 そのまま、森や多大な人々を巻き込んで、息絶えました。』」

 歌うように語るアイラだが、トレベレスは怪訝に起き上がる。

「待て、何だ今の。納得がいかない」
「と、いうお話なのです」
「誰だ、作者は。けしからん」
「知りませんけど、印象に残っていたのです。城にあった本なので、童話だと思うのですが」

 不愉快そうにトレベレスは、傍らのワインを飲み干す。たかが話だが、何故か妙に心がざわついた。芳醇なマスカットの香りを楽しみながら煽る、些か心が落ち着いた。
 重苦しく心にまとわりつき始めた黒い靄を振り払うように、花を一輪摘み取ってアイラの髪に挿してみる。

「うん、アイラは花がとても似合うな。庭に、もっと花を増やそうか」

 笑って頬を撫でると、嬉しそうにアイラは微笑んだ。
 穏やかな時間だった、トレベレスがアイラに嘘を伝えつつ、辛うじて保っている幸福だ。偽りの、幸福だった。マローはベルガーと旅に出ている、その嘘を突き通す。
 アイラが望むので絵の具を与え、絵を描かせた。一緒に野菜を収穫し、花を植える。それまでしたことがなかった些細な出来事が、どうしようもなく楽しくて仕方がない。
 アイラが作ってくれたフルーツ酒を呑み、共に毎日過ごす。愛しい愛しい、娘。出会って、二週間。
 
 口付けが上手くなったアイラと、その日も眠る前に何度も口付けをする。無論、部屋は同室だ。
 月が翳って暗闇になった室内で、アイラは溜息を吐く。

「マローは、無事ですよね?」
「ん?」
「最近、あの子が泣いている夢を観たのです」

 言われて即座に全身から汗が吹き出した、魔力を引き継ぐ姫の直感は、恐ろしい。離れていても、互いに影響し合っていることは十分考えられた。
 トレベレスは乾いた声で必死にアイラを宥めた、まさか無理やり犯しているとはとても言えなかった。アイラの代わりにしているなどと、口が裂けても言えない。マローは泣いている、あながちアサギの見た夢は真実に近いものがある。
 口を濁し、言葉が出てこないトレベレスは舌打ちする。嘘を保ち続けることは困難だと、歯ぎしりする。

「あの、トレベレス様」
「ど、どうした?」
「わ、私、その」
「どうした?」

 蝋燭に火を灯すと、眩みに浮かび上がるアイラの姿。薄布ははっきりと身体のラインを強調し、悩ましく憂いを帯びた表情をも浮かび上がらせる。

「あ、あの。わ、私は。マローほど可愛くもないですし、綺麗でもないですし、あの子の様に明るくありません。皆にも……嫌われていました。で、ですがあの子を思う気持ちだけは本物です、国のみんなにも幸せになってもらいたいのです。どうか、どうか早くあの子を連れてきてください、わ、私は。その為なら何だって出来ますから、だから!」

 ぎゅ、とトレベレスに抱きつくアイラ。震える身体が非常に小さく見えた、迷子の仔猫のようだ。

 ……あぁそうか、呪いの姫君は誰かに子種を植え付けてもらわねばならないから、こうして男を誘うように訓練されていたのだったか。

 震える身体をそっと引き離し、涙目のアイラを自分から抱き締める。おずおずと、背中に腕をまわすアイラ。二人の体温が、心地良かった。もう慣れた互いの香りと温もりだ。心地よい、手放したくないものだった。

「オレは。アイラの為に、マロー姫を取り戻すから。何だってするというのなら、これからもオレの傍に居ろ。そうすれば必ず、妹は助け出す」

 妹は、目と鼻の先。アイラは、そんな真実知らない。トレベレスの言葉を全て鵜呑みにしていた、疑う事などなかった。
 嘘をついた。嘘をついたが、アイラは嬉しそうに泣き笑いしている。

「ありがとうございます。お傍に、居ますね。……知ってます? 私、最初にお目にかかったとき、トレベレス様をとても綺麗だと思ったんです」

 意外な言葉に、固まるトレベレス。胸を押さえて、引き攣った声を漏らす。
 震える声で、口にしたくない名を自ら口にした。てっきり、アイラが好意を寄せていたのは。

「トライは?」
「トライ様は、とてもお優しいですよ?」

 不思議そうに首を傾げたアイラ、仲が良かったのは確かだ。名前が出ることすら不思議そうなアイラに、思わず涙が湧き上がる。知らなかった、二人は親密に見えたがトライの一方通行だったらしい。そこも、歓喜に打ち震えた。
 震えて口付けたトレベレスは、耳元でこう囁く。

「オレも、最初からアイラ姫を見ていたよ」

 驚いて愉快そうに笑ったアイラは、そっとトレベレスの頬に触れる。恥ずかしそうに頬を染めながら、それでも胸の中にうずくまって擦り寄って甘えるように囁き返す。

「一緒ですね」
「っ!」

 息が、止まった。
 この娘が、どうしようもなく欲しい。欲しくて欲しくて、堪らない。
 代わりは要らない、この娘が欲しい。独り占めしたい、自分のものにしたい。
 故意なのか、はたまた天性のものなのか。うっとりと瞳を閉じて身体を預けるアイラは、非常に無防備だった。護ってやりたい、抱き締めてやりたい。
 その晩、トレベレスは理性の歯止めが利かなくなった。
 緑の髪に、指を通らせ。大きな瞳に自分を映し、瞼に口付け。頬を摺り寄せて、何度も愛しく撫で。自分の名を呼ぶ唇の、形を、味を覚えるように口付けを。壊さないように、泣かせないように、優しく丁寧に、大事に。
 姉の姫を、妹とは全く違う抱き方で、モノにした。
 何度も耳元で名を囁き、愛していると語りかけ。トレベレスは、産まれて初めて大事にしたいと、女を抱いた。
 呪いの姫など、知ったことか。例え子が、破滅へ導くとしても。母親は、守り抜こう。いや、むしろ自分とアイラの二人で愛を注いで育てた子ならば、破滅へ向かう道など消え失せるのではないだろうか。
 愛情を持って接すれば、二人ならば可能なはずだ、と。
 一度歯止めが壊れれば、もう、怖くはない。
 マローの塔へ以後通うことなく、アイラだけを毎晩愛した。いや、毎日愛した。朝だろうが昼だろうが、抱きたいと思えば抱いた。ただ、ひたすらに。片時も離れず、何処へ行くにも寄り添って。
 家臣達は困惑した、トレベレスの豹変振りに眉を潜めるしかなかった。
 その瞳は物腰柔らかで、以前の様に怒鳴る事もせず。慈愛に満ちた動作、王子を変えたのは呪いの姫君だと知って尚、困惑する。あのように優しい眼差しで、誰かを観た事があっただろうか。本当に慈しんでいるのだと解るが、それでも相手は呪いの姫。
 どうしたものかと、家臣達は皆食事が喉を通らない。
 そんな中で、火の加護を受けた皇子と、土の加護を受けていた亡国の呪われた姫だけが幸せそうに寄り添っていた。

 やがて、アイラが消えてしまわないように、怯え溺れて焦がれすぎたトレベレスは。
 深夜、馬小屋にいたデズデモーナを殺す為に、眠ったアイラを残して剣を手にする。馬で、アイラが逃げないように。まして、この馬はトライの所有物。最初から目障りだったのだ。殺意を感じたのかデズデモーナは懸命に抵抗し、綱が切れたのでそのまま一気に駆け出すと館を抜け出す。
 舌打ちしたトレベレスだが、翌日いなくなったデズデモーナに愕然とし、泣じゃくるアイラを必死に慰める。更に強く、アイラを自分に引き寄せた。
 トレベレスは、怖かった。
 ただ一人の愛する女を手にした途端に足元がいつ崩れてもおかしくはない恐怖を、痛感した。何れ、嘘は発覚するだろう。トライとて攻めてくるだろう、ベルガーとて貶めてくるに違いない、裏切るかもしれない。
 アイラがこの手から離れたら、どうしたら良いのか。
 何時か来る自分への制裁に、脅え震え、トレベレスはそんな時に自分を確かめるようにアイラを激しく抱いた。
 アイラの体温が、声が、トレベレスの存在を生かすように。ただ二人で繋がっている時だけが、他に考えることもなく、快楽だけに身を任せ、怯えることも嫉妬することも何もなく、至福だった。


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